2 無礼なる訪問者
2020.10/10 更新分 1/1
「まさか、従僕風情が使い魔を飛ばしてくるとはな。我も甘く見られたものじゃ」
魔女エマが仏頂面で言い捨てると、使い魔たる蝙蝠は『へん!』と傲岸に鼻を鳴らした。まあ、蝙蝠に鼻を鳴らすことはできなかろうから、あくまで各人の頭の中に響く念話においてのことである。
『いいから、黙って話を聞けってんだよ! ご主人からの、ありがたーいお言葉をさ!』
「いい加減になさい。それ以上、無礼な口をきくようでしたら、私がお相手することになりますよ」
黒い瞳に狼の眼光をたちのぼらせながら、ジェラが鋭く声をあげる。
蝙蝠はそちらを振り返り、今度は『ははん!』と鼻で笑った。
『相変わらず、威勢だけは一丁前だね! アンタなんかがアタシに勝てるとでも思ってんのかい?』
「だったら手始めに、その使い魔の翼をむしり取ってさしあげましょうか?」
「よい、ジェラよ。いざとなったら、我がこやつを丸焼きにしてくれるわい。……むろん、使い魔だけではなく本体のほうもな」
金色の瞳を爛々と燃やしながら、魔女エマがそのように言いたてた。
「では、用件とやらを話してみるがよい。その内容次第では、おぬしに然るべき報いをくれてやるので、そのつもりでな」
『最初っから、大人しく聞いてろって話だよ! それじゃあ、耳をかっぽじって、よーく聞きな!』
蝙蝠はぐいっと胸をそらしつつ、牙の生えた口を大きく開いた。
『本日、下りの四の刻、《火の山》まで来られたし! 遅参はもちろん、それよりも早く訪れることは、固く禁ずる!』
「ほう。多忙なる我を、そのように軽々しく呼びつけようとは――」
『話はまだ終わっちゃいないよ、早漏野郎! ……その際は、従僕と弟子を同行させること! なお、くそったれの都から参じたくそったれの弟子野郎には、くそったれの聖剣を持参させやがれ! 以上!』
「ほう」と、魔女エマは繰り返した。
「やはりおぬしらも、我の領土を覗き見しておったのじゃな。無礼もここに極まれりじゃ」
『やかましいよ! こいつは、ご主人からのお恵みだ!』
大きく開いた蝙蝠の口から、何か小さくて白いものが吐き出された。
獣の、あばら骨である。空間移動の座標を指し示す、魔術師からの招待状であった。
『それじゃあね! 用件は、しかと伝えたよ!』
「うむ。つつしんで断らせていただこう」
魔女エマは、床の上に吐き出されたあばら骨を、蝙蝠のほうに蹴り返した。
蝙蝠はその黒い瞳に、敵意の炎を燃えあがらせる。
『アンタ! 偉大なるご主人からの通達を、無下にしようってのかい!?』
「おお、思うさま無下にしてやるわい。このように無礼な申し出を聞き入れるほど、我も寛大ではないのでな」
魔女エマは、にたりと唇を吊り上げた。
「それじゃあこの口やかましい使い魔は、こんがりと丸焼きにして晩餐の足しにでもしてくれようかの。そうしたら、おぬしらも少しは礼儀を学ぼうという気になれるじゃろ」
『ちょっと待ちなよ! アンタ、本気で言ってるのかい!?』
「当たり前じゃ。我を、誰だと思うておるのじゃ?」
魔女エマの金色の瞳が、凄まじいまでの炎を噴きあげた。
使い魔の眼光などとは比較にならぬほどの迫力である。
「我は《針の森の魔女》、エマ=ドルファ=ヴァルリエートじゃ。俗世に留まる魔女の間に、上下はない。おぬしなんぞの命令を聞いてやる義理はこれっぽっちも持ち合わせておらんわい、とでも伝えておくがよい」
蝙蝠はその眼光に気圧された様子で、何歩か後ずさった。
その姿に、魔女エマは「ふふん」と鼻で笑う。
「我を住処に招待したいと言いたてるなら、まずはその理由を明白にせよ。まさか、東の魔女のように歓迎の晩餐会を開きたいなどという話ではあるまいな?」
『……どうしてご主人が、アンタやくそったれな弟子のためにそんなもんを開かないといけないんだよ。魔女が魔女を呼びつける理由なんて、ひとつしかないだろ』
いくぶん勢いを失った調子で、蝙蝠はそのように言いたてた。
魔女エマは感銘を受けた様子もなく、肘掛けに頬杖をつく。
「じゃから、その理由を明白にせよと言うておるのじゃ。丸焼きにされるまで口をつぐんでおるつもりか?」
『ああもう! だから、妖魅だよ! この世の安寧を揺るがすぐらいの強力な妖魅が出現したから、出陣の準備をしろってのさ!』
「大仰じゃの。邪神が復活したとでも抜かすつもりか?」
魔女エマは、余裕の表情でせせら笑った。
「しかしまあ、おぬしらが妖魅退治で何日も家を空けておったという話は、精霊王の使いから聞いておる。それでけっきょく手に余ったから、我に助力を乞うてきたというわけじゃな」
『うるさいね! 妖魅の浄化が、魔女の仕事だろ! つべこべ言わずに、アンタは仕事を果たせばいいんだよ!』
