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破滅したくない元男の悪役令嬢ですが、なぜか男女問わず好かれていきます ~攻略対象は男友達のつもりなのに、同性の令嬢との距離まで近すぎるようです~  作者: 0JOY
第1部 第一章 悪役令嬢は、今日も誰かの特別に

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⭐︎閑話 公爵夫妻は、娘が眠ったあとに国を動かす

ヴェルシアナがアルセリード公爵邸へ帰り着いた時、最初に待っていたのは叱責でも事情聴取でもなかった。


「ヴェルシアナ!」


 馬車の扉が開ききるより早く、セレフィアが階段を下りてくる。


「お、お母様?」


 普段なら決して乱れないはずの足取りが、今日は明らかに速い。


 銀色の髪が肩から滑り、ドレスの裾を侍女が慌てて追いかける。その姿を見たヴェルシアナが一歩下がるより先に、セレフィアの腕が娘の身体を包んだ。


「怪我は?」


「ありません」


「本当に?」


「はい」


「手は?」


「少し痺れていましたが、もうほとんど――」


「ほとんど?」


 抱きしめる力が少しだけ強くなる。


「……まだ少しだけです」


「ヴェルシアナ」


「すみません」


「謝ってほしいのではないの」


 柔らかな声だった。


 それなのに、逃げ道がない。


 母親というものは、騎士の包囲より突破が難しいのかもしれない。


 ヴェルシアナがそんなことを考えていると、少し遅れてレオルディスが玄関前へ姿を見せた。


 父は走らない。


 いつも通りの歩調で階段を下り、娘の前まで来ると、まず頭から足先まで一度だけ確認した。


「顔色は悪くないな」


「はい」


「歩けるか」


「普通に」


「痛むところは」


「ありません」


「魔力は」


「少し使いました」


 セレフィアの腕の中で答える。


 レオルディスの眉が、ごくわずかに動いた。


「少し?」


「……かなり?」


「聞いている」


 その一言で、ヴェルシアナは黙った。


 どうやら報告はすでに届いているらしい。


「成人術師数名分相当を、古代設備へ継続供給したそうだな」


「結果的には」


「六歳が使う言葉ではない」


「はい」


「魔獣が三頭接近したとも」


「護衛がいました」


「ディルヴァンもいたそうだな」


「彼は強かったですよ」


「そこを褒めているわけではない」


「……はい」


 怒鳴られてはいない。


 むしろ、いつも通り静かだった。


 なのに、ヴェルシアナは少しずつ姿勢が小さくなっていく。


 セレフィアがそんな娘を見て、頬へ手を添えた。


「もういいわ。今は休ませましょう」


「お母様」


「お話は全部あと。まずお風呂に入って、診てもらって、ご飯を食べて、今日は本も地図も禁止です」


「本も?」


「禁止です」


「少しくらい」


「禁止」


 笑顔だった。


 交渉の余地が一切ない笑顔だった。


 ヴェルシアナは父へ助けを求めるように視線を向けた。


 レオルディスは娘を見る。


「今日は母さんが正しい」


「今日は?」


 セレフィアの笑顔が父へ向く。


「いつも正しい」


「そういうことにしておこう」


「あなた?」


「ヴェルシアナ。早く中へ」


「はい」


 父すら撤退した。


 勝ち目がない。


 ヴェルシアナは素直に屋敷へ入ることにした。


 ◇


 その日の夜。


 診察を終え、食事を取り、本人が「眠くありません」と主張した十五分後。


 ヴェルシアナは眠っていた。


 読みかけの本すら取り上げられているため、珍しく何も抱えていない。


 セレフィアはベッド脇へ座り、娘の銀髪を指先で整えた。


「本当に」


 眠る顔を見ながら、小さく呟く。


「どうしてこの子は、自分のことになると急に雑になるのかしら」


 傍に立っていたレオルディスが答える。


「誰に似たと思う」


「あなたでしょう」


「君だと思う」


「私ではありません」


「私でもない」


 二人の視線が交わる。


 結論は出なかった。


 少なくとも、眠っている娘本人が一番否定しそうではある。


 セレフィアは毛布を掛け直すと、もう一度だけヴェルシアナの頬へ触れた。


「よく帰ってきたわね」


 返事はない。


 当然だった。


 レオルディスは少し離れた場所から娘を見ている。


 その表情は普段とほとんど変わらない。


 けれど、セレフィアには分かる。


 夫が今日、帰宅した娘を見てから一度も書斎へ入っていないこと。


 届いていた報告書をまだ自分で開いていないこと。


 そして。


 娘が眠るまで、何一つ指示を出していないこと。


 それだけで十分だった。


「行きましょうか」


 セレフィアが立ち上がる。


「ああ」


 扉が静かに閉じた。


 その瞬間。


 父と母は、部屋の中へ置いてきた。


 ◇


 アルセリード公爵家の執務室には、すでに十人以上が揃っていた。


 家令。


 領地管理官。


 公爵家付きの術師。


 騎士団長。


 王都にいる情報担当。


