◆第三話『物資補給へ』
「物資を補給するって考えは悪くない。この先、本格的に追われることになれば簡単にはできなくなるからな。だが、それじゃだめだ」
「え、どうして?」
「ボクたちの居場所を絞られるから、ですね」
どこからか代わりに答えが出された。
声を辿った先にいたのはエルクだ。
彼は発言で注目を集めてしまったからか。
恥ずかしそうに身を縮めていた。
「輸送島との連絡が途絶えれば当然帝国側も異変に気づく。そうなれば一気に包囲されて終わりだ。いまはこの空域から離脱することが最優先だ。そして、どこかの島に寄って可能な限りの物資――食糧を仕入れる」
結局のところ、その先で見つかれば終わりだ。ただ、その場凌ぎですでに終わりが見えている選択を取るよりよっぽど未来はある。
「金はシュボスに貯まっていたものを使えばいい。仮に足りなくても幸いダナガには風翔石っていう商売品として優秀なものがある」
「正当な対価を得られる機会がようやく来たってことだな」
これまで見合わない仕事をさせられていたからか。
鬱憤を晴らすかのように幾人かが口元に笑みを作っていた。
「問題はどこで食糧を仕入れるかだよな。帝国の息がかかった島ばかりだし」
仲間の1人が難しい顔をしながらこぼした。
アテがないわけではないが、ここからではかなりの距離がある。ゆえに、この辺りの空域に詳しい者がいれば意見を聞こうと思っていたのだが――。
「近場なら、あの第95コンテイル付近にある商業島バナトリエが比較的安全です」
誰よりも早くシャラが声をあげた。
彼女は空図の左上辺りを指差している。
コンテイルは《空の果て》を中心として渦を描くように浮遊し、内側ほど小さな数字が割り振られている。
ちなみに現在確認されているコンテイルの数は100。
つまり第95コンテイルは、世界でも外側に当たる場所だった。
「行ったことがあるのか?」
「はい、ここに来る前に立ち寄りました」
どうやってシャラがダナガまで来たのか。
初めはまるで想像できなかったが、彼女が翼竜人であると知っているいまなら容易に想像ができた。
「バナトリエは聖王国の教会があるおかげか、中立を保てています。ただ、帝国兵の姿も少なからず見かけました。ちなみに場所は北側の発着場周辺です」
つらつらとシャラの口から説明がされる。
まさか帝国兵の配置まで掴んでいるとは。
「やけに詳しいな」
「ダナガの場所が場所ですから。こうなるかもしれないと事前に調べていたのです」
「相棒が優秀で頼もしい限りだ」
彼女の中で《雷帝のクラーラ》なら反乱する可能性もある、と考えられていたことには素直に喜ぶべきか迷うところだ。ただ、彼女の周到な準備には感謝しかなかった。
「さすがゼノの恋人だぜ。抜かりねぇ!」
「でも、さっきは抜けまくってたぜ」
「それは言ったら可哀相だろっ」
先の食堂での一件を蒸し返されたからか。
シャラが耳を赤くして俯いてしまった。
話題に乏しい閉ざされた島だ。
しばらくはこの弄りが続きそうだった。
「大体、移動に1日程度ってところか。距離的にも悪くないし、決まりだな」
ダナガとシュボスは、対象の空域にいるはずのない島だ。視認されないように可能な限り島を離して止める必要があるだろう。
「できるだけ目立つ行動は避けたいし、島には少数で下りる。俺は行くとして……そうだな、2人ぐらいついてきてくれると助かる」
「ひとまず俺は決まりだな」
ヴィンスがいち早く名乗り出てきた。
まるで断られるとは思っていない顔だ。
「ヴィンス以外で頼む」
「なっ、どうしてだよ!? 俺は足手まといだっていうのか!?」
「そうじゃない。ヴィンスには俺がいない間の島を任せたいんだ。つまり臨時の指揮官ってことだ。島の所有権もお前に任せる」
「いや、待てよ! 指揮官はともかく所有権までって……」
「知ってのとおり俺の役割は戦闘だ。島から離れて動くことも多くなるから所有権はべつの誰かが持っていたほうが都合がいい。でもってその中で適任なのが――」
