◆最終話『光ある道に続く者たち』
「過去の記録をもとに、帝国が略奪した島々を可能な限り接収。新たな島として開放するとのことでしたが、一定期間は我々が管理。自治が可能と認められた時点で、改めて開放という形でよろしいでしょうか」
「ああ、それが妥当だろうな」
帝国との戦争終結から、3日後。
シュボス島にて、ゼノは終戦後の処理に追われていた。いまはレイカとともに、仲間たちや島の被害状況を確認して回っているところだ。
毎度のことながら被害は甚大であちこちが破損していた。シュボスだけでなく、ほかの島々もだ。戦力では圧倒的に不利な状況で臨んだので当然といえば当然だが、やはり苦々しい想いは残る。
「また所有権を主張する方々にはどう対応しましょうか」
「過去にどんな形で統治していたかによるな」
「では、もとの住民から聞き込みを行い、充分な材料が揃ったところで改めて判断を仰ぎます。それから──」
つらつらと話していくレイカ。
彼女は直接戦闘に参加してはいないものの、その顔には疲れが見て取れた。戦争時には指揮に深く関わり、終戦後の処理を一手に担っている。いまや欠かせないもっとも優秀な仲間のひとりだ。
「レイカ、これまでよく尽くしてくれた」
気づけば、そう伝えていた。
いきなりだったこともあってか、レイカが目をぱちくりとさせた。かと思うや、恐縮しきった様子で首を振りはじめる。
「そんな……わたしはただ、自分のすべきことをしているだけで」
「あと、これからもよろしく頼む。きっといままでよりも大変で長い道のりになると思うが」
「は、はい! もちろんですっ! ずっと、ずっとついていきます!」
そう答えた直後、レイカが俯いて耳を真っ赤にした。
きっと食い気味に反応したことが恥ずかしくなったのだろう。
「ゼノさん……わたし……」
再びレイカが顔を上げたとき、その目は怯えていた。
だが、同時に強い焦がれを感じさせるほど潤んでいる。彼女がいま、なにを想い、なにを望んでいるのかがありありと伝わってくる。
周囲には箱型の備蓄倉庫が並び、ちょうど死角になっている。なにかをしても気づかれない場所ではあった。ほんの少し前までは──。
「行け、お嬢! そこだ! 一発濃いのをかましてやれ!」
そばの倉庫の陰から覚えのある声が聞こえてきた。
見れば、身を潜めてこちらを窺うオルクスの姿があった。
彼を見つけた途端、レイカが先ほどまでの顔を一瞬で消した。まなじりを吊り上げながら、全身をふるわせはじめる。
「オ・ル・ク・スさ~ん…………」
「げっ、見つかっちまったかっ!」
捕まえる隙もなく即座に全力で逃げていくオルクス。
片手に酒瓶を持っていたように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。数少ない攻撃部隊の隊長の1人としてどうなのかとは思うが、つい笑ってしまった。
「酒のつまみにでもされるところだったな」
「本当に困った人です……」
言うと、レイカは「もうっ」と盛大にため息をついた。
幼い頃に両親を亡くしたレイカにとってオルクスは後見人であり、親のような立場でもあるという。だが、出会った頃から一度としてそんな様子を見たことがない。むしろレイカのほうが世話を焼いているとしか思えないぐらいだ。
とはいえ、レイカもくすりと笑みをこぼしているあたり、そんな関係をなんだかんだと気に入っているのだろう。
「クラーラ、こんなところにいたのか。捜したんだぞ」
ふいに聞こえてきた声はルピナのものだった。
彼女はオルクスと入れ替わる形で、こちらに姿を見せた。
「もうそんな時間か」
「たしか帝国領を訪れる予定でしたよね?」
ゼノは「ああ」と頷いてレイカの問いに応じた。
「レイカも一緒だったのだな」
「被害状況の確認がてら、色々と話をしていた」