 古文書管理官。


 さらに王立魔術研究院との連絡を担当する者まで待機している。


 机の中央には、グランセル領から届けられた報告書の写しが置かれていた。


 レオルディスが席へ着く。


 セレフィアはその隣。


 誰も口を開かない。


 空気が変わった。


 昼間、娘へ「歩けるか」と尋ねていた父親と、そこにいる男が同じ人物だと知らなければ、結びつける方が難しいだろう。


「始める」


 それだけで、全員の背筋が伸びた。


「まず確認する。グランセル侯爵家の初動に過失は」


 家令が答える。


「現時点の記録では確認されておりません。異変把握後の住民避難、調査隊編成、追加騎士の派遣、いずれも妥当かと」


「娘を意図的に危険へ参加させた事実は」


「ございません。補助施設への同行も、現地の安全確認後、術師側からの要請を受けたものです」


「ならばグランセル家を責める必要はない」


 即答だった。


「むしろ礼をする。ヴェルシアナを守った騎士、術師、使用人の名を全員確認しろ。アルセリード家から正式に謝意を送る」


「承知いたしました」


「負傷者の治療費は」


「グランセル家が負担しております」


「それとは別に、見舞金を出す。娘が世話になった」


「かしこまりました」


 迷いがない。


 感情で他家へ噛みつくのではない。


 誰が正しく動き、誰が何を守ったのかを先に切り分ける。


 公爵としてのレオルディスは、娘の父親であることと、判断を混ぜなかった。


 だからこそ。


 次の言葉が重くなる。


「では、本題だ」


 報告書が一枚めくられる。


「なぜ、数百年前の魔力分散施設が現代の領地管理記録から消えていた」


 室内の温度が下がったように感じられた。


「グランセル家だけの問題とは考えていない」


 古文書管理官が顔を上げる。


「公爵閣下も、同種施設が他領に残る可能性を?」


「可能性ではない」


 レオルディスは一枚の紙を机へ置いた。


「アルセリード領にもある」


 全員が動きを止めた。


 セレフィアだけが驚かなかった。


 すでに聞いていたからだ。


「本日、娘が帰宅する前に古記録を照合した。名称は違うが、地下魔力脈の偏りを抑える施設が三ヶ所記載されている。現在の地図には一ヶ所しか載っていない」


「……二ヶ所が消失している?」


「記録上は」


 沈黙が落ちた。


 グランセル領だけなら、古い施設の管理漏れで終わる。


 だが。


 大公爵家であるアルセリード家にも同じ欠落がある。


 なら話が違う。


「他領も調べる」


 レオルディスが言う。


「ただし、いきなり全貴族家へ問い合わせるな。混乱を招く」


「では、王家へ?」


「ああ」


「すでに陛下へ面会の申請を?」


「不要だ」


 レオルディスは机の端に置かれた封書を見る。


「明朝、陛下がこちらへ来る」


 一瞬。


 家令ですら目を瞬いた。


「……国王陛下が?」


「アレクシス殿下も現地にいた。王家にとっても無関係ではない」


 大げさに言わない。


 だから余計に怖い。


 公爵家から王宮へ出向くのではない。


 国王が翌朝、こちらへ来る。


 普段ヴェルシアナの前では「父さん」として静かに書類を読んでいる人物が、国王と直接国の異変を相談する立場にいる。


 それがアルセリード公爵だった。


 ◇


「もう一つございます」


 公爵家付きの術師が口を開いた。


「グランセル領で発見された黒色の吸魔性鉱石についてです」


「続けろ」


「自然生成物ではない可能性が高いとの速報が、王立研究院から届いております」


 レオルディスの目が細くなる。


「根拠は」


「内部の魔力配列が均一すぎます。自然鉱物であれば、通常はもっと偏りが生じます」


「加工品?」


「その可能性がございます」


 そこで初めて。


 セレフィアの表情から笑みが消えた。


「つまり」


 声は柔らかいままだった。


「誰かが置いた可能性もあるのね?」


「現時点では断定できません」


「断定はいらないわ」


 セレフィアが指先で扇を閉じる。


 小さな音だった。


 それなのに、室内の視線が一斉に集まる。


「可能性があるなら、調べればいいだけですもの」


 昼間、娘を抱き締めていた女性だった。


 刺繍やドレスの話になれば目を輝かせ、娘に似合う色を一時間でも考えられる母親。


 けれど、セレフィア・アルセリードは公爵夫人でもある。


 そして彼女の強さは、夫とはまったく違う形をしていた。


「グランセル領で今回の件を知っている家は?」


 情報担当が答える。


「現時点では周辺三家。ただし詳細までは伝わっておりません」


「明日の昼には十家になるでしょうね」


「おそらく」


「では、先にこちらから話を作りましょう」


 レオルディスが妻を見る。


「どうする」


「事実だけ流します」


 セレフィアは当たり前のように答えた。


「グランセル侯爵家が適切に住民を避難させ、騎士と術師が異変を抑えた。古い領地資料の発見にはオルティア嬢が大きく貢献した。アレクシス殿下、ヴァレンティス家のご子息、ヴェルシアナたちも現場で協力した」


