遭遇
目の前のメイドさんは、幸せそうな笑顔でこう言った。
「私、結婚したくないんです」
ハルバがまた実家に帰る前、ファニタの推理と併せて、ジルトは復讐の途中経過を報告した。
「それで、俺の理想の復讐なんだけど」
ルクレールの言った言葉。死刑になった伯爵。王都通信社の社長とソフィア。燃やされた施療院にいた、ルクレールの元同僚。それらを思い浮かべながら、ジルトは言う。
「誰も死なせない復讐がしたい。甘いかもしれないけど、アイツ以外を殺したくない」
「最後の部分、全く甘さがないんだけど」
それを聞いたハルバは苦笑して、そのあと真面目な顔になった。何かひっかかったらしい。ジルトのことを真っ直ぐに見て言う。
「いいか。お前がそれをするにあたって、覚えておかなければならないことがある……誰かが死んだのと、自分が殺したのを同一視するなよ」
「……」
黙るジルトに、ハルバは「当たりか」と呟き、居心地悪そうにがりがりと頭を掻く。
「死んだ人たちを悼むなとは言わねえよ。だけど、死を背負うと身動き取れなくなるっつーか。これは実体験なんだけど、あんまり思い詰めるとバカな行動に出ちまうからさ」
四年前の大火で死んだ人々を蘇らせることができるのならと、『アッカディヤの魔術儀式』の贄になろうとしたハルバ。そんなハルバは、ジルトの肩に両手をかけ、いつものように明るく笑う。
「誰も死なせない復讐、上等だ。お前がきっちり“死なせた”と“殺した”の線引きができるなら、俺はそれを手伝うぜ」
「ハルバ……」
巻き込んでしまったという申し訳なさは消えないが、ジルトはそれよりも頼もしさを覚えた。自分が間違えても、こいつらは引っ張って戻してくれる。そんな頼もしさを。
“死なせた”と“殺した”。その線引きとは。
ジルトは、今度は制服姿のまま孤児院への道を歩いていた。
女装はクライスを騙せる有効な手段だとわかったが、先日、ルクレールから女装はやめろと手紙が届いた。
訳はわからないが、クライスが女装をしたジルトのことをかぎまわっているらしい。ついでに、クライスに脅されたことも書いてあった。ジルトに教えたいことはたくさんあるが、今は孤児院を見張っている人物がいるので、下手なことは喋れない、とのこと。
「らしいんですけど、どうしてその女の子を探してるんですか? 公爵様の関連ですか?」
自分の女装のことは伏せて、声高に公爵のロリコン疑惑を叫んでそばに呼び出したクライスに、このことを聞いてみる。クライスは額に手を当てたいような表情をしていた。
「口が軽すぎますね、あの男」
「筆が軽かったんじゃないですか?」
手紙だし。ジルトはドヤ顔で言ってやる。
「……ずいぶん雰囲気が変わりましたね」
「王都通信社の時とは違うんですよ。なんたって俺は“理解者”を得たんでね」
あの時の意趣返しのつもりで言ってみる。クライスは真っ黒な瞳をジルトに向けた。
「それは、残念です」
「は、はい……」
人一人殺せそうな視線に射られて、ジルトは萎縮した。
忘れていた、この人、超強いんだった。腹を殴られた時の痛みが蘇った気がして、ジルトは少し震えた。
「と、とにかく! あの時の超絶豆腐メンタルの俺とは違うんですよ! 俺は何が起きても驚かないっていう、か、ちょ、ま、ぐふぅーっ!?」
轢かれた。跳ねられた。
まさに、そんな感覚だった。
「大丈夫ですか?」
ジルト達の前から走ってきたそれを、華麗に躱したクライスが平坦な声で聞いてくる。ジルトは地面に這いつくばったまま親指を立てた。
ジルトを跳ねたそれ……彼女は、すぐ先で立ち止まった。
「あ、しまった! 嬉しさのあまり……!」
引き返して、ジルトの脇に腕を入れて立たせてくれる。結構力が強い。砂埃がついてしまった制服を手で払ってくれた彼女は、ジルトにぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、理想の子だと思って走ってきたらついつい轢いちゃいました!」
本人にも、轢いたという感覚があるらしい。それにぞっとしつつ、ジルトは引きつりながらも笑顔を作る。
「いや、大丈夫ですよ。お互い怪我がなくて良かったですね、それじゃ……」
「お詫びにそこの喫茶店で美味しいパフェをご馳走します!」
すごい。それじゃ、と言ったのに、彼女はぐいぐいジルトの腕を引いてくる。ジルトはクライスに助けを求めるが、クライスは「私の立場では、貴方が子爵に会わない方が都合がいいので」とか言って助けてくれない。
「ここのパフェ美味しいんですよ〜きっと少年も気にいると思います!」
目の端にちらちら見えるフリル。衝突された時から思っていたが、なんでメイド服!?
クライスに言ったことはすぐに崩壊し、ジルトは目を白黒させながらそう思った。
そんなこんなで連れていかれた喫茶店。パフェはたしかに美味しかった。王都のグルメを満喫したいジルトとしては有益な情報となったので、そろそろお暇したいのだが。
「……あの、何か」
テーブルに両手で頬杖をつき、ジルトが食べるのを見守っていた女性。紫炎色の瞳は、幸せそうに細められている。
「あぁ〜可愛いなあ、可愛いなあ。食べてる姿がすごく可愛い。本当に可愛い」
可愛いを連呼してくるメイド服の女性に、ジルトの背筋はぞくぞくした。
「お、お姉さんの方が可愛いですよ」
半分本心である。肩まである栗色の髪はふわふわしていて、彼女の雰囲気にとても合っている。とてもジルトを轢いたとは思えない柔らかい雰囲気を纏った彼女だが、その瞳だけは異質だった。
彼女は褒められて気をよくするかと思いきや、ジルトの言葉をにこやかに否定した。
「ううん、君の方が可愛いです。特にその目の色が素敵。ね、私の婚約者になってくれませんか?」
「こ、婚約者?」
何を言い出すんだ、この人。驚きっぱなしのジルトに、彼女は頷いた。
「うん、そう! 私、結婚したくないんです。だから、偽物の婚約者になって、しつこい男たちを追い返してほしいのです」
なんだ、そういうことか。ジルトはほっとしたような、残念なような気持ちで、困っているであろう彼女の話を聞こうとし……。
「駄目です」
なぜか、クライスがすぱっと切って捨てる。
「なんで貴方が決めるんですか」
じとっとした目を彼女に向けられたクライスは、そんな視線などものともせずに言う。
「フランベルク商会の会頭ともあろう方が、何も知らない少年をたぶらかそうとしていましたので」
「ありゃ、バレてましたか」
悪びれもせずに舌を出す彼女は、居住まいを正してジルトに言う。
「はじめまして、私、自分で言うのもなんですが、王国でも指折りのフランベルク商会会頭、ミュール・フランベルクと申します。リンゴでも馬車でも、なんでも取り扱っているのでお金は持ってます。だから権力もあるわけですが、この話を断られたら何をするかわからないかも? 改めて、婚約者になってくれませんか? ジルト・バルフィン君」
にこやかに脅してきたミュールに、ジルトもまた、にっこり笑い。
「(永遠に)保留で」
逃げを打った。




