3 石の都
2020.11/22 更新分 1/1
城門をくぐってしばらくしたのち、魔女キョウラの指示によって荷車を降りたフィリアは、「ほへー」と気の抜けた声をもらすことになった。
「これは本当に、立派な町でありますねー。こんな場所に、邪神教団の本拠地が存在するのですかー?」
「大きな声で、その名を口にしないでちょうだい……まったく、狼と出くわしたこともない兎みたいに無防備な娘ねぇ……」
同じく街路に降り立った魔女キョウラが、苦笑まじりに言いたてる。
「それにあなたは、王家の血を引く姫君だったのでしょう……? 石の都のたたずまいなんて、見慣れたものなのじゃないかしらぁ……?」
「いやー、わたしは離宮に閉じこもっておりましたので、こういう町並みとかはほとんど目にしたことがなかったのですよー。お城から逃げ出すときは夜でしたから、城下町の町並みも目に入りませんでしたしねー」
そんなフィリアの前に広がるのは、石造りの都の様相である。灰色の煉瓦で造られた家屋はいずれも背が高く、往来は人で賑わっている。足もとももちろん煉瓦が敷き詰められており、樹木や土の地面などはほとんど存在しないようだった。
「わたしがこれまでで一番立派だと思ったのは、蟲神の眷族が出現した南の領地でしょうかねー。でも、それとも比較にならないぐらい、立派な町みたいですー」
「あれはだって、鉱山が発展したおかげで繁栄した辺境都市でしょう……? ここは大陸の中央部にある商業都市だし、侯爵とかいう貴族に治められる地だから、西の王国でも指折りで立派な場所なのでしょうねぇ……」
石敷きの街路を軽やかな足取りで進みながら、魔女キョウラはそう言った。
「それじゃあ、先を急ぎましょう……目的の地は、その侯爵とかいう貴族の城よぉ……」
「え? 邪神教団の本拠地を殲滅するのではないのですか?」
「だから、その城を目指すのよぉ……」
魔女キョウラを追って歩きながら、フィリアは目をぱちくりとした。
「えーと、それはつまり、侯爵家のお城が邪神教団の本拠地である、ということなのでしょうか?」
「それ以外に、考えようがあるのかしらぁ……?」
「だ、だって、貴族というのは石の都の権力者なのですよ? 石の都を滅ぼそうとする邪神教団と手を携える道理がないじゃないですか」
「その貴族は、邪神教団のいいように操られているのでしょうねぇ……だから、難儀な仕事であるのよぉ……こんな魔力の枯渇した地で、邪神教団と兵士たちの両方を相手取らないといけないのだからねぇ……」
フィリアは眉を下げながら、「あのー」と呼びかけた。
「たしか、以前にお話ししましたよね? 聖剣がこの世ならぬ力を発揮するのは、魔なるものを相手取ったときだけなのです。相手がただの兵士さんだったら、わたしなんて完全に役立たずでありますよー?」
「謙遜ねぇ……あなただって、そこそこの力量を持つ剣士じゃない……?」
「そこそこの剣士だから、真っ当な修練を積んだ兵士さんたちにはかなう道理がないのです! わたしが勝てるのは、わたしよりも稽古不足の兵士さんだけでありますよー!」
「大きな声を出さないでってばぁ……心配しなくても、そんな連中はわたしとヘルが魔剣で片付けてあげるわよぉ……」
歩きながら、魔女キョウラは優雅に肩をすくめた。
「あなたに相手取ってほしいのは、邪神教団の信徒たちなのだからねぇ……あいつらは、こんな場所でも外道の魔術を扱えるみたいだから、あなたの力が必要なのよぉ……」
「えー? 魔力の枯渇した地で魔術を発動させるのは不可能でありましょう? 魔女さんたちはご自身の魔力を使ってささやかな魔術ぐらいだったら発動できるそうですが、ただの人間に過ぎない邪神教団ではそのような芸当も不可能でしょうしねー」
「わたしの魔剣と同じように、厄介な魔道具を錬成することに成功したのでしょうねぇ……この地を見張らせていた使い魔は、何度となく魔術の波動を感知することになったのよぉ……」
頭巾の陰で、魔女キョウラは暗赤色の瞳を妖しくゆらめかせた。
