烏丸さんと南ちゃん
「うち、丸太さんがいないと生きていけへんて思うねん……」
南ちゃんは椎名に向かって呟いた。
「どうしたの? 何かあったの?」
慌てて椎名が聞いた。
「うち、この前タブレット買うてん。これやねんけど……」
南ちゃんはそう言って、トートバッグからタブレットを取り出した。
「いいなぁ。画面が大きくて見やすいでしょう? スマホだとどうしても用途が限定されちゃうのよね……」
そう言って、椎名はポケットからスマホを取り出してチラリと見た後、再びポケットにしまった。
「この間、スマホ壊してしもたやろ? その後携帯ショップに新しいのを買いに行った時に、チラシが置いてあってな。デジタル版の新聞の定期購読申し込んだら、タブレットが付いてくるってやつがあってん。うち、新聞でも読んだらちょっとはかしこくなるかな、て思てそれ申し込んでん。そんなに高い金額でも無かったし」
南ちゃんはそう言って、タブレットの電源を入れ、新聞の画面を出して椎名に見せた。
「へぇ……。本当に新聞そのままなのね……。WEB風になっているのかと思った……」
椎名が言った。
「わからへん漢字とかあっても、そのまま辞書機能使て調べれるから私でも読めんねん。めっちゃ時間かかってるけど……。椎名さんもは新聞てとってる?」
南ちゃんは言った。
「私は新聞取ってないな……。大学行けば、十種類くらいの新聞が置いてあるから、それ済ませてる」
椎名は答えた。
「十種類? そんなん全部読んだら、うち、一日が終わってしまうわ……」
南ちゃんが驚いたようすで言った。
「あはは、私も全部は読まないわよ。見出しを見て、興味があるのだけ読んでるだけ。いつも読んでいる新聞も二種類くらいだし」
椎名は答えた。
「あかん、うちがそれしたら、全部飛ばしてしまう……」
南ちゃんはそう言って笑った。椎名は対応に困っている様子だった。
「そのタブレットと烏丸さんがいないと生きていけないこととの関係は?」
大将が助け船を出した。
「うん、うち今までアプリを追加とかしたことなかってん。スマホは完全に連絡用やし。そやけど、このタブレット使うようになって、無料のアプリがいっぱいあるって知って、そらもう、いきなり目の前に宝の山が出来たみたいな感じやってん」
一同フンフンと頷く。そう言えば俺も初めてスマホを手にしたときは、使いもしないアプリを大量にインストしていた気がするな。
「それで?」
椎名は南ちゃんに聞いた。
「うち、インチキアプリにだまされるタイプみたいでな……。『体重量れるアプリ』とか知ってる? うち、丸太さんが止めへんかったら、確実にタブレットの上に乗って、壊してたわ……」
出た! 南ちゃんワールドの始まりだ……。
「『ソーラー充電できるアプリ』も全然充電せえへんから、昼間ずっとベランダに置いていたら、アッツアツになって、火傷しかけたし……」
椎名がクルリと後ろを向いた……。笑いを堪えているな……。肩が揺れている……。
「無料アプリに目覚めて、スマホも強化したろと思てん。そしたら『歩きスマホ警告アプリ』ってのが、スマホの会社から無料でダウンロード開始! とかってあったから、早速入れたけど、私歩きスマホみたいな器用なことでけへんし、通話しているときは、警告見えへんし、仮に歩きスマホしても『するな!』って警告出るんやろ? 何のために入れたんか訳がわからへん……」
いつもにも増して、南ちゃんの天然パワーは凄い。しかも、毎回椎名のツボのど真ん中を射抜くようで、椎名の耳は真っ赤だ。大将素知らぬ顔でも包丁の手入れをしているけど、微かに肩は揺れている……。
「後、丸太さんに料理振る舞おうと思って、レシピアプリとかも入れてみてん……」
南ちゃんが言った。普通の話に戻って、椎名も大将もホッとした表情に……。
「結構充実しているらしいね。レシピアプリって」
大将が言った。
「プロから見てもそうですか?」
俺は大将に聞いた。
「ああ、侮れないよ。結構しっかりしている」
大将が言った。
