ジャージの幽霊探し
翌日、アズサと一緒に迷宮に潜る事にした。
……朝の入口の並びは凄くて、喋るわけにもいかないから無言で一時間……やっと転移陣まで到着し、二層から向かう事にした。
「はぁ~……朝は並ぶねえ〜」
『オッサンに挟まれると辛いよねー。今日は三層に行ったら帰ろっか』
「えっ、一日で行くの? 三日歩いても何もなかったんだよ?」
『うん。場所わかるからね。これに乗って』
土で作った1人用の船を出して乗ってもらい、砂を動かして船を進めてみた。駆け足くらいのスピードにはなったかな。
「うわっ、これどういう原理?」
『砂を動かして進めているだけだよ。風を起こして砂上船にしたら魔物が寄って来るから魔物と似たような移動にしているの。夜には着くと思うよ』
「……ルクナってなんでも出来るね。本当に幽霊?」
『あー……実は本体があるから、幽霊というより……生霊?』
「本体? じゃあルクナは生きてるの?」
『うん。そうだよ。秘密ね』
「生きてるのに……なんで幽霊になってんの?」
『そこなんだよねー。本当は本体に戻りたいのだけれど、遠い場所にあるから戻れないのだよ。魔法が使えるのはそのせいかなー』
「……ルクナが戻る手伝いをしたい」
『あー気にしないで。どうすれば良いかわからないし、先ずはここで良い魔導具探しが先決かな』
頼みのライズと喋れるようにならないとね。
エリスタの事や月の事も聞いておきたいから。
アズサには月の事は言えないが私の事は言っても良い、かな。どうせアズサとしか喋れないし……
「なんでも言ってよ。私がルクナの手足になるからっ」
『ありがと。あのね……あぁいやなんでもない。アズサ日焼け凄いねっ、治してあげるっ。ヒール』
「回復で治るの? 鏡は……あった。わぁっ凄いっ! ありがと……ぅっ、ぅぅ……ありがどね……生きるのに、必死で……ひとり、でっ……ずっど……」
『……一人は、つらいよね』
アズサに触れようとして、手がすり抜けた。土魔法で手を作って、頭を撫でた……硬い手でごめんね。
今まで、辛い事が沢山あったんだと思う。一人で生き抜いて、一人で迷宮にもぐって、迷い人だから冷遇されて、誰も信用出来なくて、挙げたらキリがない。
「ごめんね……私ばっかり泣いて……ルクナだって帰りたいのに……」
『気にしないで。アズサは一人で頑張っているんだから、泣いて良いんだよ』
「そんな事、言われたら、また涙出ちゃうじゃん……よしっ、頑張るっ。ルクナって大人だねっ、なんだかお姉ちゃんみたい」
『ふふふ、おっきい妹が出来た。よーし、夜まで暇だから私の話でもしてあげよう』
アズサは元の世界に帰してあげたいな。月は息が出来ないらしいからアズサは難しいし、他の方法があるのなら探したい。
何年掛かるかわからんが、やってみよう。
はぁ……いつになったら本体の私が目覚めるのだ……お寝坊さんめっ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルクナが去ってから二週間。王都は特に変わらない日常が流れていた。
ライズ・エリスタはいつものように家の前の掃除をしながら、帝国で日に日に増える縁談の事を思い出して深いため息を吐いていた。
「大教会は守ってくれないし、そもそも聖女なのに恋愛自由だから自己責任とかおかしいだろ……はぁ……」
ライズが空を見上げていると、同じくため息を吐きながらミナカ・オレイドスが近付いてきた。
「はぁ……あっ、ライズ……」
「はぁ……あぁミナ、どうしたの?」
「あー……一緒に、魔法の練習したいな、って」
「うん良いよ。ルクナは居る?」
「えーっと、今日も、居ないの」
「そうなんだ。よくどこかに遊びに行ってるもんね。じゃあルクナが来てもわかるように王都の外でやろうか」
「ぅん……」
「……?」
いつしかライズとミナカが一緒に魔法の練習をするのは日常となっていた。
最初はルクナと三人でやっていたのだが、ルクナが気を使って徐々に参加回数を減らしていたお蔭で二人で居る事が多くなり、ライズはルクナが居なくても特に何も言わないようにしていた。本当はルクナとの組み手がしたいのだが……
王都の外れの森の中でそれぞれ魔法の練習をするのだが、今日は……いや今日もミナカの調子が悪いように思えた。
「はぁ、はぁ……だめだ。上手く出来ない」
「無理しても遠回りになるだけだよ。深呼吸して」
「……優しいね、ライズは」
「ん? ミナの方が優しいと思うよ。文句言わないし、みんなに好かれて友達想いだし」
「……ぐすっ、うっ、うぅ……」
「えっ、あっ、ど、どうしたの? 何かあった?」
突然泣き出したミナカにライズは狼狽え、なんとか平常心を保ちながら背中をさする事しか出来なかった。
何か嫌な事でも言ってしまったのか……と考えてみるがわからない。とりあえずミナカが落ち着くのを待つしか無かった。