「魔女たちは、魔力の枯渇した場所に使い魔などは送っていないでしょう……? そんな場所で使い魔を使役するのは、たいそう魔力を消耗してしまうからねぇ……だから、わたし以外の魔女たちは、この地で行われている陰謀にも気づくことができなかったのよぉ……」
「うーむ。お話をうかがえばうかがうほどに、邪神教団の厄介さが浮き彫りにされるようでありますねー。正道の魔術で外道の魔術に対抗するのは、難しいことなのでしょうか?」
「難しいでしょうねぇ……それは要するに、馬鹿正直な人間と卑劣な人間が戦をしたら、どっちが勝つかという話なのでしょうよぉ……」
「なるほどー」と、フィリアは腕を組む。
「わたし、やっぱり外道の魔女さんは他の魔女さんたちと仲良くするべきだと思います! 正道の魔女さんと外道の魔女さんが手を組んだら、最強の布陣じゃないですかー?」
「うふふ……そんな言葉は、他の魔女たちに聞かせるべきでしょうよぉ……わたしを拒んでいるのは、あちらのほうなのだからねぇ……」
「そうですねー。いずれ、わたしのほうからご提案させていただきたく思います!」
その後も何やかんやと言葉を交わしながら、一行は歩を進めていった。
たくさんの露店が出された広場を抜けて、用水路に掛けられた橋を渡り、ひときわ背の高い建造物が並んだ一画に差しかかると、とたんに人影が少なくなってくる。そして、ときおり見かける人間は、誰もが裕福そうな身なりをしているように感じられた。
「うーん、わたしたち、ずいぶん場違いであるように思えるのですが……」
フィリアがそんな風につぶやいたとき、曲がり角から2名の兵士が現れた。
検問をしていた兵士たちよりも、立派な甲冑を纏っている。その目がフィリアたちを捕らえるや、「待て!」という声が放たれた。
「お前たちは、何者だ? ここは下賤の人間が踏み入っていい場所ではないぞ」
大きな声をあげながら、兵士たちは小走りで近づいてくる。
その姿を悠然と見やりながら、魔女キョウラは囁くような声で言った。
「フィリア、わたしがいいと言うまで、息を止めていなさい……」
フィリアが反問するより早く、兵士たちが眼前に立ちはだかった。
魔女キョウラは、そちらににこりと微笑みかける。
「おつとめご苦労さまぁ……わたしたちは、旅芸人よぉ……この先に住むペルセイ様のお屋敷に向かうところなのぉ……」
「ペルセイ? それは、侯爵家の従者長の名であったはずだ。お前たちのように下賤の人間が近づくべき相手ではない!」
「でもぉ、わたしたちを呼びつけたのは、あちらのほうなのよぉ……?」
そのように答える魔女キョウラの手もとから、ふわりと淡い紫色の煙がたちのぼった。
よくよく注意していなければ見逃してしまいそうになるほどの、淡い色合いである。その煙が兵士たちの顔の高さにまで達すると、彼らの瞳がふっと焦点をぼかした。
「従者長が……お前たちを招いたのか……?」
「ええ、そうよぉ……ペルセイ様は、美しい女人に目がないそうねぇ……こんな下賤の旅芸人をお屋敷に招こうというのだもの……」
「うむ……従者長の色狂いは、町でも評判になるほどだからな……」
どこか張りのなくなった声で、兵士はそのように答えていた。
「では……決して騒ぎを起こすのではないぞ……? ここはもう、侯爵様のお足もとなのだからな……」
「ええ、もちろんよぉ……ペルセイ様のお屋敷は、このまま真っ直ぐでいいのよねぇ……?」
「うむ……侯爵家のお城の、西側にあるのが従者長の住まいとなる……」
「ありがとうねぇ……それじゃあ、わたしたちは失礼するわぁ……」
そうして一行が歩を進めても、兵士たちはぼんやりと立ち尽くしたまま、動こうとしなかった。
その兵士たちとあるていどの距離ができてから、魔女キョウラはくすくすと笑い声をあげる。
「まあ、こんなものよぉ……大した手管ではないけれど、掟に縛られた魔女たちには、なかなか難しい芸当でしょうねぇ……」
「…………」
「いまのはべつだん、魔術ではないわよぉ……? ただ、催眠の秘薬を嗅がせただけだからねぇ……わたし自身も虚言を吐いたわけではないから、簡単に暗示にかけることができたというわけねぇ……」
「…………! …………ッ!」
フィリアは真っ赤な顔をしながら、魔女キョウラの腕に取りすがった。
