14.奇形
遅くなりまして申し訳ない。
徹夜後に書いたので、最後の方は文章が怪しくなっている可能性があります。生温かい目でご覧下さることをお願いします。
前日約束していた通りに正午を過ぎ、しばらくしてからアンナ達がトカゲの尻尾亭へやってきた。昨日の訓練所のときとは違い、シールダーのヤンはいなかった。本人はアンナ達と一緒に来るつもりだったらしいが、治療師から外出禁止令が出たらしく、ベットに縛り付けられているらしい。怪我をしているのにドンパチをやって傷を開かせてしまえば当然の処置である。
「よ、アンちゃん。待たせたかい?」
「問題ない。今日も訓練所か?」
「ああ、今日は訓練室の貸切と特別訓練の注文ができたんでね。本格的にやれるぞ」
訓練室とは、ギルドが冒険者のための施設の一部で他人には知られたくない戦術や戦法を試すには非常に便利である。特別訓練とは、藁人形や魔物の模型を使った訓練の上位版のようなもので、魔法具で魔物の幻影を投影して訓練する事ができるのだ。いずれも普通のサービスよりも割高になるが、より高度な訓練を行うことができるのだ。
「本当は実際に外で訓練するのが一番なのですが、この時期に外に出るのは難しいですからね」
「暗黒月半ばほどではないけど~、間近でも行きにはいなかった魔物の群が帰りに鉢合わせってのがざらにあるし~。さすがにこれ以上怪我人を増やすのは不味いよ~」
アンナ達には昨日のような大和への緊張感はない。少なくとも表面上には表れていない。おかげで大和も気まずさを感じずに彼らに話しかけることができた。
「陣形はどのようにするんだ? 前衛は俺とアンナだとは思うが……」
「とりあえず、ヤンの役割を代わりに試してみてもらって、その後模索していくつもりだ」
大和はギルドの訓練室へ向かう道中でアンナたちのパーティについて教えてもらった。
アンナのパーティの陣形は前衛2、中衛1、後衛2のバランスの整ったものであった。
前衛はアンナとヤン、中衛はヘペン、後衛はアンベールとルルミナ。
瞬発的な攻撃力に優れる前衛アタッカーであるアンナ。
タフで豪腕な肉体で攻守共に整ったタンクのヤン。
弓による遠距離攻撃と種族的索敵能力で斥候から後衛の護衛まで勤める遊撃のヘペン。
豊富な水属性攻撃魔法でパーティの攻撃能力を支える後衛の要アンベール。
治癒、防御、補助と幅広い魔法と知識でパーティの底上げをしつつ、ブレーンをこなすルルミナ。
前衛二人が魔物を押さえ込み、後衛が魔法で攻撃と補助を行い、中衛がそのときどきによって前衛を補佐したり、後衛の護衛をする。
大和から見てもとてもよいパーティである。
「ふむ、なるほど。では俺がタンク役か」
「ま、とりあえずはな。たぶんアンちゃんが一番強そうだから、タンクにしておくのはもったいないけどねぇ」
魔物の撃滅数が得点に直結する塞国祭では少しでもアタッカーが多い方がよい。そのため、一時期に攻撃型のパーティに編成する出場者もいる。しかし、出場者が一カ所に固まる序盤と、魔物が少なくなってくる終盤ではそれでもよいが、中盤から後半にかけては多くの魔物に囲まれる可能性がある塞国祭では後衛の護衛にもある程度気を使わなければならないのが常識である。
アンナ達も大和と云う期待できる戦力を得たが、防御を疎かにする愚を犯すつもりはないのだ。
◆
そんな話をしているうちにギルド、訓練室に到着した。訓練室は体育館のように屋根、壁付きであるが、地面はギギアイル荒原の地表そのもので、広さも四方20m程度と少々狭い。が、5人が貸切で訓練する分には十分と言えるだろう。
「じゃ、さっそくやってみっか。幻影だから怪我をすることはないけど、攻撃を食らったときなんかは痛みや衝撃もある程度は再現されるぞ。……っと、アンちゃんの鎧って、この魔法具の幻術って効くのか?」
アンナはギルドから貸し出された香炉のようなアイテムを片手に大和に尋ねる。
アンナはルルミナより、大和の鎧が冒険者登録の際にギルドの石板の魔法を無効化したと聞いていた。そのため、この魔法具の幻術も大和の鎧で打ち消されてしまうのではないかと懸念を示したのである。無論、この魔法具に内包された魔法は並みの対魔法などものともしないが、大和の鎧は並み程度ではないのだ。
