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 <乃木山の桜>

<乃木山の桜>


 4月1日、木尚きなお小学校に異動する事になりました。

私だけが遠方への異動なので、乃木山小学校の教職員の皆さんが送別会を4月21日に遅らせてくれました。偶然、私が乃木山小学校に赴任した日と同じです。


 電車からバスに乗り継ぎ、乃木山小学校に着きました。見慣れた校門をくぐると、桜が満開に咲いています。木尚小学校の桜より1ヶ月遅れの状態です。


 間もなく校庭で、全校生徒との送別会が開かれました。丁度1年前のこの日、教師の夢を描いてこの朝礼台の上に立ち赴任の挨拶をした事を思い出し、胸が熱くなりました。


 でも、午前中は授業があり、受持ちだった子供達と直接顔を合わせることは出来ませんでした。休み時間は先生方との引継ぎで潰れてしまいます。結局、子供達に面する事が出来ないまま、下校時間になってしまったのです。

 何となく物足りなさを感じていましたが、考えてみれば、見知らぬ乃木山小学校で教員生活が出来たのも担任という制度や業務のお陰だからと思います。子供達も、新しい担任の先生と新しい学年の生活に入っているのだと考え、半ば諦めてもいました。


 子供達が下校した昼頃、職員の歓送迎会が給食調理室の二階で開かれました。懐かしい1年間の思い出話が次々と出て、皆で語り合います。つい最近のことなのに、なぜか懐かしさと郷愁を誘うものばかりでした。


 4時近くなってバスの時間が近づいてきました。


 ほろ酔い加減で最後の別れを告げ、校庭に出ました。春の風が火照った頬を撫で、優しく過ぎ去っていきます。


その時、桜吹雪が校庭に一杯に舞い上がり、校舎や遊具の風景と溶け合ったような印象を受けたとき、その桜吹雪の中から大勢の子供達が


「先生、先生!」


と叫びながら私のところに駆け寄ってきたのです。


 先頭の子が手に持っていた白い袋を差し出し、私の両腕は自然と動いて受け取っていました。

「ありがとう」

という私の言葉を返すと皆は白い歯を見せ、口々に

「元気でね」

「新しい学校でも頑張って」

「さようなら」

等と言葉を残して、また桜吹雪の中に消えていったのです。


これが最後の別れになりました。



 その後は二度と会うことはありませんでした。新しい担任の先生と、新しい学年で希望に向かって成長していくのだろうと考えはしたものの、私の心には一抹の寂しさが残りました。


 子供達は、これからも学業に励み、中学校、高等学校へと進み、それぞれの担任や先生たちとふれあいを体験し、大きく育っていくでしょう。その「組織」で作られた枠の中にも、心の繋がりはあるはずです。


 あの桜吹雪の中に消えていった子供達も心の中では別れの寂しさと悲しさを噛み締めていたのかもしれません。私も、これから、逢う喜びと別れの辛さを数多く味わっていくことになるのだと実感しました。


その後の乃木山の様子は分かりません。


子供達のその後のことも知りません。


私の知っているのは「乃木山の春」の一年間の子供達との触れ合いだけです。


私の心の中には、何時でも、あの無邪気で元気な子供達が険しい山を駆け上がり、林の中を駆け巡り、原っぱや校庭を走り回る、天真爛漫で伸び伸びと育っている子供達の姿があるのです。



続編<赤木の森の下影に>

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