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第12話 大きな罪

 昼食を挟んで学術と魔術の授業があった。


 どっちもウツギと同じでハモンの義母から厳しくするよう言われていたらしく、学術の授業では口答えをする度に眼鏡をかけた女老教師に鞭で叩かれた。


 腹が立ったので出された問題全てを即答し、知恵比べを挑んで圧倒した。


 魔術の授業では40歳ほどの髭の長い男が相手だった。

 始まってすぐに魔術戦を挑まれた。相手は僕と同じ上級の魔導士だったが圧勝できた。魔術の腕は同じでも戦闘経験は僕の方が圧倒的に多い。例え魔術の威力や手数が同レベルでも、魔術に対する反応速度や魔術に対する知識は天と地の差。勝つことは容易だった。


 結果だけ言うなら、全教師をシメて明日からは来ないように言った。彼らの授業を受ける意味はない。全員僕よりレベルが低いからね。


 夜になって、部屋に僕とキドラとメアちゃんの3人になる。


「ご主人様、どうして家庭教師の皆さんを全員解雇にしたのですか?」


 メアちゃんからの質問。

 キドラも同様の疑問を抱いていたようで、ジッと僕を見ている。


「必要ないからさ。それに明日からはメアちゃんに時間を使いたいからね」


「私にですか?」


「そうだよ。前に言ったでしょ、『贖罪の方法を考えておく』ってさ。――僕は、君を奴隷という立場から解放しようと思う」


「え……」


『なに!?』


 メアちゃんとキドラ、それぞれから動揺の声が漏れる。


『な、なにを勝手なことを! メアは僕の奴隷だぞ!』


 僕はキドラを睨む。キドラは言い淀み、口を紡いだ。


「現状君はこの家に衣食住を与えられている身だ」


 授業の隙間の時間に、キドラからメアちゃんのことを聞いた。

 この街の貴族街には奴隷市があり、そこでキドラはメアちゃんを買ったそうだ。キドラがメアちゃんを買ったのは2人が10の時、つまりは4年前になる。


 メアちゃんは両親と共に〈アルパロス聖国〉から亡命してきたらしい。しかし敵国である〈アルパロス聖国〉からやって来たメアちゃんの一家に〈グランガルマ王国〉の民の当たりは強く、両親は仕事に就けずに借金を抱え、その借金の返済のためメアちゃんを奴隷商人に売った……と、これが彼女がここに来るまでの経緯。


 これだけ非情な経歴で、よくもここまで立派な子が育ったものだ。


「いま君を解放したところで路頭に迷うだけだ。僕の財力でもずっと君に衣食住を供給することはできない」

「その通りです。この家から追い出されたら私は1人、野垂れ死ぬだけです……」

「うん。だからまず、君には1人でも生きていけるだけの力を身に着けてもらう」


 僕は本棚から参考書を10冊ほど取り出し、机に置く。


「君はグランガルマの言葉は喋れても読み書きはできない(と聞いた)。だからグランガルマ語の読み書きを教える。それと並行して身を守るための護身術も教えようと思う。目標はグランガルマ語検定二級と、どれか1つのジョブをファーストクラスまで修得することだ」


「ご主人様が教えてくださるのですか?」


「もちろん」


「そ、そんな……恐れ多いです! ご主人様の時間を私のために費やすなど!」


 メアちゃんは一歩下がって深く頭を下げた。


「私はご主人様の奴隷でありメイド。人並みの幸せなどいりません……!」


 奴隷商人がまず奴隷から奪うのは尊厳だ。奴隷に『自分は家畜』だと苦痛をもって躾ける。


 人並みの生活を送ってはいけない。

 人並みの幸せを願ってはいけない。

 人並みの心を持ってはいけない。


 そう刷り込まれ、幸せを拒絶するように誘導する。今のメアちゃんはまさしくその状態だ。


「メアちゃん、顔を上げて」


 僕はできるだけの笑顔で、できるだけ穏やかな声で言う。

 メアちゃんはゆっくりと顔を上げてくれた。


「もういいんだよ。君は人並みの夢を抱いていいんだ。学校に通うのもいい、やりがいのある仕事を見つけるのもいい。好きな人を見つけて、その人と添い遂げてもいいんだ。温かい食卓を、当たり前の幸せを、高潔な心を持っていいんだよ」


