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13.謀略

 鍛冶場が密集している区画には朝から金物のぶつかる音や炉の炎の音で市場などとは違う騒々しさに満ちていた。大通りとは違って、それほど人は多くはないが、どこか物々しさを感じさせる通りである。


 それもそのはずで、この通りには鍛冶師やその弟子ら以外では、鎧を身に纏った冒険者や傭兵などが多く見られるからである。塞国祭を間近に控える現在のゲザイヤの鍛冶通りでは、出場する冒険者や傭兵などでごった返している。通りには武器や防具を身につける人間の雰囲気がそのまま染み込んでいるかのように、どこか不穏な空気に包まれている。


 しかし、そんな武装した人間の多い通りでも、全身甲冑は珍しく、大和は大いに目立っていた。


「確か、この辺りのはずのなんだが……」


 大和は左手に曲った【グレートソード】、右手にギルドで貸してもらった地図を持ち通りをキョロキョロと見渡しながら練り歩いていた。行動そのものは道に迷ったそれなのだが、格好が格好なので誰も彼に話しかけようとはしなかった。


「鎖とハンマーの看板は……。あれか」


 通りの一角に立つ鍛冶屋からは頻繁に丁稚と思われる人間が出入りを繰り返し、中からは金属同士がぶつかる音が鳴り響いている。活気のある周りの中でも特に繁盛しているようであった。


「さすが冒険者ギルド推薦の鍛冶屋といったところかな。まあ、剣を直してくれるのならどこでもいいけど」


 大和はそんな騒々しい鍛冶屋へと足を踏み入れると、壁中に剣や斧、槍、盾、鎧などなどが一面に陳列され、隅には鍛冶に使われるのであろう木炭やコークスなどの燃料が積まれていた。大和を認めた徒弟らしき若者が大和へと近づいてきた。


「甲冑の旦那、何かお探しで? それとも修繕かい?」


 欠けた前歯が愛嬌を誘う額にバンダナを巻いた青年は、大和の全身鎧にも驚くこともなく話しかける。一際、武器や防具に関わることの多い鍛冶屋で働いているためか、意外と胆が大きいようだ。


「これを直して貰いたいんだが」

「へえ、こりゃあ見事に折れ曲がっちまってるね。ちょっと凹んでるとこもあるし、岩でも殴ったのかい?」

「昨日冒険者とやりあってな」


 大和は別に隠すでもなく、【グレートソード】が折れた原因を話した。それを聞いた青年は、へぇと軽く流した。冒険者同士のいざこざで武器や防具が破損することなどよくある話であるのだ。


「直せそうか」

「とりあえず、曲った剣を元に戻すくらいなら、俺らのような見習いでもできるが、いちおう剣の材質を確認させてもらうよ」

「わかった」


 大和はそう言って手にする【グレートソード】の柄を青年へと差し出す。青年は大和があまりにも軽々と【グレートソード】を扱うので見た目ほど重くないのかと思い、柄を握って受け取る。


 が、大和が手を離すと青年はその重量に思わず取りこぼしてしまいそうになり、大和が寸前のところで柄を掴まえた。もし、そのまま落とし、【グレートソード】が青年の足の上に着弾したら、例え鍛冶師用の分厚く丈夫な靴の上からでも、十分に足の甲を潰すことが可能な一撃である。青年は親方から十重教えられていながらも軽視していた危険性を思い出し、顔が真っ青になった。


 大和はステータスの恩恵で片手でも十分に扱えるが、【グレートソード】の重量は60キログラム近くあるのだ。重いものに慣れた鍛冶師の青年でも一人で運ぶには躊躇する重さであるし、ゲームの中でもこれを普通に扱うようになる20LVのSTR(筋力)重視巨剣士(ブランディッシャー)でもポーションなどでブーストをかけ、両腕で支えてやっと持てる補正がかかった武器である。


「おー、あぶねえ。ありがとよ旦那、しかし、よくこんなの片手でも持てるなぁ」

「俺が運ぼうか?」

「いや、ちょっと待ててくれ。おーい、誰か手伝ってくれ!」


 青年が店の奥に声をかけると、青年よりも少し若く、青年と同じような作業服を着た少年が二人出て来た。


「おめぇら、ちょっと手伝え。三人で運ぶぞ。足に落とさないように慎重にな」


 青年は先ほど回避された危険に対して弱腰になりつつ、無理せずに運ぶことにした。


 青年と少年二人が慎重に【グレートソード】を店の作業台に置くと、青年は小さな金槌で軽く【グレートソード】の剣身を叩く。


 カンカンと【グレートソード】の全体を叩き終えた青年は、その感触と音から【グレートソード】の詳細を読み取り、うーんと腕を組みながら唸った。


「鉄製なのはいいとして、ムラが一切なく、密度と硬度がビビるくらい均等だ。どうやって作ったのかは知らんけど、こいつを打ったのは結構いい腕の鍛冶師だと思うんだが……」

