4 大いなる脅威
2020.10/12 更新分 1/1
「まさか、おぬしほどの魔術師が、そうまで無残な姿をさらすことになるとはの。これはいささか、予想の斜め上じゃったわい」
魔女エマがそのように言いたてると、魔女ドルガは「キヒヒ」と愉快そうに笑った。
なまじ端麗な容姿をしているために、その深く傷つけられた姿は余計に無残に見えてしまう。しかし本人は何の痛みを感じている様子もなく、青い瞳を光らせていた。
「この偉大なる俺様ですら、この有り様だ。あの妖魅が手前らの縄張りに現れてたら、ひとたまりもなかったろうなあ? その僥倖に感謝しやがれ、くそったれども!」
「やかましいわい。呆れるほどの強情者じゃな、おぬしは」
魔女エマは、寝台のかたわらにたたずむ従者カーラのほうに視線を転じた。
「おぬしもおぬしじゃぞ。主人がこのような有り様で、手を離せなかったために使い魔なんぞを飛ばすことになったのじゃと、一言添えれば済む話じゃろうが? 四の刻より前にやってくるのを禁ずるというのも、癒やしの術式に時間が必要じゃった、ということなのじゃろう?」
「やかましいね! アンタにどうこう言われる筋合いはないよ!」
けたたましい声でわめいてから、カーラは寝台のかたわらに膝をついた。
「ご気分は如何ですか、ドルガ様? お飲み物などを準備いたしましょうか?」
「ばーか。余計な気を回すんじゃねーよ。いいから手前は、くそったれな客人どもをもてなしやがれ」
「はい。承知いたしました」
カーラは身を起こすと、その手の鎚鉾を振り払った。
分厚い絨毯に覆われた床がうねうねと蠢いて、やがて2つの椅子の形状に盛り上がる。ふたりの魔女はその椅子に腰を下ろし、それぞれの従者がそのかたわらに陣取った。
そして、ひとり出遅れたフィリアはきょろきょろと視線をさまよわせる。
「えーと、わたしはどこに立つべきでしょう? お師匠さんの後ろ? 従者さんの隣? それとも、従者さんの反対側?」
「どこでもかまわんわい。適当に立っておれ」
「はい! 承知いたしました!」
フィリアは、魔女エマの真後ろに立ちはだかった。
魔女エマはそちらを振り返ろうともせぬままに、杖でフィリアの頭を殴打する。
「いたーい! どうして叩くんですかー!」
「やかましいわい。どうしてよりにもよって、真後ろなんぞを選ぶのじゃ。我の気が散るじゃろうが」
「だったら、最初にご指示をくださいよー! ななめ後ろ? 従者さんの隣? それとも、反対側?」
「ああもう、反対側でいいわい! とにかく、おぬしは大人しくしておれ!」
「はいはーい」と気安く答えながら、フィリアは椅子の左側に移動した。
魔女エマと魔女ラクーシャの間に立つ位置取りなので、ちょうど5人の真ん中に陣取っている格好である。その姿を見やりながら、魔女ドルガはまた「キヒヒ」と笑い声をあげた。
「しつけがなってねーなあ、西の魔女? さすがはくそったれな石の都の住人だぜ」
「うむ。おそらくこやつは石の都でも群を抜いたうつけ者であるのじゃろうがな」
「てへへ。否定できないところがつらいところでござりまする」
フィリアがのほほんとした顔で頭を掻くと、カーラが黄色い瞳を苛立たしげに光らせた。
「気に入らないね。偉大なるドルガ様を前にして、ずいぶんふざけた態度じゃないか」
「はいー。わたしも普段から偉大なるお師匠さんと接しているので、いささか耐性がついてしまっているのかもしれませんねー」
「……こんなふざけた小娘が、本当に大層な力なんて持ってるのかよ」
カーラは不満げにぼやいていたが、主人のほうはにやにやと笑っていた。
「ま、よもやま話はこれぐらいにして、本題に入らせてもらうぜ? 従僕、説明しな」
「承知いたしました、ドルガ様。……耳をかっぽじってよく聞きなよ、アンタたち。あのくそったれな妖魅どもが出現したのは、いまから7日前のことだ。場所は、大陸の南西部。くそったれな石の都の連中が数十年前に鉱山なんてもんを切り開いた、山あいの土地さ」
