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南極の氷が解けるとき、魔法は名前を失った  作者: つのん。
第一章 氷の下の記憶

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第3話 迎えの灯

魔法族の過去編が続きます。

アニメや漫画を見ていて過去編ってすごくワクワク楽しいイメージがありますよね。

「戻る」という言葉が希望に聞こえた。


「彼らは一度戻ってきた」


その言葉が落ちた時、床に走った線がかすかに白んですぐに消えた。消え方が静寂ではなく、息をするような種類の消え方であったことを私は皮膚の側で先に受け取った。


戻ってきた、それは帰還を意味する。追放され、失われた者がもう一度この地へ足を踏み入れる、と。その希望めいた響きが弟の声と重なりかけてすぐに離れた。間違ってるかもしれないなら戻したい、と弟は子供の頃に言った。ここで語られる「戻る」は、その弟の願いとは別のものになりつつあった。


彼女はその後、答えなかった。


「戻ってきた者たち」


そう繰り返した彼女の口は、「悪鬼」とは呼ばなかった。最初からその名を避けるように「戻ってきた者たち」と言い、その響きには小さな抵抗が含まれていた。名を与えれば、何かが決まってしまうというそのことを彼女はまだ拒んでいるように見えた。


「……それは」


「待ってください」


短い割り込みだった。彼女の声からもう軋みは消えていた。代わりに異なる重さがその底に溜まっていた。


「記録と記憶の間にもう一度足を踏み入れさせてください」


足を踏み入れさせてください。その言葉の形から主語が反転していることに遅れて気づいた。彼女が私の中に入るのではない。私が彼女の見た時間の中へ歩み入るのだ。


広間の温度が下がった。


外の寒さが侵入したのではなく、周囲が冷えたのでもない。私の知覚の方が、別の冷えへ向き直ったという形の変化だ。柱の根元に刻まれた線がもう一度白く呼吸し、その白みは少しずつ増していく。


視野がゆっくり広がっていく。


広間の壁が遠くなっていく。あるいは私の視点が別の距離を手に入れていく。床の文様が次第に立体的に見え始めた。それは地面ではなく、上から見下ろされた空間の地図だった。


私は見たとしか言えない。映像という言葉も夢という言葉もここでは正確ではない。


南極大陸外縁部。


海に近い断崖。その上に魔法族の小さな集落が見える。氷で造られた建造物が幾何学的に配置されている。その合間をわずかな人影が行き来している。


そしてその集落の端、海に最も近い断崖の上に灯りが立っていた。


灯りというのは正確ではない。火ではなく、光そのものだった。氷の結晶の内側にほのかに含まれた光。おそらくそれは燃えるものではなく、光として保たれているものだった。


その灯りは何を照らしていたのか。


海の向こうを。誰かが戻ってくるはずの、向こう側を。迎えるための目印として、その灯りは灯されていた。


「いつからそこに灯されていたのか」


彼女の声が視界の奥で言った。


「何代の間、その灯りは灯されつづけていたのか」


本気で戻るとは思っていなかった。だが消さなかった。消してはいけないような、かすかな祈りがその灯りを保ち続けていた。


その時。


白い風の向こう。海の向こう。灯りが照らしていた空間の果ての方から人影が現れた。


最初は一人だった。それから二人、三人。次第にその数は増えていく。一列になって氷の上を歩いている。外の暖かい世界からこの寒冷地へ戻ってくるように。


集落の者たちがその人影に気づいた。


守り手が最初に気づいたはずだ。動いた身体の反応は恐れではなく、信じてこなかった帰還が目の前に現れた驚きだった。


そして守り手は門を開いた。あるいは障壁を薄めたと言うほうが近かったのかもしれない。魔法族たちを守るために張られた見えない壁が、迎えるために開かれた。


帰還者たちはその壁を通り、集落へ向かって歩み続ける。


顔が見え始める。


その顔が同じだった。


手の形が同じだった。古い作法がその身体にほのかに残っている。声もかつて同じ言葉を使っていた者の響きにわずかに近かった。


目だけが違っていた。外の世界で何世代も時間をかけて、他の何かへ変質してしまった目。その目を除けば、彼らは同胞に見えた。


帰還者たちが集落の境界まで歩み着いた。


守り手が手を伸ばした。


喜びで。再会で。帰ってきたのだなという感情で。その手を伸ばした。守り手はその時、人影がかつての同胞だと確信した。送り出した者たちがこの寒い大陸へ戻ってくる。その出来事自体が祈りの応答だった。


