◆第ニ話『銀色の光』
彼女が発した言葉は特別なものだった。
その真意をたしかめたい衝動に駆られる。
ゼノは半ば反射的に口を開くが、すぐに閉じた。
話し声が近づいてきたのだ。
「あいつら今日も殴りやがって……くそっ」
「おい、どこで聞かれてるかわかんねぇんだぞ」
「わかってるっての。あ~、むしゃくしゃするぜ」
苛立ちがありありと伝わってくる。
内容からしておそらく囚人たちの誰かだろう。
ゼノは改めて眼前の彼女をまじまじと見やる。
明らかに身を潜めるための格好だ。
公然とこの場に来たわけでないことは確実。
帝国兵は言うまでもない。
囚人たちとの遭遇も避けたほうがいいだろう。
なにしろ女のいない場所だ。
見つかればは性欲のはけ口として襲われかねない。
ゆえに選択は1つしかなかった。
「……来い」
ゼノは眼前の女の腕を引いて部屋に連れ込んだ。
中に置かれた家具は最低限しかない。
ベッドと丸椅子が2つずつ。
たったそれだけだが、圧迫感は凄まじかった。
やはり相当な狭さだと毎度ながら思い知らされる。
ゼノは右手側のベッドにどかっと腰を下ろした。
「見てのとおりで悪いが、気の利いたもてなしはできないぜ」
「どうして……」
彼女が疑念交じりにそうこぼした。
おそらく、なぜ助けたのかと訊きたいのだろう。
「そんな格好してんだ。見つかると困るんだろ」
「……はい」
「基本的に囚人の部屋は2人用だが、わけあっていまは俺だけだ。安心しろ」
同室の囚人は10日ほど前に倒れた。
単純に病気だったらしいが、そのまま看守たちの島シュボスに連れられて以降、一度も顔を見ていない。
囚人の扱いの荒さに定評のある帝国兵だ。
あまり考えたくはないが、最悪の結果となった可能性は高い。
「ありがとう、ございます……」
「とりあえず座れ」
ゼノはそばに置かれた椅子に目線を送る。
警戒からか、あるいは遠慮からか。
彼女が座ったのは少しの間を置いてからだった。
女がすっとフードをとった。
わずかに追随した髪がふわりと舞い、煌めく。
美しい銀色だった。
これほどの艶を持った髪は見たことがない。
外套に入り込んでいて正確な長さはわからない。
ただ、なんとなくだが、とても長い気がした。
髪ばかりに目がいってしまったが、顔も恐ろしいほどに美しかった。
とくに瞳だ。
抜けるような青空を思わせる色だった。
ずっと見ていたい、と。
そう思ってしまうほどの魅力がある。
フードを被っていたこともあってか。
彼女は体から熱を出すように吐息をこぼした。
銀の髪に縁取られた小さな顔。
華奢な体にすらりとした手足。
外套の上からでもたしかに窺える胸の膨らみ。
そこには女としての魅力がふんだんに詰め込まれていた。
ゼノは軽く息を吐きながら拳を作った。
そうしなければ湧き上がる情欲に負けてしまいそうだったからだ。
「名前は?」
「……シャラ、です」
綺麗な響きだ。
彼女にとてもよく似合っている。
「それで、ここに来た理由は――」
「《雷帝のクラーラ》をさがしに来たんです」
「やっぱり聞き間違いじゃなかったか」
「もしかして彼を知っているのですかっ?」
シャラが前のめりで必死な顔を向けてくる。
どこか寂しさを孕んでいた彼女の瞳が一気に輝きを増した。
「……残念だが、ここに《雷帝のクラーラ》はいない」
「そんなはずはっ」
「ここには2年ほどいるが、少なくとも俺はそいつがいるって話を聞いたことがない」
シャラが思いきり肩を落とした。
こんな辺境の囚人島まで来るぐらいだ。
彼女にとってよほど大切な理由があるのだろう。
「大体、《雷帝のクラーラ》は帝国に負けたんだろ。もう死んでるんじゃ――」
「そんなことはありません! 彼は……彼はきっと生きていますっ」
シャラが綺麗な眉を逆立てながら言い返してきた。
どこか確信しているような口振りだ。
「どうしてそいつを探してるんだ?」
「……《空の果て》へと至るために」
――空の果て。
世界の中心に存在し、そこに辿りつけば世界を統べる力が手に入ると言われている。ただ、相応に障害は多い。
「《空の果て》への道は聖王国によって守られてる。それだけじゃない。帝国だってそこへの侵入を目論んでるって話だ。あんた1人じゃ無理だ」
