内輪で
椎名とのドライブは楽しかった。彼女のリクエスト通り、新しくできた水族館へ行ったが、ちょっとしたアミューズメントスペースの様になっていて、俺が小学生の時に遠足で行った水族館の様に、順番に水槽を見て回るものとは大きく違うものだった。
椎名はと言えば、大学の研究資料作成とかが目的かと思っていたのだが、それとは全く関係無く来たかっただけの様子で終始大喜びで見て回っていた。
俺もこういう場所は独りでこないだけで、嫌いなわけでもないので結構楽しめた。
意外だったのは、こういう場所で食事をすると、高い上にあまり美味しくないって思いこんでいたんだが、この水族館に関しては、非常に良心的な価格でしかも非常に満足できるレベルの料理を楽しむことができた。
まあ、車で行ったので、酒が飲めなかったことは残念だったが……。
一週間ぶりの店。今週は忙しかった。何とかこなすことが出来たが、来週からもしばらくこのペースは続きそうだ。
「いらっしゃい」
大将の明るい声。なぜか椎名がいない……。
「あれ? 椎名は?」
俺は聞いた。
「ああ、椎名ね……。そんな子がいたなぁ……」
なぜか大将は遠い目……。何だ? なにがあった?
「いつものでいいかい?」
そう言って大将は函館ビールの赤生の瓶を冷蔵庫から出して俺に見せた。
「あ、ありがとうございます」
俺は答えた。間もなく大将はキンキンに冷えたビールグラスと一緒に俺の前にビールを置いた。
何となく寂しそうな表情で、椎名に何かあったとしか思えない。店の奥で和久井さんがテレビを見ているだけで、他には客がいなく、テレビもニュースをやっているのでやたら静かに思える。
「大将?」
俺は大将に声をかけた。
「大丈夫、きっと時が解決してくれると思うんだ……」
大将はぽつりとそう言った。
本気で何があったのか心配になったものの、大将の雰囲気から聞くに聞けずにニュースを眺めていた。勿論椎名のことが気になって、ニュースの内容なんて何にも頭に入ってこない。
その時、がらりと店の玄関が開いた。
「ただいま~」
何か大きな箱を持った椎名が入ってきた。俺を見るなりニッコリ笑って言った。
「あ、いらっしゃい! 先週はありがとうございました!」
いつもの表情だ。しかも、その後から原田さんと横田さんが次々に入ってきた。
思わず俺が大将を見ると、大将は堪えかねたようにブッと吹き出した。
「ごめんごめん、ちょっとした冗談……」
大将はゲラゲラ笑いながら、手のひらをヒラヒラさせて言った。
「何ですか? 何事かと思って心配しましたよ!」
俺が憤慨すると、大将はしきりに謝った。笑いながらだけど。
「趣味の悪いやつだ……」
和久井さんが呟いた。何? 和久井さんもわかっていたの? この人そう言ういたずらに荷担したりするんだ!?
「お詫びの印と言っちゃなんだけど、今日はサービスメニュー満載だから」
大将は言った。
「あ、兄ちゃん! 待ってたぜ。さて、大将これで何かしてくれ!」
何のことだか全然わからないでキョトントしていると、椎名が言った。
「今日はカニがいっぱい食べれますよ!」
そう言いながら、さっき持ってきた箱を開けて俺に見せてくれた。中には立派な毛ガニがぎっしり入っている……。
「どうしたんですか? これ?」
俺は大将に聞いた。すると、横から原田さんが説明を始めた
「実はな、今日商店街で抽選会があったのよ。で、抽選会場の鐘振りを椎名に手伝ってもらったのさ。どうしても商店街の連中だけで運営すると、年寄りばかりになって花がねぇってんで。で、今回の特賞がこのカニだったんだが、見事に誰も当てなくってさ、商店街の会長が椎名にプレゼントしてくれたってわけだよ。因みに俺が持ってきたのは酒屋が出してくれた幻の日本酒だ。これもみんなでやろうぜ」
原田さんは上機嫌だ。
「でも、それじゃ、お店の売り上げが……」
俺は言った。こんなの営業妨害になるんじゃないの?