「それがな……、書いてある通りに作っているはずやねんけど、うちが作るとめちゃまずいねん。どこがちゃうねんやろうと思て、何度も読み返しているうちに、タブレット持ち上げて写真を下から見ようとしてたりすんねん。見えるわけないのに……。ほら、小さい子がミニスカートのポスター見て、下からのぞき込むみたいな感じ。そんな自分がタマらん情けなくなってくるねん……」
南ちゃんはまたため息をついた……。再び後ろを向く椎名。肩がガタガタ揺れている……。
「椎名さん? 今、めちゃくちゃ笑われてる!?」
南ちゃんが言った。椎名がひきつった表情で南ちゃんの方を向きなおした。
「いや、南ちゃんらしいなぁって思っただけ……」
椎名は辛うじてこう発言したけど、声はヘロヘロに揺れている。
「うちらしいって……。要はアホなだけや。そやけど丸太さんはいつもそんな私に『次からは大丈夫だよ』って励ましてくれはんねん。その言葉に支えられて今生きていくモチベーションを保っている感じやねん……」
南ちゃんは言った。
「良い人だものね。烏丸さんは……」
俺がそう言った時、玄関が開いた。
「こんばんは~」
入ってきたのは烏丸さん。噂をすれば何とやらってやつか。
「烏丸さん!」
俺は思わず叫んだ。烏丸さんがやたらスマートになっている。細いわけではないが、前みたいな『恰幅の良い』な状態から、『がっちりした』くらいに変わっている。驚いた……。風鈴を持ってきてくれた日、大将がチラリと言っていたような気がするけど、ここまでとは思わなかった。
「ウーロンハイだったよね?」
大将が烏丸さんに聞いた。
「ええ、お願いします」
烏丸さんは大将に答えた。
「ずいぶん痩せたでしょ?」
烏丸さんはニッコリ笑って俺に言った。
「ええ、驚きました」
「南のお陰なんですよ」
烏丸さんが南ちゃんのほっぺたを手の甲でちょんと押した。
「南ちゃんの?」
「ええ、最近、南と一緒に食事をする機会が増えましてね。自慢のレトルトと冷凍食品を振る舞ってくれるんですよ」
「ええ、詳しいそうですね。彼女」
「凄いですよ。タブレット使うようになってから、更に調べまくっていろんなのを見つけてきてくれるんですよ」
烏丸さんは南ちゃんの頭を撫でてそう言った。南ちゃんは頭を撫でられながら、『エッヘン!』とばかりにその小さな体を反らせる。
「それと痩せたこととの関係は?」
俺は聞いた。
「レトルト食品とか冷凍食品って大抵カロリーとか書いているんですよ。まずそれを計算してくれるんです。そして、限られたカロリーの中で、物足りない気持ちにならないように組み合わせを工夫してくれるんですよ」
更に体を反らせる南ちゃん。もはや顔が天井を向いている。
「しかも、一つずつ調理して出てくるから、ちょっとずつちょっとずつ食べることになるんですね。すると、大した量じゃなくてもお腹が一杯になってくるんですよ」
「へぇ……。それにしても凄い効果ですね。南ちゃん凄いね」
俺は南ちゃんに言った。
「うち、仕事柄女の人のお客さんが多いからダイエットとかの話題は結構耳にするねん。女の人のお客さんはみんな『痩せたい、痩せたい』って呪文みたいに言うやろ? で、ちょっと痩せはったな、と思ったときに『痩せました?』って聞いてあげんねん。そしたら、みんな喋る喋る……。いろいろ聞いて有力やと思たんが、ゆっくり食べる作戦やってん。あんまり我慢せんと効果あるって言う人が多いねん。そやけど、丸太さん何でも飲み物みたいに食べはるから、ちょびちょび出す作戦に切り替えてん。アホなりにいろいろ考えてんで!」
南ちゃんは得意気に言った。
「南はそれで良いんだよ。沢山のことを知っていても、それをうまく利用できないのでは何の意味もないからね。僕は南をアホだと思ったことは一度もないけどなぁ……」
烏丸さんはそう言って笑った。
「何だか良いですね……お二人」
椎名が言った。烏丸さんはちょっと照れて頭をかいている。あ、南ちゃんの頭を撫でながらだけど。
「そや! うちな、この前ちょっと自分的な大発見してん」
南ちゃんは言った。
「何々?」
一同興味津々……。
