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終わりの魔女と始まりの世界  作者: EDA
第7幕 火の山の魔女

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3 第三の魔女

2020.10/11 更新分 1/1

「それでは、出発じゃな」


 下りの四の刻までもう間もなくという頃合いで、魔女エマはそのように宣言した。

 蝙蝠の使い魔が残していったあばら骨を壁にたてかけ、それに杖の先端を触れさせると、ぐにゃぐにゃといびつな形をした(ゲート)が開く。


「エマ様、私が先陣を」と、ジェラが声をあげると、魔女エマは「控えい」と皮肉っぽく笑った。


「もしもこれが《火の山の魔女》めの仕掛けた罠であったなら、おぬしの身が砕け散ってしまうではないか。まあ、いかに短慮にして暴虐なるあやつでも、同胞にそのような真似はせぬと信じたいところじゃがな」


「しかしあやつらは、このように礼を失した手段でエマ様を招こうとしています。その時点で、信頼には値しないのではないでしょうか?」


「じゃからこそ、おぬしを犠牲にすることはできんわい。いきなり魔術でも仕掛けられたら、おぬしにあらがうすべはなかろ?」


 それだけ言い残して、魔女エマはさっさと光の(ゲート)をくぐってしまった。

 慌てふためいたジェラと、期待に瞳を輝かせたフィリアも、それに追従する。

 すると、そこに待ち受けていたのは、赤みのある岩盤で形成された洞窟の様相であった。

 岩盤のあちこちに水晶が掲げられており、それがぼんやりとした白い光を灯している。そして《火の山》の名の通り、そこにはなかなかの熱気がたちこめていた。


「ふむ。あちらじゃな」


 そこは長い洞窟の途上であったが、その片方の行き先にだけ、転々と水晶の光が灯されていた。逆の側は、侵入を拒むように深い闇に閉ざされている。


「相変わらず、暑苦しい場所じゃな。よくもまあ、溶岩の煮えたぎる山なんぞを住処にしようと考えたものじゃ」


「えー? それじゃあ《火の山》って、本当に火山のことであったのですか? それはずいぶんと落ち着かない住処ですねー」


「うむ。まあ、たいそう危険である代わりに、石の都の住人が近づかぬという利点もあるのじゃろうがな。……そうか、我もこのような場所を住処に選んでおれば、おぬしなんぞと顔をあわせる不幸にも見舞われずに済んだのじゃな」


「いえいえ、たとえ火山の火口であっても、わたしは決して諦めたりはしませんでしたよー!」


 なだらかに湾曲する岩造りの道を歩きながら、フィリアは声も高らかに言いたてた。

 その姿に微笑を浮かべかけたジェラが、ハッとしたように魔女エマに向きなおる。


「エマ様、この気配は……」


「うむ。どうやら先客のようじゃの」


 しばらく歩くと、洞窟の突き当たりであった。

 そこに立ち尽くしていたふたつの人影に、フィリアは「あーっ!」と雄叫びをあげる。


「ラクーシャさんに、ロムロムさん! どうしておふたりが、こんなところにいらっしゃるのですかー!?」


「……おひさしぶりです、西の魔女、従者ジェラ、そして、弟子フィリア」


 まずは《黒き沼の魔女》たるラクーシャが、静かに一礼した。

 主人にならっておずおずと頭を下げてから、ロムロムはフィリアに目を向ける。


「お、おひさしぶりなのです、みなさん。……フィ、フィリアもお元気でしたか?」


「はい! わたしはこの上なくお元気です! わーい、おふたりとこんなところで再会できるとは思ってもいませんでしたー!」


 フィリアは餌を見つけた兎のごとく地を蹴って、自分と同じぐらいの背丈をしたロムロムに抱きついた。

 人間形態のロムロムは、黄褐色の髪をおさげにして、いつもとろんと眠たげな目つきをした、ごく凡庸な少女である。「はわわ」と頼りなげな声をあげつつ、ロムロムも気恥ずかしそうに口もとをほころばせた。


「ほ、本当にこの上なくお元気であるようなのです。それに、魔術師の装束がよくお似合いであるのです」


「本当ですかー? わーいわーい! 嬉しいなったら嬉しいなー!」


 ひとしきり騒いでから、フィリアは魔女ラクーシャのほうに視線を転じた。

 白銀の瞳と白銀の髪、黒い肌に灰色の刻印を刻んだ、人形のように美しくて無機質的なたたずまいである。魔女エマと同じぐらい小さな身体には漆黒の長衣(ローブ)と外套を纏っており、その手には骨でできた杖が握られていた。


