ザリガニ
*038ザリガニ
038
椎名との水族館。実に楽しかった。今回は砂浜にも出て、売店でいろいろ買って食べた。原田さんの車を借りたということで、椎名はお気に入りのCDをいっぱい持ってきて聞かせてくれた。相変わらずサウンドは最高だった。いくらかかっているんだろ?
「いらっしゃい!」
いつもの透き通った椎名の声。大将は何やら仕込み中。こういう日は何が出てくるのか楽しみになってしまう。
店にはトリオの三人と和久井さん。三人の話に和久井さんはニコニコ笑いながら頷いている。
「椎名、ビールくれ」
すぐさま椎名がキンキンに冷えたビールとグラスを持ってきた。
「この間はありがとうございました。長時間の運転、お疲れさまでした」
そう言って、俺のグラスにビールを注いだ。確かに、夏休みに出かける家族連れで道路はひどく混んでいた。また、運が悪いことに、道のりの途中の地域で花火大会があったらしく、帰りはかなり混んだ。
「どうだったんだい? 椎名とのデートは?」
原田さんが話しかけてきた。
「楽しかったですよ」
「道、大丈夫だったかい?」
横田さんが言った。
「ああ、確かにめちゃくちゃ混んでいました。お陰で椎名が持ってきたCDが殆ど聞かせて貰うことができましたけど」
「水族館も混んでいた?」
月野さんが言った。
「いえ、殆ど砂浜に出るのが目的の人が多くて、俺たちが行った時間は結構スイスイと回れましたよ。帰り、U市の花火大会の渋滞とぶつかったときは、しばらくびくとも動きませんでしたけど」
「あ、そうか。あの日、花火大会やっていたんだな……。ご苦労さんだったな」
原田さんが言った。
「いえ、それが丁度花火が見えるところで渋滞につかまったので、車を路肩に止めて荷台に二人で座ってコーヒー飲みながら観覧してましたよ」
「あら、それはロマンチックね。良かったわね、椎名」
椎名はコクンと頷いた。
「養生用だと思いますが、荷台の工具箱に毛布を積んでいてくれたので、ちょっとしたソファー気分でくつろげましたよ」
俺は笑った。
「なるほど、そう言う使いかたがあったか。ちなみにあの毛布は俺が五年ばかり使っていた毛布さ」
「あはは、そんな感じでしたね。結局花火を最後まで見て、終わってからのんびり帰ってきました」
「今回は、ヒトデひっくり返して椎名に叱られなかったの?」
月野さんは笑いながら言った。
「どうして知っているんですか?」
視線を椎名に向けると、首をすくめて舌を出していた。前回のこと話したのね……。まあ良いけど。
「兄ちゃん、お茶目なことをするんだな?」
原田さんが笑った。
「それを言うなら、たーくんなんて小学校の時、ウミガメを持ち上げるって言って、途中で落としちゃってさぁ。水槽の底で『ゴンッ!』って凄い音……」
「横ちゃん! いらないことは言わなくて良いよ!」
「だって、本当のことじゃないか……」
「あれは、亀が予想以上にヌルヌルしていたから……」
ちょっと待て、俺は小学生いたずらレベルなのか? 単純にひっくり返ったヒトデってどうやって元に戻るのかなぁって思っただけなんだけどな……。
「泳いだの?」
月野さんは言った。
「砂浜には出ましたけど、水着持ってなかったんで……」
「あれ? 泳がなかったの? 水着って椎名も持って行かなかったの?」
月野さんが椎名に聞くと、何とも椎名の微妙な反応……。
「あれ? 椎名、泳ぎたかったの?」
今更気が付いた俺。何も言わない椎名……。
「兄ちゃん、折角の椎名の水着姿拝めたのに……。チャンスを逃しちまったな!」
「原田さん、あのですね……。ていうか椎名、悪いことしたな。俺、全く気が付かなかったわ……」
「い、いえ、全然構いませんよ。水族館もお食事も花火もドライブも全部楽しかったですし……」
慌てて弁解する椎名。