「なるほど、そういうことか──って、どうした、ひどく疲れたように見えるが……」
ルピナがレイカの顔を見るなり目を瞬かせた。たしかに疲れてはいるが、よりそう見える要因となったのは間違いなくオルクスのせいだろう。
「……大丈夫です。少し頭痛がしたぐらいですから」
「そ、それは大丈夫とは言えないのでは……ともかく、少し休んだほうがいい」
「そうですね。やるべきことが終わったら休ませていただきます」
どうやらすぐに休む気はないらしい。
レイカは簡単に別れの挨拶をしたのち、資料に目を通しながら次なる目的地へと歩いていく。そんな彼女を見送りながら、ルピナが少しだけ困ったように笑った。
「彼女はすごいな」
過去にレイカは帝国の圧力を受けてこちらを暗殺しようとしたことがあった。あのときのことにいまも彼女は強い罪悪感を覚えている。あの献身的な働きも、おそらくそれが強く影響している。
だが、彼女の協力でもたらされた恩恵は大きく、誰もが認めるものだ。もう誰も責めてはいない。だから、彼女には自分自身を許してほしい。
そう切に願うばかりだ。
「……ああ、俺の大事な右腕だ」
◆◆◆◆◆
ルピナと訪れたのは帝国本土と連結する島のひとつだ。商業区と居住区が一体化した島らしく、細々とした建物が所せましと並んでいる。
先の戦争時、この島には一歩も足を踏み入れていない。コディン率いる反乱軍も荒らしていなかったようで損壊箇所はほとんど見られなかった。
とはいえ、敗戦直後とあってか、建物内からこちらを覗いている人々の目は怯えている。島全体の空気もどんよりと重い。ただ、予想していたよりは軽度のものだった。
「思ったよりも大人しいな。石のひとつやふたつ飛んできてもおかしくないと覚悟していたんだが」
「恐怖政治を強いていたディメルを倒したのだぞ。敗戦後の不安は少なからず感じてはいるだろうが……そんなことをするものはいないだろう」
言い終えるや、ルピナは呆れたように息をついた。
次いで、困ったように笑いかけてくる。
「大体、誰がそんなことができる。いまの貴公に勝てる人間なんてどこにもいないぞ」
「相手が強いからって感情を抑えられるかどうかはまたべつだ」
「……たしかにそうだ。きみがそうだったように」
皮肉めいた言い回しだったものの、いやな感じはいっさいなかった。きっと彼女が尊敬の眼差しとともに紡いだ言葉だったからだろう。
「まあ、帝国内で甘い汁を吸い続けていた貴族連中にとって、我々は邪魔以外の何者でもないだろうが……それも思ったより少ない反発で済んでいる。おそらくカナード殿の存命が大きかったのだろう」
13輝将の1人。
カナード・アルバス。
先の戦争時、帝国本土に辿りつくなり交戦に至り、倒した相手だ。トドメを刺さずに生かしたが、どうやらそれがいい方向に働いたようだ。
「まさか貴公はこれを予期していたのか?」
「いや、さすがにそこまでは……ただ、色々と迷いつつも芯は真っ直ぐなところがどこかの誰かに似ていたからな。惜しいと思っただけだ」
言いながら、ルピナの目をまっすぐに見据えた。
途端、ルピナが「むっ」と眉根を寄せる。
「……その誰かとは誰のことだ」
「べつにルピナだとは言ってないぞ」
「やはりそうではないかっ」
なにをそこまで怒る必要があるのか。
視線だけでそう問いかけたところ、ルピナが幾度も目を泳がせた。かと思うや、顔をそらし、ぼそぼそと話しはじめる。
「道を違えたとはいえ、彼は帝国の中でわたしを気にかけてくれた数少ないひとりだ。人として尊敬もしている。ただ、一緒にされるのは困る」
「尊敬してたんならいいんじゃないか?」
「貴公は……意地悪だ」
再び向けられたルピナの顔には怒りが滲んでいた。
眉尻を吊り上げ、ほんのわずかに頬を膨らましている。
「わ、わたしが一緒になりたいのは──っ」
そうルピナが意を決したように声をあげた、直後。
