02.非日常の始まり
「……ぶえっくしゅっっ!!! ……さみっ」
西空大和はあまりの肌寒さに近くにあるはずの掛け布団を引き寄せようとするが、それらしきものが手に触れない。手に付くベッドらしからぬ硬く、冷たい感触に違和感を覚える。頭が覚醒するにつれて、ベッドの寝心地にも疑問符が浮かび、思わず飛び起きてしまった。
「……な、なん?」
大和の目には見慣れた自身の自室ではなく、辺り一面の荒野が映っていた。
硬そうな褐色の土が大地と云う大地を赤く染め上げ、サボテンのような植物と岩などがあるだけで、視界を妨げるものは一切ない。夜明け前なのか東の空が紫色に染まっており、輝かしい太陽が今まさに地平線より昇ろうとしている。
そんな荒野のど真ん中で大和は岩の上で寝そべっていた。更に言えば、現在の大和の格好は青空戦記のプレイヤーキャラクターのそれそのものであった。
「ああぁ? なんだこれ? ゲームのやり過ぎでとうとう夢の中でゲームの風景を見るようになっちまったのか?」
おもわず大和は漫画やアニメの中でよくやるリアクションを取ってしまっていた。
「……イテェ。と云うことは夢じゃない。ついでにVRゲームの中でもない」
念に念を入れて、おもっきり己の頬を抓って捩じった大和は、真っ赤になってしまった頬を摩りながら寝起きの頭にしては冷静に現状を理解しようと努めた。
VRゲームはほとんどの感触が現実のものと同じように感じることができるが、痛みは感じないようにできている。それは精神的、医療的に危険と判断されたことによる意図した排除であることは、大和も一般知識として記憶していた。つまり、痛みを感じると云うことはここはVRゲームの中ではない。というよりVRシステムの関係上思考レベルが落ちると自然に脳とゲームとのリンクが切れてしまい、シャットダウンするようになっている。一度眠り込んでしまっていたならばゲームの中にいるはずがないのだ。
「俺が寝ている間にどっかに連れ去られたんか? わざわざキャラクターの服装に着替えさせて?」
考えても考えても納得のいく答えが出てこない。はっきり云って大和は大混乱していた。当然なことながら、何故ここにいるのか? 何故自分はプレイヤーキャラクターの格好をしているのか? それらの答えが浮かぶことはなく、呆然としていた。
「いや、落ちつけ俺。ポジティブに考えるんだ。……そう、こんな状態じゃあ、学校にも行けねー。つまり、学校をズル休みする大義名分を得たわけだよな」
なんとか前向きになろうとする大和だが、不安と混乱で思考が定まっていない。何をどうすればいいのかすらもわからない。何をしていいのかもわからない。
「迷子になったときは下手に動きまわらずにジッとしている方がいいらしいが、今の俺は遭難どころか神隠し状態。一体どうしろと……」
頭を抱え込む大和。その彼の目に強い光が射し、思わず手で目を覆う。
地平線から太陽が昇り、その光が世界を満たす。薄暗かった空や大地が塗り潰され、一陣の風が大和の足元を去っていく。広大な赤き荒野にサボテンや岩の陰がまっすぐ伸びて行き、大地に何本もの線が描かれた。
大和はこんな訳も分からない状況でありながら、その光景に目を奪われ、先ほどまでの不安や混乱が一瞬にして薙ぎ払われた。
都会のコンクリートジャングルで生まれ育ち、自然など小学校のときの臨海学校以外では都市公園などでしか目にしたことはない。彼にとって生の自然など、それくらいでしか見る機会がなかった。だからこそ、青空戦記の美しい絶景に心惹かれたのだ。しかし、今彼が見ている光景はゲームの中の作りものの絶景などよりもずっと心に打たれるものを感じた。
なんとなく、なんとかなると、根拠のない希望が彼の中で生まれた。
右も左もわからない。何が起きているのか、ここはどこなのか。そんな疑問なんてこの光景の前にどれほど重要なものであろうか。悪く言えば空元気だが、それでも気持ちを一新することはできた。
「……とりあえず、お天道さんに向かって進んでみっか。縁起も良さそうだし」
刃匠大和は彼にとっての大きな一歩を踏み出した。