「まあ、日頃恐ろしく鋭い気づきがある反面、気付いて欲しいことには中々……、ね?」
月野さんは椎名にウインクした。
「ち、違いますよ! もしかしてって思って一応用意していただけで……。泳ぎはしませんでしたが、海にも入りましたから」
「ほとんどぬるま湯みたいだったよな?」
「ええ、暑過ぎて直ぐに室内に戻りましたね」
椎名が笑った。
「椎名って日焼けしているのを見たことがないが、焼けないのか?」
横田さんが聞いた。
「ええ、その日の夜に赤くなっておしまいです。一応ヒリヒリはするのですが、生まれてから一度も日焼けで皮がむけたことはありません」
「あ、私も。ペリペリめくっている人とか、ちょっと羨ましかったなぁ」
月野さんと椎名が互いに頷く。『色白あるある』らしい……。
「何が羨ましいもんか。服を脱ぎ着する度にポロポロ落ちて、うっとうしいったら……。なあ? 横ちゃん」
「ああ、面倒だからいつもガムテープ貼って、一気にはがしてたよな?」
原田さんと横田さんが互いに頷く。『日焼けあるある』らしい……。
「そう言えば、べっぴんさんは泳ぎに行かないのかい?」
「海水浴なんて、何年も行ってませんよ。第一一緒に行く人がいませんから」
「エドちゃんとは?」
「彼は夏休みを利用して、向こうへ帰りましたよ」
「おや、金魚はどうするんだい?」
「部屋で蚊取り線香焚いて、全滅したらしいです」
「おやおや、折角セットまで買ったのにな……。俺なんか、昔水槽に入りきらないくらい大きく育てたことがあったけどなぁ……。知ってるか? 金魚って専用の餌をやらないと、どんどん色が薄くなって、普通のフナみたいになっちゃまうんだぜ?」
「そうなの? 知らなかった」
椎名は頷いている。俺は知らなかったな……。
「で、どうなったんですか? そのフナ化した金魚は?」
月野さんは聞いた。
「仕方がないんで、近くの池に放流したよ。ただ、毎日学校帰りに給食のパンを少しだけ残してやりに行ってたけどな」
原田さんは言った。
「ちゃんと寄ってくるんですか?」
俺は聞いた。
「ああ、金魚は結構賢いから、人に懐くようになるよ。水槽の水替えの時だって、一度も網なんて使ったことが無かったからな……」
「それだと余計に可愛いですね」
椎名は言った。
「まあな。ただ、元々住んでいたフナ共が、俺の金魚に付いてきたら餌がもらえることを覚えやがって、日に日に寄ってくる魚の量が増えちゃってさ……」
原田さんは笑った。
「確かに、俺も一緒に行ったことがあるけど、池にたーくんが近づくだけで、バシャバシャ音を立てて寄ってきていたもんな。俺もパンを残しておいて、一緒にやったけど、全然足りなくって大変だったよな?」
横田さんは笑った。
「そう言えばあの頃、たーくんはアルバイトしていたよな?」
ポンと手を打って、思い出したように横田さんは言った。
「どんなバイトですか?」
思わず聞いた。
「あの池って、最近じゃ誰も行かないけど、昔は結構釣りをしている人が多かったんだよ。で、たーくんのフナ寄せが有名になっちゃって、一回百円で餌巻きするんだよ。そしたら、どんなに釣りの下手な人でも入れ食い状態になっちゃって……」
信じられないが本当なんだろうな……。
「あの時期は、多い月は八千円くらいになっていたな……。全部母ちゃんに没収されたけどな……。晩飯の足しにするって……」
「どのくらい続けたの?」
大将は聞いた。
「ああ、直ぐにやめたよ。二ヶ月くらいかな。やっても母ちゃんに没収されるだけだったし、結果的にマズいオカズが増えるだけだろ? 俺にとっちゃ何のメリットも無かったからなぁ」
一同爆笑。
「しかもよ、フナは俺がヒドいことをしないことを知っているから寄って来てたんだろ? 何だか騙しているみたいでさぁ……」
原田さんらしいな……。心が綺麗なんだよなぁ、この人。
