真打
名栗花子の身体から抜けた悪魔、アエーシュマは俺に向かい威圧のオーラを放つ。
余りの魔力の強さにヤツの身体の周りの空感が湾曲している。
「さあ、どうな風に殺してやろうか?八つ裂きか?それとも串刺しか?この大悪魔である私に手を出したのだ……楽に死ねるて思うなよ!」
普通なら汚物を撒き散らしながら失神しそうな位の威圧感と絶望感なんだろうけど、しかし俺は全く絶望していなかった。
むしろ今俺は安堵感でいっぱいなのだ。
なぜなら……アエーシュマが名栗花子の身体から抜けた時点で[俺の役割]は終わっているのだから。
「……何を笑っている?これからお前は死ぬのだぞ?」
「あー、多分それは無いっす。だって……アンタもうすぐ消し飛んじゃいますから。」
一瞬い訝しげな表情をするアエーシュマ。
しかし直ぐに哀れみを含んだ嘲笑に変わる。
「……フハハハっ!余りの恐怖に気が触れてしまったか?お前が私を消し飛ばす?無理だな。」
「あーーいやいや、俺じゃ無くて……アンタ気が付いて無いんだろ?その時点で詰んでるんだよ。」
俺はアエーシュマの後方に視線を送る。
背後にはこの一件の依頼者、拳龍氏夏人がいつの間にか立っていた。
「モノヒト~!グッジョブ!女から離れちまえばコッチのモンだぜっ!」
夏人さんの右腕にはoverroadの文字か浮かび上がっている。
腕の周りの空間は歪み過ぎて一周まわって歪みが直ってる。
もう訳が分からない。
俺の正面の悪魔も訳が解らないモノを見た表情をしていた。
「……な、何だ?コイツは……何なんだ?」
ある程度の力が在ると相手の強さが解るようになる。
俺も闇落ちしてシャックスに取り憑かれていた時には見ただけで相手の強さが解った。
弱いやつは弱い、強い奴は強いと……相手の気?オーラ?圧力みたいなモノの強弱で判断できるのだ。
しかし恐らくアエーシュマの目には夏人さんが……夏人さんの戦力が理解出来ていないのだろう。
相手の力が解らない、感じられない。
つまりそれは夏人のいるステージが、アエーシュマのそれより遥かに上である事を示している。
夏人さんの言葉を借りりなら「次元が違う」のだ。
「モノヒトっ!名栗の身体が一緒に吹っ飛ばないように押さえとけっ!」
「え!?あ、はいっ!!」
突然のオーダーに慌てて気絶してる名栗花子の身体を押さえつける。
仕方ないとはいえ、女性の身体に触れるのは健全な厨二……じゃない中二男子には抵抗があるが、そんな事を言ってる余裕は無かった。
「夏人さんっ!オッケーですっ!よろしくお願いしますっ!」
「いやーマジ助かるわモノヒトぉ!ンじゃ行くぜっ!!」
話に付いてこれていないアエーシュマが慌てふためいて叫ぶ。
「いや、行くって何だ!?一体何をしようというのだ!!」
未だにこれら自身に起こる事を理解出来ない悪魔を無慈悲に無視して夏人さんが拳を振りかぶった。
「クソッタレ悪魔!吹っ飛びやがれっ!」
ドッゴーーーーーンッ!!!
「ぎゃあああああああああっ!!」
古代の龍神が宿ると云う夏人さんの拳にぶん殴られ、大悪魔アエーシュマは空の彼方に吹き飛び塵になった。
夏人さんの話によると、それでも悪魔が完全に消滅する訳ではなく、あの世又は魔界に強制送還しただけに過ぎないらしい。
もっとも塵にまでバラバラにされたからすぐには再生出来ないだろうけど……。
ただし、結局の所名栗花子の心のケアをしない限りまたいつか闇堕ちする。
アエーシュマは直ぐには戻って来ないが他の悪魔や怪異に取り憑かれる可能性も非常に高い。
「……ん……。……はっ?あれ?」
言ってる側から名栗花子が目を覚ました。
俺は今までの経緯を混乱させないよう解りやすく説明した。
と言っても闇堕ちしていた間の記憶は本人にも残っているのだから、現状確認みたいなものだけれど。。。
説明を聞き終えた名栗は身体を小刻みに震わせ俺たちを睨み付けてきた。
「なんで……止めたの?私はただ、不条理な暴力が許せなかっただけなのに……。あんなグズ達……、消えちゃった方がみんなが幸せになれるのに……!」
何て言って良いか解らなかった。
彼女は俺とは違って自分自身の力で仇を打とうとした。
懸命に努力してそれでも自らの力及ばず、その上で悪魔の力に頼ったのだ。
最初から悪魔に復讐を委ねて暴れていた俺には……かける言葉も無いし資格も無い。
流石にそこまで棚に上げてしまえる程、俺の精神は図太く無かった。
数秒の沈黙を破ったのは、数10m先から聞こえてきた夏人さんの声だった。
「お前の思想や正義感なんか知ったこっちゃねーんだよ!俺は闇堕ちしたヤツに悪魔が乗り移って暴れてたらどんな理由だろうがどんな事情だろうがぶっ飛ばすだけだ!」
距離っ!!まず距離感!!遠いわっ!
あの人どんだけ女性が苦手なんだよ……。
「それにお前の行動も観る視点を変えればお前の大嫌いな不条理な暴力だぜ!?」
ビクッと名栗花子の肩が揺れる。
俺の時もそうだったが、自分でも心の底ではその矛盾に気が付いているのだろう。
痛い所を突かれた顔で固まっている。
でも……だったらこの人は一体どうしたら良かったのだろうか?
最愛の恋人が酷い目に遭わされて植物人間になって……泣き寝入りするしか無かったのか……。
「だから、次からは俺に言え!」
意外な一言に俺と名栗さんが同時に顔を上げる。
「不条理な馬鹿どもは俺が全部成敗してやるから、クソ悪魔になんか頼るんじゃねーよ!俺がボコボコにしてやっから!」
あれ?夏人さん別に女性が嫌いな訳じゃ無いのか?ん?良く解らなくなってきた。
「あーあとお前の彼氏な、多分治るぞ!」
さらに意外な言葉に名栗さんが身を乗り出す。
「え!?どーゆう事!?だって大病院の医者も匙を投げてるのよ!!」
「俺の知り合いに優秀な科学者が居る!多分その人なら治せるぜ!」
……う、、、嫌な予感しかしない。
「邪邪教授ならどんな症状でも治しちまうぜ!」
予感は的中した。




