多翼
おかしい。
最近あからさまにおかしい。
何がおかしいって周りで……この埼玉県川越市内で死人が出すぎているのだ。
サラリーマンから老人まで幅広い年代、幅広い職種の人間が次々と死んでいる。
正月の一件でお世話になった三船巡査の拳銃暴発事故もそうだが、違和感がどうしても拭えない。
拳銃ってそんな簡単に暴発するのか?
しかも巡査はパトロール中に死亡していて争った形跡も無かったらしい。
付近の防犯カメラにも誰も映っていなかった。
つまり拳銃を取り出す必要が無い状況で拳銃を取り出し、構え、暴発して死んだことになる。
意味も無く拳銃を取り出し安全弁まで解除して構える状況ってなんだよ?
などと考えている側から今日もTVで違うニュースが流れている。
[川越市役所所員の50代男性が飛び出し事故死。]
昨年末から急増した事故死や突然死の人数は、一月末日にして既に100人を超えていた。
いくらなんでも異常である。
しかしそれらは警察が調べてもあくまで事故や病気であって事件性は見つけられず、マスコミは[呪われた街、川〇]などと不名誉な見出しで連日この怪現象を取り上げていた。
俺、筆谷者人はこの謎の連続死亡の正体に何となく……いや、ほぼ確信をもって気付いていた。
「これ、絶対に闇堕ちしたヤツの仕業だ。悪魔が関わってる……。」
しかし疑問もあった。
防犯カメラに誰も映ってないのだ。
もちろん悪魔は映りこんだりしない、が、闇堕ちした人間は生身なのだから映るはず、、、なんだけれども。
「こんな肝心な時に限って夏人さんは居ないし……。」
夏人さんの異能の一つ[ハデスの福音書]の力があれば、闇堕ちに関するあらゆる情報を知ることが出来るのだが、夏人さんは今、修業で山篭り中なのである。
本人曰く、
「修業に終わりは無いぜ。俺は常に今が全盛期で居たいからな、限界を超え続けるのが男の子のロマンだろ?」
との事だ。
そろそろ帰ってくると思うのだけれど。
しかし、夏人さんの帰還を待たずして事件は俺に降りかかるのだった。
その日はいつもよりも帰り時間が少し遅くなってしまった。
先日行われた新年一発目の全国共通模試の結果、志望校合格が絶望的だったショックで茫然自失となりクラスで1人孤独に座り尽くしていた影響で日が落ちてしまったのだ。
昨年は本当に色々有ってかなり勉強がおろそかになってしまった。
闇堕ちして悪魔に取り憑かれて夜な夜な街に繰り出したり、夏人さんにスカウトされて闇堕ち砕きのアシスタントのバイトをしたり、邪邪教授のラボで人体実験めいた肉体改造に勤しんだり……と。
こうして考えてみると、全部闇堕ちの……悪魔のせいだ。
なんてこったい。
ふらふら夜道を歩き、国道16号線の陸橋を渡っている中程で覚えのある妙な気配を感じた。
視界が一瞬揺らぎ、肌がピリピリと危険信号を発する。
「……闇堕ちしたヤツが近くに居るのか?でも何か微妙に違う様な気も……」
そう呟いた瞬間、有り得ないくらいの強風が吹いた。
俺の身体は空中へ舞い上がり陸橋から国道へ弾き出されそうになる。
「うお!!??嘘だろ!?!?」
俺は空中で身体を捻り風の抵抗を最小限にしか受けない角度に反らし大きく飛ばされるのを防ぐ。
「と!ど!けー!!」
必死に差し出した手の指先が辛うじて第一関節まで陸橋の柵に届いた。
普通の人間ならばそのまま国道の車の海の中に真っ逆さまに落ちミンチになっていただろう。
この時ばかりは邪邪教授の有り得ない位スパルタな肉体改造に感謝した。
引っかかった指に力を込め無理やり陸橋の上に這い上がると、そこには奇妙な光景が広がっていた。
無数の翼。
そう、幾重にも重なり合った無数の翼が視界を塞いでいる。
後で知ったのだが、その総数は36対72枚にも及ぶらしい。
神々しいオーロラのカーテンの様なその翼達がゆっくりと左右に広がるとその再奥からローマの彫刻を思わせるような美しい半裸の男が現れた。
「私の風を否して防ぐとは……君は何者だい?」
耳を疑うような美しい声で問い掛けてくる。
間違い無く人間では無い。
何しろめちゃくちゃ羽が生えてるんだから間違いない。
普通に考えれば闇堕ち絡みの悪魔だ。
しかし、、、しかし本当に悪魔か?
こんなに美しい悪魔が居るのだろうか?
「偶然か、それとも必然的に避けたのか……解らないがまあ良い。私はあの者の望む対象に死をクレテヤルだけだ。」
そう言うとその男は右手を俺に向かいスッと突き出した。
数枚の羽が舞ったかと思うと再び有り得ない程の強風が俺に吹き付けた。
「げっ!やばっ!!」
身体が吹き飛ぶ既の所で俺は身体を捻り陸橋の柵の上に回避した。
「む?再び避けるか……。面白いな人間。」
悪魔かどうか迷っていても仕方ない。
今目の前にいる羽男は間違い無く俺に敵意を向けている。
ならば、相手が誰であろうとも抗うしかないのだ。
「うおおおおおおおっ!」
着地した柵の上を全力で走り抜け羽男に突っ込む。
柵は2cm程の幅しかないが、ある意味強化人間の俺にとってはそれだけ有ればバランスをとって走る事も充分可能だ。
「せいやああっ!!」
わざと大仰な声を出して殴りかかるモーションで突っ込む。
何故ならば、ご存知の通り俺の戦闘スタイルには攻撃手段が存在しない。
たった一つ、カウンターを除いて。
「おお!見事な飛び込みだな、人間!」
何だか解らないけれど嬉しそうなリアクションをして羽男が右手をこちらに向ける。
三度俺を吹き飛ばす気なのだろう。
物理攻撃以外にもカウンターが入るのかどうか甚だ疑問では有ったけれどもう後には引けない。
俺は突き出された腕をと吹き荒れる風を掻い潜るようにして羽男に腕を突き出した。
「反動縮体拳っ!」
身体の力を一瞬だけ究極まで内側に収縮させ相手の攻撃に合わせることによってその力を数倍にして相手に跳ね返す、夏人さんが唯一教えてくれた俺の奥の手だ。
タイミングは完璧だった。
ドスンッッ!!
これ以上無い位に力が相手に跳ね返った感覚。
「よし!」
俺は勝利を……とまでは流石に言わないが、ある程度のダメージを与えた事を確信していた。
しかし
「ふむ、興味深い攻撃だったぞ人間。」
ソイツは何事も無かった様にケロリとしていた。




