◆第一話『囚人島ダナガ』
空に浮いた石を集める。
それが与えられた仕事だった。
ゼノは手を伸ばし、そばの石を掴む。
空には自分の力では飛んでいない。
乗り物――空車輪を使っている。
名前の由来は外見そのままだ。
車輪の中をくり抜いた形状をしている。
操縦席は内側の面に背を沿わせる格好だ。
ちなみに操縦のほうはとても簡単だ。
ハンドルで左右への転換、さらに上昇と下降。
2つのペダルで加速と減速ができる。
そして動力となるのは1つ。
風を源とする力が詰まった風翔石だ。
「ゼノ、こっちは切り上げるが、そっちはどうだ!?」
「俺のほうもそろそろ戻るつもりだ!」
「りょーかいっ」
ほかにも幾人かが同じ仕事を与えられていた。
ハンドルを倒し、彼らとともに下降を開始する。
眼下には雲海が広がっていた。
その上には、光る鎖で繋がれた2つの島が浮かんでいる。
1つはダナガ。
多くの大陸を支配下に置くジグレール帝国。
その帝国に罪人や奴隷として収容された者が集まる島だ。
もう1つはシュボス。
ダナガの囚人を監視する帝国兵が拠点とする島だ。
ゼノはダナガ北端の発着場に着陸。
機体後部に積んだ石入り袋を担ぎあげる。
発着場には黒服の男たちがあちこちに立っていた。
囚人を監視するために配された帝国兵たちだ。
1人1人が腕ほどの長さのある細い筒を持っている。
あれは風銃と呼ばれる、離れたところにいる相手を攻撃できる武器だ。空車輪と同じで風翔石が動力となっている。
ゼノは屋根つきの荷車に石入り袋を詰め込んでいく。
中身が浮遊する石ばかりとあって、どれもが屋根に寄っている。地面に敷かれたレールに固定していなければ、荷車ごと空に浮いていたことだろう。
「そんじゃ行ってくる」
「いつも悪いな、ゼノ」
「荷物が荷物だからな。重くないし、気にするな」
ゼノは荷車を引いて歩きだした。
緑のない地面が続く。
景色も殺風景なものばかり。
目につくのは至る所に配された帝国兵ぐらいだ。
ダナガにはなにもない。
ただ、囚人が働くだけの場所だ。
しばらく進んだのち、集石場に辿りついた。
平たい箱型の石造物が幾つも並んでいる。
そのうちのひとつに向かったのち、横に開けられた口に空の石を放り込んだ。すべてを入れ終わったあと、側面につけられた取っ手を回す。
ずずず、と中の屋根が下りていく。
中の地面には粘性の土が敷かれている。
そこに空の石が押しつけられ、埋め込まれた。
これは圧留機と呼ばれる、空の石を島に馴染ませるための機械だ。数日もすれば空の石は浮かなくなり、島の一部となる。
ダナガで働く囚人は約100人。
その中で幾つかの班にわかれて様々な仕事を課されている。石集めも、集めた石を島に馴染ませる仕事も、そのうちのひとつだ。
「囚人のくせに……わたしの言うことが聞けないのかっ!?」
突然、聞こえてきた怒鳴り声。
見れば、少し離れたところで1人の少年が帝国兵に絡まれていた。
日常的な光景だ。
しかし、少年とは見知った仲だった。
見てみぬ振りはできない。
「お前はただ頷くだけでいい」
「い……いや、です……」
少年がわずかに面を上げながらぼそりとこぼした。
あわせてその中性的な顔立ちがあらわになる。
ただ、殴られたのか、左頬が赤く腫れていた。
「どうやら立場をわからせる必要があるようだ」
「そこらにしとけよ」
ゼノは少年を庇う形で割り込んだ。
帝国兵が一瞬だけ困惑したのち、その顔を怒りで歪める。
「邪魔をするな、囚人」
「あんたが拳を下ろせば引く」
そう返した直後、左頬を殴られた。
多少の痛みはあったが、倒れるほどではない。
むしろ殴った相手のほうが痛がっていた。
拳をさすりながら苛立ち混じりに睨みつけてくる。
「貴様……っ、この看守長であるデジャン・ベイクン様に逆らう気か?」
ダナガ島の囚人を監視する帝国兵。
相手は、その責任者だった。
殴るだけでは気が済まなかったか。
デジャンが風銃の口を向けてきた。
「その看守長様にとっても俺らは大事な労働力だろ」
撃たれても引くつもりはない。
その意志を瞳に宿しながら見返したからか。
デジャンが舌打ちを鳴らし、風銃を下ろした。
「……あとで覚えていろ。わたしに歯向かったことを後悔させてやる」
そう吐き捨て、デジャンが去っていった。
「無事か、エルク?」
ゼノは後ろの少年――エルクに声をかけた。
エルクが頬を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫です。それよりごめんなさい。ボクのせいで……」
「このぐらいどうってことない」
強がりではなく事実だった。
それを伝えんと勝ち気に笑ってみせる。
だが、思いに反してエルクは顔を曇らせていた。
「ゼノさんにはいつも助けてもらってばかりですね」