だから守り手は迎えの光をさらに強くした。


帰還者たちをより明るく照らした。手のひらの中で光が脈動した。その震えは同胞との再会の喜びだった。


帰還者も手を伸ばした。


ゆっくりと。歩み方もゆっくりで、最初は寒冷地への適応のためかと思われた。けれども、その遅さには別のものが含まれていた。


握手に見える形で両者の手が近づいた。指先が接しようとした。


目が合った。


その瞬間、守り手は相手の目の中に自分たちが失わせた何かを見た。それは恨みではない。目そのものが別のものになっていた。何万年も外の世界の太陽を見つめ、その熱に焼かれてきた目だった。


指先が接した。


握手の動き。その形が完成した時。


彼らは殺した。


その動きが完成したことを、後の者が呼ぶ言葉は、まだなかった。


音はなく、衝撃波も光もなかった。手を取った瞬間、別の力が守り手の身体を貫いた。

外から傷つける力ではない。握られた手の奥から身体を支えていたものを抜き取られるような力だった、と後の者たちは語った。


守り手の手のひらの中で、迎えの光が脈打つより先に、胸の奥の鼓動が遠のいた。傷を受けた感覚はなかった。歓迎のために差し出した手を通して、自分の内側にあったものが相手の側へ移されていく。


その奪われ方を、後の代の誰も、正確には言い表せなかった。


守り手の身体がわずかに強張った。手のひらの中の光が一瞬だけ、激しく脈動した。その震えはもう喜びではない。


守り手は動かなくなった。握手の動きのまま。手を伸ばした姿のまま。顔はまだ喜びの余韻を保っていた。


弱い手が別の弱い手を握ったと私は聞いたばかりだった。同じ手の形でここでは人が死んでいた。


帰還者は守り手の手から自分の手を離した。


他の者たちはその光景を見た。理解するより先に恐怖が走った。迎える側の魔法族は敵意を想定していなかった。同胞へ向かう攻撃を回避する準備をしていなかった。


ためらいの長さが死へと変わる。そういう時間がそこにあった。


続く者たちが次々と迎える側を殺していく。


二番目の帰還者は年配の者を狙った。長い衣服、昔の儀式的な身ぶり、かつての作法を最も強く保っていた者だった。その手が氷を呼ぼうとしたが届かず、帰還者の身体に触れた瞬間、水が砂に染み込むように消えた。


年配の者はその後自分の力がどこへ行ったのか、理解しないままに沈んだ。


それでも、むやみな殺戮には見えなかった。戻ってきた者たちは計画的で、目的は最後まで見えないまま、手を伸ばした者から沈んでいった。迎える者ほど、先に失われた。


最初に倒れた守り手の家族がその手を取ろうとした。


次の帰還者が肩を掴んだ。


何が起きたのか、他の者たちには見えなかった。


その者も動かなくなった。


女性の叫び声が一度だけ聞こえた。


それだけが広間の記憶の中でひどく生々しかった。


その女性は子供を後ろに隠していた。戻ってきた者たちはその子供を目標にしたのではない。母親が手を伸ばさなかった。伸ばさぬ者は攻撃を受けない。その規則だけが唯一、明確だった。迎える者は手を伸ばすことで死を招く。伸ばさぬ者だけが生き延びた。


戦場ではなく、虐殺とも違っていた。


それは選別だった。迎える勇気が死へと直結する選別。海に落ちる者もいた。凍える者も倒れる者もいた。逃げ延びた者がいた。集落の半分以上は最初の一刻のうちに失われた。生き残った者たちは一つの教訓を得た。迎えるな、手を伸ばすな。この教訓が何世代も受け継がれることになるとは、その瞬間には誰も知らなかった。


その間、戻ってきた者たちは何かを探している様子だった。


彼らは食糧にも武器にもほとんど触れなかった。

部屋をのぞき、倉を開け、壁に刻まれた線の前でだけわずかに足を止めた。


生き残った者たちが帰還者と呼ぶことを拒むようになったのはこの後だった。


帰還者という言葉はもう使えなかった。


それは祈りに近すぎた。


同胞という言葉も使えなかった。


それは死者の顔を近くしすぎた。


だから生き残った者たちは別の名を必要とした。


「悪鬼」


この言葉がどこから出たのかは記録に残っていない。それでも、生き残った者たちがこの名を選んだことは確かだった。他のどんな言葉よりも、同胞だったという事実を遠くへ押しやることができたからだ。


