小話05 師団長
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王立学園の魔法演習場では、魔法基礎演習の授業が行われていた。
魔法基礎演習は一年生の選択授業で、属性魔法スキルがある者だけが受けるものだ。
全生徒受ける訳ではないことから、例年一学年纏めて実施されている。
生徒達が皆、備え付けられている的に向かって魔法を放つ中、一際目立つ一角があった。
備え付けられている的に火の矢がいくつも刺さるのを見て、周りから感嘆の声が上がる。
「派手にやってるなぁ。あれは誰だ?」
「例のドレヴェス家の養い子じゃないか?」
「あれがか」
クラスメイトが話すのを聞いて、ジュードも魔法を撃つ手を止め、彼らが見ている方を見た。
そこには噂に違わず、女生徒と見紛うほどの美貌の少年が黙々と的に向かって魔法を放っていた。
ユーリ・ドレヴェス。
赤子の頃に孤児院前に捨てられていたところを院長が見つけ、そのまま孤児院で育てられた。
物心が付く頃に魔法の才能を見出され、ドレヴェス侯爵家に養子として迎えられたという少年だ。
ユーリの経歴は平民であるジュードですら聞いたことがあり、貴族の間でも有名な話だった。
平民でも孤児という低い地位出身のユーリだが、だからといって侮られることはない。
それは、曲がりなりにもドレヴェス家の一員であることだけが理由ではない。
高位貴族に見初められるだけあって、ユーリの才能は同年代の中でもずば抜けていたからだ。
「ファイア、アローなのかな? 妙に大きな気がするけど」
ユーリが放つ火の矢(?)を見ながら、ジュードは首を傾げる。
周りにいるのはクラスメイトといえども貴族階級の人間だ。
一応、同じ学び舎に立つ者、生徒は階級に関係なく皆平等ということになっているが建前だ。
話しかけるのにも気を遣う。
故に独り言のつもりで呟いたのだが、側にいたクラスメイトは目を眇めながらジュードの疑問に答えた。
「いや、あれはランスじゃないか?」
「ランスって中級魔法ですよね? え? これ基礎演習だよね?」
後半、思わず素の言葉が出たのは、話している最中に再びユーリが魔法を放ったからだ。
今回の火の矢(?)も、周囲に比べて一回り以上大きい。
ついでに言えば、一度に放たれる数も複数だ。
他の者達は皆一本ずつ放っているというのに。
「確かに中級魔法は応用魔法学で習うはずの魔法だな。お前は間違ってない」
クラスメイトが言う通り、下級魔法であるアロー系の魔法は基礎魔法学で習うが、中級魔法であるランス系の魔法はその上の応用魔法学で習う。
ジュード達の学年はまだ応用魔法学を習っていないため、同学年であるユーリも習っていないはずだった。
なんてことはない。
魔法に多大な興味を持つユーリは侯爵に願い、先んじて家庭教師から学んでいただけだ。
「習ってないはずの中級魔法をあれだけ使いこなすとは……」
「中級魔法が使えるようになるには、魔力も属性魔法のレベルも必要だろう。既に討伐に参加してるってのは本当っぽいな」
「もうですか? 僕はまだ東の森にすら行ったことがないっていうのに……」
「安心しろ、あの人以外は大体皆一緒だ」
事情通なのか、別のクラスメイトが噂を口にする。
ジュードの言った東の森というのは王都の東に位置する森で、もう少し後に魔物の討伐演習で行く予定の場所だ。
平民は言うに及ばず、貴族子弟もこの授業で魔物の討伐に初めて参加するという者がほとんどだ。
例外は強い魔物が発生する辺境出身の者達くらいで、ドレヴェス家はその範疇にない。
しかし、ユーリは学園に入る前から魔物の討伐に明け暮れていた。
それこそドレヴェス家に引き取られた翌年、幼少の砌から。
偏に、使える魔法の種類を増やすため、レベルを上げるためだった。
「魔法の大家、ドレヴェス家に引き取られただけある」
「ドレヴェス家が次の宮廷魔道師団の師団長を狙ってるって話も本当そうだな」
その一言を最後にクラスメイト達は満足したのか、再び魔法の練習へと戻っていく。
ジュードもまたユーリから視線を外して、的に向き直った。
一日の授業が全て終わった後、ジュードは校舎の裏にある薬草園へと足を向けた。
ここでは授業で使う薬草を育てている。
主に面倒を見ているのは学園が雇った庭師だが、薬草に興味がある生徒達も無償で手伝っていた。
ジュードもまた手を上げた一人だ。
授業で習った際に薬草に興味を持ち、熱心に学んでいたところ、教師から希望者は薬草園の手伝いができることを聞いた。
手伝いがてら、庭師から薬草の栽培について色々教えてもらうこともできるという。
学園に入学できる平民は少ない。
折角入学できたのだから、学園にいる間に学べるだけ学びたいと考えていたジュードにとっては渡りに船な話だった。
「へー。面白い使い方してるね」
「え?」
ジュードが魔法で薬草の水遣りをしていると、横から声が掛かった。
考え事をしていたため少しボーッとしていたジュードは、突然のことに驚く。
聞き覚えのない声だ。
一体誰だと声をした方を向けば、そこには魔法基礎演習で遠目に見た人物――ユーリが立っていた。
(この人、ドレヴェス家の! 何でここに!?)
