カミナリと車
「いらっしゃい!」
椎名の透き通った声。最近じゃ、この声が俺の中での週末の合図になっている。
店の中には原田さんと横田さん、和久井さんもいる。
「椎名、ビール」
「は~い」
椎名はキンキンに冷えたビールとグラスを俺の前に置いた。
「梅雨、明けたらしいね」
ニュースを見ていた大将が言った。
「ああ、そうですか。一昨日はひどい雨でしたが、あれが降り納めだったのかな……」
俺は言った。
「一昨日は本当に凄かったですね。一日中カミナリもなっていたし……」
椎名は言った。
「椎名はカミナリが恐いのか? ヘソ取られるとか?」
横田さんが嬉しそうに言った。
「オヘソですか?」
椎名が言った。
「今はそんな迷信、誰も言わないから椎名くらいだと知らないのかもな……」
大将が言った。
「ええ、言われてみれば聞いたことがあるような気がします。だからといって、カミナリが鳴った時に『あっ! おへそ!』とはなりませんけど……。そもそもどういう関連性なんでしょうね。カミナリとおへそって」
椎名が言った。確かにどうしてなんだろう。考えたこともなかったけど……。
「カミナリ様も人のヘソ集めて、どうするんだろうね……」
俺は言った。
「気持ちの悪いコレクションだな……。食うのかな? イカの軟骨みたいに……」
原田さんが笑った。
「気持ち悪いこと言わないで下さいよ!」
俺は言った。一同頷く。さすがにその例えはグロテスク過ぎる……。
「ヘソを使った料理なんて聞いたこと無いけどな……」
大将も笑う。
「腹を出して寝ないようにするためじゃろな……。雨の日は湿度が高いから、実際の気温より暑く感じるからのう……。更に雷雨となると、一気に冷えるじゃろ? 後は落雷の時には、体を低くしてうつ伏せでやり過ごせとも言われとるな……」
和久井さんが言った。一同頷く。一同納得……。
「しかし、ヘソを取られたところで、母ちゃんから出てきた後なら特に必要無いよな? 俺、小さい頃ヘソ押さえてビクビクしていたけど、何がそんなに恐かったんだろうな……」
原田さんが言った。
「たーくん、それを言うなら男の乳首だってそうだろ? でも無かったら無かったで、嫌な感じがしないか? 別に困らないけど……」
横田さんが言った。
「それもそうだな。よく考えたら眉毛だって何のためにわざわざ独立して生えているんだか……」
原田さんが言った。
「野球の選手が目の下を黒く塗るのと同じじゃないんですか?」
意外にも椎名が言った。
「ああ、そうか! 椎名! やっぱり賢いな!」
原田さんが言った。
「そうだよ! 椎名は賢くて、優しくて、可愛い子なんだよ」
横田さんが言った。
「ああ、横ちゃんの『椎名褒め』はもういいよ。さすがに飽きちゃったから」
原田さんは返す。一同爆笑。椎名は赤くなっている……。いつもの平和なこの店……。やっぱり居心地が良い。その時、玄関が開いた。
「こんばんは。あ、チャオ! 椎名! あ、和久井さんお久しぶりです」
入ってきたのは月野さん。和久井さんがベレー帽をちょいと摘んで挨拶する。
「水割りかい?」
大将が聞いた。
「ええ、普通ので」
月野さんは答えた。それを聞いた椎名は水割りを作り始めた。
「何盛り上がっていたんですか? 店の外まで笑い声が聞こえていましたよ」
月野さんが言った。
「何って……。何だろな? 梅雨明けの話からへその話になって、椎名は賢くて優しくて可愛いって話だったな……」
横田さんは言った。
「何ですか? その展開……」
月野さんは笑った。
「あ、原田さん、この間はお車ありがとうございました!」
月野さんは原田さんに言った。
「ああ、使わないときはいつでもOKだよ。べっぴんさんの頼みとあっちゃね」
原田さんは笑った。
「お陰で椎名と一日楽しみました。ね? 椎名」
「ええ、凄く楽しかったです。また一緒に行きましょう」
椎名も嬉しそうな表情だ。よほど楽しかったんだろうな。
「ところで、原田さん……。あの軽トラ、かなりイジっていませんか?」
月野さんが言った。
「え? べっぴんさん、車わかるのかい?」
原田さんは驚いた様子で言った。
「実は、私のお父さんもかなりの車好きでして……。更にお祖父ちゃんも……。ね? 和久井さん?」
月野さんは和久井さんに話を振った。和久井さんは照れているのだろうか、ベレー帽の先をちょっと下げて頷いた。
「ええ? 和久井さんも車好きなんですか!?」
俺は聞いた。いつもの物静かなイメージからは想像できない……。
「私のお祖父ちゃんと『ハコスカ』乗って、峠攻めたりしていたって、お祖父ちゃんからよく聞きましたから」
月野さんは笑った。
「『ハコスカ』? 本格的だったんだねぇ!」
原田さんが言った。横田さんも頷く。椎名はさっぱり分からない様子。