ぴたりと止まって片頬を引きつかせはじめた。
どこからか声がかかったわけでもない。
となると、これは──。
「交信術か」
「……ああ。ああ、そうだともっ」
深く息を吐きながら、前のめり気味だったルピナが離れた。彼女は「どうしてこの機に……っ」ともどかしそうにこぼしながら交信術に応答。その後、再びこちらに向き直ると、落胆まじりの笑みを浮かべた。
「すまない、クラーラ。国のほうで少し問題が起こった」
「大丈夫か? 必要なら俺もついていくが」
「問題ない。必要なのはフォルツティア王族としてのわたしだ」
おそらく王族としての威光が必要な状況なのだろう。そして弟であり現国王であるユリアスの手が離せず、ルピナに助けを求めるに至ったといったあたりか。
王族としての立場や責務について、ルピナはきっと誰より理解している。だが、心の中まで割り切るかどうかはべつなのだろう。ルピナの笑顔はどこか寂し気だった。
「俺も初めはフォルツティア王家のお前を欲していた。助けようと考えたのもそれが大きな理由だ」
気づけば、そう吐露していた。
いつかは言わなくてはならないと思っていた。
だが、自分でもこの機を選ぶとは思わなかった。
ルピナわずかに落ち込んだ様子を見せたかと思うや、すぐさま顔を上げた。弱さを見せないようとしてか、肩を竦めながら笑う。
「……知っている。でなければ、あのような危険を冒す理由がない」
「だが、お前がクズな奴なら助けなかった。助けたのはあのとき、あの夜。初めて合わせた剣が馬鹿正直に真っ直ぐだったからだ」
「クラーラ……それは褒めてくれているのか?」
困ったように笑いつつ、問いかけてくるルピナ。
どうしてこんなことを話しはじめてしまったのか。自分でもわからなかったが、いまから言おうとしていることが本心であることは間違いなかった。
「いまの俺は、ただのルピナを必要としている」
「なっ、急になにをっ」
「だから、これからもよろしく頼む」
言いながら、手を差し出した。
こちらの手を見ながら、きょとんとするルピナ。
やがてゆっくりと俯くと、彼女は「やはり貴公はずるい男だ……」と呟いた。軽く息をついたのち、ルピナが力強い握手を返してきた。
「もちろんだとも。わたしを助けた責任をとってもらわなくてはな」
ともに向けられた彼女の笑顔は、まるで陽を思わせる気持ちのいいものだった。
フォルツティア国民が慕ったのは王族としてのルピナではない。きっと彼女自身の魅力だ、と。そう思うには充分な魅力が眼前の笑顔にはこもっていた。
間もなくして、ルピナが呼び寄せた黄竜に乗って飛び立っていった。その姿が粒のように小さくなったとき、背後から覚えのある声が聞こえてきた。
「惜しかったね。あと少しで綺麗なお姫様と身も心も〝一緒〟になれたのに」
「……その声はクァーナか」
振り返った先にいたのは、やはりクァーナだった。
彼女は悪びれた様子もなく、むしろ楽し気な足取りで近づいてきた。
「覗き見とは感心しないな」
「たまたまだよ。ゼノを捜してここまできて、見つけただけ」
「……なにか急用か?」
ううん、とクァーナは首を振った。
「でも、ゼノには伝えておいたほうがいいかなって思うこと」
「俺に伝えたほうがいいこと?」
「うん。デヘナ様から教えてもらったんだ」
まるで予想がつかなかった。だが、次にクァーナからもたらされた問いかけには強い興味を抱かずにはいられなかった。
「ディメル・ジグレールがなぜ地上を追い求めたか……知りたくない?」
◆◆◆◆◆
クァーナに連れてこられたのは、帝国本土とは直結していない島だった。
帝国本土周辺の中では、辺境と言えるのかもしれない。のどかで緑の多い牧歌的な島だ。とても帝国領とは思えないほど自然に満ちている。
島中央の小さな町から少し外れた丘陵地帯。
そこにぽつんと建てられた墓石を前に、ゼノはクァーナと並んで立った。
