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 <ねずみ小僧>

 <ねずみ小僧>



 終戦後間もなく、学校制度が6・3・3・4制度になりました。


 戦中までは「○○尋常高等小学校=小学校(6年)高等科(2年)」という制度の高等科が、新制中学校(3年)に改編されて、なお且つ、小学校と中学校が義務教育化されました。 とはいえ、新制度が出来たからといって急に新校舎が建つ訳ではありません。 もとの高等科(2年)の教室や設備そのままに、無理矢理、1年分増やして「新制中学(3年)」として対応した市町村が多かったのが現実でしょう。旧制中学校から新制中学校になった学校もあったでしょうが、旧制中学校自体が数も少なく、義務教育化されて増えた生徒数に対応し切れなかったのだと思います。


 水室村には「乃木山小学校」と「水室小学校」があり、それぞれの小学校の「高等科」だった教室を「水室中学校」として使用していました。

 中学校の職員室を「水室小学校」に置いたものですから、中学校の先生達は担任教科毎に、一里半(約6キロ)の山道を自転車で移動し、通わなければならなかったのです。両校の生徒を収容できる、新しい「水室中学校」の校舎が出来るまで、そんな状態が続きました。


 新しい水室中学校の校舎が落成し、分離独立した「中学校」になると、中学生たちは慌しく「引越し」をして行きました。残された乃木山小学校では、中学生の使っていた二階建ての校舎の4教室が空いた形になり、乃木山小学校の児童たちで使うことになりました。


 二階の二つの教室は5年生と6年生、一階の教室は4年生と音楽室として使うことになります。二階の5年生の教室は東の端にあたり、その窓から見下ろすと山道がなだらかに南に下っていく様子が良く見えます。その道路を、1日4往復する定期バスがのどかに走っている姿が印象的です。当時はそのバスが唯一の交通機関で、自家用車の時代はずっと後の事です。授業中でも、窓越しにバスの姿を眼で追い、郷愁の念に駆られることもありました。


 子供たちからすれば、年上のお兄さんお姉さん達がいなくなったので、寂しいやらホッとしたやら、複雑な気持ちだったのでしょう。それに、杉皮屋根の平屋の校舎から二階建ての瓦屋根の新校舎に引越しをし、毎日の勉強と生活をするのですから、毎日楽しくてうきうきした気分で過ごしていたのに違いありません。



 それは国語の授業中のことでした。教室の天井裏から「コツ、コツ、・・」と音がするのです。とっさに「ネズミかな?」と思っていると、何人かの子供が立ち上がり、上を見上げながら音のする方に歩いていきます。その子達は、上に向かって小声で話しかけていました。

 よくよく教室内を確認すると、席が一つ空いています。他の子供達もザワザワとし始めました。何とか騒ぎを鎮めようと、「座りなさい」「静かにしなさい」と言ったものの、子供達はますます喜んではしゃぎ出す始末です。


 そこで私は、無言で黒板の文字を全部消して、赤チョークを使って大きな文字で


「ねずみ小僧」


と書き上げました。


子供達が私の方に注目し、中の一人が、

「先生!ネズミ小僧って、な~に?」と訊くのです。

「昔の大泥棒だ。」と思いつきのまま答えると、

「違うよ。先生、あれは・・・」と言い掛ける子供を制して、私は人差し指を立てて口の前にあてがい、

「しっ~~!」

「お前たちは盗まれた!」

と静かに言いました。


 子供達は辺りを見回したり、ポケットに手を入れたり、胸に手を当てたり、思い思いの格好をしながら、

「え?何も盗まれてないよなぁー。」等と言い合っています。


私は黒板の方に振り向き、


『盗まれたのは勉強の時間だ』


と書き込みます。



 子供達は一瞬呆気にとられていたようですが、一人が着席すると、皆も静かに自分の席にもどり、直ぐに全員が私の方を真っ直ぐ見て授業が出来る状態になったのです。私は、全員の顔を見回すと、何も無かったかのように国語の授業を再開し、授業に集中しました。


 終業の鐘がなったとき、空席だった所には、いつの間にか無邪気に笑顔をふりまくあどけない顔の子供がいました。戻ってきたら懇々とお説教をするつもりでいましたが、そのあどけない顔と全く悪びれない態度のその子を見た途端に、その気が無くなり職員室へと戻りました。


 職員室で自分の席に座り、まずタバコに火を点けました。タバコから立ち上がる紫煙を見つめながら、私の頭の中は色々な考えが浮かび、様々な思考がグルグルと計算を始めています。


 戦前、戦中を小学校で過ごした子供の頃を思い出しました。封建時代を引きずっていた戦前の教育、軍事力の強まった戦中の軍国主義教育。教育を受ける立場で子供ながらに感じていたことは、簡単に言えば、「押し付け、抑圧、徹底した集団行動、体罰や怒号、叱責の毎日」でした。

