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那尻大輔は特務官である ─サイバーファンタジーの来訪者と本気出します─  作者: 南田華南


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第一話 那尻大輔の一日

1999年7月1日。その日、東京の空を埋め尽くしたのは、美しくも恐ろしい

『光の雨』だった。『24区』に降り注いだ『光の粒』に触れた人間たちは、

その日を境に『覚醒』を果たす。


覚醒――正式名称『異能覚醒病』。


地球外の未知なる細菌が体内で増殖し、発症者は『魔法』と呼ばれる超常現象を

操るようになった。日本政府は即座に動き、翌日には事態の収拾を図るべく、

超常災害に対応する組織『異能防衛特務庁』を創設する。


2011年3月10日、地響きと共に空間に『裂け目』が発生。


そこから現れた異様な姿の『来訪者』たちにより、東京は再び大混乱に陥る。

この未知の脅威に対抗したのが、かつての『覚醒者』たちであった。


凶悪な犯罪から都民を守る彼らのことを、人々は畏敬を込めてこう呼ぶ。

――『特務官』と。

 2026年5月。東京都『天宿区』一丁目の交差点は、異様な緊張感に

 包まれていた。勇兆銀行を襲撃し、逃走に失敗したサイボーグの男が、

 下校中の女子高生を盾にして路上に居座ったのだ。


「動くんじゃねえッ!! 一瞬でも動いたら、この女を撃つッ!!」


 現場を包囲する警視庁の機動隊へ向けて、男の怒号が響き渡る。


 その顔面には暗視ゴーグルを思わせる装置が不気味に明滅し、円筒形の

 カメラレンズが獲物を定めるように激しく回転していた。


 男の右腕は、原型を留めないほど冷酷な自動小銃へと改造されている。

 銃口は今、恐怖に震える少女の首筋を容赦なく捉えていた。


 警視庁のドローンが上空から犯人を射程に収め、地上の包囲網を監視する。


 雑居ビルの屋上から狙いを定めるのは、警視庁特殊任務部隊の精鋭である。

 彼らの銃身には、対サイボーグ戦用に防技研と共同開発された『特殊金属

 撃滅弾』が装填されていた。サイボーグを無力化する、警視庁の切り札だ。


 静寂の中、引き金に指がかけられた、まさにその瞬間だった。


「――ッ!? 何だアイツはッ!!」


 観測手の驚愕の叫びが無線を揺らす。


 厳重な警察の封鎖線を嘲笑うかのように、一人の男が突如として現れた。


 あたかも一瞬で『人の壁』を飛び越え、空間を無視したかのように。

 謎の男は、犯人の至近距離に、突如としてその姿を現した。


「誰だテメェはッ!! そこで止まれ、止まらねえと──」


 犯人は少女の顎(アゴ)へ銃口を強く押し当て、目の前の侵入者を猛然と威嚇(いかく)した。


 対峙するのは、黒髪に異色の瞳(オッドアイ)を持つ男。恐怖に歪む少女の顔を

 視界に収め、その男の片方の水色の瞳が冷徹に輝いた。


「止まるのは貴様だ。――『無制限停止(アンリミテッド・デッドロック)』ッ!!」


 その刹那、世界からすべての音が消え失せた。


 雑居ビルから飛び立った野鳥は羽を広げたまま空に固定され、驚愕に目を

 見開く犯人も、悲鳴を上げようとした少女も、完全にその動きを封じられる。


 瞬きすら許されない無音の『時』を、漆黒のスーツを身に纏う男は悠然と歩く。


 彼はゆっくりと、彫像のように固まったサイボーグの腕を押し戻し、少女を

 その腕から解放する。恐怖に震えたまま静止している彼女を優しく抱きかかえ、

 バリケードの向こうで待機していた救急隊員の腕へとそっと預けた。


 再び、その男は微動だにしないサイボーグの前へと戻る。


「結局、時を止める魔法と言っても大したことはできないんだよな」


 那尻(ナジリ)大輔(ダイスケ)――異能防衛特務庁捜査一課所属。

 この男こそ、世界で唯一『時空操作魔法』を操れる日本人だった。


 1999年。あの『光の雨』を浴びた幼年期、彼は『覚醒者』となった。


 ある日、自宅を訪れた黒服の男たち。促されるまま、彼は特務庁が管理する

 人工島、そこにある『学園』へと通うことになった。正義感や使命感に燃える

 周囲の生徒たちを、彼はただ冷めた目で見つめていた。


 覚醒者の力を大人が利用しているだけだ――彼はそう推測した。

 周りの指導員も、どこか冷たかった。


 そして現在。冷徹な現実主義者となった彼は、特務官として現場に立った。


 無防備に両手を下げたサイボーグの前に立ち、那尻は告げる。


「――解除(リリース)」


 再生ボタンを押されたように、世界が動き出す。


 人質が消えたことに現場が騒然とする中、那尻はボサボサの髪を揺らし、

 ポケットに手を突っ込んだまま犯人を見据えていた。


「テ、テメェッ!! 女をどこに隠したッ!! さっさと言えッ!!

 10秒以内に言わねえなら、この場にいる全員――」


 激昂し、銃を向けてくる男。その罵声を置き去りにして、那尻は

 すでに『行動』を開始していた。


「10秒以内に貴様を無力化する。――『因子加速(アクセラレータ)』ッ!!」


 那尻の身体に青い残像が重なった。次の瞬間、彼は時を置き去りにした

 超高速の拳を、サイボーグに激しく叩き込んだ。


『時の因子』――かつて異界の光の雨と共に地球へ漂着した未知の素粒子は、

 今やこの世界を構成する時間物質として定義されている。


 那尻大輔は、幼少期からその素粒子が見えていた。


 彼の左目の虹彩が水色に変色したのは、その眼が『魔素細菌(マナ・バクテリア)』と共生する証だ。

 体内から放出された細菌が、微弱な電磁波を介して量子に干渉し、

 それが『魔法』という超常現象を引き起こす――


「ウギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 青白い閃光が爆ぜる。


 直撃したサイボーグの装甲は見開いた瞬間に砕け、触れた箇所の時間は

 狂ったように加速していく。凄まじい速度で金属が腐食し、剥き出しに

 なった電子部品が火花を散らした。


 10秒後。人智を超えた破壊の連撃が止むと、サイボーグの男はなす術もなく

 那尻の前に膝(ヒザ)をつき、そのまま崩れ落ちた。


「宣言通り、貴様を無力化した。この『安全第一』の国で、貴様らのような

 犯罪者が安全に歩けると思うなよ。我々は、常に闇から貴様らを見ている」


 那尻が身を翻すと、待機していた機動隊が津波のように押し寄せ、凶悪犯を

 制圧した。サイボーグの男は、手錠をかけられアスファルトに組み伏せられる。

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