そう言えば!
「どうしてもだめでしょうか?」
松雪さんが手を組み上目遣いで懇願する。
段ボール箱に入っている仔犬にお願いされている様な雰囲気になるがここは心を鬼にして断らねばなるまい。
「申し訳ありません。」
できるだけ松雪さんの姿を見ないように頭を下げる。
「……非常時には協力しますので、槍の指導はご容赦願いたい。わし自信教えられるほど熟達しているとは言えませんので……。」
なんとか非常時には協力するということでお茶を濁しこの場は収めたい。そんな気持ちが伝わったのか松雪さんは少し肩を落としため息を付いた。
「仕方ありません。それにそのご様子では寮で共同生活もできそうにありませんわね。」
「滅相もない!」
「でもそうなると……。時位殿は我々第三騎士団が身元引受という形になっているのです。その場合は目の届く場所で生活して貰う必要があるのですが?」
「どこか代わりの場所は?」
[無いこともないのですが……。」
松雪さんはそう言って立ち上がり部屋のカーテンと窓を開けた。
団長室は三階にある為、開いた窓の下に演習場が見える。演習場では先ほどの女性たちが手に木槍や木剣を持って模擬訓練を主なっているのが見えた。
「実戦形式の訓練ですか……。」
「ええ、我々の騎士団では実戦形式の訓練を取り入れています。実際の重さになれるためにあの木剣や木槍には同じ重さになる様に重りを入れています。それよりも私が見ていただきたいのはその先です。」
「その先?」
わしが視線を少し上にあげると演習場の向こう側に今いる建物と同じぐらいの建物が見えた。
ただ、今いる建物よりもかなり古く外壁には蔦が生い茂っている。建物の前にある庭は雑草が伸び放題であり、かろうじて人の通ることのできる道があるぐらいだ。
「あの建物ですか?」
わしはその蔦が生い茂る建物を指さす。松雪さんが頷くところを見るとあの建物らしい。
「あの建物は十年前まで第三騎士団の拠点として使われていました。」
草の伸び放題の建物は十年前の拠点だったようだ。松雪さんの無いことのない場所と言うのはどうやらあの建物の様だ。
「なるほど。見たところあの建物なら問題はなさそうですね。まさか手入れもされずに荒れ放題だとか?」
「それは有りませんわ。あれでも第三騎士団の歴史を物語る場所です。私の代で朽ち果てさせるわけにはまいりません。毎週必ず清掃を行い私かリア……ブリストル様かが見回る様にしております。魔道線も通っておりますし、この建物と同じように団長室があり仮眠室があります。」
魔道線?聞きなれない言葉が出てきたが今は置いておこう。
「仮眠室ですか……それならしばらく住むには問題がないようですね。」
「ええ、それにこちらでは入りきらない古い蔵書などはあちらの書庫に収めるようにしております。それ以外にも調理室もあり型が古いですが魔道コンロ、魔道オーブンなども備えられています。それらをお使いください。」
魔道が付いているがコンロとオーブンが使えるということだ。
こう見えてもわしは独り暮らしが長い。それなりに料理は出来る方だ。いわゆる“男子ごはん”だな。
「それなら問題はないでしょう。でも、古い蔵書とかは貴重品でしょう。盗難などは?」
「ふふふふ。ここは第三騎士団の拠点ですよ。不審者は入ってくることが出来ません。それに旧拠点の裏手には原生林が広がっています。そこを走破し盗品を持って帰るのは不可能です。時井殿も蔵書に興味がありましたらご自由にご覧下さい。」
それもそうだ。
古い蔵書にいくらの価値があるかわからないのに好んで難易度の高いものを取る必要はないだろう。折角だしわしも気が向いたら読んでみるとするか。
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旧拠点の門扉の前にたどり着くと背の高い草が生い茂っていた。
「通るのに少し厄介だな。軽く刈っておくか。」
わしは持っていた槍を斜め下に構え、生い茂っている草を軽く払う。
空気が切り裂かれるような澄んだ音がしたかと思うとあれほど生い茂っていた草が一瞬で刈り取られた。
(……クリティカルヒット?)
何だろう。この世界にきて少し変だ。こんな時にはさっさと寝てしまうに限る。
確か布団の予備もこの建物の倉庫にあると言っていたな……。
何とか倉庫から布団を選び出し眠りにつけるようになったのはそれから一時間後のことだった。高そうな羽毛布団以外を探すのに手間取ってしまった。
そして、眠りについて目を閉じる。
(今日はいろいろなことがあったな……。ダンジョンで転移し、謎の交差点にたどり着き、その後再転送で送られた先でオークを退治、異世界にたどり着き…………。)
(異世界?)
(で?元の世界は?)
(……わしは帰れるのか?)
一日が終わるその時、わしはとんでもない事に気が付いてしまった。と言うより、なぜ今まで気にかけなかったのだろう。
元の世界にどうやって帰ればいいのだ?
 