「ん、そうだな、試してみるか」
「はあ?」
青空戦記では魔法防御力が高い装備を身に纏っていると、パーティメンバーからの魔法でも本人が認可していない補助魔法は阻害されると云う仕様があったため、プレイヤーは一々仲間からの魔法を認可する必要があった。とことん魔法職には不親切な設計のゲームである。
大和もこの作業には慣れたものであり、思考制御によってシステムウィンドウを操作し、認識中の仲間からの魔法を有効化することなど造作もない。
しかし、今彼がいるのはゲームの中ではないため、上手くいく確証がなかったため冒険者登録のときには試さなかった。が、失敗が容認できる今なら実験してみる価値はあると大和は考えたのだ。
さっそく、ゲームの中と同じように思考制御を試みるが、システムウィンドウが視覚的に現れることはなかった。その代わり、脳裏に薄ぼんやりと選択画面が表示された。ちなみにこの操作は商隊護衛中に暇さえあれば試していた。そのときは必死にログアウトを探したものだが、ログアウトを含めたいくつかのシステムオプションを発見するには至らなかった。
話を戻して、大和は認識中の仲間、アイテムからの魔法を阻害対象から外す。
「よし、これでルルミナたちの補助魔法やその魔法具からの幻術も正常に効くようになったぞ」
「……その鎧ってそんな簡単に対魔法性能を変えられるものなのか?」
アンナたちの感覚からすると魔法がかけられたアイテムの設定と云うのは製作者や魔法に詳しいものでない限り、おいそれとは変えられないものである。そのため、対魔法が施されたアイテムを所持する仲間には予め補助魔法をかけておき、アイテムを装備し直すという手間を行う必要がある。しかし、それは戦闘中に適当なバフ――一時的な魔法的強化――などの魔法の恩恵を受けにくいことを意味し、下手をすると治療師の治療系魔法さえも阻害してしまうため、前衛、特にタンク役は仲間の魔法を受けやすいか否かで対魔法装備が異なることが多い。つまり、体力が常人離れに多く補助魔法が必要ない場合か、自力で回復する手段がある、あるいはパーティに治療師がいなかったり、そもそも一人で活動する者は対魔法装備を固めれば良い。逆に仲間からの支援が前提の場合はわざと魔法防御力を下げたりする必要があるのだ。しかし、魔法防御力が高い装備は物理防御力が低めであったりと欠点もあり一長一短であるのが常である。
ある程度裕福な冒険者であれば、魔道技術士などに特定の人物からの魔法を無条件に阻害しないように装備を調整する者もいる。しかし、大和のようにその場その場で対魔法性能を変えられると云うのは、それだけで普通の冒険者から見れば異端であるのだ。しかも、仲間だけでなく、魔法具からの魔法も調整出来ると云う事は、かなり細かな設定を調整することが出来るとアンナ達に予想させた。
「ん? まあ、慣れはあるが、そう難しいことではない」
「……そうか、これが伝説に出てくる人造宝具の性能ってやつなのか」
アンナ達の驚愕をいまいち理解できない大和はあっけらかんと答える。一体どういう経緯でそんな装備を手に入れられるのかとアンナ達は好奇心を刺激させられるが、貴重で強力な助っ人である大和にあまり込み入ったことは聞きづらい。なにより、今はそれより優先すべきことがある。
「何はともあれ、これで訓練を始められますね。貸切時間にも限りがあることですし、さっそく始めましょう」
ルルミナの促しにより、アンナは魔法具を起動させる。特別訓練は時間制の予約が必要で基本的に延長などできないのだ。
「最近の傾向から今年の塞国祭で出現するであろうと予想される魔物がランダムで出てくるそうだ。幻影で怪我はしないとはいえ、油断していると痛い目を見ることになるぞ」
アンナの軽口と共に、黒い靄が魔法具から湧き出て訓練室の中央にゆっくりと移動し、形が固まっていく。それに合わせ、アンナたちは戦闘態勢に構えた。大和も腰の【変幻の鞘】の鯉口部分を手に持つ。純白の鞘は持ち主の求めに応じ、その剣蔵よりある剣を引き出す。