「ヴェルシアナの魔力量については?」


「隠しません。でも主役にもしません」


 即答。


「『六歳の公爵令嬢が一人で領地を救った』などという馬鹿げた話が広がれば、あの子はまた勝手な偶像を着せられます」


 レオルディスは何も言わなかった。


 反対がないということだ。


「それに」


 セレフィアの声が少し低くなる。


「オルティア嬢の功績を、ヴェルシアナの名前で消させるつもりもありません」


 ヴェルシアナが聞けば、きっと驚いただろう。


 娘が大切にしているものを。


 母も見ていた。


「グランセル夫人には私から手紙を出します。オルティア嬢が古い刺繍図案の整理を始めるなら、王都側に残る資料の閲覧についても協力しましょう」


「アルセリード家の資料まで?」


「関連するなら」


「かなりの量になるぞ」


「だから?」


 セレフィアが夫を見る。


 レオルディスは数秒黙った。


「いや。続けてくれ」


 家令は静かに視線を下げた。


 公爵夫妻の会話へ余計な反応をしないのも、長年の技術だった。


 ◇


「社交界側はこちらで抑えます」


 セレフィアが続ける。


「事件を面白おかしく語る者が出るでしょう。特に、ヴェルシアナとアレクシス殿下、ディルヴァン様が同じ場所にいたとなれば、事件とは関係のない話まで作る人は必ずいる」


 ヴェルシアナが聞いたら心底嫌そうな顔をするだろう。


「三日以内に、王都で影響力のある夫人方へ正確な情報を渡します。噂が生まれてから潰すより、最初に形を決めた方が早いわ」


 情報担当が頭を下げる。


「どなたから?」


 セレフィアは数名の名前を挙げた。


 王妃の近しい侯爵夫人。


 社交界で長く影響力を持つ伯爵夫人。


 魔術研究院に縁のある侯爵家。


 そして、グランセル家と親しい家。


 どこへどの情報を渡せば、どの層へどう伝わるのか。


 すでに全部見えている。


「ただし」


 セレフィアは微笑んだ。


「誰かがヴェルシアナを利用しようとした場合は、別です」


 その笑顔を見て。


 部屋にいる者の何人かは、昼間のヴェルシアナを少し気の毒に思った。


 娘は知らない。


 自分が「評判が勝手に歩く」と悩んでいる裏で、その評判がどの道を通るかまで母親が整備できることを。


 ◇


 次に動いたのは騎士団長だった。


「閣下。警護体制についてですが」


「増やす」


 レオルディスが即答する。


「やっぱり」


 セレフィアが小さく言う。


「何だ」


「ヴェルシアナが嫌がるでしょうね」


「知っている」


「何人?」


「外出時、追加四名」


「引くわよ、あの子」


「二名は見えない位置につける」


「そういう問題かしら」


「本人が気づかなければいい」


「あなた、過保護になっていない?」


 レオルディスが妻を見る。


「なっていない」


 騎士団長が目を伏せる。


 家令も目を伏せる。


 誰も同意しなかった。


「魔術師も一名同行させる」


「増えてるじゃない」


「今回は魔力異常だった」


「では次に水害が起きたら船まで連れて歩くの?」


「必要なら」


 セレフィアが額へ手を当てた。


「ヴェルシアナが帰ってきて十五分で嫌がる未来が見えるわ」


「安全には代えられない」


