再会
店は駅からちょっと離れたところにある。しかも、商店街のある細い路地を曲がったところ。最初は誰かに連れてきてもらわないとたどり着けないかも。赤提灯が目印の俺の行きつけの店、それが『立ち飲み処☆創』だ。
俺は、今その店の軒先で傘を丸めている。厨房側の小窓から店内がちらりと見える。椎名がテレビを見ている。大将の姿は見えない……。椎名は熱心にテレビを見ては、時々手元に視線を移す……。それにしても、テレビの画面には、結構激しい男女のお互いを求め合うシーンが……。
何となく店に入り辛くなって、軒先から中の様子を伺う。相変わらず熱心に椎名がテレビを見ている……。ちょっと意外……。その時、背後から声がした。
「あ、いらっしゃい! こんなところで何してんだよ? さあ、入った入った……」
大将だ。どこかへ買い物にでも行っていたのだろう。手には袋を下げている。俺は、小窓を指さした。
「あ、椎名? 留守番頼んだんだけど、何かあった?」
明るく聞く大将。内容が内容だけに俺の口からは言いにくい……。俺が黙っていると、ちょっと不思議そうな顔をして、大将は先に店に入った。俺はそれに付いていく……。
「ただいまぁ!」
元気良く店に入る大将に、椎名は視線を向ける。店の中は静まりかえっている。
「椎名、これ」
そう言って、大将は袋の中から何かを取り出して、椎名に渡した。椎名は受け取るとすぐにテレビのリモコンを開け、中の電池を交換し始めた。
「これでよし……。で、エイッ!」
そう言いながら、テレビにリモコンを向ける。ニュースが流れた。
「尾田さん、やはり電池がなくなっているだけでした」
「ああ、そうかい。随分変えていなかったものな……」
奥から大将の声が響く。
「あ、音が消えている……。これかな……」
ボリューム調整をし、ニュースの音声が店に流れた。
「ビールかい?」
奥から大将の声が聞こえた。
「あ、はい」
俺は答えた。その声で、ようやく椎名は俺の存在に気づいたようで、慌てて駆け寄ってきた。
「ご免なさい! すぐに出しますね」
そう言って、キンキンに冷えたビールとグラスを出して、俺の前に置いた。
「リモコンの電池が無くなったの?」
「ええ、でも、もう大丈夫です。今取り替えましたから」
「さっきは結構激しいのを見てたね……」
「え? 何ですか? 激しい?」
きょとんとした表情の椎名。
「あ、いや。気づいていなかったんならもういい……」
俺は誤魔化した。
「え? ちょっと待って下さい。何だか凄く気になるんですけど……。このリターンボタンを押せば、さっきのチャンネルに変わるはず……」
そう言って、椎名はさっきのチャンネルに戻した。テレビには、さっきの男女が。お互いをの求め合う行為に拍車がかかっていて、かなり過激な映像が流れた。しかも、さっき、音量を上げたこともあって、その官能的なサウンドは店中に響き渡った。
「……ッ!」
慌ててチャンネルを戻す椎名。もう顔は真っ赤だ……。本当に幾つだ? この子は……。
「リモコンのことで頭一杯で、全く映像見てなかったです……」
下を向いたまま呟く。少し汗をかいている……。
「あああああっ! どうしよう!」
突然、椎名が叫んだ。
「何だ? どうした椎名?」
あまりの勢いに驚いた大将が、奥から出てきて聞いた。
「さっき、尾田さんが買い物に行ってから、酒屋さんが伝票持ってきたんです。私、生返事で伝票もらって……。絶対に見られていますよね? さっきの番組……」
椎名はそう言って顔を両手で隠した。
「まあ、今頃は、『あの立ち飲み屋の従業員の女の子は、大将の留守中に客がいないのを良いことに、職場でいかがわしい映像を見ていた』って噂になっているかもしれないね」
大将はそう言って笑った。
「私、そんなことしていません! 私はリモコンのことで頭一杯で……。本当ですよ!」
必死で俺たちに言い訳をする椎名。ちょっと涙目。めちゃくちゃ可愛いぞ!
