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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第11幕 王都の陰謀

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4 謁見の間

2020.11/16 更新分 1/1

『針の森』から王都までは、ほとんど10日がかりの道行きであった。

 逆に言うと、『針の森』から王都まではそのていどの距離でしかなかったのだ。かつてのフィリアは数ヶ月がかりで『針の森』を探し当てたわけであるが、ひとたび所在さえ知れてしまえば、それだけの時間で駆けつけることがかなったのだった。


「……フィリア姫は、さぞかしわたしをお恨みになっているのでしょうね」


 その10日間を、ほとんど無言で過ごしていたアデリールが、ふいにそのようなことを言い出した。

 荷車の中で揺られながら、フィリアもまた無言でその言葉を聞いている。


「これまで散々ないがしろにしておきながら、有事の際にだけすがりつくような真似をして……これでは、フィリア姫がお怒りになるのも当然です。このように浅ましき行いが、許されていいはずがないのです」


「……だったら、わたしを『針の森』に帰してくれませんか?」


 無駄と知りつつ、フィリアはそのように言いたてた。

 アデリールは無念そうにまぶたを閉ざしつつ、「いえ」と首を横に振る。


「それでも我々は、国王陛下と王子殿下らを暗殺した人間を、新たな王と仰ぐことはかなわないのです。西の王国の玉座は、神聖なものであらねばならないのです」


「わたしは、魔女の弟子なのですよ? そんな人間を玉座に据えることを、神々はお許しになるのでしょうか?」


「魔女は、不浄の存在です。しかし、決して王国に害を為す存在ではないと……そのように仰ったのは、フィリア姫ご自身ではないですか」


 そう言って、アデリールはわずかに口をほころばせた。


「いまではわたしも、その言葉を信ずることができます。以前にフィリア姫のもとから退いた後、わたしはさまざまな真実を知ることができたのです」


「……真実?」


「はい。これまで王国の民を脅かしていたのは、魔女ではなく妖魅であった――むしろ魔女たちは、それらの妖魅を退けるために尽力していたのだと、そのように理解しています。ならば、魔女の弟子というだけで忌避するには値しないはずです」


 アデリールの笑顔から目を背けて、フィリアは深々と溜め息をついた。


(それはその通りなんだろうけど……やっぱりアデリール先生って、なんか違うんだよなあ)


 いったい何が違うのか、それを説明するのは難しい。ただフィリアは、アデリールにこのような言葉を伝えられても、まったく心を動かされないのだった。


(むしろ、アデリール先生が正しいのかな。だから、正しさなんて求めていないわたしとは、一生わかりあえないのかもしれない)


 フィリアはべつだん、魔女エマが心正しき存在であるから心をひかれたわけではない。心をひかれた存在が、たまたま心正しき存在であっただけのことなのである。

 現在もなお、フィリアは正しさなどは求めていない。求めているのは、自分が心をひかれた魔女エマやその同胞たちと、楽しく暮らしていくことだけだった。


(そのためだけに、わたしは北の魔女さんを斬り捨てたんだ。こんな性根をした人間に、国王なんてつとまるはずがないじゃん)


 フィリアの心は、重く沈んでいくいっぽうであった。

 魔女エマから託された虎目石の首飾りを、ぎゅっと握りしめる。そうすると、ほんの少しだけ心が安らぐ気がした。


「……フィリア姫はずっと離宮で過ごされていたので、王姉殿下もそのご息女たるベルディカ姫もご存知ではないでしょう。あの方々は、烈火の気性と呼ぶに相応しい方々であられるのです」


 やがてアデリールが、厳しい声でそのように言いたてた。


「あの方々であれば、玉座のために血族を皆殺しにすることも厭わないでしょう。ですが、わたしがこの身にかえてもフィリア姫をお守りいたしますので、どうぞご安心ください」


