25.萌芽
いよいよハルヴィアへの出発が明日に迫ってきた。
荷物を念入りにチェックして、忘れ物が無いか、持って行った方がいいものは何かを確認しながら荷造りしていく。
「セリーナ、ちょっといいかしら」
一旦手を止めて呼ばれた方へ近付いていく。
「これ、私の代わりと思って持って行って」
それは青くて丸い宝石が嵌められたペンダントだった。
「これは?」
「バカな男から貰ったの。魔術師だったからもしかしたらあなたを守ってくれるかもしれないわ」
「それって……形見じゃないですか。貴重な物をお預かりできません」
「いいの。私の代わりと思って身に付けといて。ほら、あなた寂しがりじゃない? 私がそばにいると思えば、少しは和らぐでしょ?」
ごまかしているが、寂しがりなのは母の方だろう。
荷造りしている間もそわそわと様子を見に来ていたから。
「分かりました。お母様と思って大切にいたします」
ペンダントを受け取ると、宝石の部分がキラリと光る。魔法に関しての知識は無いが、何か仕掛けでもあるのかな?
「気を付けてね。ラファエル殿下とラモーナの息子がいるから大丈夫とは思うけど……」
「大丈夫です。すぐに戻ります」
旅立つ私が心配なのは、母が拐われた経験があるからだろう。
使用人に裏切られ、売られてしまった過去に苛まれ続けている。
「大丈夫です。先日、レックス様とお話させていただきましたが、とても頼りになりそうな騎士でした。きっと守ってくださいます」
「そうね。……あの時、やけに長く話していたわね。ラモーナもレックスが楽しそうに話すのは初めて見たって言っていたわ」
結局レックス様の無表情は変わらなかったが、あれで楽しそうだったのか、と困惑する。
表情筋が行方不明なのは昔かららしい。
顔が整っているため、令嬢たちから敬遠されがちなのも婚約者がいなかった理由の一つと言っていた。
「普通に会話していただけですよ」
「そうなの? 母としてはもう嫁に出さないといけないかしら、とちょっと思っていたわ」
「私は婚約解消したばかりですし、レックス様も結婚するつもりはないようですよ?」
母は残念そうに眉を下げた。
これから隣国へ行こうとしているのに、結婚とかの話題になるのは早すぎる。
「母としては老い先短いのだから」
「まだ四十手前なのだから若いでしょう?」
「余命があるのだし、孫の一人や二人や三人四人」
「どれだけ生ませる気ですか!」
まさか婚約解消した後に孫の催促をされるなんて思いもしなかったわ。
でも、……できる事なら、母に見せてあげたい気もしないではない。
まず相手を見つけなければいけないけれど。
「長生きしてくれなきゃ、孫が生まれても見れませんからね」
「そうね。……いつまでも引き篭もっていたらそれこそ病んじゃうから、私も何かできないか動いてみるわ」
「でも……」
母の身体はボロボロだ。余命宣告されているし、それに未成年には感染ってしまう病ではなかったろうか。
「心配しないで。ラファエル殿下から最新の魔道具を賜ったの。ほら、どんな感染症もシャットアウトのマスクよ」
難しい事は分からないが、母の病気は幼い頃に軽くかかれば大人になって感染しないものらしい。
ただ、内に病原菌は潜んでいるので、体力の衰えと共に活発になり発症しやすくなるのだとか。
「血を吐いたのは胃の関係らしいわ。それを考えると、余命宣告も誤診かもね。でも周りに迷惑かけないように気をつけなきゃね」
ふふ、と笑う母は、確かに肉付きもよくなってきた気がする。
このまま快方に向かえばいいな。
「無理は禁物ですよ。あとちゃんと食べてくださいね」
「分かってるわ。もう、セリーナは心配性ね」
母は事あるごとに幼子にするように頭を撫でてくれる。
本当ならば、元父と家族となり、公爵家を盛り立てていっているはずだった。
きっと本当の子なら最初から愛されていたのだろうな、と思うとちょっぴり切ない。
長年娼婦をやっている間に飲んでいた避妊薬の影響で母は妊娠しにくい身体になったらしい。
最初の娼館はまだマシな薬だったが、その後飛ばされた娼館は粗悪品だった。それが主な原因だろう、と母は言う。
あるはずだった未来。
幸せな家族像、愛し愛される夫婦像。
元父とはだめでも、魔術師の人とあるはずだった幸せを壊され、とことんまでに追い詰められた母の人生には、誰かの悪意がこれでもかというくらいに詰め込まれている気がする。
その一端を担っているのが、私の生みの母という事実に申し訳なくなる。
だが母は、常に前向きだ。
常に笑顔で、何でもないように装って強く見せているし、実際に強いとも思う。
それだけに内面どれだけ傷付いているか計り知れない。
だからこそ、私は母を陥れた人たちを許せない。
母が幸せになろうとしている所へ悪意を捩じ込む。
……正直、魔術師さんが前線にやられたのすら、何かしらの悪意を感じているのは私だけではないと思う。
母を陥れたとされるモニカ殿下と私の生みの母。
生みの母と昔懇意にしていたと言われている王太子殿下のサディアス様。
魔術師さんを前線にやったのは王太子殿下だ。
本当にその采配は正しかったのだろうか。
考えだしたらキリが無いが、生みの母が王太子殿下に……なんて悪い考えも過ぎってしまう。
生みの母がそこまで誰かに悪意があるなんて信じたくないが、モニカ殿下と二人で共謀していたとしたら……?
生みの母が、王太子殿下を誘惑して、母の幸せの芽を摘んでいたとしたら……?
母は自分が幸せそうに笑っていれば、陥れた相手は悔しがるだろうと言っていた。
だが私はそれだけでは許せない段階になっている。
少し前までは生みの両親を盲信していたのに、我ながら身勝手だな、とは思っている。
真実を明るみに出したいのもそうだ。
庶子の件も、王家だけが許されていいはずがない。
国王陛下は知っているのだろうか。
祖母だって、王妃殿下に貶められている。
考えれば考える程、許せない人たちばかりだ。
「セリーナ、怖い顔してるわ。淑女は常に笑顔でいなさい」
「……はい」
「いい? この先何があっても、最終的に笑うのはあなた。そして私たち」
私の頬に両手を添えた母の言葉に頷く。
「でも、私はあなたが幸せならそれでいいわ」
そう言った母の眼差しは、誰よりも慈しみに溢れていた。
「いざとなったら、私に構わず幸せを探すのよ」
するりと手を下ろし、私はそれを追い掛けたくなった。
「二人で幸せになれる方法を探します」
母は一瞬目を大きくして、そして、微笑った。




