9.来訪者
執務室の扉を開けた瞬間、空気が重かった。父だけじゃない。如月家の重鎮が三人。さらに、父の側近衆が勢揃いしている。……これは本気でヤバい案件だな。
「来たか、雅仁」
「どうも」
僕はいつもの調子で入るが、室内の視線は鋭い。机の上に置かれているのは、黒い欠片。昨夜、尋問室に残されたらしい“それ”。僕は近づく。
「触るな」
父が止める。
「解析済み?」
「表層のみだ」
「僕の『鑑定』でも詳しいこと分かんないな」
「これは術式の残滓ではない。“回路”だ」
「回路?」
「外部接続型の術式媒介。遠隔で発動・回収を可能にする」
……なるほど。
「つまり、刺客は“端末”ってこと?」
沈黙が肯定になる。僕は口角を上げる。
「へぇ。やるじゃん」
父の目が細くなる。
「笑い事ではない」
「わかってるよ」
でも。面白い。結界を突破。尋問封じ。遠隔回収。ここまでやる組織、今まで存在しなかった。
「で?」
僕は欠片を覗き込む。
「どこ製?」
側近の1人ががゆっくり言う。
「術式構造が、陰陽道の系統ではありません」
部屋が静まる。
「妖魔寄り、ですらない。むしろ……」
重鎮の一人が呟く。
「鬼道です」
「鬼道って……卑弥呼とかあの?」
重鎮はゆっくりと首を振った。
「史書に残る“鬼道”とは似て非なるものです。だが系譜は同じ……“陰陽の外側”から組まれた術式体系」
父が低く言う。
「我々の理論では説明できん構造だ」
僕は黒い欠片を見下ろす。表層はただの焦げた鉱石に見える。でも内側で――流れが逆巻いている。
「反転してる、ね」
側近が頷く。
「陰陽道は“調和”を前提にします。だがこれは違う。流れを断ち、奪い、捻じ曲げるものです」
「支配じゃない。“侵食”だ」
僕の言葉に、父が視線を向ける。
「そうだ」
鬼道。陰陽の理を裏返し、力を奪い取る体系。
「……卑弥呼の鬼道って、祭祀系じゃなかったっけ」
「史実の話は置け」
父が遮る。
「問題は、これを現代で再構築した者がいるということだ」
沈黙。如月家家の重鎮が低く言う。
「思想集団ではない可能性が高いです」
「研究機関か、宗教か、あるいは……」
「軍事組織」
空気がさらに重くなる。僕は小さく笑った。
「で、僕は?」
父が即答する。
「外出制限だ」
「は?」
「当面、単独行動は禁止。護衛増員。術式使用も監視下とする。」
「面倒。最強の僕が負けるわけないじゃん」
「敵はお前を観測している」
一瞬、場が静まる。
「《奔流支配》を見せたのは失策だったかもしれん」
僕は首を鳴らす。
「別にいいよ。隠す気もないし。それに他の術式は見せてない」
「慢心するな」
「してないって」
でも。観測された、か。あの黒い欠片。あれは“回収”。つまり向こうは戦闘データを持ち帰った。
「……父さん」
「なんだ」
「鬼道ってさ」
一拍。
「流れ、食べる系?」
重鎮の一人が答える。
「近いです。力を吸収し、自身の体系に再構築する」
なるほど。なら。僕の術式は相性が悪い。流れを支配する《奔流支配》。もし侵食型なら、ぶつければ吸われる可能性もある。ま、他の術式で相手すれば良いだけだけど……
面白い。
父が僕を睨む。
「その顔はやめろ」
「何のこと?」
「敵を玩具にする顔だ」
失礼な。半分当たりだけど。その時、外から慌ただしい足音だ近づいてくる。風間が入室する。
「ご報告です」
「何だ」
「神代家の情報網から急報。鬼道に類似した術式反応が――関東圏で三件、同時発生」
部屋の空気が凍る。
「陽動か」
「いえ……」
風間の声が低くなる。
「三件とも、若年の術者が狙われています」
……やっぱり。次世代刈り取り。僕は立ち上がる。
「外出制限、解除ね」
父が即座に言う。
「却下だ」
「でも」
「お前は動くな」
静かな声。だが絶対の圧。
「狙いの中心はお前だ」
僕は一瞬、黙る。確かに。あの映像。観測。端末回収。僕は“データ”。なら……
「逆に餌になるってのは?」
父の目が細くなる。重鎮たちがざわめく。
「囮か」
「危険すぎる」
「だが効果はある」
父は数秒沈黙した後、言う。
「……保留だ」
僕は肩をすくめる。鬼道。異質な妖力。次世代狩り。流れは確実に荒れている。濁流なら、なおさら僕の領分だ。楽しくなりそう!