魔女キョウラはきょとんとそちらを見返してから、「ああ……」と微笑む。
「ひょっとしたら、まだ息を止めていたのぉ……? どうぞお好きなだけ吸ってちょうだい……」
フィリアは力いっぱい深呼吸をしてから、恨めしげに魔女キョウラの笑顔を見やった。
「だったら早く、そう言ってくださいよ-! いいと言うまで息をするなって言ったじゃないですかー!」
「あなたって、しつけられた犬みたいに従順なのねぇ……西の魔女が魅了されたのも納得だわぁ……」
「うむむ? お師匠さんに魅了されたのはわたしであって、お師匠さんはわたしのことなど虫のように見下しておりますですよ?」
「あなたって、人の気持ちがわからないのねぇ……虫みたいに鈍感なのかしらぁ……」
「むきー! わたしを虫のように見下していいのはお師匠さんだけです!」
「わかったから、ちょっと静かにしてちょうだい……目的の地が見えてきたみたいだからねぇ……」
フィリアは頬をふくらませながら、正面に向きなおった。
行く手に、背の高い城壁が見えている。その城壁から覗くのは、巨大な城の屋根ばかりだ。それこそが、この地を治める侯爵家の城であった。
「ぬはー。立派なお城ですねー。あの城壁を乗り越えるのは、ちょっと難しそうですー」
「そうねぇ……西や南の従者だったら、それも難しくはないのでしょうけれど……こういうときは、狼や雷王鳥の便利さを痛感させられるわぁ……」
「おや、ご主人はあたしを従者にしたことを後悔しているの?」
ずっと無言で荷車を引いていたヘルが、甘えるような横目で主人をねめつけた。
魔女キョウラは「うふふ……」と忍び笑いをしながら、その陶磁のように白い頬に手をのばす。
「そんなわけがないじゃない……わかりきったことを聞かないでよぉ……」
魔女キョウラに頬を撫でられると、ヘルは心地好さそうに目を細めた。
それを見やりながら、フィリアは「あうう」と眉を下げる。
「おふたりのかもしだす艶めいた空気は、ちょっと苦手なのですよねー。どこか主従の範疇を逸脱しているように感じられてしまうのですー」
「あらぁ……西の魔女は、従者に伽を申しつけたりしないのかしらぁ……?」
「そ、そのような真似はいたしません! ……たぶん」
「あらぁ、そうなのぉ……それじゃあいったい何のために、聖獣を人間の姿に変化させているのかしらぁ……まぁ、わたしは蛇の姿で伽をしてもらっても、いっこうにかまわないけれど……」
「に、任務に集中いたしましょう! ほらほら、お城は目の前ですよー!」
魔女キョウラは妖しく笑いながら、ヘルの頬にのばしていた手を引っ込めた。
そして、城門に到着してしまう前に、足を西の方向に向ける。
「それじゃあ、行きましょう……まずは、従者長の屋敷よぉ……」
「ふにゅ? お城に突撃するわけではないのですか?」
「そんな真似をしたら、城を守る兵士たちに取り囲まれてしまうでしょう……? わたしたちは従者長を足がかりにして、あの城壁の中に潜り込むのよぉ……」
「ふーむ。なかなか入り組んだ作戦であるようですよねー。これまでの妖魅退治とは、ずいぶん勝手が違うようですー」
「だって、相手は妖魅じゃなく、邪神教団だからねぇ……しかもここは邪神教団の本拠地なのだから、力ずくで突撃していたら生命がいくつあっても足りないわぁ……」
芝居がかった仕草で肩をすくめつつ、魔女キョウラはそう言った。
「でも、ここが邪神教団の本拠地だなんて知ったら、あの短慮な魔女たちは力ずくで突撃しようとするでしょう……? 東の魔女は止めようとするかもしれないけれど、西と南の魔女は感情を抑制するのが苦手だからねぇ……だから、秘密であなただけを連れ出すことにしたのよぉ……」
「ふむふむ。これはあくまで、お師匠さんたちの安全を思いやった上での行動ということなのでしょうか?」
「当たり前じゃない……北の魔女はああして魂を返してしまったのだから、他の魔女たちにはそのぶんまで妖魅退治に励んでもらわないと、わたしだって困ってしまうわぁ……」
そんな言葉を交わしている間に、一行は従者長ペルセイの屋敷に到着した。
その頑丈そうな門の前には、当然のように武骨な守衛たちが立ちはだかっていた。