「さあな、俺はこれの製作者とは面識がない」


 この【グレートソード】は青空戦記の武器屋に売っている定例品なので、ある意味大量生産品とも言える。当然、作ったのは設定上NPCであり、具体的にどうやってこのグレートソードが作られたのか、大和が知るはずもない。


「……いちおう、曲ってるだけの鉄だから形を戻すだけなら見習いでもできるぜ? でも、“元に戻す”ってんなら、親方に頼むことになるけど……」


 鋳造であれ、鍛造であれ、鉄製の剣を作るときは、鉄の密度、硬度を均一にするのが丈夫で使い易い良い剣にする秘訣である。しかし、実際にはそううまくはできず、必ずどこかで密度、硬度にムラが出来るものだ。このムラを如何に少なくできるかで、鍛冶師の腕が問われるのである。


 彼ら見習いでは到底できない芸当で、密度、硬度が均一な【グレートソード】に直すには彼らの親方クラスの腕が必要なのである。


「見習いに頼めば料金は銀貨4枚程度で明日の朝には返せるけど、親方の場合は銀貨20枚は固い上、いつ返せるかわからんぜ? この時期は塞国祭の影響で仕事がいっぱいだしな」


 この時期の鍛冶屋は、周辺諸国から集まる塞国祭出場予定の冒険者や傭兵が己の武器や防具のメンテナンスのために、非常に繁盛するのだ。そのため、この通りでは鍛冶屋はフル稼働し、鍛冶師やその弟子らが忙しそうに行ったり来たりを繰り返しているのだ。


 大和は別に【グレートソード】が早急に必要な訳ではなく、塞国祭で使うと云うわけでもなく、この町を出る前に直ってくれればよいので、時間がかかるのは対して問題ない。しかし、銀貨20枚は痛い出費であるため、大和は安値コースを選ぶことにした。


「見習いでかまわん。時間の方は気にせず、ゆっくり丁寧に直してくれ」

「あ、ああ。でもいいのかい? こんな良い剣をダメにしちまうかもしれねーぞ?」

「剣の不備を剣技で補うのが剣士の腕の見せ所だ。気にするな」


 大和の自信に溢れた発言に、鍛冶屋の徒弟たちは感心した。普通の冒険者がそんなことを言えば傲慢さが際立つものであるが、独特の雰囲気を放つ大和が発言すると当然といった様となる。大和自身は特に考えた言葉と言うわけではなく、ノリで答えた結果なのであるが。


 徒弟は出来上がったら連絡すると言い、大和は宿の名前を教えて鍛冶屋を後にした。


「さて、これでアンナ達が来る昼過ぎまで暇だな。少し早いが、適当な店で昼飯でも食う事にするか」

「……もし、そこの黒い甲冑の方」


 大和が飲食店の立ち並ぶ通りへ向かおうとしたとき、大和はふいに背後より話しかけられ、振り向いた。


 そこに立っていたのは、日光に反射して輝く複雑な装飾が施されたプレートアーマーを身につけた男がいた。腰に帯びる剣と鞘にも過剰なほどの装飾で飾られており、いったいいくらほどの価値があるのかわからない。

 両脇には男よりは目劣りするものの、立派な装飾が施されたプレート鎧をつけた兵士を連れている。男は不自然なほどの満面の笑みを浮かべながら大和を見ていた。


「そう、あなたです。冒険者のアツマ・シキ殿とお見受けしますが如何かな?」

「ああ、その通りだ。俺に何か用か?」


 大和は相変わらずぶっきらぼうな態度で対応する。貴族を見たことがない大和には、貴族に対してどういう態度をするべきなのかなど知らないのだ。


 男は大和の態度に一瞬不愉快そうに眉を顰めるが、すぐに元の笑みに戻す。


「ええ、お時間はよろしいですかな?」

「少しなら」

「結構」


 男は食事でも取りながら話しましょうと大和を誘った。不可解に思いながらも、特に断る理由が思いつかなかった大和は男に黙ってついていくことにした。











 男が案内したのは、貴族や裕福な商人がよく通うことで有名な高級レストランであった。一番安いコースでも銀貨5枚は下らないと云う庶民では一生入れないレストランである。


「いやはや、器用なものですな。甲冑のままで食べられるとはお聞きしてましたが」


 大和は男と一緒にテーブルを挟んで座っている。今、彼が食べている料理も、使っている食器も、目の飛び出るような値段なのだが、大和にそれを気負う様子はない。自分が甲冑を着たままでもそれらを落としたり、壊したりすることはないと自信があるからだ。大和の今の体は元の体よりも遥かに力があり、よく動き、そして器用なのだ。

