原田さんと小鉄と南ちゃん
「いらっしゃい!」
椎名の明るい笑顔と声。本当に癒される……。
「今日は大変だったでしょう?」
「うん、とりあえずビール」
「は~い」
間もなくキンキンに冷えたビールとグラスが俺の前に置かれる。
「今日は電車大丈夫だったかい?」
大将が聞いた。
「いや、駅に二時間止まっていましたよ。ようやく動き出しても徐行だし、ことあるごとに停車して……。会社についたのが家を出てから四時間後でした」
はあ、とため息を付いた。
「そりゃ災難だったな。全く当たって欲しいときにはちっとも当たらないのに、当たって欲しくない時に的中するもんな。気象予報って……」
原田さんは笑った。
「ええ、本当ですね。会社は会社で、人は来ない、サーバーがダウン。全然仕事にならない状態で。それが原因でいろんな業務が全てリスケされて、その対応しているうちに一日終了って感じで……。疲れに行っただけみたいな一日でしたね。」
「お疲れさまでした。おつぎしますね」
そう言って、俺のグラスにビールを注いでくれた。
「あ、ありがとう……」
「今日は店も暇なんだよ……。外見ても誰も歩いていないだろ?」
大将がお手上げのポーズで言った。
「早めに閉めますか?」
「いやいや、そんな気遣いはご無用さ。ゆっくり飲んでいってよ」
そうは言われても、誰も来る気配はない……。
「私、商店街に出て、呼び込みでもしてこようかな……。チラシあったかしら……」
「いやいや、それは止めてくれ。椎名へのナンパ目的のややこしいのが大量に来ても困るしな」
確かにそうだな。椎名なら十人や二十人、あっと言う間に引き連れてきそうだが……。大将の判断が正しいと思うな。
「チーッス、空いてますかぁ?」
入ってきたのは、ちょっとやんちゃな感じの若者三人。初めて見る顔だ。作業着を着ている。
「いらっしゃい!」
椎名の透き通った声でお出迎え。
「三人なんだけど?」
「どうぞ」
若者三人は店の中に入ってきた。みんな同じ作業着を着ていることから、同じ会社の同僚なんだろう……。
「なんだ? イスないのかよ?」
一人が言った。
「立ち飲み屋ですから」
椎名は嫌な顔一つせずににっこり笑って言った。
「いいじゃねぇか。こんなに可愛いネエチャンがいるんだし」
「ありがとうございます。飲み物はどうしましょう?」
「そうだな……。俺はハイボール。小鉄は?」
「俺は生だな……」
「あ、俺も生!」
どうにも元気が有り余っている若者たちは、ちょっと行儀が悪い。
「何か食いもんある?」
さっき『小鉄』と呼ばれていた若者が言った。メニューなら壁に貼ってある。しかも、この間椎名が新しく貼り替えたものだ。しかもホワイドボードに『本日のおすすめ』だって書いてある。まずそれを見てから言えばいいのに……。
「食べ物のメニューは貼ってある通りです。おすすめはこちらに書いています」
あくまでにこやかに冷静に対応する椎名。さすがだ。
「ネエチャンのお勧めは?」
小鉄は諦めない。こうやって店員とタメ口で話すことがカッコイイと勘違いしているのであろう。それにしてもイチイチ大声で正直うるさい。
「鶏のからあげでも作ろうか?」
大将が言った。小鉄の仲間からは『おお!』と歓声が上がったが、小鉄は首を振った。
「俺は、このネエチャンに聞いているんだよ」
ちょっと行儀悪過ぎだな……。
「鶏の唐揚げは私からもお勧めしますよ」
至って冷静な椎名。
「じゃあ、それをくれ!」
「かしこまりました」
その後三人で酒を飲みながら話をしだしたが、とにかくこの小鉄と呼ばれている男は大声で喋るのでうるさくてかなわない。
間もなく唐揚げができあがった。若者は、一心不乱に食べ出した。
「ヤバい! これめちゃくちゃ美味い!」「マジかよ!? この唐揚げもはや神!」
口々に唐揚げを賞賛……。まあ大将の作るものだから不味いわけがないのだが、この辺は素直でよろしい。ただ、言葉のチョイスは何とかならんのか? 頭悪いの丸出しだぞ!