「……その方々は、本当に父様たちを毒殺したのですか? 何も証はないのでしょう?」


「証は、いずれつかんでみせます。天の神々とて、このような暴虐は決して許さないはずです」


 アデリールがそのように答えたとき、荷車が動きを止めた。

 何か、押し問答するような声が壁ごしに聞こえてくる。アデリールは腰の剣に手をのばしながら、腰を浮かせた。


「どうやら城門に到着したようですが……何か騒がしいですね」


 そのとき、荷車の扉が荒っぽく開かれた。

 その向こう側に立ち並んでいるのは、白銀の甲冑を纏った兵士たちである。


「ご苦労様でした、アデリール殿。これより先は、我々がフィリア姫をご案内いたします」


「なに? どうして近衛兵などが、このような場まで出張っているのだ!」


 アデリールは鋭く問い質したが、それに対する兵士たちは落ち着き払っていた。


「わたくしどもは、国王代理たる王姉殿下の御意によって、フィリア姫をお迎えにあがったのです。さあ、フィリア姫、こちらにどうぞ」


「待て! 王姉殿下は、わたしがフィリア姫をお連れしたことなど、お知りになるすべもないはずだ! これはいったい――」


「王姉殿下の御意でございます」


 小隊長の房飾りをつけた男が手を上げると、残りの兵士たちが一斉に抜刀した。


「国王代理たる王姉殿下の御意に逆らえば、王国に叛意ありと見なされましょう。どうぞ御身を大切になさい、アデリール殿」


「貴様ら……そうか、そういうことか」


 アデリールは怒りに双眸を燃やしながら、フィリアに耳打ちをしてきた。


「どうやらわたしの行いは、すべて王姉殿下に見透かされていたようです。フィリア姫、どうぞご用心を」


「いや、ご用心と言われても……」


 そうしてフィリアはわけもわからぬまま、別の車に移されることになった。

 王都に到着するなり、この騒ぎである。フィリアは虎目石の首飾りを握りしめながら、何度となく溜め息をこぼすことになった。


                    ◇


 やがてフィリアは、石造りの宮殿へと迎え入れられた。

 フィリアが生まれ育った離宮とは、比較にならぬほどの立派な宮殿である。すべてが白い石造りで、足もとには緋色の絨毯が敷かれている。回廊には等間隔で衛兵たちが立ち並んでおり、フィリアの前後には4名ずつの兵士たちが闊歩していた。


 やがて到着したのは、大きな両開きの扉の前だ。

 その扉の両脇にも槍を掲げた衛兵たちが並んでおり、フィリアを囲んだ兵士の一団が到着すると、無言のままに扉が開かれた。


 扉の向こうは、やはり石造りの広間である。

 部屋の奥に向かって、赤い絨毯が真っ直ぐにのびている。その絨毯の左右にも、置物のように衛兵たちが整列していた。


 前後の兵士たちが前進し始めたので、フィリアもしょうことなく足を踏み出す。

 しばらく進むと、ふいに前方を歩いていた4名が左右に分かれた。

 その先に出現したのは――天蓋のついた立派な座具と、それに座したひとりの少女の姿であった。


「ふん、あなたがフィリアという娘なの? ずいぶん、見すぼらしい姿ね」


 その少女が、いくぶん咽喉にひっかかるような声で、そのように言い捨てた。

 毒々しいまでに赤い装束を纏った、フィリアと同年代ぐらいに見える少女である。栗色の髪を長くのばしており、銀色の飾り物でふんだんに身を飾りたてている。濃い茶色をしたその瞳には、刺すような光が浮かべられていた。


「何よ、返事をしなさいよ。わたくしの言葉が聞こえていないの?」


「いえ、えーと……もしかして、あなたがベルディカという御方なのですか?」


 フィリアがそのように応じると、少女は小馬鹿にしきった様子で「ふん!」と鼻を鳴らした。


「当たり前じゃない。ずいぶんと呑気たらしい娘ね。それともそれは、わたくしを油断させようという策謀なのかしら?」


「いえいえ、そんなつもりはないのですけれども……」


「まあいいわ。あれこれ腹の探り合いをしたって仕方ないものね、フィリア?」


 フィリアはすっかり、げんなりしてしまっていた。

 彼女はフィリアがもっとも苦手とする、典型的な石の都の貴族であるようだった。


(いや、王姉の息女だから、貴族じゃなくって王族なのか。わたしにとっては、従姉妹ってことになるんだろうけど……)