「『ハコスカ』って何ですか?」
椎名が聞いた。
「三代目スカイラインさ。九十八年だっけな? ハコスカは?」
大将は言った。
「そうそう! 『箱型スカイライン』。略して『ハコスカ』だよ」
原田さんは言った。
「箱型ですか?」
椎名が聞いた。
「箱みたいな四角いセダンだったんだよ。なのにスポーツカーでね。今で言うと、ランエボとかかな? バブル期だったらインプレッサとかVR-4とかあったけど……」
俺は言った。
「あと、イルムシャーとかチェイサーマークⅡとか……」
月野さんが言った。えらい詳しいな、この人……。
「何だか知らない外国語を聞いているみたいです……」
椎名は言った。
「でしょうね。ごめんね。マニアックな話題持ち出して」
月野さんは椎名の頭をナデナデして謝った。
「いえ、みなさんがとても楽しそうなので、全然構わないですよ」
椎名がニッコリ笑った。
「俺たちの時代は『ケンメリ』だったよな? 大将」
原田さんが言った。大将は頷いた。
「『ケンメリ』ですか?」
椎名が聞いた。
「ああ、『ケンとメリーの……』ってCMやっていたんだよ」
大将が言った。
「『ケント・メリー』? 外国人ですか?」
再び椎名が聞いた。
「外国人には違いないが、『ケン』と『メリー』は別人じゃよ」
和久井さんが返した。椎名が何を勘違いしていたのかは、和久井さんの言葉を聞くまでわからなかった……。
「スカイラインは当時『愛のスカイライン』ってキャッチフレーズでしたね」
俺は言った。
「そうそう、ハコスカ辺りから『愛のスカイライン』って言い出していたな……」
原田さんが言った。
「ああ、これですね……」
椎名がスマホで画像検索してヒットさせたようだ。大将が、横からのぞき込む。
「うん、これなんだが……」
大将が言った。
「どうしたんだい? 椎名、ちょっと見せてくれ」
そう言って、原田さんも椎名のスマホをのぞき込んだ。
「別に普通の『ケンメリ』じゃないか……」
原田さんはそう言った。
「それはそうなんだが、当時はもっと近未来的なデザインってイメージがあってさぁ。こうやって今更見ると、古い車なんだなぁって……」
大将が言った。
「あ、でもそれわかりますよ。新しい車が街中を走っていたら、ぎょっとするのは最初だけですものね。あっという間に慣れちゃって、寧ろ一つ前の車がやたらと古くさく感じたりしますから」
月野さんは言った。
「ファッションにしても、お化粧にしても、何年かおきにクルクル回っているイメージがあるけど、車にはそれは無いように感じますね」
俺は言った。
「本当、そうだよなぁ」
大将は言った。
「でも、クラシックカーって言われているレベルになると、色褪せない魅力があるんだよな……」
原田さんは言った。一同頷く。
「でも、原田さんの軽トラは、それを超える感動がありましたよ」
月野さんは言った。
「まず、オーディオは最高ですよ。あんな完璧なデッドニング処理は初めてです。抜きどころが絶妙で、スピーカーの性能を最大限に発揮させていると思います」
月野さんは嬉しそうに言った。
「おお! べっぴんさんに貸して良かった! わかってくれるかい?」
原田さんが腕を目に当てて泣く振りをしながら言った。周りは笑っている。
「足まわりがまた最高でしたね……。ホイールはアルミ、純正から二インチはアップしてますよね? スペーサー二枚入れてツライチギリギリ。 車高調のセッティングが抜群で山道下りだと軽くドリフト当てれる程度にフロント下げ気味。私の好きなセッティングですね」
月野さんは言った。
「軽トラは前に重心があるから、数ミリ下げるだけであのセッティングができるんだよ」
嬉しそうに原田さんが言った。
原田さんは言った。俺にはよくわからない部分もあるが、月野さんは理解している様子だ。あ、和久井さんも……。
「後、前後のディスクパッドも純正からレーシングに変更している」
原田さんは付け加えた。
「リアも?」
月野さんは驚いた様子だ。
「残念ながらリアは『なんちゃってディスク』だがな」
原田さんは答えた。月野さんが笑う……。
「エンジンから排気系統は?」
「エンジンは何もイジっていないよ。エアクリーナーを良いやつに交換したのと、アーシングしている程度で。俺は大体添加剤は使わない主義で……」
こんな感じで月野さんと原田さんの熱い車改造談義は続いた。さすがに二人以外、全くわからない世界だ。原田さんはようやくわかってくれる人が現れたことで、水を得た魚のようだ。
周りの人間は、話の内容はよくわからないけど、二人があまりにも楽しそうに話しているのを肴に酒を飲んで笑っている。
「また二人で一緒に行きたいですね……」
椎名が俺にだけ聞こえる声で言った。