「……リュシエラ・トーラ。随分と立派な墓だな」
「ディメル・ジグレールが唯一愛した人なんだって」
「どういうことだ? あいつの相手は違う名前だったはずだ」
「うん。だから、過去に愛した人ってこと」
一瞬混乱してしまったが、すぐに理解できた。
つまり、ディメルは愛した者とは結ばれず、愛してもいない人間と結婚したということか。身分の高い者の中では珍しくない話だ。
「幼い頃に、よく城を抜け出してはこの島で逢っていたそうよ。でも、身分に合わないからって引き裂かれたらしいの」
「あれが諦めるとは思わないな」
「うん。だから、最後には殺されちゃったらしいの」
聞くだけでも気分の悪い話だ。
いくらディメルに恨みを持っていたとしても、いい気味だとは思えなかった。むしろ、その件が原因で世界を恐怖に陥れたあのディメルが生まれた可能性すらある。彼もまた世界にはびこる理不尽の被害者だったということだ。
「この人がいつも周りに口にしていたそうよ。地上を見ることが夢なんだって」
瞬間、腹の奥底にたまっていた靄のひとつが消えた。
ずっと疑問だった。
なぜディメルがあそこまで地上を追い求めるのか、と。
だが、いま、ようやく納得がいった。
人の命を踏みにじり、多くの人間たちを恐怖で支配してきたディメル・ジグレール。あまりの冷徹さに、彼には心がないように感じられたが……。
「あいつも、人間だったってわけか」
「ほんといやだよね……」
ディメルの行動にいくら理由があったとはいえ、彼のしたことは許されるべきではない。だが、クァーナは家族を殺されている。彼女の心情としては〝どこまでも最悪な人間〟であってほしかったのだろう。
生き死にがどれだけ人に大きな影響を与えるのか。
復讐を果たしてなお晴れない心を通じ、いやというほど感じている。きっとクァーナも同じ気持ちなのだろう。悲しみを湛えた瞳で墓石を見つめていた。
「きっと今後もこうしたことは起こる。だが、なくす努力はできる。少なくとも俺はそうするつもりだ」
「……うん。ゼノならきっと世界をいい方向に導いてくれるって信じてる」
言って、クァーナが期待に満ちた目を向けてきた。
「そのためにも早くしてもらわないとね、あの件。っていうかいますぐにでもしたほうがいいんじゃない?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな。だがこれは必要なことなんだ。俺たちにとって〝あそこ〟は始まりの地でもあるからな──」
◆◆◆◆◆
「……みんな本当によくやってくれた」
帝国との戦争終結から半年。
ゼノは広大な荒地を見回しながら感嘆をこぼした。
「こんぐらい大したことねぇよ」
「ゴミ集めは俺たちの得意分野だからな!」
「それに、ちゃんとしたメシも食えるしな!」
「昔の〝ダナガ〟とは大違いの環境だぜっ」
冗談を言って大声で笑いあう男たち。
多くがダナガで帝国の奴隷として働かされていた者たちだ。命を落とした者もいるため、全員が残っているわけではない。それでも残ってくれた者たちはダナガの再建に進んで協力してくれた。
「ま、俺たちにとっちゃ第二の故郷みたいな場所だからな。それがれっきとした本土になるってんだから、張り切らないわけがないだろ」
そう言ったのは、見るからにやんちゃそうな細身の男だ。
しれっと現れたその見慣れた男の名はヴィンス・ローランド。先の戦争でダナガを1人で操縦し、帝国の巨大飛空船にぶつけた本人だ。
彼が声を出した瞬間、周囲が静まりかえった。
全員がヴィンスのことを細めた目でじっと見ている。
「なんだよ、お前ら!? 人を見るなり黙りこくりやがって!」
「……みんな本物かどうか疑っているだけだ」
「ワタシなんてどんな墓石を建てようか悩んでいたぐらいデス」
「俺を勝手に殺すんじゃねぇよ!」
シギとグリッグの冗談に全力で突っ込むヴィンス。