「でも、今じゃあの池、誰が放したのかわかんねぇが、ブルーギルとブラックバスが大量に増えて、フナなんて殆どいなくなったって話だよ」
原田さんはため息を付いた。
「そういう池、多いみたいですね」
椎名が言った。専門学科的によく耳にするんだろうな……。
「昔はザリガニを釣りによく行ったなぁ」
しみじみと原田さんが言った。
「たーくんとザリガニ釣り行くのは嫌だったな……」
「どうしてですか?」
俺は聞いた。
「たーくん、バカスカ釣るんだけど……ちょっと……」
何とも言いにくそうだ。
「普通はさ、ザリガニ釣りの餌ってチクワかスルメのゲソを使うんだよ。釣り竿みたいに気の棒の先にタコ糸結んだ先に餌を付けて、ザリガニがそれを挟んだらそっと上げるって具合さ」
原田さんは持っていた箸を使って説明してくれた。一同フンフンと頷く。
「チクワよりはスルメのゲソの方がよく釣れるんだよ。でも圧倒的に釣れる餌を俺は発見しちまったのさ……」
「たーくん、もう良いよ……。思い出して来ちゃったよ……」
「何なんですか?」
横田さんの制止を振り切って俺は聞いた。どうにも気になる。
「それがな、『ザリガニ』なんだよ。一匹目を釣ったら、エビをむくみたいにプリッとネジって……。そいつを餌にすると、池におろした瞬間から、大量のザリガニが集まってくるんだよ。後は放っておくと、食いついたザリガニにまた他のザリガニが食いついて……、共食いの固まりみたいなのが釣れるんだよ」
原田さんはそう言いながら、目の前でスイカくらいの大きさの玉を両手で描いた……。
「イヤァッ!」
椎名は想像して、そっぽを向いてしまった。確かにグロテスクな光景だ……。
「かなりエグい光景……」
月野さんも両手で自身を抱きしめる格好……。ゾッとしたんだろうな……。
「そりゃ、それを直接に見たら……。エビ味噌っていうのか? こぞってみんながそこをつつきまくっているんだぜ。さっきまで同じ仲間だったのに……」
横田さんが呟いた。椎名と月野さんは更に引いている……。
「たーくんがまた喜んじゃってさぁ。俺のところに持ってくるんだよ。その固まりを。で、俺が見たくないから逃げると、後ろからそれを俺の背中に投げつけるんだよ? 自分の背中でザリガニの固まりがバラバラになる体験なんてしたことあるかい? 本当にたまんないよ!」
横田さんは余程嫌な思い出だったのか、力説が続いた。
「そんなにつかまえてどうするんですか?」
椎名が聞いた。
「どうしたっけなぁ。『虫が付いている』って母ちゃんに言われたから食べることは無かったな……。結局池に戻したんじゃないかな。あんまり覚えていないけど」
「じゃあ、最初の一匹だけが災難に遭うってことですね?」
俺は聞いた。
「そうだな。でも、まあ子どもの遊びだからそんなもんだろ?」
そう言って、原田さんは高らかに笑った。『心が綺麗』を返して貰おうかな……。
「でも、仕入先にザリガニはあるよ。恐らくしばらく真水のところで生活させて、『泥吐き』をするんだろうな……」
大将が言った。
「なんだ? 食えるのか。美味いのかな?」
原田さんが聞いた。
「だろうね。不味かったら仕入先に並ばないだろうし……」
「何なら大将、俺が大量にとってきてやろうか? 『ザリガニパーティー』とかどうだ?」
「絶対にイヤだよな?」
横田さんはみんなに聞いた。確かにさっきの話を聞くと、ちょっと躊躇するな……。でも一度も食べたことないし、ちょっと興味はあるかも……。
「そもそもは食用として輸入してますからねぇ……」
椎名が言った。
「そのパーティの日は事前に教えてくれよな? 俺はトラウマで食えそうにないから……」
横田さんは言った。
「結構、美味いぞ……」
和久井さんがニヤリと笑った……。
これは実現してしまいそうな流れだ……。