周囲の仲間たちを見回したのち、いま一度ヴィンスに視線を戻す。
「ヴィンス、お前だ。みんなもお前を慕ってるし、俺もお前なら安心して任せられる」
先ほどまでの怒り顔が嘘のように、ヴィンスが唖然としたまま目を瞬いていた。その変わりように仲間たちから囃す声が飛んでくる。
「見ろよ。ヴィンスの奴、口がにやけてるぜ」
「うっせぇ! もとからこういう顔だっての!」
ヴィンスは照れたように頭を乱暴にかくと、盛大に息を吐きだした。
「お前に多くの奴らが付き従ってたって話、いまならよくわかるぜ」
「色んな巡り合わせが重なっただけだ」
「んなわけあるかよ。ったく……そういうことならわかった。ただし、あとの2人は俺が決めさせてもらう。グリッグ、シギ」
ヴィンスに名前を呼ばれた2人が前に出てきた。
1人はつるつるの禿頭に、こんがりと焼けた肌をした巨体の男。もう1人はさらさらの長い髪に鋭い目つきが特徴的な小柄で細身の男だ。
「2人とも腕が立つ。きっと役に立つはずだ」
ヴィンスの声に応じて巨体の男が前に立った。
柔和な笑みを浮かべながら握手を求めてくる。
「グリッグ、デス。……と言っても毎日顔を会わせてイマスネ」
「ああ、いまさらだな」
グリッグは怖がられるような外見をしているが、とても優しい人間だ。ただし怒らせると怖いといった噂は耳にしたことがある。
「あ~、そうか。お前たち、2人とも石拾いだったもんな。んじゃシギのほうは?」
「もちろん顔は見たことはある。ただ、話したことはないな」
全員の顔と名前は一致している。
ただ、話したことがない者は何人かいる。
シギはその中の1人だ。
「……会えて光栄です」
「あ、ああ」
「シギはちょっと無口だが、基本的になんでも要領よくこなす。あと、《雷帝のクラーラ》の大ファンだ」
そうヴィンスが紹介してきた。
なんとなくそうではないかと思っていた。
いまも向けられる眼差しが、英雄を前にした子どものようなものだったからだ。
「2人ともよろしく頼むぜ」
グリッグのほうはもともと話したことがある仲だ。シギのほうはいまも向けられる尊敬の眼差しがくすぐったいが、目的遂行に支障が出る要素ではない。
なによりヴィンスが信頼する者たちだ。
断る理由はなかった。
「とりあえず決めるべきことは決まったな。あとの細かいことは移動しながら話すとして……ヴィンス。早速、ダナガの所有権を取りにいってシュボスと連結させてくれ」
「了解だ」
ヴィンスが頷くなり指揮所から出ていった。
ゼノは残った多くの仲間たちを見回して叫ぶ。
「ほかの奴らはシュボスの倉庫を手分けして確認。食糧や武器の蓄えがどの程度かを把握する作業をしてもらう! まとめ役は――」
個人で作業をしても効率が悪い。
幾つかの組を作り、指揮系統を簡単に設定した。
「面倒な作業だが、大事なことだ! できるだけ正確に頼む!」
普段の仕事に比べれば、よっぽど楽だからか。
あるいはついに自由な日々が始まったからか。
仲間たちが意気揚々と声をあげながら散っていった。
「わたしもバナトリエについていきます」
2人きりになった途端、シャラがそう声をかけてきた。
「わかった」
「危険なことは承知しています。ですが、もしものとき、わたしならあなたを連れて逃げることが――って、いいのですか?」
「こんな辺境まで1人で来るぐらいのやんちゃな翼竜人だ。どうせダメだって言っても無駄だろ」
そう説明しても、シャラはまだきょとんとしていた。
「でもあと2人って……」
「シャラを抜いた数に決まってるだろ」
「……意地悪です」
羞恥に身悶えながら恨めしげな目を向けてくるシャラ。
困らせるつもりはなかったが、彼女の愛らしい顔を見ることができたのだ。結果的に正解だったと思うことにした。
ふっと笑みをこぼしながらゼノは言う。
「頼りにしてるぜ、シャラ」
「……知りませんっ」




