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第144話 計画停電

 父が姿を消してから一時間後。

 王都アースフェルは、光を失った。


 大停電だった。


 魔導灯と魔導暖房が、一斉に停止したのだ。


 王城のホールを照らしていた巨大なシャンデリアの魔導灯が、チリチリという短い音を立てて消える。

 窓の外を見れば、王都の街並みが真っ暗な闇の中に沈んでいた。


 父、グレンフェルの計画なのだろう。


 国中の魔力供給を担う巨大術式が、父の術によって乗っ取られたのだ。

 やるなら派手にやると思っていたが、インフラを止めるとは……。


 薄暗い部屋の中、テレヴォが静かに口を開いた。


「アーリングくん。城内の状況は、私が押さえる。外の様子を確認してもらえる?」


「分かった。リネア、シリヤ、キルステーナ。手伝ってくれ」


「御意」とリネア。

「承知いたしました」とシリヤ。

「はーい」とキルステーナ。


 僕たちは城を抜け出し、王都へ向かった。


◇◇◇


 街は混乱状態にあった。


 魔導灯が消えたことで、人々は寒さと闇に怯え、何より『情報がないこと』に混乱している。

 あちこちから悲鳴と怒号が聞こえてくる。


「王様はどうした!」「魔族が攻めてきたのか!」「説明しろ!」


 恐怖が増幅し、伝染していく。

 集団ヒステリーの一歩手前だ。

 このままでは暴動が起きる。


 人々は光を求めているのではない。

 情報を求めているのだ。


「リネア」僕は短く呼んだ。「王城に戻り、テレヴォに伝えてほしい。王城前の広場を解放し、そこで民を待機させる。そして、一時間後に皆に説明をすると」


「承知いたしました」


 リネアはそれだけ言うと、影のように闇に溶けた。

 相変わらず仕事が早い。


 僕はシリヤとキルステーナを連れて、王都の中央病院へ向かった。

 まずは人命に関わるところからケアをする必要があるだろう。


 病院の入り口は、不安そうな患者や家族でごった返していた。

 怒号が飛び交っている。

 だが、内部の明かりは、かろうじて保たれているようだった。


「非常用魔力炉は動いているみたいですね」とシリヤが淡々と言った。


 僕は係員を見つけて声をかける。


「現状はどうなっていますか?」


 係員は僕の顔を見ると、すがるような表情をした。


「アーリング様……! 非常用炉が動いていますが、出力が不安定で……。このままでは、重症患者用の生命維持装置が……!」


「あとどれくらい持ちますか?」


「もって、明日までかと……」


 明日か。


「優先的に魔力を回すように手配します。それまでは、緊急度の低い区画の魔力をカットして、生命維持装置に全力を回してください」


「はい……! ありがとうございます!」


 係員は頭を下げた。

 僕は振り返り、シリヤを見た。


「シリヤ、計算できる?」


「もちろんです」シリヤは即答する。「現在の都市の残存魔力量と、父君が吸い上げている魔力の流量から、使用可能な魔力量を算出します」


「じゃあ、一度城に戻ろうか……」


◇◇◇


 王城の一室。

 テーブルの上に広げた用紙に、シリヤが計算結果を書き込んでいく。


 すべての算出が終わったようで、シリヤの手は止まった。


「結論から言います。今のまま使い続ければ、三日で王都の全機能が停止します」


 三日。

 あまりにも短い。


 シリヤはさらに言葉をつづける。


「父君の術式は、都市の備蓄魔力まで根こそぎ吸い上げる構造になっています。悪質ですね」


「対策は?」とテレヴォが尋ねる。


「『計画停電』しかないでしょう」と僕は答えた。


 皆がこちらを見た。


「魔力の供給を全面的にカットする。その代わり、必要な時間帯、必要な場所にだけ魔力を送る。病院や避難所は最優先。一般家庭は、暖房が必要な夜間のみに絞る」


「それって……民が納得するかな?」テレヴォが不安げに言う。


「納得してもらうしかない」僕は言った。「痛みを伴うけれど、死ぬよりはマシだ」


「なるほど……」シリヤは、即座に計算をしたようだ。「消費量を極限まで切り詰めれば……もって一週間、ですね」


「一週間……」テレヴォがほっとしたように息を吐く。「それなら、なんとか……」


「いえ、安心するのは早いです」とシリヤ。「この『一週間』という数値は、都市防衛結界への魔力供給を最低出力まで落とした場合の計算結果です。つまり……」


「結界が、薄くなるのか」


 僕が問うと、シリヤは深刻な顔で頷いた。


「はい。暖房や生命維持を優先すれば、結界に回す魔力はありません。最低限の結界で、どこまで魔物の流入を止められるか……」


 王都の防衛機能が穴だらけになる。


「市民は寒さと闇だけでなく……」テレヴォが言った。「いつ魔物が入ってくるかわからない恐怖とも戦わねばならない。……まさに、命懸けの一週間ですか」


 一週間。

 その間に、元凶である父を止めなければならない。


「シリヤ、父の術式への介入は可能か?」


「解析は終わっています。父君が構築した『吸い上げの術式』に、逆位相の魔力をぶつければ、一時的に機能を麻痺させることができます。ただ……」