「……ぁのね、ぁのね、わたし、ルクナに、ひどい事、言っちゃった」
「酷い事? なんて、言ったの?」
「うるさい、って……話し掛けないで、って……顔も、見たくない、って……」
「……それで、ルクナ、は?」
「……わかった、って。それから、居なくなっちゃって……だって、ずっと喋ってて、授業中も、ずっと喋ってて……やめてって言っても、直してくれなくて……」
「それは、いつ頃?」
「ぐすっ……結構、前……二週間、くらい」
普通に考えてルクナが悪いのだが、ミナカは積もり積もった怒りをルクナに向けた事を後悔していた。
話し合ってもお調子者の幽霊を黙らせる事は難しいのだが……
背中を摩るライズは心の中で頭を抱えていた。二週間……ルクナの移動速度はライズよりも遥かに上だ。もちろん転移魔法抜きだが、二週間と言えば妖精国もエルフの国も余裕で行ける時間だった。
もしかしたらもう二度と会えない……そう思うのは当然で、それを泣いているミナカに伝える事は出来なかった。
ミナカを悲しませたくないと思うまで、ライズはミナカを想うようになっていた。
「そ、か……どこに行ったか、心当たりある?」
「わからない。ルクナは、自分の事、あんまり言わなかったから……」
「……情報を集めてみるよ。大丈夫、大丈夫だから」
「ごめん、ごめんね……私のせいだ……」
「そ、そうだっ。エルメルンに有名な占い師が居るんだっ。行ってみない?」
「……占い師?」
「そうっ、探し物とか当たるんだっ。ルクナの情報が多いほど当たりやすくなるからさ、ミナ絵上手でしょ? ルクナの事描いてっ」
「う、うん……わかった」
早速二人はオレイドス家に向かい、ルクナの情報を纏める事にした。
魔法が使える浮遊霊で、見える人にしか見えないし聞こえない。そして、ミナカがルクナの絵を描いた時、ライズは初めてルクナの姿を知った。子供の絵なので顔はあまり似ていないが、ライズには見覚えのある格好でますますルクナの事がわからなくなっていた。
「……ジャージって、しかもあずきジャージとか……」
「毎日微妙に違うの。裾がキュッてなってたり、裾に紐が付いてたり、ゆるゆるだったり半袖だったり……伝説の戦闘服って言ってた」
「……そう。銀髪が多いのはノースギアだから、そっちの出身かな? あれだけ強かったら記録に残っていそうだけど……ノースギアか……」
「ノースギアって、帝国と戦争中だよね?」
「うん、泥沼状態だからお互い睨み合ってる。ノースギアは貴重な資源が多いから帝国が戦争を仕掛けてさ……まさかルクナは帝国を? いや考えすぎか」
「……私、ルクナの事全然知らないな……ノースギアにルクナのお墓があるのかな……家族は居るのかな……」
ルクナは自分の事を話さないようにしていたのだが、それが余計ミナカを悲しませる事になっていた。
悲しんでいても仕方がないので、早速二人でエルフの国エルメルンへ転移で向かった。
転移で到着したのは、木の塀で囲まれた大きな街……その中に一際大きな塀があり、そこには大きな門が開いて人々が行き交っていた。
「わぁ……ここがエルフの国?」
「うん、人間は入るのに審査があるけれど……ごめんミナ、はぐれないように……手、繋いで良い?」
「ぇっ、ぅ、ぅん……」
「……私の知り合いなら、すぐ通れるから」
手を繋ぎながら大きな門まで到着すると、種族毎に並びが違い人間の並びが一番多く何百人も審査待ちの状態だった。
ライズはミナカの手を引いて誰も並んでいない所へ向かった。
「ここ、人間のとこじゃないよ?」
「ここはハイエルフに認められた人が通れるんだ。まぁ見てて」
受付に到着すると、鎧を着たエルフの戦士が立ち塞がった。
「待て。ここは子供の通れる場所ではないぞ」
「子供? あっ、お前この御方はライズ様だ。ライズ様、そちらの御方は?」
「私の大切な友人です。今日は占いの館に行ったら帰ります」
「畏まりました。では私が護衛に付きます」
「よろしくお願いします。ミナ、行こ」
「ぅ、ぅん……ライズ、様?」
「あー、まぁ気にしないで。たまに助けているだけだから。もう大丈夫だから、手離すね」
「ぁ、ぅん……」
ライズが寂しそうに手を離した事に、ミナカは少し不安を覚えた。
エルメルンは帝国からの攻撃を受けている。ライズはたまたま寄ったこの国で帝国と戦った。最初に加勢したのはエルフが可愛かったという不純な理由だったが、それからズルズルと応援要請に応えていたのだが戦争に加担している事実はミナカに言えなかった。
ライズは帝国の人間を大勢殺している。血で汚れた手でミナカの手に触れるのは、心が痛んだ。
「……」
「ライズ? 体調、悪い?」
「いや、ルクナの事考えてた……私も話したかったなぁって」
「……ルクナもライズと話したくて、ずっと魔導具探してたみたい。毎日魔導具店見に行って、他の街も行ってた。お土産話も沢山聞いて楽しかったのに……」