「大丈夫だよ。誰もそんなこと思わないよ」
大将は大笑いしながら言った。俺も頷く。
「でも、さっきの状況だと、本当に誤解されている可能性が……」
椎名はかなり気にしている様子……。
「あの過激な場面は俺が軒先に着いたときから始まったから、酒屋さんが来たタイミングだったらまだだったんじゃないかな……」
いや、あくまで推測だけど、こうでも言わないと収集が付かないしな……。
「本当ですか?」
「おそらく……」
「おそらく?」
「いや、大丈夫だよ……。多分」
「多分?」
「大丈夫! 絶対!」
「絶対ですか?」
「おそらく……」
恐ろしく不毛な会話がしばらく続いたが、椎名も諦めたようで、『ハァ……』とため息を付いた。
「毎度!」
入ってきたのは元気印の原田さん。何故か一緒に月野さん。
「こんばんは~。チャオ! 椎名! あれ? どうしたの?」
月野さんは椎名の様子にすぐに気づいたようで、声をかけた。
「椎名が店主の目を盗んでいかがわしい番組を見ていたって話でね……」
大将が大雑把過ぎる説明をした。
「そうなの? 椎名!」
驚いた様子の月野さん。
「違いますよ! 尾田さん、説明が誤解招き過ぎです!」
椎名は必死だ。見ているこっちは面白くてしょうがない。
「わかっているわよ。椎名がそんなことするわけないでしょ?」
月野さんの笑顔に救われた表情になる椎名。良かったな……。
「あれ? この話、もう終わり? 面白かったのに……」
ゲラゲラ笑いながら言う大将に、椎名は『イーッ!』ってしている……。
「何だかしらねぇが、椎名、ビールくれ。のどが渇いた」
原田さんが言った。
「あ、ごめんなさい……。すぐに……」
そう言って、ビールとグラスを運ぶ。
「月野さんは水割りですか?」
「ええ、いつも通り。今までいろいろからかわれたのね? 可哀想に。椎名も水割り飲む?」
にっこり笑う月野さん。
「あ、ありがとうございます……。頂きます」
椎名は二人分の水割りを作り、月野さんと乾杯してガールズトークに花を咲かせている。何とかさっきの件は一件落着したようだ……。そもそもの発端は俺なんだけど……。面白かった……。
「あ、そうだ。大将、牛骨とかってあるかい?」
原田さんが聞いた。
「え? 牛骨かい? だし用に冷凍しているやつならあるけど……。こんなのどうするんだい?」
「いやな、俺んちの斜め向かいの婆ちゃんがな……」
「ああ、ひったくりの一件の?」
「ああ、子犬が一匹増えたんだよ。で、こいつが人懐っこくて可愛いやつでさ。時々脱走して俺の店に来るんだよ」
原田さんは続けた。
「ところが、うちに来たって犬が喜びそうなもんなんか何にもねえし、勝手に食べ物与えるってのも、よろしくないと思うんだよ……」
「で、骨ってわけか……」
「ああ、まだ子犬だから、バリバリ食えるわけじゃないだろうし……。余っているのがあったら分けてもらおうと思ってな……」
「別にこれでも良いなら持って帰ってくれて良いけど、折角だったら新鮮なやつの方が良くないかな? 明日仕入れに行った時に、もらっておくけど……」
「あ、それなら頼めるかい? 商店街の肉屋の親父、ここしばらく旅行なんざに行きやがって、開いてないんだよ。ハワイだとよ! 肉の裏には何が入っているんだろうな?」
原田さんはそう言って笑った。
「わかった。昼頃に原田さんの店に持って行くよ」
「よろしくな。電気流れているもんでも噛まないかって心配でさぁ……」
その時、店の玄関が開いた。
「こんばんは~」
入ってきたのは横田さん。
「椎名、焼酎ロックで」