「その安全のために、あの子の自由を全部削ったら意味がないでしょう」


 レオルディスが止まった。


 少し前なら。


 ここで「安全が優先だ」と言ったかもしれない。


 けれど。


 娘から何度も聞いた言葉がある。


 自分で歩きたい。


 自分で選びたい。


 守ることと、閉じ込めることは違う。


「……三名」


 やがて言った。


 セレフィアの眉が上がる。


「二名」


「三名」


「二名と、必要な時だけ術師」


「……それでいい」


 騎士団長が頭を下げた。


「承知いたしました」


 公爵家の威厳というものは。


 国を動かすだけではない。


 時には、娘の自由を守るために公爵自身を止める公爵夫人まで含めて成立するのかもしれなかった。


 ◇


「古代施設については、どう進める」


 セレフィアが尋ねる。


 レオルディスは新しい地図を広げた。


 王国全土。


 アルヴェネア王国の領地が、色分けされている。


「王家と共同で調べる」


「全土?」


「ああ」


 指が北部へ動く。


「ヴァレンティス領は魔獣発生数が多い。魔力脈との関係があるなら優先度は高い」


 次に中央。


「グランセル領で異常が起きた」


 そして、自領。


「アルセリードにも未確認施設が二つある」


「偶然ではない可能性?」


「まだ分からない」


「でも調べる」


「ああ」


 レオルディスは地図を見た。


「娘が見つけたのは、グランセル領の異変だけではないかもしれない」


 誰も軽く受け取らなかった。


 一つの森。


 一つの古い祠。


 一つの吸魔石。


 それが、もし王国全土に残された古代設備へ繋がっているなら。


 話は領地の事件では終わらない。


「王立研究院へ、アルセリード家の古記録を一部開示する」


 古文書管理官が目を見開いた。


「公爵家秘蔵庫のものもでしょうか」


「関連するものは」


「しかし、家独自の領地記録も含まれます」


「人が死ぬより安い」


 それだけだった。


 古い名家ほど、情報を財産として抱える。


 数百年分の領地記録など、家によっては金貨より重い。


 それを。


 必要だから出す。


 レオルディスにとって、判断基準は驚くほど単純だった。


「ただし複製のみ。原本は出さない」


「承知いたしました」


「グランセル家にも情報を共有しろ。今回の功績者を調査から外す理由はない」


「オルティア嬢も?」


 セレフィアが訊く。


「本人が望むなら」


 その返事に、セレフィアがわずかに笑った。


「ヴェルシアナが喜びそうね」


「だからではない」


「分かっているわ」


 ◇


 会議が始まって二時間。


 すでに決まったことは多かった。


 グランセル領への研究院派遣。


 王国各地の古代魔力施設の予備調査。


 吸魔石の成分分析。


 関連する古文書の照合。


 アルセリード家からの見舞いと謝意。


 オルティアの功績を正確に伝えるための社交界側の調整。


 ヴェルシアナの警護体制の再設計。


 そして翌朝には国王との協議。


 もしヴェルシアナがこの場にいたなら。


 おそらく途中で一度は言っただろう。


 ――いや、ちょっと待ってください。


 俺、一回旅行へ行って帰ってきただけですよね?