 それが終戦後、急に「民主教育だ、人権尊重だ、児童理解と個性の尊重だ。」と言われたところで見当がつきません。そんな言葉も教育も、体験どころか見たことも聴いたこともないのですから。


 次に浮かんできたのは、趣味で読んでいた推理小説です。名探偵や名刑事が思考をめぐらせ、誰にも見当のつかない事件の謎を解明し、解決に導く人気の小説です。

「ネズミ小僧は何故天井裏に上ったのだろう?天井裏がどうなっているのか、知らなかったのだ。知らない事を知りたいと思う好奇心が沸いてくるのは自然なことだ。教室の片隅には、まだ片付いていない中学生の机や椅子が積んである。天井裏と机の山を見て、好奇心が探検・冒険心に変化していったのではないだろうか?机の山に乗り、天井板をちょっと押したら、偶然にも開いてしまった。そうなると冒険心を抑えることが出来ず、そのまま天井裏に上がりこみ、冒険の旅に出かけてしまった。上から天井板をコツコツと叩くと、下の子供達が大喜びして走り回る。それで、あっちでコツコツ、こっちでコツコツとやってるうちに、英雄になったような気分で天井裏を移動していたのだろう。ところが先生がどんな魔法を掛けたのか、いつの間にか下が静かになり、少し寂しくもなったのかもしれない。そ~っと下に降りてみると、皆は夢中で黒板を見ながら勉強している。でも、そこは流石にネズミ小僧だし、子供独特の切り替えの早さがあったのだ。何食わぬ顔で、すまして席に着き、自分も授業に溶け込んで、好奇心と冒険心はすっかり心の片隅におかれてしまったのではないだろうか?」


 ここまで考えたとき、自分でもハッとして我に返ったのです。


 これが私の『自己流児童理解』の始まりだったと思えます。


 『児童理解』という言葉自体が色々と解釈や論述されますが、『自己流児童理解』は、詰まるところ『調査や観察し、推理して子供の心を読み取り、それを把握して、尊重しつつ教育に役立てていくことだ』と考えるようになったのは、かなり後の事です。


 私は、大人げも無く自分がネズミ小僧になったつもりで想像を巡らせていくうちに、そのネズミ小僧にどう注意したら良いのか、どう指導したらよいのか、が分からなくなってしまったのです。



 私の出した結論は、「当人に任せよう」でした。

 その代わり、ホームルームの時間や生活指導でネズミ小僧を見守れば良いだろう。当人に、反省と考えさせる時間を与えよう、ということです。


 それにしても、このクラスの生徒達は「すごい!」と感嘆せざるを得ません。


 私の「勉強の時間を盗まれた」という板書を読み、今が授業中である事を理解して行動に移してくれたのです。学習に集中する、熱中するという雰囲気作りにも自発的に協力してくれたことに感謝しています。


 それ以降、多くの子供を受け持ち、子供達の『悪戯』に遭遇する度にこの『ネズミ小僧』の一件を思い出します。指導の足らなかった事を悔やみながらも、『ネズミ小僧』に訊きたかった事は、

・ 天井裏はどうだったのか?狭かったのか、広かったのか?蜘蛛の巣等に引っ掛からなかったか?天井裏の端が狭くなっているのはどうしてか分かったかい?下でクラスメートが騒いでいた時、そんな気持ちになった?天井裏の冒険で、面白かったことは何だろう?

・ 授業開始の鐘が鳴った時、何を考えた?どんな気持ちだった?

・ 先生に怒られたほうが良かった?怒られない方が良かった?

・ 何か反省したとか、こうすれば良かったと思うことはあったかい?

・ 今度ああいう事をする時は、どんな事に注意したい?

・ 他に探検や冒険したいことはあるかい?

等と訊いてみて、子供の興味・関心や好奇心を知りたかったなぁ、と思います。


 その時代は、まだまだ『押し付け教育・命令教育・統制教育』の抜け切れていない状態です。そんな時に『子供に気づかせる教育・子供に感じさせる教育・子供に考えさせる教育』が必要だと言われても、そんな事を経験したことも無ければ、見たことも聞いたことも無いのです。

 どのような指導をしたら良いのか見当もつかない中で試行錯誤し、その後の研修会や研究会で段々と解りかけて来たというのが正直なところでした。


 未だにまともな事は解りませんが、とてつもない『児童理解』というテーマを、難題を、眼の前に叩きつけてくれた『ネズミ小僧』に心の底から感謝しています。


 日々、子供達はあらゆる事に興味・関心・好奇心を持ちながら生活しています。そこから探検・冒険という行動に移るのも自然な事です。それが成功しても失敗しても、また、次から次に沸いてくる感情や気持ちのままに行動しながらも、それが向上心や向学心、探究心へと成長してくれる事を期待したいと考えます。時に挫折を味わい、時に成功の喜びを味わいながら、様々な体験をしながら毎日のように成長し、人格形成がなされていくのだと考えます。




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