「その辺も完璧さ。商店街の打ち上げは、明日この店を貸し切りでやるから。椅子持ち込んでだけどな。今日のこれだって、大将から言い出したことだぜ。心配するな」
なるほど、ギブアンドテイクになっているわけね。
「今日は、別のお客さんが来たら一緒に参加ですか?」
俺は聞いた。
「ああ、どうせこの時間にくる常連なんて、限られているからな……」
横田さんが言った。
「商店街の連中は、明日に備えて今日は来ないって言ってたから、このメンバーで決まりだと思うよ」
原田さんが言った。
大将は、鼻歌を歌いながら、カニをガンガン裁いている。
「とりあえずこれ……」
出されたのはキュウリのカニ味噌和えだった。
「酒は、そっちで勝手にやってよ」
大将はそう言った。
「椎名、グラスくれ。あ、大将の分もな」
原田さんはそう言って、椎名が出したグラスに日本酒をドボドボとつぎ始めた。
「かんぱーい」
「何だ? やったらうまいな……」
「ああ、幸せな美味しさ……」
「何とも良い香りだ……」
「このカニ味噌との相性が……」
口々に賞賛の言葉を口にしながら酒と料理を楽しむ。 一升瓶と言えども、六人がかりだとあっと言う間に空になった。
「お待ちどう!」
大将の調理が終わった。皿には焼きガニ、刺身、甲羅焼き酒、酢の物……、この短時間に作ったとは思えない品数。
勿論、みんな店の酒をガンガン追加注文。店の売り上げ云々に関してのさっきの心配はいらなかった様だ……。
「そう言えば、先週のドライブはどうだった?」
原田さんが聞いてきた。
「ええ、楽しかったですよ。天気も良かったし、道路もそれほど混んでいなかったし……」
俺は答えた。
「それは良かったな。またいつでも言ってくれ」
原田さんはそう言って笑った。
「ありがとうございます。あ、椎名もちょっと運転代わってくれたのですが、案外上手でしたよ」
俺は言った。
「ほう、そうかい。大したもんだな」
原田さんがそう言うと、椎名はエッヘンと胸を張った。
「でも、あの自動車、教習所の車より運転しやすかったです。小さいし、前も後ろもよく見えますから」
椎名が言った。なるほど。軽トラなら車の一番先頭に座っているし、後ろは荷台だから見通しがどの車より良いはず。そう言う風に軽トラを評価したこと無かったな……。
「本当だな。見通しで言ったらどの車も太刀打ち出来ないな……」
横田さんも感心している。大将も頷いている。
「それから、あの車、やったらオーディオの性能高くないですか? 驚きました」
俺は言った。
「よくぞ言ってくれた! 実は自慢のカーオーディオなんだよ。ウーハーこそは仕込んじゃいねぇが、スピーカーも結構良いやつ入れているんだよ。あとデッドニングも施しているしな」
「デッドニング?」
俺と椎名が同時に聞き返した。
「兄ちゃん、車のスピーカーってのは、大体ドアについているもんだろ?」
「はあ、そうですね」
「これが、電器屋の俺に言わせると、最悪な音響環境なわけだよ」
「そうなんですね……」
「土台はペラペラの内張り鉄板。サービスホールであちこち音漏れ……、とてもじゃないけどスピーカーが良い音を出せる環境じゃないんだよ」
原田さんは力説する。しかし、少しついていけない。椎名もさっぱりの様子。
「まあ、要はドアをスピーカーの箱の役目をさせるために、穴を埋めたり、スピーカーの土台を取り付けたり、制振材を張り付けたりしてあるのさ。」
原田さんは俺たちが理解できないでいるのを察したのか、明らかに説明を簡略化して話した。
「しかし、勿体無いことをしました」
俺は言った。
「ん?」
「そんなオーディオシステムだとは思わなくて……。CDとか持ち込めば良かったなぁって」
「なるほど」
「ラジオが楽しめたのでまあ良かったのですがね」
原田さんとそんな話をしていると、椎名が話しかけてきた。
「ラジオと言えば、あれ、傑作でしたね」
思い出し笑いをする椎名。俺も思いだして笑ってしまった。
「何だい?」
原田さんが聞く。横田さんも後ろから顔を覗かせてきた。俺は説明した。
「いや、ラジオで通販のコーナーがあったんですよ。オーダースーツの」
「ふんふん……、オーダースーツか。最近じゃまるで縁がないなぁ……」
「恐らくオーダースーツの営業の人なのか、広報担当なんでしょうけど、明らかにラジオでの出演慣れをしていない人が説明したんですね」
「ふんふん……」
「で、緊張していたんでしょうね。めっちゃくちゃ噛みまくるし、言葉も間違うわで、椎名と大爆笑したんですよ」
俺がここまで説明すると、次に椎名が話し始めた。
「だって、『今までオーダースーツなんて……と思っている皆さん! 我が社のオーダースーツで一気にキンシンカンを持っていただけます。今までフンバリのつかなかった方!必見です!』って……」
椎名が思いだしてケラケラ笑う。
「キンシンカンは親近感、フンバリは踏ん切り、ラジオだから必見は無理じゃな……」
いつの間にか横に立っていた和久井さんが言った。
「もう、間違い過ぎていてどこから訂正すればいいのかわかんない感じで……。その後もこんな感じの間違い連発で……。もう……気の毒になってきて……ねぇ?」
俺に同意を求める椎名。俺も笑いながら頷く。
「でも、印象に残ったんなら、ある意味成功だったのかな? 広報部の仕事としては……」
横田さんが言った。
「しかし、そこまで間違われると、折角採寸したオーダースーツも寸法が全然合わないのが届きそうだな……」
と原田さん。
「確かに今は量販店で安く買えるから、それで済ましてしまうことが多いよな……」
大将が言った。
「昔は、大体オーダーで仕立ててもらったよ。当時は結構な値段だったな……」
和久井さんが言った。
「今でも高いものは高いですけどね。百貨店とか行くと、ビックリするような値段のスーツが置いていますよ。お客さんがいるのを見たことないですが、買う人は買うのでしょうね……」
「何か店舗販売の他に出荷先があるんだろうな……」
原田さんが言った。
「そういうことなんですか?」
椎名が聞いた。
「でなきゃ、閉店してるだろうさ。例えばさ、商店街の二本目の角の帽子屋を知っているだろ?」
「ええ、おばあちゃんが一人でやっているところですよね? 確か『服部キャプテン』でしたっけ? 変わった屋号だったんで覚えちゃいました」
「ああ、あの店に客が入っているのを見たことがあるかい?」
「そう言われたら、見たこと無いです」
「ところが、あの店潰れないだろ? それどころかそこそこの年商なんだぜ」
「そうなんですか?」
「ああ、昔から店をやっていることもあって、この辺の幼稚園から小学校、中学、高校の制帽とか赤白帽、全部あの店が担当しているんだよ。そりゃ、毎年自動的に相当の数の発注が来るわな……」
「へぇぇ、そう言う仕組みだったんですね……」
椎名はしきりに感心している。
「それとな、椎名」
今度は横田さんが話しかけた。
「あの店は、帽子屋だけに、『服部キャプテン』と書いて、『ハット売りキャップ店』と読むんだぜ!」
「すご~~い! 上手くできている!」
本当か嘘かは知らないが、今日も明るい笑い声が店中に広がっていた。