 と。


 けれど。


 本人は眠っている。


 だから止める者はいなかった。


「最後に」


 レオルディスが言った。


 部屋が静まる。


「今回、ヴェルシアナが現地で何をしたかについて、本人からの報告は急がせない」


 家令が顔を上げる。


「明日ではなく?」


「三日休ませる」


「三日?」


 セレフィアが確認する。


「ああ」


「本も?」


「それは君が決めろ」


「二日は駄目」


「一日なら?」


「半日」


「甘いな」


「あなたに言われたくないわ」


 わずかな笑いが室内へ落ちる。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 しかし。


 レオルディスはすぐ表情を戻した。


「娘は六歳だ」


 その一言で。


 全員がもう一度静かになった。


「能力があろうと、判断力があろうと、功績を挙げようと、それで大人として扱っていい理由にはならない」


 レオルディスは机の上の報告書を見る。


 そこには。


 ヴェルシアナ・アルセリード、六歳。


 そう書かれている。


「周囲があの子を頼るのは構わない。しかし、頼ることと背負わせることを混同するな」


 誰に言っているのか。


 部下たちへ。


 王国へ。


 あるいは。


 自分自身へかもしれなかった。


「次に同じことが起きた時、六歳の娘の魔力量がなければ解決できない仕組みなら、それは大人側の失敗だ」


 声を荒らげない。


 机を叩きもしない。


 それでも。


 そこにいた全員が、その言葉を忘れないだろうと思った。


「今回、娘たちはよくやった」


 ヴェルシアナ。


 オルティア。


 ディルヴァン。


 アレクシス。


 ミレーヌ。


「だからこそ」


 レオルディスの視線が王国全土の地図へ落ちる。


「次は、我々がやる」


 ◇


 翌朝。


「……何ですか、これ」


 起きたばかりのヴェルシアナは、朝食の席で一枚の予定表を見て固まった。


 王立研究院の術師が来る。


 ヴィクトルによる魔力状態の再確認。


 王宮から医師。


 騎士団から警護体制の説明。


 三日間の外出予定はすべて調整済み。


 グランセル家への礼状については父が処理。


 オルティアへの個人的な手紙だけ、本人が書けばいい。


 そして。


「お父様」


「何だ」


「警護が増えている気がします」


「気のせいだ」


「門のところに見覚えのない騎士が二人いました」


「新任だ」


「私が外へ出る時の配置表に名前がありますけど」


「よく見ているな」


「褒めて誤魔化さないでください」


 レオルディスは紅茶を飲んだ。


「二人だけだ」


「“だけ”?」


「術師は必要時のみ」


「術師まで!?」


 ヴェルシアナの声が珍しく大きくなる。


 セレフィアは優雅にカップを置いた。


「お父様は最初、もっと増やそうとしていたのよ」


「お母様?」


「私が減らしました」


 ヴェルシアナは母を見る。


 父を見る。


 もう一度母を見る。


「……ありがとうございます?」


「どういたしまして」


「いや、待ってください。そもそも増やさなくても」


「却下だ」


「早い!」


 父は平然としている。


 昨日、王国全土の古代施設調査を決めた人物とは思えない。


 ヴェルシアナはまだ知らない。


 自分が眠っていた数時間の間に。


 父親が国王との協議を決め。


 母親が社交界の情報経路を組み替え。


 王立研究院が動き。


 公爵家の秘蔵記録が開かれ。


 グランセル領の一件が、王国全体の古代魔力施設を洗い直す計画へ変わったことを。


 本人が知れば。


 たぶん引く。


 かなり引く。


 でも。


 それが公爵家だった。


 一人の娘が森で異変を拾ったなら、その娘に次も拾わせるのではなく。


 次は国中の大人が見落とさない仕組みを作る。


 娘が誰かの功績を奪わなかったのなら、その功績が正しく残るよう道を整える。


 娘が自分で歩きたいと願うのなら、道を塞ぐのではなく、見えない場所から剣を持つ。


 それが。


 ヴェルシアナ・アルセリードの背後に立つ、公爵と公爵夫人のやり方だった。

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