◆第五話『グウェル島への侵入』
ゼノはシャラに乗って空を飛んでいた。
そばにはごつごつとした岩肌が続いている。
時間までヒュレン島の底で待機。予定どおり接近したグウェル島の下部に移動し、上昇。敵の視界外から侵入せんと動いていた。
「見つけた敵はすべて潰す。頼むぞ、シャラ!」
『はいっ』
侵入経路に選んだのはグウェルの東発着場だ。
島の陸上から飛びだすと、駐屯する帝国兵たちからどよめきがあがった。
「よ、翼竜!?」
「誰か乗ってるぞ!」
予想外の場所からの侵入者とあってか、敵は動揺していた。
ざっと見たところ数は20人前後か。
小さな建物は幾つかあるが、中にいたとしても50人は上回らないだろう。
問題ない数だ。
ゼノはフェザリアによる雷撃を展開。
低空飛空で発着場を翔け巡るシャラにあわせ、敵兵を片っ端から排除していく。
さすがに敵も迎撃行動をとってきた。
あちこちから風銃による風撃が飛んでくる。
だが、多くが空を切るだけに終わった。
命中した風撃もアストラの防御術で霧散していく。
幾人かの敵が空車輪に急いで乗り込もうとしていたが、離陸する前に沈黙させた。気づけば敵は残り1人となっていた。
「くそ、本部に報せを――」
これから人質解放に向かわなければならないのだ。
当然ながら1人として逃がすわけにはいかなかった。
最後の1人も地面に押しつけて制圧する。
「シャラ、踏みつけておいてくれ」
「く、くそっ、重い!」
『し、失礼です……っ』
「そいつには色々と訊くことがある。潰さないようにな」
シャラにそう忠告しつつ、外縁に立った。
フェザリアによる雷撃を明滅させて合図を送る。
と、ヒュレンの下部から空車輪が近づいてきた。
やがてそばに着陸した空車輪からクァーナが降りてきた。
彼女は周囲の光景を見つつ、困惑気味に言う。
「……相変わらず冗談みたいな強さね」
「奇襲だったから上手くいっただけだ」
「そういうことにしておく」
クァーナがおどけたように肩を竦めて応じた。
かと思うや、視線を下げて下唇を噛む。
「ごめん、ゼノ。まさかヒュレンが帝国の手に落ちてるなんて思わなくて……」
「クァーナのせいじゃないだろ」
「でもっ」
飄々としているわりに責任感は強いようだ。
ただ、いまは責任を感じるだけでは前に進めない。
「後悔してんならほかで頑張ってくれりゃいい。もしものときの援護、期待してるぜ」
「う、うん。任せて!」
クァーナが手にした風銃をぎゅっと抱きしめながら頷いた。
「さてと……あんま時間もないからな。少々手荒になるかもしれないが、さっさと終わらせるとするか」
ゼノは、いまもシャラに踏まれたままの帝国兵に向かった。
いったいどんなことを想像したのか。
帝国兵が「ひっ」と短く呻き、早々と恐怖に顔を歪めた。
◆◇◆◇◆
レイカは輸送船の荷室に乗っていた。
向かう先はグウェル島の中央一帯を占める軍事施設だ。
船内の荷室にはほかに2人の男が乗っていた。
彼らはグリッグとシギ。
元ダナガの囚人であり、あの《雷帝のクラーラ》の仲間だ。
彼らの腕には手錠がはめられている。
星刻印も描かれてはいるが、見せかけの偽物だ。
「彼は、いつもああなのですか?」
ふと口から疑問がこぼれた。
あまりに唐突な質問だったからか。
グリッグとシギがきょとんとしながら顔を見合わせていた。
「……雷帝のことか?」
「はい。貶めようとした我々を無償で許すだけでなく、こうして力になろうとしてくれるなんて……」
信じられなかった。
だが、夢でないことはわかっている。
彼は――ゼノ・クラーラは本気だ。
「あの人は優しいデスカラネ」
そう言って、グリッグが柔和な笑みを浮かべる。
「ダナガではほかの囚人を庇ってばかりイマシタ。ですが、誰より痛い思いをしているはずなのに、そんな素振りをまったく見せませんデシタ……それどころか、背中でわたしたちを安心させようとしてくれるんデス」
直にゼノと話したからか。
その光景を容易に想像できた。
「不器用なんですね」
「……そこがいい」
「シギほどじゃないですケドネ」
笑い合うグリッグとシギ。
ただ力があるだけでは彼らのような人間はついてこない。
――お前は優しすぎる。戦いには向かない。
そう告げてきたゼノの言葉が思い出される。
本当は彼こそが戦いに向かないのではないだろうか。
ただ、それでも彼は先頭に立って戦い続けている。
誰よりも危険な場所で傷つき続けている。
すべては仲間のために。
「みんなの中には《雷帝のクラーラ》という名が持つ力に惹かれてついてきている人もイマス。ですが、わたしにとって《雷帝のクラーラ》の名は関係ありマセン。わたしは彼だから……ダナガで見てきたゼノさんだからついていきたいと思ったのデス」
グリッグが話を終えると、にっこりと微笑んだ。
1人の人間にここまで思われている。
いや、きっとダナガの囚人だった者の多くが同じことを思っている。
同じ代表でも遠く及ばない。
そう強く思わされる。
雷帝のクラーラ。
かつて、たった1人で多くの者を纏め上げ、帝国に立ち向かった最強の戦士。
やはり彼こそが、この穢れた世界を救う英雄となるべき人だ。
「レイカさん、そろそろ着きます」
操縦者から声がかかった。
船の正面には物々しい建物が所狭しと並んでいた。
30日に1度。
帝国への忠誠を示す際、訪れている場所。
グウェル島の軍事施設だ。
南側に設けられた発着場に輸送船が降下する。
すぐさま取り囲むように20人ほどの帝国兵が風銃を持って近寄ってきた。
こちらは人質をとられているとはいえ、帝国の反抗組織だ。警戒されるのは当然のことだが、普段より過剰な気がした。
いやな違和感を覚えたが、計画を中止するわけにはいかない。反抗組織の仲間とともにグリッグとシギの背に風銃を突きつけた。
あくまでこれは偽装だ。
ゼノたちが裏で人質を解放するまでの――。
「ははっ。なんだよ、面白いことしてるじゃねえか」
帝国兵たちの前に姿をさらすなり笑い声が飛んできた。
前を歩いていたグリッグとシギが足を止めた。
なにやらこわばった様子で前を見つめている。
とくにおかしな点はないはずだ。
いったいなにがどうなっているのか。
そう思いながら、哄笑する帝国兵に目を向けた。
瞬間、グリッグとシギの反応に得心がいった。
いまも楽しげに笑う大柄な帝国兵。
彼の服が、帝国の中でも限られた者しか身につけられないものだったのだ。
大柄な男が口の端を吊り上げる。
「さあ、どうする? 大人しく降参するか? それとも――俺と殺りあうか?」