「めちゃ美味いな! よう、そっちの兄ちゃんも食うか?」
小鉄と呼ばれる男は俺に聞いてきた。
「いや、大丈夫。そっちで楽しんでくれ」
「なんだよ? 折角やるって言ってんのに? 唐揚げじゃなくって、このネエチャン目当てで来ているのかよ?」
うるさい奴だな……。俺は顔を背けた。しかし、小鉄と呼ばれる男は、まだ何か言っていた。
その時、『ゴンッ!』っていう鈍い音が店中に響いた。いや、本当に大きな音だった。何事かと振り返ると、小鉄の脳天にゲンコツが落ちていた。
「おう、久しぶりだな。まだこんな行儀の悪いことをしてるのか?」
ジャガーズの野球帽のツバをクルリと後ろに回したゲンコツの主は……、は、原田さん?
「痛ってぇ! 何しやが……って、原田さん!?」
小鉄と呼ばれる男が叫んだ。と、同時に他の三人も振り返り、持っていた唐揚げを皿に放り投げて、慌てて作業ズボンで手を拭き、『気を付け!』の姿勢に変わった。いわゆる直立不動状態だ。
「この店は、俺の行きつけなんだよ。お前等行儀良くしねぇと承知しないぞ!」
原田さんは一喝した。
「小鉄! お前、さっき俺の友人にちょっとハネた真似してたよな?」
原田さんは小鉄の口を掴んだ。小鉄は抵抗できずにプルプルと首を横に振る……。小鉄の足は精一杯つま先立ちをしているが、それでも少し浮いている。
「自分らは、酒飲んで唐揚げ食ってただけっス!」
残り二名は、直立不動のまま叫んだ。原田さんはチラリと大将と椎名の方を見た。
大将と椎名は頷く……。
「ほほう……。行儀良くしてたんだな? 間違い無く」
原田さんは小鉄の口を掴んだまま二人に聞いた。
「マジっす! 迷惑かかるようなことはしてないっス」
二人は必死で弁解……。それにしても原田さん、何者だ? 三人のビビり方、尋常じゃない……。しかもこんな恐い原田さんも初めて見た。迫力満点だ!
「本当だな?」
原田さんは小鉄を二人の元へポイッと投げた。小鉄にぶつかって二人はよろめいたが、すぐさま三人揃って、直立不動に戻った。
「すいません! すいません! すいません!」
三人は必死で謝っている。
「お会計、お願いします!」
さっきまで掴まれた口を押さえながら小鉄が言った。椎名は伝票を見せると、五千円札を置いて、三人は逃げるように帰って行った。
「あ、お釣りあったのに……。一二〇円ですけど……」
レジで呟く椎名。
「もらっときなよ」
原田さんが言った。
「原田さんのお知り合いですか?」
俺は聞いた。
「知り合いってわけじゃないけど、知らないわけでもないな……」
またこれだ。どんだけ交友関係広いんだろ、この人。
「あいつ等は電工技師なんだよ。俺は講習会の時に時々講師で呼ばれるんだが、あいつ等はあんまり行儀が悪かったんで、一度ヤキを入れたことがあるんだよ」
ヤキを入れるって……。
「この時代だから、あくまで合法的にだよ? 講習会の時、三人揃って机に脚上げて寝てたんだよ。丁度その日の講習で使う銅線と発電器があったから、寝ている三人の手足に銅線巻いて、発電器に繋いだんだよ。で、仕上げにその足にポットの水をかけて。
暫くしたら三人とも起きたから、『今から発電器のスイッチ入れるよ』って……。
急に三人ともいい子になって必死で謝ったんでゲンコツだけで済ませてやったのに、甘かったかな……」
結局ゲンコツだったのね。銅線も含めてどこがどう合法的なのかわからないな。
「発電器のスイッチ入れたらどうなるんですか?」
椎名が言った。
「足は黒こげになるだろうな……。業務用だったから、死ぬかもしれないな。電気って扱い方間違えると、危ないからなぁ」
原田さんは笑った。いや、笑い事じゃないし。扱い方間違っているの、原田さんでしょ?