悪鬼。その名だけが、死者の顔を遠ざけた。


「それを悪鬼と呼んだのは誰ですか」


広間に戻った。広間の中で問うたというのが近い。声が震えていたのは、見ていたものが記録ではなく記憶そのものだったせいか、あるいはその記憶を見るために自分の理解のどこか一部を削られた気がしたせいか。どちらとも判じられなかった。


「生き残った者たちです」


短い答えだったが、その一言に全てが込められていた。


名前は事実を示すためではなく、事実から目を逸らすために必要だった。その仕組みを私は他人事として聞けない。人は見たくないものに名前を与え、その名前の内側で安心する。氷の下で起きたことだけではなく、地上でも、私たちは何度も同じことをしてきたはずだ。


柱の根元の線がもう一度白く明るみ、次の記憶が立ち上がる。


その中に、初めての王の姿があった。


戦場は氷で覆われている。中には人影が動けない形で停止し、帰還者たち、逃げる者たち、倒れた者たち。全てが同じ灰色の氷の中に閉じ込められていた。


顔が見える。怒りの顔、恐怖の顔。しかしその輪郭だけは完全ではなく、氷が柔らかく溶けかけたまま固まっていた。まるで凍りつく直前の、その瞬間に彼らが何かを思い出していたかのように。


その氷の前にいつの間にか、一人の影があった。


初代王だった。


長い衣服を纏った人影。銀色に近い髪。その者は氷に覆われた戦場を見ていた。殺した者たちを。失われた者たちを。外から戻ってきた者たちを。その全てを見ていた。


足元には最後に逃げた者たちの足跡が残っていた。その先には奥へ続く道がまだ開いていた。閉ざされていない道。逃げ道。その向こうにさらに多くの者たちが隠れている。集落の奥。岩窟の中。そこへ帰還者たちは進み続けるはずだった。進んで全てを奪うまで。あるいは全てを殺すまで。


その時間を王は許さなかった。


王の両手が上げられた。その手がまだ何もしていないのに周囲の温度が落ちていく。生き物でいられる境目を越える寒さだった。呼吸が凍るより先に時間が凍てつく寒さだった。


その寒さに応じて、氷が立ち上がった。地面の下から。壁の奥から。空気の粒子の中から。氷はあらゆるものを包み、生命の動きだけを止めていく。


帰還者たちがその変化に反応した。その動きが次の瞬間に停止した。帰還者も逃げる者たちも倒れた者たちも。時間がそこで止まった。


凍った者たちの中に、完全な怪物の顔はない。


氷に包まれる直前の、その瞬間に彼らの顔が他の何かへ戻りかけ、それはかつての同胞の顔だった。外の世界で長く、長く、刃のように研ぎ澄まされた果てでなお、かつての記憶を一瞬だけ蘇らせていた。死ぬ直前に故郷を思い出す、その瞬間の顔。


王はそれを見た。見た上で氷は止まらず、その瞬間を逃がさず、完全に止めた。それが王の選択だった。


王は殺さなかった。迎えもしなかった。進むという動きだけを、そこに残さなかった。代わりに、この停止を永遠に背負うことを引き受けた。


その時間の全てが王の身の上に積み重ねられるのだと、王はおそらく理解していた。理解した上で、それを選んだ。


この魔法が後の時代に王族の大魔法と呼ばれるようになることを王が知っていたかどうかは記録に残っていないが、この一瞬が後の全ての封印思想の最初の基礎になることだけは確かだった。


広間のどこかで魔女の声が戻った。


「これが大魔法の始まりだった」


そこで一度言葉を切った。


過去の王だけを指しているのではなく、今も大陸の下で続く封印が同じ正しさの延長にあるのだと私は遅れて気づいた。


「そして私たちは止めることを正しさとして覚えてしまった」


NARUTOの過去編はどれも面白くて好きなんですよね。

イタチやシスイもそうですが千住一族も。

かぐや一族の瞬き程度のシーンも。


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