「ラクーシャさんも、お元気そうですね! 完全無欠の無表情ですので、ちょっと真偽はわかりにくいところですけれども!」


「はい。私、元気です。……フィリア、弟子入り、おめでとうございます」


「ありがとうございます! ラクーシャさんを抱擁するのは、失礼でありましょうか?」


「失礼、違いますが、私、肌の接触、苦手にしています」


「ではでは、つつしもうかと思います! 事前に確認しておいてよかったですねー!」


「はい。お気遣い、感謝しています」


 そうして再会の挨拶が完了したところで、魔女エマは溜め息まじりの声をあげた。


「まったく、緊張感のない連中じゃな。……東の魔女よ、おぬしらも南の魔女めに呼びつけられたということじゃな?」


「はい。強大無比なる妖魅、出現した、聞きました」


「ふん。やはり、従僕めの使い魔が現れおったのか?」


「はい。南の魔女、声すら聞いていません。いぶかしい、思います」


「まったくじゃの」と言いながら、魔女エマは周囲に視線を走らせた。


「で? おぬしらは、こんな場所で待ちぼうけをくっておったのか?」


「はい。下りの四の刻、まだ間がある、思われます。使い魔、刻限より早い到着、禁ずる、言っていました。よって、待たされているのでしょう」


「つくづく無礼な行いじゃな。だいたい、あやつらは――」


『アタシたちが、なんだって!?』


 と――どこからともなく舞い降りた蝙蝠が、嘲笑をはらんだ声で言いたてた。

 ふたりの魔女たちは、それぞれ金と銀の瞳でその姿を見やる。


「この期に及んで、まだ姿を見せぬ気か。おぬしらはいったい、何を企んでおるのじゃ?」


『用件は昼間に伝えたろ! 数刻前の出来事も覚えてないぐらい、耄碌もうろくしちまったのかい?』


 蝙蝠の使い魔は、小馬鹿にしきった様子で笑い声をあげた。


『さあ、下りの四の刻に達したみたいだね! 偉大なる《火の山の魔女》の住処に招待されやがれ!』


 洞窟の突き当たりに、ぐにゃりと光の(ゲート)が開いた。

 魔女エマが文句の声をあげるより早く、蝙蝠はその内に消えてしまう。


「度し難い輩じゃな。この失礼な振る舞いに正当なる理由がないようなら、誓ってあの従僕めには然るべき報いをくれてやるぞ」


 ぶちぶちとぼやきながら、魔女エマは恐れげもなく(ゲート)をくぐった。

 ジェラ、フィリア、魔女ラクーシャ、ロムロムの順番で、その後に続く。


 (ゲート)の先は、しんと静まりかえった広間であった。

 壁や天井は赤みを帯びた岩盤であるが、床には分厚い絨毯が敷き詰められ、木造りの卓や椅子が並べられている。なかなかに豪奢な造りであったが、そこに人間の気配は感じられなかった。