「全然合法的じゃないですよ」
椎名が笑った。
「いや、だから電気の扱いを間違えると恐いよって講義ってことで……」
一同爆笑。
「さっきの姿を見たら、逆に不憫になっちゃいましたよ」
「それなら良いが……。あ、椎名、ビールくれ! 今日は忙しくってくったくたさぁ……」
「台風だったのに?」
大将が言った。
「台風だったからだよ。あちこち電気トラブルが出てさぁ。朝から今まで現場から現場へ……」
「お疲れさまでした。おつぎしますね」
椎名は俺の時同様、原田さんにビールを注いだ。
「お、ありがとうさん。一気に元気が回復だ」
「月野さんの方が良かったですか?」
「いやいや、椎名でも十分元気回復さ!」
さっきのゲンコツの恐いおっさんと同一人物とは思えない……。
「こんばんは~」
入ってきたのは烏丸さんと南ちゃんだ。
「椎名さん、久しぶり~」
椎名に駆け寄って、両手でハイタッチする南ちゃん。
「お久しぶりです」
そう言って、俺たち一人一人に丁寧に挨拶をする烏丸さん。更に引き締まった感じだ。
「あ、そうそう、原田さん、小鉄て知ってはりますか?」
南ちゃんは聞いた。
「ああ、さっきゲンコツ落としたところだ」
「あのアホ、またボケカマしよってんな……」
「知り合いなの?」
椎名が聞いた。
「うん、あの子ら時々うちの店に来るねん。店の後輩の子でな、おっぱいが大きい子がいるんやけど、いつもシャンプーをその子に頼むねん。シャンプー上手いんやろうな、て思て観察してたら、わざと顔ずらしておっぱいにくっつけよんねん。私、後輩やられたら我慢でけへんタイプやし、途中でシャンプー変わってな。店長に見つからんように小鉄の鼻の穴に顔に乗せてるハンカチの隙間からハサミの先突っ込んで『もうしたらあかんで』って注意したことあるねん……」
小鉄……。どこまでも不憫な奴……。
「それで南のことを見て、ビビってたのかぁ。南は凄いねぇ……」
いやいや、烏丸さん。和やかに感心し過ぎですよ……。椎名も引いている。
「なんでやのん! ビビっているんやなくて、うちの誠意が伝わってるだけやん! ハサミかてちゃんと閉じた状態で片方に入れただけやで?」
そう言って、烏丸さんの腕に絡みついていたけど、誰もそうは思っていないよな……。
「南は、高校の時、結構ヤンチャしてたんだよね?」
「丸太さん、そんなん言わんといてぇな。若いときの話やん……」
「どうして原田さんの知り合いだと?」
俺は聞いた。
「さっきバッタリ道で会うてん。そしたら目をソらして逃げようとするさかい、『どこ行くねん!』って聞いてん」
一同フンフン頷く。
「そしたら、『今日は勘弁して下さい! もう原田さんだけで十分です!』っていきなり泣き入れよんねん。この辺で、やんちゃな子に泣き入れられる原田さんて言うたら、原田さんくらいしかおらんやろ?」
「なんで俺なんだよ! 失礼だな!」
原田さんは憤慨している。他の一同は納得している。
「あいつらめ……。やっぱりあの時、発電器のスイッチを入れておけば良かったかな……」
物騒なことを呟く原田さん……。やっぱり南ちゃんの直感は正しかったな……。
「ハサミ閉じなかったらどうなるの?」
椎名が聞いた。
「え? 開いた状態で、両穴に?そりゃ、カミソリみたいに、スパッと鼻の穴が一つになるけど……」
ん~、南ちゃんの方が物騒かも……。




