◆第三話『ヒュレン島』
「……島の大半が農地ですね」
「これなら食糧問題は解決しそうだな」
シャラと揃ってゼノは感嘆の声をもらした。
予定どおり4日でヒュレン島の周辺空域に到着。
その後、早速上陸に向けて輸送船で出発していた。
ほかに乗っているのはクァーナとグリッグ、シギ。
バナトリエ島のときと同じ顔ぶれとなっている。
「あの可愛い子も連れてきてあげればよかったのに」
そう言ってきたのはクァーナだ。
ちなみに操縦は彼女が担当している。
やる気のシギを遮るように名乗り出た形だ。
「エルクのことか?」
「そうそう。すごい必死だったじゃん。ボクもいきますって」
クァーナの言うとおり、出発前にエルクが同行を願いでてくるということがあった。
「あいつはまだ怪我が完全に治ってないからな。戦闘になった場合のことを考えれば置いてくるのは当然だ」
「戦闘って……この島はあたしたちの味方なのに」
「なにがあるかわからないからな。用心するに越したことはない」
「もう少し肩の力を抜いたほうがいいと思うけど」
クァーナが少し拗ねたように言った。
彼女のことは信頼しているが、会ったことのない人間――というより組織を信頼するのはなかなか難しかった。
ましてやいまは多くの仲間の命を預かる身だ。
慎重すぎるぐらいがいい。
話しているうちに島の中央に辿りついた。
辺りには家屋と思しきものがずらりと並んでいる。
ただ、あまり活気が見られない。
仕事で出払っているのだろうか。
いずれにせよ、いまのところ《反抗組織》の拠点とは思えない光景ばかりだ。
隅の区画に古びた発着場があった。
そこにクァーナが輸送船を着陸させる。
と、中年の男が駆け寄ってきた。
「クァーナ? お前がここに来たってことはまさか……」
「そのまさか。ってことで代表に伝えてくれる?」
クァーナが得意気な顔で応じると、男は慌てた様子でどこかへ向かった。話から察するに《反抗組織》の代表とやらにクァーナの来訪を知らせにいったのだろう。
それから先ほどの男が戻ってきたのは、しばらく待ってからだった。男は近くの小屋から顔を出しながら、大声で叫んでくる。
「いまから下に送る!」
がこんと大きな音がした、直後。
輸送船を停めていた床が下がりはじめた。
発着場の景色は上へと流れ、無機質な壁面ばかりの光景が続く。
「組織の拠点は地下にあるのか?」
「一応、表向きは農業島だからね」
驚いた? とでも言いたげな顔で答えるクァーナ。
どうりで物々しさがいっさいないわけだ。
間もなく辿りついた先は大きな空間だった。
ほかにも幾台かの輸送船や空車輪が停まっている。
「こういう場所、憧れマス」
「……秘密基地だ」
周囲を見渡して目を輝かせるグリッグとシギ。
たしかに立派だ。
ここまで大規模な地下施設を有している島は少ないだろう。
ただ、気になる点があった。
風銃の攻撃を受けたような壁が幾つもあるのだ。
隠しているのか、物陰となっている箇所にもある。
「遅くなって申し訳ありません」
凛とした声が空間内に響いた。
見れば、奥の通路から1人の女が向かってきていた。
後ろには護衛と思しき男が2人ついてきている。
先頭の女が近くまで来ると、握手を求めてきた。
「わたしはレイカ・トビオン。この組織の代表を務めています」
歳は20後半といったところか。
なにより目を惹くのは長く美しい髪だ。
額をあらわにする形で真っ直ぐに流れている。
顔立ちは怜悧なものの、目元から優しさが滲み出ている。
体つきのほうは逞しさが微塵も感じられなかった。おそらくだが、彼女が代表となったのは人柄が大きな要因だろう。
「会えて光栄です、ゼノ・クラーラ」
「まだ名乗ってないはずだが」
「風格がまるで違いますから」
「……こっちはシャラ。それにグリッグとシギだ」
ゼノは握手に応じたのち、仲間を簡潔に紹介した。
レイカが隣に立つクァーナとも握手を交わす。
「久しぶりね」
「前回から2年近く経ってるしね」
2年という時間に思うところがあった。
それが顔に出ていたか、クァーナがほんのわずかに眉尻を下げる。