「鉱山……鉄や銀などを掘り出すための場所、ということじゃな」
「ああ。どうやら南の領地には、鉄の塊がごろごろ埋まってるようでね。あいつらはくそったれな鋼なんぞをこしらえるために、あちこちに穴を開けまくってるんだよ。で、くそったれなあいつらは、見事に妖魅のねぐらなんざを掘り当てちまったってことだ」
「妖魅、地の底、潜む、多いです。放っておけば、魔力が尽きて、眠っていたでしょうに、愚かです」
「ああ、しかもそいつは、とびきり強力な妖魅だった。ありゃあ、邪神の眷族ってやつだね」
「邪神の眷族」と、魔女エマが繰り返した。
ジェラは張り詰めた面持ちであり、ロムロムは不安げに目を泳がせている。魔女ラクーシャは人形のごとき無表情であったが、その銀色の瞳には鋭い光がたたえられていた。
「そいつは、剣呑な話じゃの。いったいいずれの邪神に属する妖魅であったのじゃ?」
「ありゃあ蟲神の眷族だね。くそったれな蟲の妖魅どもが、恐れ多くもドルガ様をこんな目にあわせちまったのさ」
「蟲神の眷族か……まあ、我と東の魔女が顔をそろえておれば、問題はあるまい。その地の浄化は我々が引き受けるので、おぬしは養生するがよい」
すると、魔女ドルガがひび割れた笑い声を爆発させた。
「冗談抜かすんじゃねーよ、西の魔女! 手前らだけで、あのくそったれの妖魅に太刀打ちできるとでも思ってんのか?」
「なに? まさか、我々の手に余るなどと抜かすつもりか?」
「だからこそ、そのくそったれな弟子まで呼びつけたんだろうがよ! ふたりの魔女にふたりの従僕、それにくそったれな聖剣の力をあわせて、ようやく五分ってところだな! ぎりぎり死なないで済むていどの戦力だろうよ!」
魔女エマは、感じ入った様子もなく肩をすくめた。
「冗談が過ぎるぞ、南の魔女よ。おぬしは7日も前からその妖魅めを相手取っておったのじゃろうが? それほど強力な妖魅であったなら、おぬしとて7日も生き永らえることはできんじゃろう」
「だから! 俺様がくそったれな妖魅の首魁野郎と出くわしたのは、昨日の夜が初めてだったってこったよ! それまであいつは、ずーっと地の底に隠れてやがったんだからな!」
「なに? それでは首魁ならぬ妖魅の討伐に、7日もかかったということなのか?」
魔女ドルガは勇猛に笑いながら、答えようとした。
しかしその口から、言葉ではなく鮮血が吐き出される。とたんにカーラは「ドルガ様!」と主人に取りすがった。
「かまうなよ、従僕野郎。……あの地には、小物の妖魅も大物の妖魅もうじゃうじゃわいてやがった。そいつを7日がかりで丁寧にひねり潰してたら、昨日になっていきなりくそったれな首魁野郎が現れやがったのさ。あのくそったれは手前の分身がひねり潰されてる間も知らん顔で、こそこそ魔力を蓄えてやがったわけだな」
「それだけの魔力、知覚、できなかったのですか?」
「できなかったねえ。あのくそったれな首魁野郎は、結界なんざを張ってやがったんだよ。で、十分な魔力が溜まるまで、ずーっと息を殺してたってわけだなあ」
カーラの取り出した織布で口もとをぬぐわれながら、魔女ドルガは凄絶な顔で笑った。
「普通は下っ端の妖魅どもをぶっ潰していきゃあ、首魁野郎の魔力も削られるもんだ。そもそも下っ端の妖魅ってのは首魁野郎の分身みてーなもんなんだから、そいつが当然だ。だけどあのくそったれな首魁野郎は、手っ取り早く魔力を溜め込むすべを持ってやがった。笑えるだろ? 笑いやがれ! 手前たちが俺様のしくじりを嘲笑う機会なんざ、そうそうねーんだからな!」
「よく言うわい。じゃからおぬしは、短慮の申し子などと呼ばれるのじゃ」
「ああ? そんな愉快なことを言うくそったれは、どこのどいつだよ?」
「我じゃな」と、魔女エマは面白くもなさそうに笑った。
