◆第十ニ話『交わる2つの道』
要塞島からフォルツティアを奪還した翌日。
フォルツィアットの城内で戴冠の儀が行われていた。
ルピナから王位がユリアスへと継承される形だ。
眼前で儀が粛々と行われる中、隣に立つヴィンスが小声で話しかけてくる。
「もう少し待ってもよかったんじゃないか? 今回の戦いでみんなぼろぼろだぜ」
「だからこそだ。フォルツティアを帝国から奪還するために仲間が受けた被害は少なくない。さっさと目に見える形で〝成果〟を示さないと簡単に崩壊する」
フォルツティアの民にも言えることだ。これまでの平和な日々が終わり、帝国から追われることになる。間違いなく不安を感じていることだろう。
「なあ、ゼノ。大丈夫か?」
ふいにヴィンスが真剣な声音で訊いてきた。
「……なにがだ?」
「いや、お前は俺たちの象徴だ。立場的にも犠牲の不満は全部お前んとこにいくだろ」
「そういうのは慣れてる」
「どんだけ慣れたって人の悪意って向けられて気持ちのいいもんじゃねえだろ。ま、担ぎ上げた俺が言えたことじゃねえけどな」
自嘲気味にそう口にするヴィンス。
その目には、どこか自身の過去を重ねているような気がした。
「本当に大丈夫だ。けど、気にしてくれたことには礼を言っておく」
「……おう」
話している間に儀は終わりに近づき、やがて王の証である冠がルピナの手によってユリアスの頭に飾られた。小さき王の誕生だ。
これから民衆への披露となるが、衣装直しがあるという。そのため、儀に参加した者で先んじて上階へと移動。前庭を望めるテラスで待機となった。
先ほど儀に参加していたルピナが少し遅れて到着する。彼女はこちらを見つけるやいなや、隣に並んできた。ユリアスの歩く道を向いて全員が内側を向く中、ルピナが静かな声で話しかけてくる。
「感謝する。貴公が参席してくれて、きっとユリアスも喜んでいるはずだ」
「当然だろ。なにしろ仲間の晴れ舞台だからな」
「そう、だったな。ユリアスはすでにきみたちの仲間だった」
少し困ったようにルピナが笑った。
「……余計なことをしたって思ってるか?」
「条件を提示したのは貴公だが、選んだのはユリアスだ。責めるつもりはない」
仲間になることだけでなく、フォルツティア王国の王となること。それらがルピナやフォルツティアの島々を助ける条件としてユリアスに提示したものだった。
すでに条件の内容についてはルピナにも話してある。見方を変えれば内政干渉。帝国のように属国として扱っているともとられかねない行為だ。
しかし、ルピナに怒っている様子はなかった。
そればかりか、安堵交じりに嬉しそうな顔をしている。
「そもそもユリアスが継ぐはずだった王位を、帝国の侵略を受けて急遽わたしが代わりに継いだだけのこと。これは……フォルツティアが本来あるべき姿となっただけだ」
彼女がどこか遠い目をしているように感じられたのは、もしかするとべつの未来を見ていたのかもしれない。フォルツティアが帝国に侵略されず、彼女の両親である前王が亡くなっていない穏やかな未来を。
「それに、これからのことを考えればユリアスが王となったほうがわたしも動きやすくなる。つまり〝誰か〟の思惑どおりというわけだ」
「何度も言ったとおり俺が欲しいのはお前の力だからな」
ただ目の前で困っている者を見つけたから助けたといったような、心温まるような理由ではない。ユリアスの望みを叶えたのは、ルピナの力を手に入れられると考えたからだ。それがなければ、要塞島に攻撃をしかけるなんて無茶な真似はしなかった。
「そういうことにしておこう」
ふっと笑みをこぼすルピナ。
先日まではいつ壊れてもおかしくないような、張りつめた空気を纏っていた。だが、いまの彼女からはそんな空気はいっさい感じられない。感じるのは、余裕に満ちあふれた穏やかな空気だけだ。
と、ようやくユリアスがテラスにやってきた。
先ほどは戴冠前とあって派手さは抑えられていたようだが、いまは彼も正式な王。その小さな体は誰よりも目立つよう瀟洒な衣装で彩られていた。
そのままユリアスは前庭側に突き出した側へ向かった。やがて手すりのそばに立ち、その姿が民衆の前にさらされた、瞬間。
盛大な歓声がフォルツィアットの空を満たした。
ユリアスが王として立つことを心待ちにしていたのは、どうやらルピナだけではないようだ。多くの民にとってユリアスが王となるときは、帝国の手から逃れたときだという意識があったのかもしれない。
ユリアスが沸き上がる歓声を手で制した。
集まった者たちに聞こえるよう声を張り上げる。
「今日この日、わたしは王としてこの場に立てたことを嬉しく思う。これもみなと、前王であるルピナ・リア・フォルツティア。そして我が仲間であり友人でもあるダナガの助力があってこそだ。いま、この場を借りて関わってくれたすべての者に感謝を申し上げたい!」
拙さを感じさせるものではあるが、熱意ある声は民衆の心に届いているようだった。その後もユリアスの演説により、どんどん場が熱を持ちはじめる。やがて演説も締めに差しかかろうというとき。
「――クラーラ、昨日の返答だ」
ルピナがこちらに向きなおった。
「フォルツティアのため。ユリアスのため。そして……自分自身のため。わたしは貴公と同じ道を歩みたいと思う」
彼女の瞳があまりに真っ直ぐなせいだろうか。
いまだ騒がしい民衆の声がどこか遠く聞こえた。
しかと聞こえる声はほかに1つのみ。
いまも演説を続けるユリアスのものだけだ。
「我々に残された道はひどく険しいものだ。だが、決して閉ざされた道ではない。みなの力を合わせれば、必ずやひらけるものだとわたしは確信している。ゆえにどうかみなの力を貸して欲しい。そしてともに平和な未来を築こうではないか!」
ユリアスの勇ましい声に応じて沸き立つ民衆。いま、このときをもってフォルツティア王国は生まれ変わった。本当の意味で、そう感じられた瞬間だった。
同時にルピナの王としての役目も完全に終わったと言える。
だが、彼女の輝きはどうか。
衰えるどころか以前よりも増している。
優しい風に揺られた髪もあいまってか。
まさに黄金の輝きを放っているように感じられた。
「……受け入れて、くれるだろうか?」
窺うような目とともに向けられた穏やかな笑み。
その姿は戦場での勇ましさが嘘のように可憐で……美しかった。
もとよりこちらが求めたことだ。
ゼノは笑みを浮かべながら、手を伸ばした。
「ああ、歓迎するぜ」