 味の方は、食に関して高いレベルを要求する日本人の彼からすれば、まあこの世界の中では一番味が濃いと言った程度の感想しか出てこなかった。そもそも食に拘りがあるわけでもないので反応は極めて淡泊である。


 大和がレストランに入る際に少しばかり、ウェイターに止められるなどのいざこざがあったが、男の口利きにより入店を許された。そのせいもあり、店内の視線を独占している状態なのだが、大和はここ数日で慣れたものでほとんど気にならなくなっていた。


「さて、自己紹介が遅れましたが、(わたくし)、グレンフィル男爵家の長男、マルコム・ブラックストンと申します。以後、お見知りおきを」

「アツマ・シキだ」

「聞き及んでおります」


 大和もだいたい予想できていた通り、この男こそがアンナを嵌めて紋章を奪い、今回の塞国祭での標的である貴族騎士であった。意外と整った容貌--というかイケメンーーと体格で、秘かにメタボで坊ちゃん刈りな男だと思っていた大和のイメージは木端微塵に壊された。


 やけに丁寧な話し方と大仰な素振りが少々癇に障る男であるが、大和は決してそれを表に出さない。と言うか兜で見えない。


 貴族を怒らせることがどんなことを引き起こすのか大和には予想もつかないが、面倒なことにはなるのだろうことはさすがにわかっていたからだ。それでも口調を正さない分、大和の認識の程が知れるわけだが。


「お時間も限りあることですし、単刀直入にお聞きしますが、あなたはあの“ファール家の御息女”を名乗る冒険者、アンナ・ギナブブスに協力していますね」

「依頼されたのでな」

「悪いことは言いません。手をお引きになった方がよいと思いますよ」


 マルコムは大和と出会ったときと変わらない口調と笑みでそう忠告した。


「彼女にどのような話を聞かされたかは知りませんが、おそらく私のことを悪者扱いにし、自分たちの正当性を訴える出鱈目な作り話だったでしょうね」

「……作り話」

「そうです。よく考えていただきたい。平民とは言え、名家であったファール家の御息女が同盟国家に亡命し、冒険者になったなんて話。信じられますか?」


 確かにマルコムの意見には同意できるところがある。この世界では基本的に隣国まで行くには馬車か徒歩しか方法はなく、その道中には多数の危険がつきまとう。


 例えば、狼や魔物に襲われたりする危険、風土病にかかる危険、特に大災禍年(ダーク・アイオーン)を越して間もない頃は、危機的な食糧不足と魔物による村、町の壊滅により、盗賊の類が大量に増加していた。そんな危険な情勢下で食うに困らなかった家の子女が隣国までたどり着くのは相当な幸運に恵まれていなければ不可能であっただろう。ましては、その後に熟練(ブロンズ)カラーの冒険者に大成するなどあり得ないと言って差し支えない。


「さしずめ、あの紋章も行き倒れた本物のファール家の御息女から追い剥ぎでも働いたのでしょう。冒険者は……。失礼、冒険者の一部にはそのようなことをする輩もいます。我が国の名家であったファール家が没落したのは不幸が重なった結果でした。その不幸な悲劇を利用し、己が欲のために貶める卑しい俗人をこれ以上好き勝手させないために一王国貴族として、彼女に引導を渡したのです! まあ、多少方法が野蛮であったのは認めます」


 マルコムは小さく補足を付け加えながらも、ワイングラスを掲げ、そう大和に高らかに宣言した。


 大和はそれを聞いても特に反応を返すことはなかった。アンナから事情を話されたときと同じような心境であったのだ。ゲームのクエストにも複数の当事者が矛盾した情報をプレイヤーに与える種類のもの、いわゆるマルチルートクエストであるのだが、プレイヤーが選んだ選択肢によってクエストの展開や報酬が変化するものがある。大和はそれらのクエストの進行を傍観するようにマルコムの話を聞いていた。


 マルコムは大和のそれを納得していないものと判断して更に言い募る。


「しかも、あのパーティにいる賢者(セージ)は蛮族たるエルフ。長年に渡り我が王国の領土を不法に占拠している無法者です。彼らの怪しげな幻術や暗示などで、王都で邁進している正当なるファール家の御子息であるアシュトン君を騙し、その地位を強奪するのが彼女らの目的でしょう」