「そうだったんだ……私、忙しくて、探せてなかったな……はぁ……」
「ライズ……絶対見付けよっ! 私、謝りたいっ! また三人で過ごしたいもんっ!」
「そうだね、絶対見付ける。そろそろ着くよ」
占いの館は自然豊かな王都に似つかわしくない紫色の建物で、緑色の炎が灯る燭台はなんとも怪しい雰囲気だった。
それ以上に長蛇の列が凄くて、ライズのため息が増えたのは仕方がない……が、エルフの戦士は少し待つように言うと中に入っていった。
そして数分で戻ってきた戦士はライズ達に笑い掛けながら、優先して見てもらえる事を告げた。
先に並んでいる人に申し訳ない気持ちを持ちながら、占いの館へと入った。
中には受付と待合室があり、壁には在籍している占い師の情報が書かれていた。それを眺めながら少し待っていると、ライズの名前が呼ばれ奥へと進んだ。
「これはこれはライズ様、私はエイシャと申します……本当に、エルフの為にありがとうございます」
木の仮面を被ったエルフが座りながら頭を下げ、エルメルンの英雄を出迎えた。ライズはミナカがいる手前あまり余計な事は言って欲しくは無かったが、エルフ達は心からの敬意を伝えているので苦笑するだけに留めた。
「……急に悪いね。エイシャ、今日は占って欲しい事があるんだ」
「はい、どのような事でしょうか?」
「この子を、探している。情報は纏めてあるから……出来そうかな?」
「……? 幽霊、ですか……やってみます」
エイシャが一枚の真っ白い紙を取り出し、手の平を当てながら魔力を込めていく。
1分、2分と時間が過ぎ……5分ほど経った時に紙から手を離した。
手を置いていた場所には謎の字が書かれており、エイシャはそれを眺めながらしばらく黙っていた。
「……なにか、わかったかな?」
「……あっ、すみません。あの……ルクナ様は、本当に幽霊、なのですか?」
「本人は浮遊霊と言っていたので……」
「そう、ですか……結論から申し上げますと、ルクナ様はヴァン王国に居る可能性が高いです。深い場所にいるようなので……恐らく迷宮かと」
「迷宮……大きな迷宮は幾つかあるから、そのどれかか……他には何も?」
「私の力ではそこまでです……それとルクナ様の事なのですが、どれくらいの規模で魔法を使われますか?」
「山一つなら余裕で吹き飛ばすし、魔法で身体を作って殴ったりなんでも出来るから本当に幽霊なのか疑問だったんだ。何か知っている?」
「……実は、精霊神様の可能性がございます。ハイエルフ様にご報告する事をお許し下さい」
エイシャはルクナの事を聞いた辺りから震えていた。
精霊神はエルフの崇める精霊の中で最上位の存在だ。信仰深い者なら一目見られるのならば死んでも構わないと思える程なのだが、ライズはあずきジャージの神とかありえないと思っているので直ぐに否定した。
「精霊神じゃないと思うよ。ちょっと変な幽霊だから、ねぇミナ?」
「う、うん。ルクナが神とか有り得ないと思います。人間って言ってたんで」
「死した人間が精霊化する事例もあります。生前のルクナ様が大魔導士だったなら、有り得ない事もありません。生前のルクナ様の事はご存知ですか?」
「それが、あまり教えてくれなくて……よく氷魔法を使うからノースギアにルーツがあると思うけど……あぁ彼女、ミナカにしか見えなかったんだ」
「ではミナカ様、目を見てもよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
側に寄ったミナカにエイシャが顔を近づけ、しばらくすると首を傾げた。
ミナカは魔眼ではなく普通の目だったから。
「……精霊眼ではありませんね。来週、お時間のある時にまたいらして下さい。ハイエルフ様ならルクナ様の事を詳しく視て戴ける筈なので」
「……わかった。ありがとう」
「いえ、精霊神様かもしれないのなら我々エルフは全力を尽くします。こちらこそ貴重な情報をいただき感謝しかありません」
「じゃあ、また来週に来るよ」
占いの館から出たライズとミナカは半信半疑だったが、もしかしたらとんでもない事態になっているのではないかと焦り出した。
エルフ達がルクナを捕まえようとする。そうなればルクナに迷惑が掛かるのではないか、と。
エルメルンの王都を出てから転移でヴァン王国の王都に戻り、二人は深いため息を吐いた。
「……どうしよう。ルクナに教えなきゃ……」
「まだ大丈夫。来週にルクナの詳しい居場所がわかれば直ぐに探そう。エルフ達は転移魔法なんて使えないし、ルクナが迷宮に居るなら情報は集めやすい」
「そう、だよね。エルフ達より先に見付けないと……」
「あぁ、何かあったら直ぐに言うから。まさかルクナがエルメルンに行くなんて無いし、私も心当たりを探してみるよ」
ライズがミナカを慰めたのだが、そのまさか……丁度来週、ルクナがアズサと一緒にファイアロッドからエルメルンに向かう予定だった。