「気にするな。俺にとっちゃお前は弟みたいなもんだしな」
「……弟ですか」
「ああ、弟だ」
言って、エルクの髪を荒く撫でる。
こちらは28際。
対してエルクは16歳。
若さゆえか、はたまた性格なのか。
エルクは色々と危なっかしかった。
ゆえに、1年前にエルクが来てからというもの、なにかと目をかけていた。
「で、なにを理由に絡まれてたんだ?」
「その……」
「言いたくないなら無理するな」
「……ごめんなさい」
エルクがばつが悪そうに目をそらした。
かと思うや、強がるような笑みを向けてくる。
「ボク、そろそろ行きますね」
「それがいい。また絡まれたら面倒だしな」
「ゼノさん、改めてありがとうございました」
最後に一礼をして、エルクは去っていく。
彼の背を見送っていると、後ろから声をかけられた。
「見てたぜ」
「……ヴィンスか」
振り返ると、そこに細身ながら逞しい体つきの男が立っていた。
勝ち気な顔立ちで全身から自信があふれている。
ただ、どことなくやんちゃな空気も滲んでいた。
エルクとはまた違った方向で感じる危うさだ。
ヴィンス・ローランド。
ダナガの荒くれ者たちを力でねじ伏せた男だ。
いまや囚人の多くから頭目として慕われている。
「あのクソ看守長が相手でも引かない度胸、やっぱりあんたしかいねえ」
「……なにが言いたいのかわからないな」
「ここ最近、奴らのしごきが酷くなってる。もうみんな限界だ」
「だから俺が率いて反乱でも起こせってか? 冗談にもほどがある」
突き放すつもりでそう吐き捨てた。
だが、逆にヴィンスを笑わせてしまった。
「んだよ、わかってんじゃねえか」
「バカな考えはやめとけ。そもそも、こんな状態でどうしろってんだ」
ゼノは手錠のはめられた両手首を見せつけた。
これは帝国によってつけられた囚人の証だ。
鎖で繋がれてはいないし重さも大したことはない。
ただ生活するだけなら負担はかからない。
だが、戦闘面では大きな枷となる。
風翔石と同じく風を源とする力――フェザリア。
誰もが使えるその力を制限されるからだ。
フェザリアには身体能力を強化する力もある。
ゆえに、満足に使える者とそうでない者では大幅な差が生まれる。
「それはまあ、なんとかする」
「話にならないな。……帝国はお前が考えてるよりよっぽどやばい相手だぞ」
「そんなやばい相手に勇敢に戦ってみせた奴だっていた」
帝国をよく思わない者にとって――。
その者は英雄として扱われている。
「……《雷帝のクラーラ》か」
「ああ。俺たちもあの人みたいに立ち上がるべきだ」
「立ち上がってどうする? たとえここから出られたとしても、その先に自由なんてものはない。その結果は、お前が言ってるその勇敢なクラーラの末路が教えてくれてるだろ」
帝国兵に殴られるのは当たり前な日々だ。
囚人たちの我慢が限界に近づいていることも知っている。だが、それでも生きているだけマシだ。
帝国の力は、ダナガを監視するだけではない。
世界に存在する浮遊島の多くに及んでいる。
――外に未来はない。
「大体、率いるってんなら俺よりお前のほうが適任だろ。ここらの奴はほとんどがお前に喧嘩で負けてる」
「あんたとはまだやってない。ま、仮にやったとしても勝てる気がしねぇけどな」
「買いかぶりすぎだ」
このやり取りは初めてではなかった。
これ以上話していても無駄だ。
ゼノはヴィンスのそばをとおり抜けた。
「いいか、俺たちはやる! あんたなしでもやるつもりだ!」
背後から大きな声が飛んでくる。
帝国兵に聞かれたらどうするのか。
ゼノはため息をつきつつ、その場をあとにした。
◆◆◆◆◆
1日の仕事が終わったのは日が傾いてきた頃だった。
ゼノはダナガの中心地。
囚人の居住区に戻ってきていた。
小汚い箱型の平屋が整然と並んでいる。
2人1部屋で余計なものを置く空間はない。
ただ囚人が寝るだけの場所だ。
「あ、あのっ」
扉に手をかけた、そのとき。
可愛らしい声が聞こえてきた。
家の側面に何者かが立っていた。
外套を羽織り、フードを目深に被っている。
おかげで顔は窺えないが――。
「いまの声……まさか女か?」
ダナガの囚人は男ばかり。
看守の帝国兵にも1人として見たことがない。
「こんなところにどうして女がいる?」
新しく連れてこられたのか。
いまさらになってどうして。
いや、そもそも相手は身を隠している。
きっと彼女がここにいること事態が異常なことだ。
答えを待たずに状況を整理しはじめた、そのとき。
目の前の彼女がフードの縁を片手で軽く持ち上げた。あらわになった青い瞳をこちらに向けながら、清廉かつ静かな声で言葉を紡いだ。
「会いに来たんです。空の果てにもっとも近づいた人……雷帝のクラーラに」