 マルコムは憤慨するように吐き捨てた。大和にはそれが本心なのか演技なのか見分けることはできない。というよりも、大和はアンナとマルコムのどちらが正しいのか、それについて考えることを放棄してしまっている。どちらの言い分も理はあると大和は捉えているが、それが真実であることを大和が調べることなどできないし、できたとしても納得することはできないだろう。場合によっては、双方とも嘘をついている可能性だってあるのだ。


 ちなみに大和は知らないが、エルフが王国の領土を不法占拠しているというのは、エルフが住む樹海地域の周辺を領土にし、”領土の中にある空白地帯は領土と同じ”という屁理屈をエルフ側に一方的に押しつけているだけである。最初の頃こそ小競り合いも多かったが、結局、エルフの強力な魔法や樹海地域を攻略することができず、奪ったところで実りも少ないため、今では放置状態にある。


「もう一度、忠告いたします。彼女たちの片棒を担ぐのはあなたにとってあまりよろしくないことになるでしょう。私としましても、彼女たちに巻き込まれた無関係なあなたにまで敵にするつもりはありません」

「いくつか質問をさせてもらう」


 大和は昨日アンナが言っていた話と今聞いたマルコムの話を脳内で吟味しながら口にする。

 マルコムもどうぞ、と変わらないニコニコとした表情で許可した。


「まず王都にいると言うファール家の長男は本物なのか?」

「もちろんです。これは私が密かにファール家を見守っていたから判ったのです。彼は間違いなく、ファール家の御子息で間違いありません」


 大和はふむふむと頷きながら次の質問を繰り出す。


「アンナの話ではファール家は貴族の手で没落させられ、決して貴族から良い感情を持たれてはいないと聞いた。しかし、あなたの話を聞く限りではファール家に悪い感情を持っていないように見受けられるが?」

「そうですね。確かに昔も今も王国貴族の間ではファール家の名前は疎まれています。しかし、私は違います。私は優秀な騎士を幾度も輩出したファール家に尊敬の念を抱いているのです。それに王国は変わりました。彼らに良からぬ想いを抱いている貴族も多いですが、同盟国家の動向が怪しくなってきた現在、優秀な人間には、その生まれに関わらず活躍する機会を設けることが国益に繋がると私は考えており、騎士として十分な実力を持っているアシュトン君を支援するつもりがあります」


「賭に勝った場合の報酬は弟の支援する事と定めたそうだが、あなたの話では最初からそれを行うつもりであったようであるが?」

「まったくのペテンですね。前回の塞国祭で向こうが要求してきたのは金銭でしたよ」


 心底不快そうな表情でマルコムは答え、更に続けた。


「私も貴族ですからそこそこの資産はありますし、ファール家の再興を手伝うためならば多少の投資も吝かではありません。しかし、あの盗人共に施しを与えるつもりは毛頭ありませんし、彼らには罰を与える必要もあった。彼らの再挑戦を受けたのも、諦めの悪い彼らを徹底的に叩きのめすためです。もちろん、不運にも巻き込まれたあなたは対象外であり、無実の人間にまで制裁するつもりは私にはありません」


 だから手を引いてくださいとマルコムは大和に念を押した。


 マルコムの主張は一貫しており、一見間違っていないように見える。しかし、大和の保有するスキルである心眼(シャープアイズ)が目の前の男を信用するなと大和の深層心理に訴えかけている。元々はトラップを関知したり、敵の弱点を看破したり、反射神経に補正をかけるスキルが、この世界では名前通りの洞察力を向上させる性能に変化しているのだ。傍目には完璧なマルコムの笑みや仕草に違和感を感じるのもこのスキルの恩恵が大きい。


「アンナよりフォール家の紋章と王城の扉についての話を聞いたのだが、その真意のほどは?」


 マルコムは大和の質問に初めて考える素振りを見せた。まるでこの質問の答えは用意していなかったと言う僅かな動揺にも見える。


 少し考えた後にマルコムは口を開く。


「あの冒険者たちがどのような説明をしたのかは知りませんが、ファール家の紋章が重要な手がかりであり、秘密裏に捜索されているのは事実です。しかし、これはむしろファール家の再興におけるチャンスにもなると私は考えております。ファール家の生き残りの手でファール家の紋章を差し出せば彼は王の信用を得ると共に、王国における確固たる立場を築くことができますし、貴族たちもファール家の印象を改めることとなるでしょう」

