衝突
ぶつかった瞬間は謝ろうと思った。
この気持ちに嘘偽りは無い。
何しろ上の空でポーっとしながら歩いていていて前から来たそいつに俺は気が付いていなかったのだから。
……ただ、その日俺は正月の孤独感に苛まれ、若干……若干ではあるが虫の居所が悪かったのだ。
「ご……。」
口先まで出ていた謝罪の言葉に急ブレーキをかけたのは、ぶつかった相手の全く悪びれてない態度と、あからさまな敵意剥き出しの眼孔。
そして……
「チッ!」
嫌悪感を覚えるほどの嫌らしい舌打ちだった。
昔、知り合いのお姉さんが言っていた事を思い出す。
【簡単に舌打ちするヤツは最低だね。間違いなく女には嫌われるタイプだよ。】
その当時はピンとこなかったが今なら理解できる。
ああ、何てムカつくヤツなんだろう。
しかもよくよく見るとこいつスマホを右手に持っている。
つまりこいつは歩きスマホをしていたのだ。
こいつも俺の接近に気が付いて無かったに違いない。
さらに言うと俺は道の右側を歩いている。
こいつは左側を歩いてきた。
……逆走してるじゃあ無いか!
道路交通法には【歩行者は右側通行 車両は左側通行】というルールがある。
普段は歩行者に関してはそこまで気にし無いが、この時ばかりはそうも言ってられなかった。
つまり2人とも悪いがこいつの方が幾らか余計に悪い!
虫の居所が悪かった俺はそう判断した。
加えてこの態度である。
舌打ちされ数秒絶句した後、無視して通り過ぎようか迷っていた俺に、ぶつかってきた男……40歳前後のそいつはトドメを一言を発した。
「ぶつかってんじゃねーよ糞ガキが!」
カッチーーーン!!
何だこいつ!?
自分だって歩きスマホしてて前方不注意甚だしいのに!!
思い出して欲しい。
最近は夏人さんやら邪邪教授やら翔さんやら目上の人達に囲まれ年下ポジションに甘んじて大人しい敬語キャラを徹しているが、そもそも俺の気性は何方かと言えば荒い方なのだ。
何しろ闇落ちの力を奮って制裁活動をして回っていた前科がある位なのだから。
「なんだよ!お前だって歩きスマホしながら歩いてたろ!それに………」
ついでに左側通行のことも言及してやろうとした時、信じられ無いことにいきなりそいつは殴りかかって来た。
「うわっ!?」
とっさの事で一瞬硬直したが、俺はギリギリで男の拳をかわす。
闇落ち砕きの仕事をするにあたり邪邪教授の元で行われている人体実験……もとい肉体改造トレーニングの一つである【超高速球避け】の成果が見事に出たのだ。
続けざまに2撃目、3撃目も交わしたところで男の動きがピタリと止まった。
「ア〜〜〜〜〜〜クソがよ!避けてんじゃねえよガキが!!」
狂気とも取れるイキナリの叫びに一瞬身体がこわばる。
「邪魔が入っちまったが……テメーの顔は覚えたからな。必ずぶっ殺してやる。」
邪魔?邪魔って何だ??
俺が怪訝そうな表情をするとそいつはユラリと俺の懐に入り込みユックリと俺の胸元に手を当てた。
そして……
「…おい、嘘だろ!?」
あろう事か俺を車道に押し出したのだ。
ユックリとした動きに完全に不意を突かれた。
狙い澄ましたかの様に一台のバイクが突っ込んでくる。
いや、恐らく狙って押したのだ。
「クソッ!」
俺は慌てて身体を捻りギリギリでバイクを避けた。
本当にギリギリだった。
その証拠にバイクのミラーが俺のコートに引っかかり折れている。
なんだ?こいつなんなんだ!?
俺じゃなかったら死んでいたかもしれない。
やばい、、こいつは関わってはいけないタイプのヤツだ!
俺は本能的にそう判断した。
「チッ!」
再び男が不快な舌打ちをした時、後方から声がした。
「おいお前達!何やってんだ!!」
それはたまたま通り掛かった巡回中の警官だった。
さっき言ってた邪魔って警官の事か。
心の底で安心している自分がいた。
その後、俺とその男は取り押さえられ警察で別々に事情徴収をされた。
事の流れをすべて取り調べ担当の三船巡査に説明すると
「まあ年末年始は色んな奴が居るから注意してな。あと、道を歩く時はちゃんと周りを見て歩くんだぞ」
……と、まるで小学生の様にしかられたが、特に俺にはお咎めは無かった。
まあそりゃそうだ。
「相手方もこの後事情徴収をするが、まあ見様によっては殺人未遂だからな。それなりに罰は降るだろう。」
確かに、一歩間違えたら俺はバイクに引かれて死んでいたのだ。
改めて思い出すとゾッとする。
「ともかく、早く家に帰りな。せっかくの正月に水を刺されちまった気分だろうけど、飯食って温かい布団で一晩ぐっすり寝ればだいたい嫌な事なんて忘れちまうもんさ。」
そう言って俺の肩にポンっと手を置いた三船巡査はとても優しい顔をしていた。
ああ、この人いい人……てか温かい人だなぁ。
「はい、ありがとうございます。そうします。」
素直に言葉が出た。
自分の最低な親父のせいでこの年代の人達はバブルから抜け出せないクソみたいな老害ばかりだと思っていたし、警察官にも全く期待していないどころか若干嫌悪感さえ感じていたけれど……考えを改めなくてはならない。
一部、ほんの少しだけれどまともな人や尊敬出来る人も居る。
頭ごなしに決めつけるのは辞めよう。
コミュニケーションをとって初めて相手の人格は見えてくるのだから。
「では、失礼します。」
俺は巡査に一礼して、警察署を後にした。
帰宅すると母親が心配そうな表情で出迎えてくれた。
恐らく警察から今日の連絡が行ったのだろう。
はー……半分巻き込まれる形だったとは言え親不孝な事をした。
反省。
その後遅ればせながら母親が買ってきたおせち料理を食べ、正月を程々に満喫した俺は風呂に入り少し早めに就寝した。
翌日、三船巡査の言ったとおり嫌な事をすっかり忘れた俺は少々の独り身の寂しさに襲われはしたものの、平和な正月を過ごした。
そしてその平和は暫く続いた。
そう、TVであのニュースを目にするまでは。
[埼玉県警 三船巡査 拳銃が暴発して殉職]
何かを告げるように真っ黒な鴉が冬の寒空に飛び交っていた。