「そんなことはわかっています。だから――」
「《雷帝のクラーラ》を頼ってきた、か。何度も言うが、そいつは帝国にやられて――」
ゼノは説得のために開いた口を途中で閉じた。
シャラから無言で睨まれてしまったのだ。
なぜそこまで《雷帝のクラーラ》を信じられるのか。
まるで理解できなかった。
「どうやってここまで来たかは知らないが……同じ方法で帰れるだろ。帝国兵に見つかる前に、さっさとここを出たほうが身のためだ」
「……いや、です」
「頑固な奴だな」
シャラが俯いたまま口を閉じた。
その手は椅子をぎゅっと掴んでいる。
このまま放っておいたら、なにかしでかしそうな気がしてならなかった。
「夜の配給で囚人が集まる。そこでそれとなく探ってやる」
「本当ですかっ?」
「ただし、そこで見つからなかったらこの島から出ていけ。いいな?」
そう問いかけると、シャラが不満げな顔を見せた。
ただ、彼女にとっても悪くない提案だったからか。
少しの間を置いたのち、渋々といった様子で頷いた。
「……わかり、ました」
◆◆◆◆◆
星々の光が夜空を彩りはじめた頃。
居住区の中心に設けられた広場にて。
囚人たちは帝国兵からの配給を受け取っていた。
味の薄いスープに拳大のパンがひとつ。
質素ではあるが、これが基本的な品目だった。
「《雷帝のクラーラ》がここにいるって? んなわけねぇだろ」
「大体、帝国にやられて死んだんだろ」
「生きてたとしても、ここにいるなんて話は聞いたことないな」
ゼノは《雷帝のクラーラ》の目撃情報を囚人たちに聞いて回っていた。
聞き込みした情報を纏めるとこうだ。
――雷帝のクラーラはここにいない。
初めからわかっていたことだった。
シャラには結果を話して諦めてもらうしかない。
「なんだよ、面白い話をしてるじゃねえか」
そう声をかけてきたのはヴィンスだ。
「……べつにどうでもいい話だ」
「俺には聞かないのかよ」
「昼間、話したしもういいだろ」
「話題がちょっと違うじゃねぇか」
ヴィンスがスープで湿らせたパンを口に放り込んだ。
頬を膨らましながら咀嚼し、嚥下したのちに話を続ける。
「俺は生きてると思うぜ。ただ、帝国の囚人島は少なくない。ここにいるって可能性は……まあ、低いだろうな」
言い終えるや、興味津々といった目を向けてきた。
「で、肝心のあんた自身はどう思ってんだよ」
「……仮に生きてたとしたらまた暴れてるはずだ」
「だからもう死んでる……か。ったく、夢のねぇ奴だぜ」
ヴィンスが理解できないとばかりに首を軽く振った、そのとき。
ふいに周囲がざわついた。
見れば、遠くの空から5機の空車輪が向かってきていた。
夜は囚人たちが空車輪に乗ることはない。
つまり搭乗者は帝国兵であると確定していた。
5機の空車輪は居住区の近くに着陸した。
降りてきたのは7人の帝国兵。
比較的和やかだった空気に緊張が走る。
相手が帝国兵ということもある。
だが、もっと大きな理由があった。
7人のうち1人が看守長デジャンだったのだ。
「こんな時間にどうしてあいつが……っ」
そばではヴィンスが敵意をむき出していた。
ほかの囚人も大半が同様の反応を見せている。
デジャンたちが配給車の近くまできた。
辺りに満ちた空気感を楽しんでいるのか。
その口元はいつにも増して下品に歪んでいる。
囚人の数は約100。
対するデジャンたち帝国兵は7人。
全員が風銃持ちとはいえ、どれだけ囚人が舐められているかが見て取れる。
なにやら帝国兵の1人が大きな袋を担いでいた。
いったい中になにが入っているのか。
そう思ったときだった。
デジャンの目配せを受け、その帝国兵が担いだ袋を乱暴に放った。
「うぐっ」
袋から呻き声がした。
まさか人が入っているのか。
帝国兵によって乱暴に袋が取られる。
直後、ゼノは思わず目を見開いてしまった。
「エルク……っ!?」
すでに痛めつけられたあとらしい。
ただでさえ質素な布着がぼろぼろだった。
破れた箇所からは痛々しい傷痕も窺える。
辺りが騒然とする中、デジャンが声を張り上げる。
「注目しろ、囚人ども! いまからこの看守長デジャン様直々に躾を始める!」