またもや辺りが野太い笑い声で包まれた。
「ボクは生きてると思ってましたよ。ヴィンスさんって悪運強い感じがしますし」
「エ、エルク……お前だけだ俺のことを信頼してくれてるのはっ」
果たしてそれは信頼と言えるのか。
ひどく疑問だったが、あまりに憐れだったこともあってか、誰からも突っ込まれることはなかった。
「まあ、あのときはさすがに俺も終わりだと思ったけどな。ま、ナナツガネの用心深さに感謝だ」
ダナガを好き放題にいじっていたサクラは、その地下もふんだんに改造していた。《流命核》の周りを占星石を利用した壁で覆い、完全に防御。いざというときに離脱できるようにしていたのだ。
帝国の巨大飛空船による砲撃を受けても、ヴィンスとダナガの《流命核》が無事だったのはそうした経緯があったからだった。
「そうそう、もっと感謝してくれていいんだよ~! そしてできれば、これからなにかを買うときはナナツガネ商会をよろしく~! ってね」
人差し指を立てながら、サクラが気持ちのいい笑みを浮かべながら姿を見せた。後ろにはゲンゴロウを始めとした一味の連中もいる。
「おや、ナナツガネともあろう人間が抜け駆けなんて感心しないねぇ」
続けて現れたのは、ボスクィル商会を引き連れたデヘナだ。初めて出会ったときの憔悴しきった様子はもう見られない。やせ細った体にも肉がついて、いまや美女頭領と名高かった姿を取り戻している。
サクラがデヘナを見るなり、睨みつける。
「出たな、悪徳商会……!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。ああ、そうか。悪かったよ。あたしらに負けた腹いせだったね」
「ぐぅ……ほんといやな奴っ!」
そう愚痴をこぼしたサクラだが、なにやら意地の悪い笑みを浮かべはじめた。
「いいもんね。こっちはここで商売する許可をもらってるしー」
「ん? 許可ならうちももらってるけど」
「……え? ちょ、ちょっとどうしてボスクィルが持ってるんだよ!?」
「どうしたもなにも、クラーラからもらったんだよ」
言いながら、デヘナがこちらに視線を向けてきた。
追う形でサクラからも鋭い視線が向けられる。
「どういうことか説明してくれるかな!?」
「説明もなにも、べつにナナツガネだけに許可するなんて言った覚えはない」
「そ、そうだけど……」
「大体、ひとつの商会に独占させるより複数の商会が関われたほうが健全な商売を期待できるだろ」
「う、ぐぅ……」
サクラのことは信頼している。だが、彼女の周囲や次代の頭領までも同じように信頼できるとは限らない。また独占による甘い蜜は内部の腐敗を生み、消費者側に負担を強いる状況を作りやすくなる。そうした状況を防ぐためにも、やはり対抗勢力は必要だ。
「そういうところなんだよ、あんたのツメが甘いところは」
勝ち誇ったように笑うデヘナ。
彼女が組んだ腕の上では、豊かな胸が柔らかく持ち上がっている。そのさまを見てか、サクラの対抗心がさらに燃え上がっているようだった。
「な、なにをぉ……!」
「なんだい、やるのかい……?」
額がぶつかりそうなほど顔を近づけ、にらみ合う両者。そんな彼女たちをはやすように付き従う商会の人間たちが声をあげはじめる。因縁の相手とは聞いていたが、想像以上だ。
「姫、このシゲミツめにご命令くだされば、直ちに黙らせてみせましょうぞ」
言いながら、争いの場に出てきたのはシゲミツだ。
その手は、左腰に携えたカタナの柄に添えられている。
彼は13輝将級を討ち取るほどの実力者だ。本来の戦場であれば空気が張り詰めるところだが、こといまにいたっては相反した結果となっていた。
「ひ、姫……っ」
「おい、ボスクィルの頭領! なに笑ってんだよ! べつにいいだろ! お頭がひ、姫だって……くっ」