「それで、不肖の弟子に不浄の聖剣を持参させよというのは、なんの冗談であるのじゃ? 妖魅の退治に、そんなものは必要あるまい」
『何を言ってんだい! そのくそったれな聖剣には、魔女を滅ぼすぐらいの力があるってんだろ? だったらそのくそったれな弟子は、魔女ひとり分の戦力になるってことじゃないか!』
魔女エマは笑みを消し去って、代わりに眉根を寄せることになった。
「おぬしの言う通り、あれは我々を滅ぼすことができるほどの存在であるのじゃ。そのように危険なものを引っ張り出さねばならぬぐらい、おぬしらは切羽詰まっておるというわけか?」
『……そうじゃなきゃ、ご主人がくそったれな聖剣なんざに頼るはずがないだろ』
そうして蝙蝠は、何の前触れもなく高々と舞い上がった。
『それじゃあ、用件は伝えたからね! 今日の、下りの四の刻! 絶対に、この約定を違えるんじゃないよ!』
蝙蝠は天井をすり抜けて、消え去った。
魔女エマは、釈然としない面持ちで頭をかき回す。
「何が約定じゃ。こっちは了承したとも言うておらんじゃろうが。……しかしこれは、思いの外に厄介な事態であるようじゃの」
「まさか、虚言を弄してフィリア様と聖剣を始末しようという心づもりでは……?」
「いや。虚言は魂を穢す。あの《火の山の魔女》が、おのれの魂を危険にさらしてまで、石の都の存在に頓着するとは思えんの」
つぶやきながら、魔女エマはフィリアを振り返った。
フィリアはにこにこと笑いながら、その姿を見つめ返す。
「……おぬしは、どのように思うのじゃ?」
「はい、何がでしょう?」
「何がではないわい。使い魔めの言うことを聞いておらんかったのか?」
「それは聞いておりましたけれど、わたしの思惑なんて関係ないのではないでしょうか?」
そう言って、フィリアはいっそう楽しげに微笑んだ。
「わたしは、お師匠さんのお言葉に従います! 聖剣を使って妖魅を滅ぼせというのならそうしますし、あんなものは絶対に使うなというのならそうします!」
「……おぬしは魔力に感応しやすい肉体を練りあげようとしているさなかであるのじゃ。不浄の存在の極みたる鋼の聖剣などを扱ったら、またその身が穢れてしまうやもしれんのじゃぞ?」
「そのときはそのときです! わたしはお師匠さんの指し示してくださる道を邁進するばかりであります!」
そんな風に述べてから、フィリアはぐっと身を乗り出した。
「でもでも、わたしひとりをこの場に置いていく、なんて悲しいことは仰らないでくださいね! 聖剣なんかはどっちでもいいですから、わたしはお師匠さんのおそばにありたく思います!」
「……脳髄の破綻しておるおぬしなんぞに意見を聞いたのが間違いであったようじゃの」
苦笑まじりに言ってから、魔女エマは「よし」と杖を握りなおした。
「何にせよ、《火の山の魔女》めの言い分を聞かんことには、どうにもならん。聖剣の封印を解くかどうかは、その後に判ずる」
すると、フィリアの寝所に通ずる扉が開き、そこから『封印の匣』をからめ取った蔓草がうねうねとのびてきた。
魔女エマの足もとに『封印の匣』をそっと置いてから、蔓草は寝所に戻っていく。魔女エマは金色の瞳を半分まぶたに隠しながら、匣の中で眠る聖剣を覗き込んだ。
「とりたてて、異常はないようじゃの。やはりこれは、然るべき資質を備えた人間の手に渡らぬ限り、無害な鉄の塊であるようじゃ」
「そりゃーそうでしょうねー。聖剣がひとりでに動くことはないかと思われます」
「うむ。以前にも説明した通り、この封印を解くことができるのは、この世で我ひとりじゃ。なおかつ、聖剣そのものに施した縛りの術式を解くことができるのは、この世でおぬしひとりとなる」
そう言って、魔女エマはフィリアの笑顔をねめつけた。
「聖剣の力が必要じゃと判じたときには、我が封印を解いて、おぬしにこれを返す。しかし、決して我の許しもないままに、この聖剣を振るうのではないぞ?」
「はい! 承知つかまつりました!」
フィリアは石の都の兵士のように敬礼をした。
魔女エマはひとつうなずいてから、杖の先端を『封印の匣』に置く。
次の瞬間、『封印の匣』は跡形もなく消え失せていた。
「では、下りの四の刻まで待機じゃな。その間に、秘薬の調合を済ませておくかの」
「今日も秘薬の調合ですかー。毎日毎日大変ですねー」
「魔術を行使するたびに、秘薬は目減りしていくのじゃからな。いくら準備しても、準備しすぎということはないわい」
そうして魔女エマは、金色の瞳に炎の刃のごとき光を閃かせた。
「もしも本当に、《火の山の魔女》めがおめおめと逃げ帰るほどの妖魅が出現したというのなら……これまでに準備した秘薬を使い果たすことになるやもしれんな」