『何をぼーっと突っ立ってるんだい! コッチだよ、コッチ!』


 と、広間の奥のほうで蝙蝠が羽ばたいている。

 5名が連れ立ってそちらに向かうと、岩盤の壁に木造りの扉が設置されていた。


『アタシとご主人は、この奥だ! さ、ずずいと進むがいいさ!』


 それだけ言い残して、蝙蝠は消え失せた。

 魔女エマは杖の先端を扉に当てて、しばらく内部の様子をうかがってから、手をかける。


 扉の内部は、薄暗かった。

 岩盤で形成された通路であり、その最果てにまた扉が見える。

 先頭を切って通路を踏破した魔女エマは、またさきほどと同じように扉の内側をうかがってから、それを押し開けた。


 扉の内は、真なる闇である。

 そこにぼうっと白い光が灯り、ひとりの人間の姿を浮かびあがらせた。


「よく来たね、《針の森の魔女》に《黒き沼の魔女》。それに、その従僕どもに……くそったれの弟子もね」


「ようやく姿を現しましたね、カーラ。これまでの礼を失した振る舞いについて、説明していただきますよ」


 黒い瞳に静かな怒りを宿したジェラが、鋭く声をあげる。

 カーラと呼ばれたその娘は、にやにやと笑いながらその姿を見返した。


 フィリアやロムロムよりは少しだけ背の高い、それでもまだごく若いように見える少女である。

 同じ年頃の少年のようにすらりとした身体つきをしており、ロムロムとよく似た旅装束のような格好をしている。


 ただ鮮烈なのは、その髪と瞳の色だった。

 複雑な形に結いあげられた髪は、赤と黄と緑がまだらになっている。

 そしてその瞳は、何か鮮やかな果実のような黄色であり、その中心にぽつんと小さく黒い瞳孔が穿たれていた。


「アタシはこの世でもっとも偉大な《火の山の魔女》の従僕さ。そのアタシが、どんな具合に礼を失したって?」


「黙りなさい。《火の山の魔女》がどれだけの力を持っていようとも、あなたが他の魔女に無礼な真似をしてよいという道理はありません」


 いまにもグルグルと咽喉を鳴らしそうな様子で、ジェラはそのように言いたてた。

 それを制したのは、魔女エマである。


「控えよ、ジェラ。従僕なんざと言い合いをしても、埒が明かんわい。南の魔女めは……そこにおるのじゃろう?」


 魔女エマの目が、カーラの右手の側に向けられる。

 すると、闇の向こうから「キヒヒ」という笑い声が響きわたった。


「ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ、西の魔女……数年ぶりのご対面だってのに、手前は成長しねーなあ」


「それは、こっちの台詞じゃな。わけのわからぬ余興は取りやめて、とっとと姿を現すがよい」


「いま、そうしようと思ってたところだよ。……従僕、明かりをつけやがれ」


「はい」と恭しく一礼してから、カーラは不安げに眉尻を下げた。


「それで……明かりはどのていどの強さにいたしましょう?」


「どのていどもへったくれもあるかよ! いいから、ギンギンにつけやがれ!」


「しょ、承知いたしました。少々お待ちくださいませ」


 さきほどまでの不遜な態度が嘘のように、カーラはかしこまっていた。

 そうしてカーラがその手に握った小さな鎚鉾(メイス)を頭上に振り上げると、室内が白い光に包まれる。


 カーラのかたわらに設置されていたのは、巨大な木造りの寝台だ。

 その上に、小さな人影がちょこんと座していた。


「よく来たなあ、西の魔女に東の魔女。どいつもこいつも、代わり映えしねーなあ」


 その人物が、皮肉っぽい笑いを含んだ声で言い捨てた。

 魔女エマはうろんげに目を細めながら、「おぬし……」とつぶやく。


「なんだい、俺様の姿を見忘れちまったのかよ? ま、ちっとばっかり人相は変わっちまったかもしれねーけどなあ」


 南の魔女は、濁った笑い声を響かせた。

 やはり魔女エマや魔女ラクーシャと同じように、10歳児ぐらいの姿である。

 肩まで垂らした蓬髪は金色で、光の強い瞳は深い青色をしている。肌の色は抜けるように白く、貴族の姫君のように端正な顔立ちをしている。


 ただ、その顔は半分がた、灰色の包帯に覆われてしまっていた。

 右半面を覆い隠すように、ぐるぐると包帯が巻かれているのだ。一行をねめつけるその碧眼も、左の側しかあらわになっていなかった。


 そして彼女は、灰色の夜着を纏っており、腰から下に毛布を掛けていたのだが、そこにも異常な点が見受けられた。

 夜着の右袖はぺたりと潰れてしまっており、毛布の形もどこかいびつであったのだ。


「ご覧の通り、あちこち手傷を負っちまったけど、ま、どうってことねーよ。たかだか、右目と右耳と右腕と右足を妖魅に喰われちまったってだけのこった」


 そう言って、南の魔女はぎらぎらと光る目をフィリアのほうに突きつけた。


「手前だけは、初顔あわせだなあ、くそったれの弟子野郎。俺様は南の領土を預かる《火の山の魔女》、ドルガ=マルガ=グルタフってもんだ。俺様の領土で悪さをしやがったら、その目ん玉をくり抜いてやるから、そのつもりでいやがれ」


「は、はいー、承知いたしました!」


 さしものフィリアも気圧された様子であったが、それでも兵士のごとき敬礼は忘れなかった。

《火の山の魔女》たるドルガは、げらげらと声をたてて笑う。


「さて、それじゃあ仕事の話だな。この俺様をこんな愉快な姿にできるような妖魔が、南の領土に現れやがったんだ。黙って力を貸しやがれ、このくそったれども!」

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