 しかし、フィリアにとってもっとも苦手であったのは、自分の父親や兄たちであったのだ。ならば、従姉妹である彼女がそれに類する人種であっても、何も不思議なことはなかった。


「……あなたのことは、とても気の毒に思っていたのよ、フィリア? だってあなたは前王の正統なる血筋であったのに、王妃ともどもさびれた離宮で半生を過ごすことになってしまったのだものね。わたくしがあなたの立場だったら、3日で憤死していたでしょうよ!」


「はあ……痛み入りますです」


「しかも、排斥される理由がね……もともと前王は、あなたの母親である第二王妃の美しさに魂を奪われていたのでしょう? それが病魔を患ったからといって、いきなり邪魔者扱いだなんて、ひどい話よ。同じ女人として、わたくしも母様も怒りを禁じ得なかったものだわ」


 高慢にせせら笑いながら、ベルディカはそう言った。


「それに、3人の王子たちもね……まあ、後妻や腹違いの妹なんて、疎まれるのが世の常なのかもしれないけれど、それにしたって陰湿だわ。あなたは知らないかもしれないけれど、あの王子たちはあなたや第二王妃を中傷する風聞を宮廷中に撒き散らしていたのよ。国王陛下を色香で惑わせた淫婦とその娘って具合にね。中には、あなたが離宮で手当たり次第に衛兵や下男をたぶらかしていた、なんて風聞もあったけれど……」


「そ、それは根も葉もない風聞でありますねー」


「どうやら、そうみたいね。あなたがそんな頽廃した生に浸かっていたとは、とうてい思えないもの」


 ベルディカは、性悪な猫のように微笑んだ。


「だからまあ、あなたがこの世をはかなんで、魔女なんかに弟子入りを願おうと考えたのも、無理からぬ話なのでしょう。母親である第二王妃が魂を返してしまった以上、あなたは王都を捨てることにも未練はなかったのでしょうからね」


「はあ、まあ……そうですね……」


「だから、こんなことになってしまって、とても残念だわ。どんなに同情すべき境遇であっても、罪は罪なのよ」


「罪?」と、フィリアは反問した。


「罪とは、なんのお話でしょう? ……ああ、国宝である聖剣を持ち出してしまったことですか?」


「ああ、聖剣。あれはやっぱり、あなたが宝物庫から盗み出したのかしら?」


「あ、いえ、盗み出したわけではなく、とある従者さんから手渡されただけなのですが……」


「王宮の執事ね。その者も、前王たちの後を追うように魂を返してしまったわ」


 ベルディカは楽しそうに、唇を吊り上げた。


「宝物庫のそばであなたを見た、と証言したのは、その執事であったようね。あなたを大罪人に仕立てあげるために、第三王子の腹心であったその執事が、話をでっちあげたということなのかしら」


「……わたしには、わかりません。その可能性は、あるのかもしれませんけれど」


「そう。何にせよ、あなたに不当な運命を押しつけた者たちは、次々に魂を返してしまったということね」


 同じ表情のまま、ベルディカは座具の上で姿勢を改めた。


「とても残念よ、フィリア。でも、わたくしは母たる王姉殿下に代わって、国政を取り仕切らなければならないの。このような役目は、わたくしにも重荷なのだけれどね」


「あの、あなたはいったい、さっきから何を……」


「あなたを前王および3名の王子たちを謀殺した罪で、告発させていただくわ、フィリア」


 ベルディカがそのように宣言すると同時に、さきほどの兵士たちが左右から進み出てきた。

 その手に荒っぽく腕をつかまれながら、フィリアは「待ってください!」と声をあげる。


「わたしが、父様や兄様たちに毒を盛ったっていうのですか? わたしは王都から遠く離れた、辺境の地で過ごしていたのですよ?」


「それが、魔術の手管というものなのでしょう? まったく、恐ろしい話よねえ」


 うすら笑いをたたえたまま、ベルディカは細い肩をひとつすくめた。


「まあ、申し開きは審問でしてちょうだい。その前に、わたくしの婚儀を済まさなければならないけれど……とりたてて、急ぐ話ではないでしょう。急いだって、あなたの処断される日が早まるだけなのだからね」

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