「扉を開けるのにファール家の人間が必要と言うのは?」

「ただの正統かどうかを確かめるだけの儀礼だそうです。つまり紋章を強奪しただけではダメだということです」


 大和はマルコムから聞いた話を頭の中で整理していく。


①アンナたちは紋章を強奪しただけのファール家とは関わりのない盗人である。

②王都にいるファール家の嫡男の味方である。

③アンナたちとは手を引け。


 アンナたちの主張とは真っ向に反対であり、両方のそれは決して噛み合わない。すなわちアンナかマルコムのどちらかが嘘をついていることになるのだが、当然なことながら大和にはどちらが正しくて、どちらが嘘をついているかなどわからないし、調べる手段もない。勘でならマルコムが怪しいと思うが、これはあくまでも主観的な印象だ。


 しかも、この場合では現状維持はアンナの、日和見はマルコムの主張を信じることになるため、どんな行動をしてもどちらかに味方してどちらかは敵になるのだ。この世界に来て日も浅く、我を通すほどの覚悟もない大和には厳しい選択である。


 それでも大和は限られた真偽のわからない情報だらけの中で自分なりの結論を出した。


「ブラックストン氏、俺としても犯罪の片棒を担ぐのは遠慮したい。しかし、俺にはあんたの話が本当なのか確かめる手段がない以上、全面的にあんたを信用することもできない」

「グレンフィル男爵家の人間を信用できないと?」

「あんたのそれは立場としての地位だ。もし、あんたが対面しているのが他の貴族か有力な商人であれば、あんたの立場上、おいそれと嘘をつくこともないだろう。しかし、今ここで対面しているのはしがない一人の冒険者だ。例えあんたが俺に嘘を吹き込んだりしてもあんたの立場に見合った責任は発生しないし、俺にはそれを咎める手段もない」

「……」

「で、あれば俺の中の信用度としてはあんたもアンナたちも同等だ。どちらも顔を合わせてから僅かな時間しか経っていないからな。つまり、どちらも信用できないと言う条件で鑑みて…」


 大和は一拍おいてから自分の中の答えをマルコムへ言い渡す。


「あんたの忠告は無視させてもらう。どちらも人間的信用ができないのであれば、先に依頼の契約を交わしたアンナたちの方を優先する」

「……後悔しても知りませんよ? アツマさん、あなたは貴族を敵に回すだけでなく、家名を偽る犯罪の共犯者と見なされることになります」

「そうなりそうになったら急いで逃げるとしよう」


 呆れたように溜息をついたマルコムから逃げるように大和は席を起った。


 彼は今初めて、自分は失敗をしてしまったのだろうかと少し後悔をしていた。権力者である貴族と実力のある冒険者、恨みを買うならどちらがマシかなど、現代日本で普通の学生をしていた大和には判断が付かない。よって、選んだ選択が現状維持で屁理屈のような理由を並べたが、これが正しかったのかどうか。彼の中で不安は積もる一方であった。


「うまい昼食の礼を言う。代金は払った方がよいかな」

「不要ですよ。私はもう少しここにいますので奢りましょう」

「そうか、それではお暇させていただこう」











 大和がマルコムの視界から消え、レストランからも出ていった頃、一人でワインを飲むマルコムに一人の巨漢が近づいて来た。男はマルコムの言葉を待つこともなく、大和が座っていた席に座る。


「随分とまあ、手痛くやられたな」

「そうですね。極めて公平的な意見でした」

「両方を上げて公平を保つのではなく、両方を貶めて公平にするなんて聞いたことない話術だな」


 マルコムの先ほどとは別人のような不愉快そうな顔を見て、男はせせら笑う。


「貴族サマなりのやり方説得(・・)はいいんですかい?」

「確かに私の”劇”に入り込んできた不確定要素ではあります。が、私はあのようなタイプの人物を知っています。教会の法定局、司法の番人達らと同じ類の人間ですね。彼らは金にも情にも、権力にも媚びないし、屈指ないのですよ。やるだけ無駄です」

「へえ、でもいいのかい? 噂だけじゃなくて、実際に見た感じでも相当な手練れだぜ?」

「問題がありますか?」


 マルコムはニヤニヤしている正面の男を見返す。


「いんや、大して問題ないねぇなぁ」

「今回は去年と違って小細工をする必要はありません。期待してますよ、邪悪な腕(レフトアーム)

逸材(シルバー)だろうが達人(ゴールド)だろうが、全部まとめて捻り潰せばいいんだろう?」


 ヒヒヒッと品の悪い笑いを漏らす男とマルコムは薄暗いテーブルで密談を交わしていた。

8/31

誤字修正

9/2

鍛冶屋のやり取りを若干修正しました。

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