「は~い」
椎名はクルリと振り返って返事をした。
「もうすっかり元気だな?」
大将は笑った。
「もう! やめて下さいよ。折角忘れていたのに……」
椎名はぷう、とふくれた。
「何かあったのかい?」
横田さんが更に追求……。大将は大笑い。
「な・に・も・な・い・で・す!」
必死で断定する椎名。その勢いに横田さんは……、あれ?鼻の下延びてる。
「こういうのも可愛いなぁ。椎名は。本当に何やっても何言っても……」
この人、ダメだ……。血縁関係の無い『親バカ』だ。いや、年齢的に『爺バカ』かも……。
「あ、そうそう。たーくんの勘って凄いねぇ」
「だろ? やはり?」
「ビンゴだったよ」
「後は、どうしたものかな……。タイミングはばっちりなんだが……」
原田さんはフム、と考えている。
「こちらも何かあったのですか?」
俺は聞いた。
「まあな……」
原田さんにしては曖昧な返事だ。まだ熟考している……。しばらくして口を開いた。
「椎名、明日何時だっけ?」
「確か十時に現地集合だったと思いますよ。私は準備があるから、九時半って言われましたけど……」
「そうか。よろしく頼むぜ。横ちゃんも気合い入ってるぜ。椎名からトロフィーもらうって」
原田さんの言葉に横田さんが椎名に向かって手を振った。
「是非頑張って下さい。私も頑張りますから……」
椎名も両手でガッツポーズを取った。
「頑張るのは良いけど椎名が表彰される立場になったら、誰がトロフィー授与するんだ?」
横田さんは言った。
「本当だな……」
原田さんも頷く。
「明日、何があるんですか?」
月野さんが聞いた。その瞬間、原田さんの目がキラリと光った。
「明日は町内会のボーリング大会なんです。私はそこに参加させて頂く代わりに、お手伝いに行くんですよ」
「椎名は町内会の人間ではないが、町内会で一番の有名人だからな!」
嬉しそうに横田さんが言った。
「へぇ、楽しそうね」
月野さんは言った。
「何だったら、べっぴんさんもどうだい?」
「良いんですか?」
「ああ、確かに横ちゃんが言うように、椎名が上位に食い込まない保証は無いしな。その時はべっぴんさんがトロフィー授与手伝ってくれよ」
原田さんはそう言って、月野さんに手を合わせた。
「全然構いませんよ。明日は何も予定ありませんから」
「でも、月野さんと私が上位になったらどうするんですか?」
椎名は笑った。
「そうなりゃ、それはそれで表彰台に花が二人もいるんだろ? 誰がトロフィー渡したって、誰も見てないよ」
原田さんは笑った。
「じゃあ、椎名に渡すのは俺で、月野さんはたーくんが渡すってのは?」
「いいねぇ、逆の時もそれで頼もうかな。べっぴんさん、俺頑張るわ!」
「あはは、頑張って下さい。期待してますよ。ところで、何時までですか?」
月野さんが言った。
「十二時解散だったな。なあ、べっぴんさん。その後、少しだけ時間空いているか?」
「ええ、明日は一日空いてますけど……」
「じゃあ、その後にちょっと付き合ってもらいたい場所があるんだが……。いや、そんなに時間はかからないが……」
「良いですけど、何ですか?」
「まあ、それは行ってからのお楽しみってことで……。お、明日は早いんだった。大将、帰るわ……。べっぴんさんの件については、帰ってから実行委員の連中に連絡しておくから。十時までに来てくれたら大丈夫だよ。詳しいことは椎名に聞いてくれ」
「あ、俺も」
原田さんと横田さんはそう言って、店を出た。
「明日は飛び切り良い牛骨を貰ってこなくっちゃな……」
大将は小さな呟いた。




