1 男爵家帰宅後
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お久しぶりです、男爵家使用人のトルクです。この十日間は大変でした。
男爵家に帰り着いた途端、休む間もなく仕事が始まりました。仕事の内容は新しく農園に来た人達の為に荒地を畑に変えたり、家を作ったり、竈を作ったりする仕事です。男爵領農園の責任者ゴランさんが一週間で荒地を畑に変えたオレの手腕をレオナルド様に話したので畑作りの手伝いをしている。流石に一人では大変だから新しく農園に来た人達と一緒に仕事をしている。
新しく農園に来た人達は帝国に村を襲われた人達だ。畑を焼かれ、友人を殺され、家を壊されて命からがら逃げて来た避難民だ。最終的に男爵家にたどり着いた人達は千人くらいと聞いている。それでも男爵家に来る最中に怪我が悪化して死亡や、途中で力尽き倒れて亡くなった人も多いらしい。
それからオレが住んでいた辺境の村も壊滅したらしい。帝国兵に襲われて家や畑も焼かれて男爵家の町に逃げ延びた人は農園で働いている。
そして避難民の中に祖母がいた。男爵家の町に着いたが体調を崩して今はオレと母親とマリーが面倒を見ている。祖父とマリーの父親の叔父は避難民の中には居ない。祖母の話では村が襲われた時に帝国兵から村人を守るために戦って帝国兵に殺されたと聞いた。
それを聞いたマリーは泣き出し、母親がマリーを慰めた。オレはそこまで悲しくはなかった。村では村人達から無視されていたから良い思い出は無い。叔父さんが亡くなったのは悲しいが泣くことまでは無かった。それよりも畑作りや避難民の住む家を作ったりして悲しむ暇がない。
土魔法で雑草と根以外の土を下げて草を取り、石は土魔法で穴を掘ってその下に放り込み、雑草や木の根は火魔法で燃やして灰は周りにバラまき、森から腐葉土を持ってきて畑に撒き土魔法でかき混ぜて立派な畑の出来上がり。人が多いと畑が出来上がるのは早いな。あっという間に畑が出来た。周りの皆から褒められて気分が良いな。
家の方も土魔法の土壁で外壁を作って屋根を土壁の上に置いて出来上がり。後は椅子やテーブルを土魔法で作って簡易住宅の出来上がり。
魔法って超便利。
後はゴランさんの指示のもとみんな畑仕事をしている。しかしゴランさん、豊作祈願のドジョウすくいまで指示しなくても良いと思うよ。
避難民の男達は畑仕事、女達や老人は家事をしている。子供達は大人の仕事を手伝っている。畑仕事以外の仕事を増やした方が良いと思ってオレはレオナルド様に農園の護衛として兵士を増やしたり、近くの森で狩りの仕事をしてもらう事を頼んでみた。レオナルド様も狩りは賛成したが兵の募集はあまり良い顔はしなかった。理由は伯爵領から来た分の兵隊が増えたからこれ以上は増やさなくても問題ないらしい。確かに伯爵家からの兵隊が農園や領地の警護をしているし、襲われた近くの村の方に行って被害を確認したりしている。帝国がケンカを売ってきたから王国がそれを買い戦争が始まると皆は言っている。
男爵家に帝国が襲ってこないよね。ゴランさんに聞いたら「バルム伯爵領には難攻不落の砦があるから帝国が攻めても砦は簡単に落ちない」って言っているがどうして辺境の村々が襲われたんだよ。国境を簡単に通って村を襲っているんだけど。王国の危機管理はどうなっているのだろうか?