「ただ……?」


「現地に行かなければなりません。遠隔では不可能です」


 つまり、クラール湖へ行くしかないということだ。

 結局のところ、父を倒さなければ解決しない。


「わかった」僕は頷いた。「方針は決まりだ」


 僕は窓の外を見た。

 広場には、テレヴォの演説を聞くために多くの人々が集まっている。

 不安げな顔。

 だが、王から説明があるという話が広まっているようで、パニックは収まりつつあった。


「テレヴォ、民に説明してくれ。一週間は絶対に守り抜く、と。その間に僕たちが決着をつける」


「わかった」


◇◇◇


 王城のバルコニーに、女王テレヴォが姿を現した。

 シリヤの魔法で拡張された彼女の声が、混乱する広場の隅々まで響き渡る。


「我が愛する国民よ。どうか、顔を上げてほしい」


 ざわめきが、波が引くように静まり返る。

 闇の中で、彼女の姿だけが、松明の明かりに照らされて浮かび上がっていた。


「今、この国は未曾有の危機に瀕している。何者かの悪意により、我らの生活を支える魔力が奪われているのだ」


 民衆の間から、不安のどよめきが漏れる。


 テレヴォは言葉を続ける。


「だが、恐れることはない。我々は対策を講じた。これから一週間、不自由を強いることになるだろう。寒さに震える夜もあるかもしれない。だが、約束しよう。――必ず、光は戻る」


 堂々とテレヴォは言った。


「私は、ただ玉座で待つつもりはない。私自身もまた、剣を取り、戦う覚悟だ」


 その宣言に、僕を含め、周囲の側近たちが息を呑んだ。

 台本にはない言葉だったからだ。


「この国を脅かす元凶を討つため、私はこれより、救国の英雄アーリングと共に決戦の地へと向かう! 皆の未来を守るために、私は私の命を懸ける! だから……皆も生き抜いてくれ! 私たちが勝利して帰る、その時まで!」


 一瞬の静寂の後。

 広場から、爆発するような歓声が巻き起こった。


「女王陛下万歳!!」「俺たちも耐えるぞ! 陛下が戦うんだ!」「アーリング様! 頼んだぞ!」


 その熱気は、寒ささえも吹き飛ばすようだった。


 うーん、少し照れくさいな……。


◇◇◇


 演説を終え、部屋に戻ってきたテレヴォに声をかけた。


「君は王都に残る手はずだった。指揮官がいなくなれば、誰がこの混乱を収めるんだ」


 僕の言葉に、テレヴォは目をそらした。


「だって……」


「だってじゃない。きみは、王なんだから」


「……私は、王である前に、アーリングくんのお嫁さんなの」テレヴォは言った。「だから、旦那様がいるところに、私もいる。それだけ」


「僕は、君を守りながら戦う余裕なんて――」


「守らなくていい」


 テレヴォは僕の言葉を遮り、まっすぐに僕を見つめた。


「私は、きみのお荷物になるつもりはない。私のギフトが生きるシーンもあるはず」


 それは否定できない事実だった。

 父との戦いは消耗戦になる可能性が高い。彼女の回復能力があれば、勝率は格段に上がる。


「それに……」テレヴォの声が、少しだけ柔らかくなった。「これが、父様と姉様の敵討ちなの。私自身の決着でもある。連れて行って、アーリングくん」


 こうなったら、彼女は梃子でも動かないだろう。


「……わかった。ただし、絶対に僕のそばを離れないこと。いいね?」


「うん! 約束する!」


 テレヴォは嬉しそうに微笑んだ。


◇◇◇


 王都の北門。

 クラール湖へ向かうための関所であり、王国騎士団の精鋭部隊が駐屯する重要拠点だ。


「……おかしいな」ビルギットが眉をひそめる。「静かすぎる。精鋭部隊が展開しているはずなのに、歩哨の一人も立っていないとは」


 確かに異様だった。

 北門周辺は死んだような静寂に包まれている。

 ただ、風に乗って漂ってくる、鼻を突く鉄錆のような臭いだけが、濃くなっていく。


「止めてくれ」


 僕は御者に指示を出し、馬車を降りた。

 仲間たちも緊張した面持ちで後に続く。


 北門の広場へと足を踏み入れた瞬間。


「――っ!?」


 テレヴォが悲鳴を上げ、口元を押さえる。


 そこは……端的に言ってしまえば、地獄だった。


 王国が誇る精鋭騎士たち。

 つい数時間前まで生きていたはずの彼らが、折り重なるように倒れていた。

 鎧は砕かれ、剣は折れ、誰もが圧倒的な暴力の前に、為す術なく屠られたことが一目でわかる惨状。


「全滅……だと?」とビルギットが信じられないというように呻く。


 数百人はいたはずの精鋭が……。


 広場の奥。

 死体の山の中心に、一つの影が座り込んでいた。


 巨躯。

 血に濡れた大剣を杖のように突き、兜を脱いで月を見上げている男。


 その男が、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「……遅かったな、アーリング」


 聞き慣れた、低く、腹に響く声。

 だが、今のその声には、いつもの豪快な温かさは微塵もない。


 そこにいたのは――


 王国騎士団長、ビョルン。

 僕に剣を教えてくれた恩師であり、父の親友だった。

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