「たぶん考えてることで合ってる。ゼノがダナガに連れられた直後に〝ある人〟の紹介で、ここに来てるの。いつでもあなたを案内できるようにね」
つまり〝ある人〟の筋書きどおりに進んでいるというわけだ。
掌の上で踊らされている感がしてあまりいい気はしない。だが、いまはなにより踊ってでも仲間の安全を確保するのが最優先だ。
「そういえばレイカさん。アレは?」
「もちろん厳重に保管しているわ」
2人のやり取りを聞いていたシャラが小首を傾げる。
「アレとは、なんですか?」
「ゼノがいまなにより欲してるものよ」
クァーナがこちらに向かって片目をつぶった。
帝国に追われているせいで多くの物が簡単には手に入らない状況だ。欲しいものはたくさんある。
いったいなにを用意してくれたのか。
気になるところだが、いまは隣で頬をほんのりと膨らますシャラのほうが気になってしかたなかった。最近、クァーナから好意を向けられるとき、決まってシャラはこの顔をするのだ。
そんな微妙な空気が流れる中、レイカが真剣な顔で話を切り出してきた。
「クァーナから聞いていると思いますが、我々は《雷帝のクラーラ》への協力を惜しまないつもりです。ただ、すべてをわたしの一存では決められないので、これからのことについて幹部を含めた話し合いの場を設けてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。こっちもなにからなにまで要求するつもりはない」
「あなたが聞いていたとおりの人でよかった」
レイカが柔らかく微笑むと、背を向けた。
「では、ついてきてください」
◆◆◆◆◆
「食事も用意しました。場が整うまで、どうかゆっくりとくつろいでください」
とおされたのは殺風景な部屋だった。
地下とあって当然ながら窓もない。
唯一置かれた家具は机と人数分の椅子のみ。
ただ、その机には豪勢な食事が並んでいた。
「……美味そうだ」
「わたし、こう見えて小食ナンデス」
目をぎらつかせるシギに、涎を垂らすグリッグ。
クァーナも心の底から嬉しそうに目を輝かせている。
そんな中、シャラだけは喜んでいなかった。
むしろ険しい顔で料理を睨んでいる。
「……ゼノ、いやなニオイがします」
「毒か?」
「おそらく」
シャラの言うようないやなニオイはしなかった。
部屋に入ったときから調味料の強い香りしかしない。
ただ、シャラは翼竜人だ。
人間には嗅ぎわけられないニオイを感じられるのだろう。
「では、わたしは一度戻って幹部のものたちを集めて――」
「レイカ、毒味をしてくれ」
部屋を出ようとしたレイカに言った。
毒が入っているのではないか。
そんな疑念を隠さずに言ったからか。
シャラ以外の全員が呆気にとられている。
「い、いきなりなにを言い出すかと思えば……我々はあなたの味方です。毒を入れる理由なんてありません」
「そ、そうよ。警戒してるのはわかるけど、さすがにそれは失礼――」
「クァーナは黙ってろ。シャラ、どれだ?」
これです、とスープ入りのカップが渡された。
そのままレイカの前に突きだす。
「さあ、飲んでくれ」
こちらの強引な態度に押されたか。
レイカが戸惑いつつも、カップを受け取った。
だが、そこから中を覗きこんだまま動かない。
「手が震えてるぞ」
「――っ」
レイカの顔がさらにこわばった。
まるで呼応するように彼女の護衛2人が風銃を構える。
「レイカさんっ」
「こうなったら力ずくで――」
「やめとけ」
そう忠告をした、瞬間。
グリッグとシギがフェザリアを発動。
一瞬のうちに護衛の2人を床に押さえつけていた。
護衛の2人が呻く中、レイカが脱力したように両膝をついた。それは毒を盛ったことが事実であることの証明でもあった。
「レイカさん、どういうことなの?」
クァーナが困惑気味に問いかける。
彼女にとっては信用を裏切られた形だ。
当然ながらわずかな怒りも混ざっていた。
「事情を話してくれるか?」
これ以上、追い詰めれば自ら命を絶ちかねない。
なるべく険を混ぜずに問いかけた。
レイカがうずくまるように顔を俯けた。
全身を震わせながら、まるで喉から押しだすように言葉を吐きだす。
「仲間が……仲間が人質にとられてしまったのです……っ」