「冷凍食品におにぎりがあるんやけど、最近の具の多彩さは凄いんよ。そやけど、何故か『たくあん』のおにぎりが無いことに気がついてん。他のお漬け物は大抵あるのに……。更に変なのはコンビニ弁当とかで『おにぎり弁当』とか買うと、横にたくあんが絶対って言って良いほど付いてるやろ? 何かたくあんだけおにぎりの世界では特別な存在やなぁって……」
南ちゃんはそう言った。
確かにそうだな……。みんなも頷いている。
「単純に何でだろうな……。俺も店で出すときには具材として入れたことがないけど、必ず横に半月切りを二切れ添えるな」
大将が言った。
「二切れって決まりなん?」
南ちゃんが聞いた。
「二切れは縁起かつぎっだよ。集客のおまじないだね」
大将は言った。
「そうなんですか?」
椎名が言った。
「一切れだと『人斬り』人を斬るってなっちゃうでしょ? 三切れだと『身斬り』で身を斬っちゃう。四切れだと『死斬れ』死んでお別れになっちゃうって具合さ。だから二切れなんだよ。まあ、するめを無理矢理あたりめって呼ぶのと同じ感じかな」
大将は言った。
「へぇ、知らんかった! 面白いな。思い出してみたら確かにいっつも二切れやわ」
南ちゃんは言った。椎名も納得して頷いている。烏丸さんはニコニコ笑っている。
「昔の縁起担ぎは面白いですよね? ダジャレみたいなの多いですけど」
烏丸さんは言った。
「そう言えば、前に商店街の抽選のお手伝いしたときに、景品を入れる袋を広げるのに振って空気を入れて広げようとしたら、お婆ちゃんに『客を振る』からダメって言われた」
椎名は言った。
「ああ、それも昔から言うね。銭湯の絵も猿は『客が去る』からダメとか、紅葉は『赤字になる』からダメとかって……。ダジャレが過ぎて、ちょっと神経質過ぎる気もするけど……」
俺は言った。
「たくあんは食器の掃除用に使われていたらしいですね?」
烏丸さんが言った。
「そうなんですか?」
椎名が聞いて、チラリと大将を見た。大将は頷いている。
「どうやって掃除するの? 何か食べ物やのに変な感じやけど……」
南ちゃんは言った。
「昔の食器は米粒がやたらとこびりついたらしいんですよ。ところが昔のお侍さんは絶対にご飯を残しちゃダメらしくて最後の一粒まで食べるんですね。ところが、こびりついたお米を取るのは面倒でしょ? そこで、今で言うお茶漬けにしたんですよ。これならお米がとれやすいってことで。その時にお米をさらう『スクレーパー』的な役割をしたのが、半月切りのたくあんだったわけです」
烏丸さんは言った。
「へぇ~、知らなかった。さすが丸太さん。物知りやなぁ……。ところで『スクレーパー』って何?」
南ちゃんは聞いた。
「掃除用のゴムヘラみたいなもんだよ」
烏丸さんが答えた。
「これね?」
椎名が洗い場からプラスチック製のゴムヘラを一つ持ち上げた。
「ああ、これ、うちの職場にもあるわ! さすが丸太さん。何でもよく知っているなぁ」
南ちゃんは大喜びだ。
「まあ、食器のことだしね……」
そう言って烏丸さんは笑った。ちょっと照れたのか、セカンドバッグから扇子を取り出し、パタパタ扇ぎだした。すると、その風に揺られて、風鈴がチリンと鳴った。
「あ、そうそう。風鈴ありがとうございました。評判良いです」
大将が言った。
「やろ? 椎名さんみたいやろ?」
南ちゃんが言った。
「南と町を歩いていると、『あ、椎名さんや!』って一件の店に飛びこんで、僕が追いついたときには店の中で風鈴片手に『とったど~!』って」
烏丸さんはそう言って笑った。
「だって、椎名さんの『いらっしゃい』と同じ音がしてんもん……」
南ちゃんが言った。
「たしか、光ちゃんもそう言っていたよな? この風鈴は椎名の声だって……」
大将が言った。
「まあ、褒め言葉ですよね? 良かったな。椎名」
俺は言った。椎名は少し赤くなって頷いた。
「綺麗な声って財産ですよね」
烏丸さんは言った。
「お兄さんも、椎名さんから『おかえり』とか言ってもらえたら嬉しいやろ?」
南ちゃんが俺に言った。まさかの……。
チラリと椎名を見たが、お互い顔を見合わせて、沈黙してしまった……。




