後編① 父と子。
2018年 7月12日。
あの出会いから2年と言う長くも短い様な月日が経過した。
俺達は今や19と言う歳になった。
車にだって乗ってる。
千鶴はペーパーだが。
「雪途も手伝ってよもう」
俺は悪い悪いと言って溜まった洗い物を一緒に洗う。
そう。
今は同棲している。
同棲を始めてから早くも半年近く経った。
「ふぅ一先ず終わったな。」
千鶴はだね!と額の汗を拭う。
「クーラー…」
千鶴はダメ!と言って扇風機のコードを繋ぐ。
「まだ我慢して、私も気持ちは同じだけど今月は赤字なの」
俺はソファーに溶ける様に飛び込む。
「あーーーつーーーいーーー」
千鶴はカーテンをガシャっと開き網戸にしてこれで涼しいと額に大量の汗を浮かべながらそう言った。
「あれそう言えば今日お父さんの家に行くんじゃなかった?」
千鶴に言われるまですっかり忘れてた。
俺は重い体を起こして背を伸ばす。
「忘れてたぁあ」
千鶴はしっかりしてよと頬を膨らましつつ微かにはにかむ。
俺はスマホで親父に電話する。
「もしもし………覚えてたよ。あ?…………分かってるよあれ手伝えばいいんだろ?……ほいじゃあな。」
俺は昨日纏めていた重量感のある荷物を持ち千鶴に行ってくると伝えると千鶴は駆け寄ってきて頬に口付けをして気を付けてと目を俯かせて照れ臭そうに踵を返した。
俺の頭に汽車の様にプシューっと蒸気が上がる。
車の鍵を開きラジオを流す。
『…東京都の気温が何と35度を上回りました。』
35度…終わっちまうんじゃないかこの世界。
今日もとんでもない猛暑だ。
ここは東京ではないが気温は32度はある。
雪みたいに溶けちまいそうだ。
車を50分走らせ実家にやっと辿り着いた。
無駄に広い駐車場に車を止めて家に入る。
「帰ってきたか雪途。にしても遅いじゃねぇか!何してたんだどら息子が!」
帰って早々文句かよ。
今日親父に頼まれていたのは車の修理の手伝い。
本質は寂しいからたまには帰ってこいだがな。
いつまでも子離れ出来ねぇ呆れたダメ親父だ。
まあ…嫌いじゃないがな。
「おいそれと雪途。」
俺はなんだよと親父の方に目配せすると親父が手招きをして来る様に促した。
「大事な忘れモンだ。せっかくの愛した女に嫌われんぞ。」
これは…
思い出が蘇る。
俺はこの写真を見てぼんやりとあの美しいものを思い出す。
────ああ、確かに鮮明に蘇る。あの美しいモノが
途切れてた日記を書く事にする。
2017年8月21日。
植物記念公園の出来事。
「もうなっつん!後一時間前だよ!遅い馬鹿!」
いやいつも君が速すぎるんだよ…
「ご、ごめん。まだ夕暮れだし近くで買い物でもする?」
千鶴はナイス提案と指を鳴らして俺の手をギュッと握る。
心臓が高く鼓動する。
慣れない着物に目を奪われる。
本当に花が動いてる様だ。
「あ!見て、もう屋台やってる!綿飴綿飴!」
千鶴は一直線に綿飴の屋台に向かって突っ走る。
俺はまるで紐を引き摺る様に引き摺られた。
「綿飴6個!」
6個!?
俺は1個、千鶴は5個綿飴を持っている。
一口で半分消えている。
正に水泡を餌と勘違いして食らいつく蛙を見ている様だ。
───………覚えてろよ?
あれから千鶴は果てしなく屋台の食べ物を食べ漁って行った。
本当に何故太らないのか不思議でならない。
あれから数時間経ち花火が上がると言うアナウンスが鳴り響く。
「楽しみだね…」
千鶴は俺の手をギュッと握って身体を寄せて空を見上げる。
…………フューー
空に花の芽が生え蕾が開かれる。
………バァァァァアン!!!………
人々の声に掻き消される事無く火の花の産声が世界に鼓舞する。
俺の瞳に映るのは別の花だった。
花火が打ち終わり千鶴は恥ずかしそうに俺の目を横目にチラリと見てこう言った。
「なっつんは何で花火じゃなくて私を見てたの?」
それは…
「それは…だって花火を見る君が目の前の火の花よりも美しかったから…」
千鶴の瞳から水が滴る。
何で
「なんで」
その言葉を遮る様に千鶴は笑った。
「何よそれ!あははは、凄いロマンチストなんだねなっつん」
君の声は微かに震えていた。
俺は千鶴を抱き締める。
「千鶴は、自ら埋めてしまった感情を必死に隠そうとしているよね…?俺にはそれが分かるんだ。
君程じゃないかもしれない。
だけど俺も寂しかったから。
君の全てを理解してる訳じゃない、だから君をもっと理解したい。
それ以上君に悲しんで欲しくない。君を見失いたくない。
その為にも…だからさ、俺と話してくれない?すぐにとは言わない。いつまでも…いつまでも待つから」
千鶴の震える手が俺の背に当たる。
水を与えられても、肥料を与えられても、孤独感と言う空白は一人じゃ埋められない。
俺は、千鶴は、きっといつも誰かに助けを求めていた。
誰かに抱き締められたかった。
寂しかったから。
温かい言葉が欲しかった。
世界が冷たかったから。
本当の言葉を信じたかった。
嘘だと信じてしまうから。
何かのせいにしないと生きられなかった。
でも今は違う。
───…違うわね。
「良い泣き面になったな雪途。」
何言ってんだよ。
泣いてなんか…あれ泣いちまってる。
涙が止まらない。
拭えど拭えど絶え間なく感情と言う天候は、晴れにする為に雨を流させる。
まるで梅雨の様だ。
夏が近い。
冬が遠ざかる。
「良いんだ雪途。男だから泣くな…そんな安い売り言葉言やしねぇ。泣ける時に泣け。女にカッコつける為に泣いておけ…雪途、寂しかったな。俺の悪事で母さんは…」
俺は良いんだ、そう親父の言葉を遮った。
「もう充分だ、俺は親父を恨んだ事なんかねぇよ……んだよ親父らしくねぇな。お前はいつも見たいに悪態でも着いてろよ…クソ親父が。」




