◆第十話『2つの選択』
「……様子がおかしいな」
「はい、少しゆっくり過ぎます」
要塞島から撤退後、ゼノはフォルツィアットの外縁に下り立ち、人化したばかりのシャラとともに飛んできたほうの空を見上げていた。
視界の中、映っているのは緩やかに飛行するルピナの黄竜。つい先ほどまですぐ後ろをついてきていたのだが、途中でいきなり速度を落としはじめたのだ。
ようやく辿りついた黄竜が緩やかに着陸する。
瞬間、なぜ黄竜がゆっくり飛んでいたのかを理解した。騎乗するルピナが寝転ぶようにして上半身を倒していたのだ。そのまま危なっかしく降りたものの、すぐさまふらっと倒れかける。
ゼノは慌てて駆け寄り、肩を貸した。
そのまま体を支えながら膝をつかせる。
「やっぱり限界だったみたいだな」
「……すまない」
申し訳なさそうな声とともに目を伏せる。
これは放っておくわけにはいかなさそうだ。
「シャラ、ヴィンスに伝言を頼みたいんだが、ここから交信は届くか?」
現在、フォルツィアットは連結するダナガともどもシュボスに向かっているところだ。ただ、まだシュボスの中央塔の姿は見えていない。
「少し遠いので先にシュボスのほうへ戻ります。伝言の内容は?」
「敵との交渉で追撃はされなくなったが、警戒は続けるように。それから合流した島の所有権を取得して連結後、すぐに西へ向かって空域を離脱するよう伝えてくれ」
「わかりました。すぐに向かいます」
シャラが再び翼竜化し、飛び立ちはじめる。
と、そこで言い忘れていたことを思い出した。
「ああ、あとユリアスに声をかけてくれるか!? ルピナが戻ってきたってな!」
了解とばかりにシャラが軽く咆えると、シュボスのほうへと翔けていった。
「ユリアスは無事だろうか」
「要塞島での戦闘中、シュボスのほうには向かってないようだったからな。たぶん、大丈夫だろ」
そうか、と心の底から安堵したようだ。
ルピナが苦しげにしつつも顔を綻ばせていた。
「それじゃ、俺たちも行くぞ」
ゼノは彼女の脇と膝裏に腕を差し込み、抱きかかえた。
「な、なにを――」
「城ん中に寝室ぐらいあるだろ? そこまで連れていくだけだ」
「そ、そういうことを訊いているんじゃないっ。この格好のことを……っ」
鋭い目で抗議してきたかと思うや、ルピナがすっと顔をそらした。耳まで赤く染まったところでぼそぼそと口にする。
「恥ずかしすぎる……だろう……っ」
「病人なんだから気にするな」
「そこまで大げさなものではっ。そ、それに……ここ数日は牢に入れられていたせいで湯浴みができていない。……においが気になる」
ルピナはひどく気にしているようだが、この距離でもほとんどにおってこない。試しに頭を下げ、その黄金の髪付近でにおいを嗅いでみる。
「たしかに汗のにおいはするな」
「い、いまの話を聞いて嗅ぐ奴があるかっ」
「まあ、立派に戦った証拠だ」
そう伝えてみたものの、ルピナは納得いっていないようだ。いまだ羞恥心にまみれた状態とばかりに身悶えている。
「これがわたし本来のにおいだと思われると……少々、いやかなり癪だ」
「だったら、本来のにおいを嗅がせてくれるのか?」
「け、検討しよう」
ルピナの返答は予想外だった。
目を瞬かせたのち、思わずふっと笑ってしまう。
「冗談だったんだが」
「き、貴公はどこまでわたしを辱める気だっ」
さらに顔を赤くするルピナ。果たして血色がよくなったといっていいのかはわからないが、先ほどより生気を感じられるのはたしかだった。
「堅苦しい奴だと思ってたが、歳相応の顔もできるんだな」
「……貴公のほうこそ、そのように笑えるのだな」
いまだ照れが残ったまま、ルピナがくすりと笑う。
かと思うや、どこか遠い目をして静かに語りはじめる。
「本当は羨み、そして妬ましく思っていた。帝国に抗うという勇敢な道を選んだ貴公のことを……」
「前にも言ったが、俺にはその選択肢しかなかっただけだ」
「だが、わたしでは同じ状況であってもきっと選べなかった」
悔いか、自戒か。
ルピナが唇を強く噛み、わなわなと体を震わしていた。
「べつに間違いだったってわけじゃないだろ」
「だが……こうして帝国に捕まるだけでなく、民を危険にさらしてしまった」
「だとしても結果的にお前は助かった。それに周りを見てみろよ。お前が言ってた勇敢な道を進んでいたら、この光景が見られなかったかもしれないだろ」
ルピナに周りを見るよう促した。
城に向かう道中、フォルツティア兵が集まりだしていた。ルピナの姿を見るなり歓喜の声をあげる者もいれば、「よくぞご無事で……っ!」と泣き崩れる者もいる。そんな光景を前にルピナも感極まったように目を潤ませていた。
「ま、後悔してるなら、ちょうどいいじゃねえか。いまのお前はもう自由なんだ。また道を選びなおせる」
牢から助けたあとの一時的なものではない。
今後の、フォルツティア王国を含めた選択だ。
「参考までに貴公の――クラーラの望みを訊いてもいいだろうか」
「さっき言ったとおりだ。ルピナ・リア・フォルツティアの力が欲しい。お前がいれば、この無謀な道のりも勇敢な道のりに変わる」
助けられた理由が打算的なものであることはルピナも承知のうえだろう。にもかかわらず、彼女はどこか嬉しそうに笑みをこぼしていた。
「姉上っ」
突如として空から高めの声が聞こえてきた。
見上げた先、空車輪に乗ったユリアスの姿が映る。
シャラからの知らせを聞いて飛んできたのだろう。
ユリアスの無事を確認してほっとするルピナ。
だが、次の瞬間には慌てた様子でもぞもぞしはじめた。
「も、もう大丈夫だから下ろしてくれっ」
「遠慮する必要はない」
「ユリアスの前でこの格好を続けるのは耐えられそうにないっ。頼むっ」
いまにも泣きそうな顔で懇願された。
これ以上、続ければ彼女から剣を突きつけられそうだ。
面白がるのもやめにしてルピナを下ろした。
念のため、しかと両の足で立てることを確認してから離れる。
空車輪から飛び降りたユリアスが勢いよくルピナに抱きついた。2人は互いの無事を確認しあうように強く抱擁していた。その光景を見てか、周囲のフォルツティア兵たちもまるで自分のことのように喜んでいる。
ルピナの侍女であるスフレもいつの間にか近くまで来ていた。シギの暗殺部隊に同行していたが、無事に帰還できたようだ。ルピナとユリアスが抱擁しあう中、こちらに向かって深々と頭を下げてくる。
「クラーラ」
名を呼んできたルピナとともにユリアスやスフレ、周囲のフォルツティア兵が一斉にこちらへと向きなおった。全員が居住まいを正し、真摯な目を向けてくる。
「フォルツティア王国を代表し、このルピナ・リア・フォルツティアから改めて礼を言わせてほしい。我が民を救ってくれたこと……感謝する」
告げられた王としての言葉。
そのあとに続いてルピナ自身の言葉か。
ありがとう、と。
そう呟く声が聞こえてきた。