ユーリが薬草園に出没した理由は、親交を深めようと纏わり付く女生徒達から逃げてきたためだ。
ユーリは高位貴族の子息で将来有望だ。
元平民の養子ということで顔を顰める者もいたが、出自の悪さを補っても余るほどに顔がいい。
更に、ユーリとジュードの同年代には王子がおらず、高位貴族の子息が少なかった。
それもあって、ユーリは学園で一二を争うほど人気が高かったのだ。
ユーリも女性が嫌いな訳ではない。
ただ、常時付いて回られ、魔法の修練の時間が減ってしまうのは嫌だなと感じていた。
それで、このところは放課後になると囲まれないように逃げ回っていたのだった。
有名人の登場に、ジュードは身を固め、ゴクリと喉を鳴らした。
相手は元平民とはいえ、現在は侯爵家の令息だ。
現在進行形で平民のジュードとは身分が違う。
気軽に接して、うっかり気分を害すれば、ジュードだけでなく家にまで責が及ぶ可能性があった。
「詠唱なしの簡易発動で形状を変えた? こう?」
「あっ! 水遣るなら、あっちの畑に!」
接し方に気を付けねば。
そう考えた矢先に、ユーリが水遣りの終わった薬草畑に更に水を撒こうとしたため、ジュードは慌てて指示を出した。
指示を出してしまった。
仲の良い友人に接するのと同じように。
「あっちね」
もっとも、ユーリはあまり礼節を気にしないタイプだ。
気にしなさ過ぎて、マナーの授業で教師に注意をされるくらいである。
やってしまったと顔を青ざめさせるジュードを余所に、指し示された畑の上に魔法を発動させた。
「これ、詠唱ありのときも使えそうだね」
「えぇっと、そう、でしょうか?」
ユーリがジュードの態度を気にしていないこと、水の遣り過ぎにならなかったことにジュードはホッと胸を撫で下ろす。
けれども、一度許されたからといって二度目もあるなんて油断はできない。
気を引き締めたジュードはぎこちなく返答する。
しかし、ユーリは気にしていない素振りで会話を続けた。
「ちょっと形状を変えるだけでしょ?」
「いや、あの……、結構魔力操作に気を付けないといけないんじゃ、ない、でしょうか?」
ユーリの言葉に、ジュードは一般的な見解を述べた。
魔法名を詠唱せずに魔法を発動する方法を簡易発動と呼ぶ。
簡易発動では単純に火や水、土などの塊を発生させたり、風を吹かせたりすることができた。
また、塊の大きさや風の強さは発動時に使用する魔力の量によって変えることができる。
ただ、その塊の色や形を変えようとすると、それなりの精度の魔力操作が必要だった。
今でこそ雨のように水を降らせることができるようになったが、ジュードもここまでできるようになるまでには何度も練習をしたのだ。
簡易発動でもそれなのだ。
簡易発動よりも難しい詠唱ありの発動では、更に繊細な魔力操作が必要になるだろう。
そのジュードの考えは正しい。
けれども、周囲よりも一段も二段も上の腕を持っているユーリには造作もないことだったようだ。
ジュードの意見にユーリは不思議そうに首を傾げた。
「そう?」
「いやー、普通は大変かと」
「ふーん。毎日魔力操作の練習をしてればそうでもないと思うけど」
「毎日……。練習にはどれくらい時間を取っているんですか?」
「いつもかな」
「いつも、ですか……」
気軽に言われた「いつも」という言葉。
それは「暇さえあれば」ということだろうか?
それとも、今こうして話している最中も行っていたりするのだろうか?
何となく興味が湧いて質問をしたが、返ってきた答えにジュードは深淵を覗いた気分になった。
「取り合えず、ちょっと試して……」
「待って! 試すならここじゃなくて、演習場でしてください!」
ユーリの何気無い宣言にジュードは慌てて静止する。
水を撒くだけならともかく、攻撃魔法を使われたら薬草畑に何らかの被害が確実に出るだろうと考えたからだ。
ましてや、このときのジュードは知らなかったが、ユーリの得意な属性魔法は火属性だ。
万が一使われれば、延焼の可能性もあった。
「えー」
「畑が荒れるのは困ります!」
「あー、そっか。じゃあ、演習場に行くか」
移動が面倒なのか、抗議の声を上げるユーリにジュードは身分も忘れてきっぱりと言い切った。
言った後で、言い過ぎたかと少し焦ったのだが、予想に反してユーリはあっさりと翻意した。
案外聞き分けはいいのだなと、ジュードが思ったのは内緒だ。
そうして、ユーリは別れの挨拶とばかりにひらりと手を振ると薬草畑から去っていったのだった。
ユーリ・ドレヴェス(20歳)
175cm 68kg 濃紺の髪に同じく濃紺の瞳
スランタニア王国で歴代の宮廷魔道士団師団長を輩出してきた名家(三男一女)の三男。
孤児院で火や水を簡易発動で出していたところを目撃されて、魔法の才を見出された。
誰に学んだ訳でもないのに魔法を操り、更に複数の属性魔法スキルがあるという話がドレヴェス侯爵の耳に入ったことで、養子として迎えられることになった。
孤児院にいた頃から魔法に興味を持ち、(拒否権はなかったが)ドレヴェス家に入る話に頷いたのも、養子に入れば更に魔法が学べると聞いたため。
自分の代で宮廷魔道士団の師団長を輩出したいドレヴェス侯爵の思惑とも噛み合い、ドレヴェス家に入ってからは英才教育を受け、周囲が驚く速さで才能を開花させた。
その際に全ての属性魔法スキルを持つことが明らかになり、ドレヴェス侯爵が高笑いをしたのは家内では有名な話。
もっとも魔法にしか興味がないため書類仕事に難があり、それを補佐するために副師団長にホーク家のエアハルトが選ばれた。