くすくすと笑うデヘナを咎めるゲンゴロウもまた堪えきれずに噴出していた。その笑いの渦は広まり、双方の商会を巻き込んだ。顔を真っ赤にしたサクラと、きょとんとするシゲミツを除いて──。
「く、くぅ……! 笑うなよ! ボクだって似合わないと思ってるんだからさ! っていうかシゲミツもその呼び方止めてって言ってるだろー!」
「ですが、姫は姫です。そしてこのシゲミツが仕えるべきは、ソラールの王家──」
「ぬぁー!」
生真面目なシゲミツの対応に、発狂したように叫ぶサクラ。それがまた周囲に面白く映るようで、さらに笑いが広まった。戦争終結後から幾度も見たが、今回はいつにも増して賑やかだ。
「す、すごい盛り上がっていますね……」
言いながら、歩み寄ってきたのはユリアスだ。
正装で身を包んだその姿は、以前とは違って着られている感じはなかった。体格的な幼さは残るものの、空気感はすっかり王のそれだ。
「我々も、あの方たちのような関係になれるといいですね」
「悪くはないが、もう少し穏やかな方向で頼みたいところだ」
「そうですね。実はわたしもそのほうがいいかもです」
ユリアスが王である限り、今後も長く友好的でいられることは間違いないだろう。そう思えるほどに彼の微笑みは柔らかく、そして穏やかだった。
「今日は来てくれて感謝する」
「当然です。なにしろ第一の友好国なのですから」
「まだ誕生してないけどな」
「では、予約ということで」
ユリアスがくすりと笑みをこぼした。
そのとき、強めの風が吹きつけてきた。
出所のほうを見れば、一隻の輸送船が近くに着陸するところだった。後部扉が開けられると、中からクァーナが顔を出して声をあげはじめた。
「ゼノーッ、こっちは準備できたよー! ほら、シャラちゃん」
シャラも顔を出していたが、どこか怯えた様子だった。だが、クァーナから半ば押し出される形でようやく外へと出てくる。と、周囲から感嘆の声がもれた。
無理もない。
それほどまでにシャラの姿は美しかった。
結いあげた銀の髪を彩る豪奢な髪飾り。その真白な肌に薄く塗られた化粧。青空のごとく澄んだその瞳よりもわずかに淡い水色のドレス。
普段とはかけ離れた姿だが、どれ一つとしてシャラ自身の魅力は損なわれていなかった。それどころかより彼女の魅力が増してさえいる。ただ、彼女自身は着飾ることに慣れていないようで、あまり動こうとはしなかった。
こちらから歩み寄ると、彼女が体をこわばらせた。
ドレスのスカートをぎゅっと握りながら、窺うような目を向けてくる。
「どう……でしょうか?」
「綺麗だ。とてもよく似合ってる」
ありふれた感想だ。
だが、気持ちはしかとシャラにも伝わったようだ。
彼女はほっとしたのち、しとやかに顔を綻ばせた。
「……よかったです。あまりこういう恰好をしないので」
「今後は多くなると思うから慣れないとな」
「が、頑張ります……っ」
両手に拳を作りながら、気負い気味に答えるシャラ。
彼女とは誰よりも多く顔を合わしている。
だが、戦争終結後からずっと訊いていなかったことがあった。今日という節目を逃せば、もう訊く機会を逃すかもしれない。
わずかなためらいの時間、じっと見ていたからか、シャラが小首を傾げた。
「どうしましたか?」
「……記憶のことをもう一度だけ訊いておきたかった。俺はお前が望むなら、いまでも一緒に飛んで地上に──」
続きを口にしようとしたが、できなかった。
シャラが穏やかな笑みとともに「ゼノ」と呼びかけてきたのだ。
「それについては以前に話したことが本当の気持ちです。いまのわたしには、ゼノやみんなと過ごした時間がとても大切なんです。そしてこれからの時間もきっと大切になります。だから、大丈夫です」
強がっているわけではない。
そう感じられるほど向けられたシャラの笑みは幸せに満ちていた。
「それに、実はひとつだけ思い出したことがあるんです。わたしは……大好きな姉を追って、この空に上がってきたのだ、と」