===
襲撃日 某所
薄暗い地下空間。黒衣の男が跪く。
「端末二機、ロスト」
玉座のような椅子に座る影が答える。
「想定内だ」
声は若い。
「観測は十分。対象“如月雅仁”の術式、確認完了」
空間に映像が浮かぶ。――《奔流支配》発動の瞬間。影が、笑う。
「完成度、予想以上」
「排除しますか?」
「いや」
即答だった。
「まだ早い。まだ現代最強の全力を見れていない」
影は指先で空間を撫でる。映像が逆再生される。
「流れを支配する、か」
小さく、愉悦を含んだ声。
「ならば、濁してやろう。我が鬼道でな。若い陰陽師を何人か襲撃しろ。それをもって開戦の合図としよう。まあ、当分は様子見だがな」
「御意」
===
外出禁止から3日後、僕は暇で死にそうだった。
如月家上層部は対策会議、月牙隊は全隊員警戒任務、風間ですら増員された僕の護衛と打ち合わせ中。遊び相手がいない。
そんな時、女中が来客を知らせにくる。
「若様、若様に来客でございます」
「りょーかい。どこに誰がきてんの」
「神代と天城のご令嬢が庭園にてお待ちです」
僕は縁側からゆっくり立ち上がる。
「外出禁止なのに来客はOKなんだ」
「屋敷内であれば問題ないとのことです」
なるほど。父なりの妥協か。庭園に向かうと、暖かい陽射しの中で二人が立っていた。神代は相変わらず元気そうに手を振り、天城は静かに佇んでいる。
「やっほー雅仁くん!監禁生活どう?」
「監禁言うな。お前らこそ外出禁止なはずだろ」
「……退屈だからお祖父様に連れてきてもらった」
庭園の端で石に座りこちらを見ている爺さんがいる。あれが天城の爺さんか……かなり強いな。おそらく風間と同等かそれ以上。
爺さんに気を取られていると神代が一歩前に出る。
「ねえ、知ってる?関東で三件あった襲撃、全部未遂で終わったって」
「未遂?」
「うん。ギリギリで間に合ったんだって。うちの情報網が掴んだ」
天城が補足する。
「……鬼道系の術式痕。交流会の時と、似てる」
やっぱりな。
「それで?何しにきたんだ」
「別に用なんかないよー」
「……遊びに来ただけ」
遊ぶか。まあ退屈していたし付き合ってやらんこともない。
「それに、ボクたち婚約者じゃんっ。もっと仲良くならないと!」
「まだ候補だ。確定じゃない」
こいつらも知ってんのかよ。まだ決まってない話をあまり広めてんじゃねーよ。
「……雅仁くんはどう思ってるの」
天城が直球に聞いてくる。視線を逸らさない。僕は少し考える。政略。家格。力の均衡。全部理解してる。でも……
「今はどうでもいい」
正直に言う。
「鬼道の連中の方が面白い」
神代が吹き出す。
「あははっ。雅仁くんさいてー」
天城は小さく微笑んだ。
「……あなたらしい」
3人で談笑していると風が吹き、天城の祖父がすぐ側まで近づいていた。
「話はひと段落したか?では儂も混ぜてもらおうか」
「おい、爺さん。子供の輪に入ってくるなよ」
「ははは。そう邪険にするでない童。どうせやる相手がここ最近いなかったのだろう。儂が相手になってやる。見せてみい最高傑作とやらの力を」
「怪我してそのままポックリ逝っちゃうかもよ。大人しくみんなでトランプとかにしときなよ。老人にはそっちの方がありがたいだろ?」
僕の煽りに天城の爺さんが豪快に笑う。
「最近の若者は口だけは達者よな」
「口だけかどうかその老体に教えてやるよ」
爺さんが距離を取るために僕から離れていく。その間に天城と神代が僕と爺さんを囲む大きな結界を張る。もう結界術を使えるらしい。いいね。優秀だ。
「天城、お前の爺さんって強いの?」
「……強い。天城家前当主。引退したけど元は従一位階の陰陽師」
「風華のおじいちゃんのお陰でここに来れたんだよ。風華のおじいちゃんがいればボクたちが襲撃されても迎撃できるもん」
強いとは思っていたがやっぱり御三家当主クラス。腕がなるな。最初っから全開でやってやるよ。
「いつでも良いぞ童」
「こっちもいいよ爺さん」
「じゃあボクが合図出すよ。いっくよー、始めっ」