鞘というより長方形の筒といった方が似合う形に変幻した鞘から大和が抜き払ったのは、おおよそ剣とは云い難い代物であった。刃のついた鉄板が数枚重ねられた形状の刀身は、まるでシュレッダーハサミのようであり、とても実践的な形状であるとは思えない。
まず、刀身が何本もついているので単純に考えて、刀身の長さに対して重量が倍である。また、複数の刃が同時に標的に接触するため、一枚刃よりも切断抵抗が大きく、切る払うことはまず無理であろう。
柄も剣にしてはやや長く、長柄武器に近い。通常の何倍もの刀身の重さを支えるために、長めに作られているのだ。その分、普通の剣よりも取り回しが悪く、しかも重心が明らかに刃先に集中し過ぎている。
アンナたちは大和のもつ剣を一瞬見た後、思わず二度見をしてしまう。彼女たちの常識から見てもその剣は異様なものであるのだ。
「お、おいアンちゃん、それ……」
「来るぞ」
大和はアンナたちの追求を無視し、黒い靄に注目していた。彼の精神はすでに戦闘態勢に切り替わっており、無駄な思考は省かれている。これは青空戦記の中で長時間狩りをし続けるためにモチベーションを保つ工夫として、戦闘のこと以外は考えない思考制限と商隊護衛時に経験した生死に関わる緊張感が融合してできた一種の戦闘モードである。
アンナたちも大和のそれに釣られるように改めて気を引き締める。大和の発する気迫にはアンナたちを黙らせるだけの威力があった。彼女らの脳裏に訓練所のことが思い出される。
しかし、そんなアンナたちの回想を待ってくれることもなく、特別訓練室に魔物の幻影が出現した。
その体型は例えるならばアメンボであろうか。細い4本の長い足が大和たちの頭上にぶら下がる胴体を支えている。胴体はタマネギのような球型で、そこから4本の足の他に、紫色の茎が何本も生えており、先には花の代わりに頭部が垂れている。鶏、鰐、馬、狼などの頭部がたくさん生えているのだ。
「複顔の苗か!?」
「珍しい魔物だね~」
「私は実物を見たこともありません。噂に違わぬ凶悪な面持ちですな」
大和も常識ではありえない風貌に呆気を取られた。どう見ても普通の生き物ではないことが一目瞭然である。青空戦記ではこのようなモンスターは出て来なかった。それも当然で、青空戦記では背景やマップの構成物などには異常なクオリティを追及したが、モンスターにはそれほど拘っておらず、極一部のスペシャルボスモンスター以外の一般ボスモンスターでさえ、普通のモンスターを拡大しただけの代物だったりしていたのだ。
なので、大和は目の前にいる複顔の苗のような奇抜な形のモンスターなど相手取ったことはない。
「すまん、見知らぬ魔物だ。注意点を簡潔に頼む」
ゲームの中で未知のモンスターと出会っても「とりあえず殴ってみよう」と突っ込んでいくことが出来たのは、例え死んだとしても再び復活して、多少のデスペナルティで一憂すれば済むからである。
しかし、いくら身体がゲームのキャラクターのそれだとしても、死んでも大丈夫であるかなど確かめる気は大和には毛頭ない。今回は幻影であるから命の危険こそないものの、本物に出会ったときのために大和は貪欲に敵について知りたかった。よって、大和はすぐさまこの魔物について何か知っていそうなアンナ達に情報を要求した。目は魔物から離さず、あらゆる状況にも対応できる緊張感も纏わせながらである。
「攻撃方法は頭を伸ばして来てからの咬みつきだけだ。多角的な同時攻撃に要注意。足の方は鈍いから気に留めておく程度でいい。弱点は胴体の球に炎属性の攻撃が一番効く」
アンナも大和の警戒を感じ取り、要点だけをすばやく伝えた。彼女も冒険者なので魔物に対する情報の大切さはよくわかっているため、大和の気持ちがよくわかるのだ。彼女の経験から云っても未知の魔物ほど怖いものはないのだ。
「後衛を守りながら遠距離攻撃を繰り返すのがセオリーな戦い方です」
「わかった。誰の盾になればいい?」
アンナ達のパーティは後衛が二人と弓が使えるヘペンもいるため攻撃手には困らないが、その分守りが薄くなる。しかも大和は急遽参加した面子である。実戦であれば、いくら大和が強いとは知ってはいても不安が拭えない。
「今回はアンちゃんの共闘能力を測るための訓練だからな。ヘペンも含めた3人をあたしとアンちゃんで防衛だ」