大切な思い出をしまうようにシャラが両手を胸元に当てた。なにがきっかけで思い出せた記憶かはわからない。だが、その記憶が──ソフィアの存在がシャラを空に留めてくれたような気がした。
「ミリィっ」
いきなりシャラがくるりと振り返ったのち、そう叫んだ。
「そんなところに隠れてないで、こっちに来たらどうですか?」
シャラが声をかけたのは、先ほど彼女が出てきた輸送船だ。こちらの様子を窺っていたクァーナの後ろから、ちょこんとミリィが顔を見せた。どうやら彼女も一緒に乗っていたらしい。
クァーナに「ほら、言っておいで」と背中を押され、ミリィが歩いてきた。
ミリィもまた着飾っていた。その可憐な姿を見て大人たちは口を揃えて可愛いとこぼしている。エルクとユリアスは、ひどく真剣な顔で釘付けになるというまったくべつの反応を見せていたが。
「ミ、ミリィも一緒にいていいのかなって」
近くに立ったミリィが怯えた様子でそうこぼした。
血の繋がった家族ではないことを気にしているのか。あるいは、これまでとは一転した立場となることに不安を感じているのか。いずれにせよ、すべてが不要な心配であることを親として伝えなければならなかった。
「いいに決まってるだろ。ミリィは俺たちの娘なんだからな」
「はい、そのとおりです」
ゼノはシャラとともに手を差し出した。
それら2つの手を見て、こわばっていたミリィの顔が徐々に綻んでいく。やがて手を取ったミリィが、弾けるような笑みを向けてきた。
「うん。お父さん。お母さん……っ」
これまでもぎこちなく呼ばれることはあったが、ここまではっきりと、それも人の目があるところで呼ばれたのは初めてだった。胸からこみ上げた感情から思わず笑みをこぼしてしまう。シャラも同じように感じたようで互いに顔を見合わせて笑いあった。
「おーい、ゼノ! いいところ悪いが、舞台が整ったぞ! あとはお前たち待ちだ!」
そう声をかけてきたのはヴィンスだ。
声の出所──島の中央側に目を向けると、いつの間にかとてつもない数の人が集まっていた。さすがに溢れるほどではないが、それに近い数の人だ。
そして彼らの前には壇上が設けられていた。
人2人分程度の高さしかない簡易のものだ。
──城のような立派なものを用意してからのほうがいいのでは。
そう進言されたこともあったが、断った。
始まりを、いまを生きる者たちに見てもらいたかったのだ。
「それじゃ行くぞ」
ミリィと手を繋ぎながら、シャラと歩を合わせて進む。
向かう先、壇上の下には解体した聖王国の王であるセレスと、聖騎士フレルダリアが待っていた。彼女たちの前で一度足を止め、声をかける。
「セレス、フレルダリア。長い旅路になると思うが、これからよろしく頼む」
「はい、陛下。光ある道を進む限り、わたくしはあなたとともに歩み続けます」
「この身も、セレス様とともに」
頭を下げるセレスとフレルダリアに見送られる中、壇上へと上がった。途端、耳をつんざかんばかりの歓声が沸き上がった。
映るすべての人々が高揚している。
訪れる新たな時代への期待で胸を膨らませている。
「みんなに語りたいことはたくさんある! だが、長い演説をするつもりはない! 伝えたいことはただひとつだ!」
再び立ち上がったあのときには、まるで想像できなかった未来だ。しかし、いまはこの未来こそが求めたものなのだと確信をもって言える。
「俺はッ、ゼノ・クラーラはッ! いまここに新たな国を建てることを宣言するッ! 名は──」
ゼノはシャラと頷きあったのち、空を見上げた。
煌めく星々にまで声が届くように、と。
そう強く願って……。
「──竜王国ソフィアだ!」
これにて完結となります。
趣味色の強い作品でしたが、最後まで書ききれてほっとしています。
お付き合い頂きありがとうございました。




