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 <母の墓>

<母の墓>


 乃木山に木枯らしが吹く頃、K君のお母さんが亡くなりました。詳しい事情は分かりませんでしたが、話を聴いて私もショックを受けましたし、K君の心痛を思うと、私の心も締め付けられるような苦しさを感じていました。


 その葬儀の晩の事です。


 私も葬儀に出席し、遺族へのご挨拶を済ませました。K君は気丈にも涙こそ流していませんでしたが、その顔は悲しみ辛さ、寂しさが入り混じった感情を必死に抑えているように見えました。クラスの中では大柄なK君ですが、まだ子供です。K君の前に立ち、その肩の上にそっと手を置くと、

『頑張るんだぞ』

とひと言掛けてあげるのが精一杯でした。

 私の顔を見上げたK君が

『おれ、大丈夫だよ。』

と口元を引き締めて搾り出した声に、私の胸は一杯になり

『うん。』

と返事をしてあげることしか出来ません。


 葬儀が終わり、私は学校の宿直室にいました。また、当番に当たっていたのです。校舎の施錠、点検を済ませ、ついでにトイレへと向かいます。トイレへの渡り廊下を歩いている時、突然、木枯らしが「ビュ~ッ」と強く吹きつけ、両頬を叩きます。

 乃木山は乃木山川の両側に聳え立つ山の峰に挟まれた地域で、山々の峰が奥へ奥へと連なっていく地形になっています。その奥から山おろしの風が、樹木や田んぼや畑を突き抜けて来るので、耳を澄ますと地鳴りのような音と共に吹き付けてくるのです。慌ててトイレを済ますと、全身が身震いして思わず両手で肩を抱え、うつむく様な姿勢になりました。


 葬儀の場所は、乃木山でも一番大きなお寺で、学校の北側にあったのです。少し風のある中で執り行われ、塀を乗り越えてきた風で、提灯や長い五色の吹流しなどが『カサガサ』と音を立て揺れていました。後に分かった事ですが、K君のお母さんの新墓地は、そのお寺の墓地の中でも最も学校に近い場所にあったのです。


 K君の家庭の様子が段々に分かって来ました。K君のお母さんは、永い間病床に臥せっており、お父さんは東京に働きに行っていたのです。まだ幼い妹も居ます。母の看護と家庭のことは、結婚したばかりのお姉さんが守っていました。


 その姿勢のまま宿直室まで小走りをした時、また


『ピアノの音』


が聞こえてきたのです。


 寒風に吹き付けられて冷えていた私の身体は、身体の中心からも凍りつくような衝撃が走り、動けなくなりました。音楽室の方に眼を向けたまま、全身が身動きできない位硬直してしまったのです。身体は全く動かないものの、意識だけはハッキリしています。ただ、外の寒風が木々の葉っぱをこすりつける音と、音楽室からのピアノの音色だけが、私の頭の中を流れていったのです。


 どれほど時間がたったでしょうか。


 しばらくして、私の身体の硬直は解けたと自覚できました。『校長先生が青年団に話をしてくれたはずだが・・・。』と思いながら、音楽室のほうへと足を向けます。叱ったり注意するつもりは有りませんでした。ただ、これ程の演奏が出来る人は誰なのかは興味があったのです。以前、懐中電灯の明かりで逃げられてしまった教訓が有ったので、今回は懐中電灯を持っていきません。


 外からの月明かりだけでゆっくりと歩を進めます。


 ピアノの音は、調子を変えながら、様々に変化しながら流れ続けています。本当に見事で、心に響く音です。


 でも、前回聞いた旋律や調律とは全然違う。

 

 そこで私は気がついたのです。


 これは『葬送曲』だと。


 作曲家名までは分かりませんが、有名なクラッシックのピアノソナタや葬送行進曲だということは、音楽に疎い私にも理解できました。音色や調子がどこか暗く、不協和音的な印象を受け、私の心まで重くなってしまう気がしました。


 私は踵を返し、宿直室へと向かいました。布団の上に胡坐をかき、微かに聞こえるピアノの音色に耳を傾けながら、K君の事を考えていました。


 K君の蕨採りや茸採り、二宮金次郎等は、単なる山遊びではなく、家庭の助けとして、手伝いの一つとしてやっていたのかもしれません。どの家庭でも、子供達は家庭生活の一員として、風呂の水汲み、家中の掃除、買い物、幼い弟妹の世話、特に農家では農作業までが役割として、立派な労働力の頭数に入っており、それが当たり前だった家庭が殆どなのです。今の子供に対する感覚とは全く異なるものでした。


 しかし、K君の場合は私から見ても随分違うようにも感じられます。押し付けられているとか、家のために仕方なく、という感じではなく、自分から楽しみながら、山遊びとして籠を背負って蕨や茸を採り、セイデを背負って薪を運んでいるように見えてならないのです。家計の助けや家の手伝いをする事が楽しくて仕方がない、という印象を受けるのです。


 実際、お母さんが亡くなった後も、K君の前向きな活き活きとした態度に変化はありませんでした。当然、お母さんが亡くなって悲しみ寂しさは、まだまだ小学生だった彼の心を締め付けたのではないかと思います。でも、学校でのK君の態度や言葉、行動の全てが、私のK君に対する心痛や不安な気持ちを払い除け、吹き飛ばしてくれたのです。


 ピアノの音色は一時間ほどで止み、二度と聞こえなくなりました。


 多分、戸締りして帰ってくれるだろうと考え、その後見回りには行きませんでした。


 まだ10歳の少年が母親を失った事は、日常生活だけでなく将来にも暗い影を落としかねません。そんな事を考えるだけでも大変だと思うのですが、K君は相変わらず、活き活きとした前向きの態度でクラスの中でもリーダーシップを発揮し、彼独特のユーモアあふれる言動で周囲を明るくしていたのです。


 K君はこれからも、きっと、その人柄と性格で人生を切り開いていくことでしょう。私自身、そう願って止みません。


 この乃木山の子供たちを見、触れ合う中で、私自身の「子供の理想像」が生まれ育ってきたのかもしれません。




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