「把握した。ようは向かってくる馬鹿面を叩き落とせばいいのか」
「理解が速くて助かるね」
大和は容易く言うが、アンナは正直、一撃ないし二撃は避けられないだろうと予測した。複顔の苗はギギアイル荒原の西部にある岩石林に生息する魔物であり、その脅威は一般的な中堅パーティなら拮抗の果てに撤退に追い込み、熟練パーティでも苦戦を強いられるほどである。
まず、恐ろしいのが近距離での接近戦では勝てないことである。複顔の苗の弱点である胴体は長柄の槍を伸ばしてようやっと触れるか触れないかの高さにあるので、戦士だけではまず倒せないのである。加えて複顔の苗の脚はその細い見た目から反して頑丈で、突き崩すのは困難を極める。
よって、遠距離から飛び道具や魔法で攻撃するのがセオリーと云うかほぼ唯一の手段なのであるのだが、複顔の苗の攻撃可能距離は長いのだ。胴体から伸びる首は10メートル以上先にも伸び、しかも、蛇のように素早い攻撃を行ってくるのである。あまり近づき過ぎると四方八方から包囲攻撃を受けることになるので、冒険者側からすれば後退しながら魔法使いなどの攻撃要員を護衛し、少しづつダメージを与えると云う難しい戦術を強いられるのだ。
そもそも、弓使いはともかく冒険者の魔法使いは絶対数が少ないため複顔の苗を見かけたらすぐさま撤退することを余儀なくされるパーティは多い。
アンナのパーティには幸運な事にアンベールと云う火力とルルミナの補助火力。さらにヘペンの矢もあるため、遠距離攻撃要員が充実しているが、訓練室は十分に距離を取れるほど広くはない。つまり、アンナ達は包囲攻撃を受けることは必定であり、無傷で勝つのは無理であると云うアンナ達の判断は極めて現実的である。
複顔の苗が頭部の首を伸ばし、いくつもの双眸がアンナ達を囲む。幻影であり、死ぬことはないのでアンナ達も落ち着いているが、実戦であればまさに絶体絶命のピンチの状況である。知らず知らずのうちに彼女らの背に冷たい汗が流れる。
魔物である複顔の苗は開戦の合図など出すはずもなく、攻撃を繰り出す。
狙われたのは、恐らく一番ひ弱に見えるヘペンである。熊の頭が長い首を撓らせて一気にヘペンへと向かう。人間の反射神経が反応できるか怪しい速度で繰り出された攻撃をヘペンはなんとか反応してみせ、回避を試みるが速度的に間に合わない。
魔物と言っても幻影で出来ているため、直撃しても掌で強く押された程度の衝撃しかないが、それでもヘペンの表情には恐怖があった。なにせ実戦であれば確実に死ぬような攻撃である。怖がらない方がどうかしている。
ヘペンは思わず顔を腕で防御し、目をつぶって来たる衝撃に備えるが、その行為はまったくの無駄に終わる。
――ザシュッ
「グオオオオオオオォォォォォッ!!」
「良く出来た幻影だな。質感まであるとは」
落着いた声を聞きヘペンが目を開くと、複刃の奇剣を振りぬいた状態の大和と、頭部の上半分が消失した熊だった顔があった。
冷静になれば判る。大和はヘペンに襲いかかった頭を迎撃したのだ。しかし、あの速度を? 一撃で? そんな驚愕に満ちた顔を見ることもなく、大和は言う。
「こっちは気にせず攻撃に集中してくれ。そうしないと先にアレの頭がなくなりかねん。まあ、攻撃手段のなくなった魔物を甚振るのが趣味ならかまわんがね」
複顔の苗の頭部は一個無くしたくらいでは減った内には入らない。しかし、大和にはその無数の頭を、ヘペン達が胴体を攻撃して倒すまでに殲滅するという。普通なら一笑で済むような冗談でも、大和の、強者たる背を見ているとそれが実現してしまいそうである。
自慢の一撃を防がれたことからか複顔の苗は3つの頭部を同時に大和に嗾けた。
正面と左右からの三方攻撃に対し、大和は一振りで対応した。
半円を描く剣閃は狼の鼻先を抉り飛ばし、大亀の下顎を粉砕し、豚の耳より前面を挽肉にした。
いったいどうやってその可笑しな形状の剣でそんなに速く、しかも対象にぶつかって尚振りぬくことが出来るのか。アンナ達は目の前で起こっている現象に理解が追いつかなかった。
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誤字を修正しました。