「……ご主人様……でも、私は……!」


 メアちゃんは肩を震わせる。頭の中でトラウマが巡っているのだろう。

 奴隷商人に調教されてきた記憶か、それとも王国民に迫害された記憶か、両親に捨てられた記憶か、もしくはハモンに鞭を打たれていた記憶か。どれかはわからない。あるいは全てかもしれない。


「僕はもう決めたんだ」


 メアちゃんは泣きそうな顔で僕を見る。


「必ず君を、幸せにする」


「――っ!?」


 メアちゃんは顔を赤く染め、背けてしまった。ポタポタと涙が落ちる。


「……ご主人様は、変わりましたね」


 メアちゃんは涙を拭き、顔を上げた。その顔には笑顔がある。


「いえ、これが本来のご主人様の姿なのでしょう。覚えておられますか? ご主人様が私を買った時のことを」


 僕はキドラと目を合わせる。キドラは気まずそうに目を背けた。


「ごめん。覚えてないや。なにか特別なことあったっけ?」


「……私はご主人様の前に、体の大きな大人の男性に買われそうになっていました。男性は私を見つけると、髪を鷲掴みにして、引っ張り回し、私が悲鳴を上げるのを楽しんでいました。そんな時、ご主人様が割り込んで、その男性が提示した額の倍額で私を買ったのです」


「そんなことが……」


「ご主人様は私を家に迎え、奴隷として扱うのではなく、メイドとして雇ってくれました。待遇も人並みにしていただきました。あの頃のご主人様は優しくて、温かった」


 そういえばメアちゃんは奴隷という割にはちゃんとした部屋を与えられ、食事も、入浴する時間もちゃんと与えられていた。鞭打ちさえなければ境遇自体は悪くない。


「ねぇメアちゃん。以前までの僕は、君から見てどういう人間だった?」


 シノヴァンではなく、ハモンの評価を聞く。


『おい! 変なことを聞くな!』


 キドラは喚くが、メアちゃんにはその言葉は届いていない。当然僕も無視する。


「私から見て、ご主人様は……可哀そうな人でした」


『え……?』


「詳しく聞かせてもらえるかな」


 キドラはキョトンとした顔でメアちゃんを方を向いた。


「妾の子であるご主人様はメアリー様やメアリー様の手の者に執拗に虐められて、家に居場所はございませんでした」


 メアリーというのはハモンの義母のことだ。


「それでも母君がご存命の時は耐えていました。でも、3年前に母君が亡くなった後は完全に意気消沈し、さらにメアリー様の虐めも加速して……外に出て、他の貴族の方と仲良くなろうとしても、ご主人様が妾の子という噂は広まっていて、まともに相手されませんでした。平民街に行っても、領主の息子として警戒され、友達もまともにできませんでした。3人ほど同年代の仲間ができた時は喜んでおられましたが、その方々の能力についていけず、足手まといになっていることが我慢ならない様子でした。朝から晩まで努力しても実らず、結局仲間の方々からもお荷物扱いされるようになって……その頃でしょうか、ご主人様が私に鞭を打つようになったのは」


 どこにも居場所がなくて、居場所を作ろうと努力しても無駄に終わって、溜まった鬱憤は行き場を失った。結局、その鬱憤をメアちゃんにぶつけたわけだ。


 どんな理由があろうと行きついた先は間違っている。

 でも……同情する気持ちがないわけでもない。


「次第に言動も厳しいものになっていって、そのせいで更に周りから疎まれ……可哀そうでした。だから私は、少しでもご主人様の慰めになりたくて、鞭を受け続けました」


「……わかった。ありがとう。君の気持ちを聞けて良かったよ。明日からは君の修行が始まる。今日はもういいから、おやすみなさい」


「了解しました。失礼します。……おやすみなさいませ」


 メアちゃんはお辞儀し、部屋を出た。


『メア……』


 キドラは彼女が出て行った扉を後悔に満ちた表情で見つめていた。


「わかったかい、君の罪が。あれほど……もしかしたら世界で唯一ハモン=ファルシオンを理解していた彼女に、君は暴力を振るい続けたんだ」


『僕は……僕の居場所は……こんなにも近くに、あったなんて……なのに、僕は……』


「もう一度人生を振り返ってよく考えるといい。これからどうするかを。なにをすべきかを」


 ランプ型魔道具のスイッチを押し、部屋の灯りを消す。

 キドラは部屋が暗くなった後も、暫く扉の方を見つめていた。メアちゃんの影を追うように。

【読者の皆様へ】


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