「で、おぬしは昨夜、初めて妖魅の首魁たる邪神の眷族と対面し――そやつが尋常ならざる魔力を備えておるということを思い知らされたわけじゃな」
「ああ。おまけにあのくそったれは、日を重ねるごとに膨張するはずだ。今日の夜に現れるあのくそったれは、昨日よりもひとまわりはでかくなってるだろうぜ。だから、手前らが雁首そろえても五分だってこったよ」
「呆れた話じゃな。で、おぬしの見立てが正しいとして、我々にどうせよというのじゃ? 仮に、聖剣なんぞを持ち出したところで、五分なのじゃろ? それでは、せいぜい相討ちではないか」
「ふん。手前らにお願いたてまつるのは、たったひとつの仕事だけだ」
そう言って、魔女ドルガは左手の指を1本立てた。
「今日の夜と明日の夜、2日間だけ持ちこたえやがれ。3日目の夜には俺様が出向いて、決着をつけてやる」
「これまた、つまらぬ冗談じゃの。たかだか2日でその深手がどうにかできるとでも思うておるのか? それに、おぬしひとりの力が加わったところで――」
「手前のちっぽけな物差しで俺様を計るんじゃねーよ、西の魔女! 2日って言ったら2日だ! そうしたら、俺様がこの手であのくそったれを八つ裂きにしてやらあ! ……ま、いまはその手が1本足りねーからな!」
魔女ドルガはげらげらと哄笑をあげた。
その獣じみた笑顔を静かに見据えながら、魔女ラクーシャが発現する。
「私、ひとつ、疑問あります。何故、《青き氷河の魔女》、頼らないのですか?」
魔女ドルガは、ぴたりと笑うのをやめた。
魔女エマも、ものすごく嫌そうに顔をしかめながら、魔女ラクーシャを振り返る。
「《青き氷河の魔女》、力、卓越しています。彼女、参ずれば、この夜、首魁、滅ぼすこと、可能でしょう。何故、彼女、頼らないのですか?」
「おい、東の魔女よ、余計なことを申すでない。話がややこしくなるではないか」
「いえ、単純明快です。あなたがた、彼女、恐れている、承知していますが、事態、急を要します。勇気、振り絞り、助力、願うべきではないでしょうか?」
「いやいやいや、勇気とかそういう問題では――」
と、魔女エマは何か反論しかけたが、それは魔女ドルガの笑い声によってさえぎられた。
「いてーところをついてくるなあ、東の魔女! 確かにあのくそったれの魔女野郎を呼びつけりゃあ、この夜に始末をつけることもできるだろうよ! でも、そいつはかなわねー願いだ」
「何故、かなわないのです?」
「それはな、あいつをこの件で呼び出しちまったら、石の都のくそったれどもを敵に回すことになるからだよ」
魔女ラクーシャは無表情のまま、不思議そうに小首を傾げた。
魔女ドルガは秀麗な顔を引き歪めつつ、さらに笑う。
「あのくそったれな魔女野郎は、くそったれな石の都を憎んでる。そいつは、手前も承知してるはずだなあ?」
「はい、承知しています。彼女、唯一、欠点です」
「その唯一の欠点とやらが、致命的なんだよ! もしもあのくそったれを呼び出しちまったら、くそったれの妖魅ごと石の都のくそったれどもを氷漬けにしちまうだろうが? そうしたら、今度は俺様たちが石の都のくそったれどもにつけ狙われることになっちまうだろうぜ?」
「うむ?」と声をあげたのは、魔女エマであった。
「待てい、南の魔女よ。それはつまり……それだけ妖魅に侵蝕された地に、いまだ石の都の住人どもが居座っておる、ということなのか?」
「ああ。それ以外に、どういう意味に取れるんだよ?」
「しかし、そんな馬鹿な話はなかろう。7日も前に妖魅が現れたのなら、とっとと逃げ出すか全滅するかしか道はなかろうが?」
「ところが、そうじゃねーんだなあ。あのくそったれどもは、逃げたくても逃げられねーんだよ」
そう言って、魔女ドルガは片方しかない碧眼に炎のごとき光をたたえた。
「石の都のくそったれどもは、妖魅どもの生餌なんだ。妖魅どもは、毎晩生餌の精気をすすって、魔力を蓄えてやがるんだよ。だからこそ、1日も早く始末しなくちゃならねーってこった!」