現在オレは、農園がひと段落したので男爵家の与えられている部屋に戻っている。前は執事のダミアンさんと一緒の部屋だったが、今は母親とマリーと一緒に住む部屋を与えられていた。そして体調を崩した祖母と四人部屋をクレイン様から与えられた。祖母は逃避行で体と心に疲れが溜まって体調を崩してベッドで寝ている。母親はポアラ様の勉強と魔法の教師や男爵夫人との話し相手。マリーは侍女見習いとしてエリーさんから色々と仕事を教えてもらっている。オレもエイルド様やドイル様のお守りや使用人の仕事や料理の仕事があるのだが、今まで農園の仕事を優先的にしていたので他の人達から小言を言われている。
男爵家料理長のデカルさんからは「早く戻って新しい料理を作るから手伝え」と言われたり、男爵家使用人のみんなから「早くおいしい料理を作って」と言われた。それを聞いたデカルさんは悲しい顔をしたよ。言ったのはデカルさんの奥さんのクララさんだから怒るにも怒れない。尻に敷かれているからだ。レオナルド様からは「書類が溜まるから早くこっちを手伝ってくれ」と言われている。オレは使用人であって領地内の事務作業をする文官等ではないよ。それ以前に子供にそんな仕事をさせないで下さい。
避難民の畑も出来上がり住む家も完成したからもう大丈夫だと思うんだけどゴランさんが放してくれないんだよね。「お前が居ると畑の出来が良い」と言われてオレに畑仕事や豊作祈願の踊りをさせる。男達が桶を持って踊るなんて悲しい事をしていた。新しく農園に入った人達が変な目で見ていたがゴランさんはその人達にも教えて一緒に踊っているし。
ゴランさんから逃げ出してやっと農園の仕事が終わって部屋に入り、寝ている祖母の様子を見る。祖母とは一年位会ってないし話した事もほとんど無い。祖母が男爵家に来た時からオレは農園に居たのでまだ話していない。前に見た時よりも更に痩せているような気がする。
部屋にはオレと寝ている祖母しかいないから回復魔法を使う。祖母の為というよりも母親とマリーが笑えるように祖母の体調を回復させる。一気に回復させない様に少しずつ回復させる。まだ回復魔法が使えるのはオレと母親しか知らない。男爵様にも教えても良いと思うが、母親はダメと言っている。回復魔法の使い手は数が少なく「オレが子供だから利用されるかもしれない」かららしい。回復魔法を終えて少しゆっくりしようと思いベッドに腰かけたらいきなりドアが開いた。
「トルク、剣の鍛錬をするぞ。ランクを上げる為に訓練だ」
「トルク、僕も剣の鍛錬をするよ」
「エイルド様とドイル様。病人がいるので静かにしてください」
オレの次の仕事は子守だな。うるさくなりそうだからベットから腰を上げて部屋を出る。しかし今の時間帯は勉強の時間帯だと思ったが。
「二人とも、今の時間は勉強では?」
「大丈夫」
二人とも声を揃えて元気に言うな。要するにサボっただろう。サボったら教師がオレに文句を言ってくるから二人を勉強部屋に戻そう。
「さあ二人とも、勉強部屋に戻りますよ。勉強しないと剣の鍛錬時間が無くなりますよ」
オレは二人の手を握って勉強部屋に向かう。後ろから非難の声が聞こえるが無視する。勉強部屋に着いたのでノックをして部屋に入った。
「失礼します。エイルド様とドイル様を連れてきました」
「ありがとう、トルク。ついでに貴方も一緒に勉強をしなさい」
「……わかりました」
母親と教師がポアラ様とマリーに礼儀作法を教えている様だ。なるほど、礼儀作法の勉強から逃げたのか。オレも礼儀作法は嫌いだから二人と一緒に逃げれば良かった。
ポアラ様も礼儀作法の勉強は苦手だが母親が逃がしてくれなかったのだろう。オレが農園で泊まり込みをしていた時にポアラ様が勉強から逃げたら夕食後から就寝まで授業を受けたらしい。魔王もとい母親からは逃げられないをリアルに体感したそうだ。そしてマリーも逃がした責任で夕食後に授業を受けて大変だったと愚痴っていた。
みんなで一緒に礼儀作法を習う。来年はエイルド様とポアラ様は王都の学校に行くので礼儀作法が必要になる。オレやマリーも貴族に対する礼儀作法が必要になるので覚えるが面倒くさいな。
ドイル様も学校にはまだ行かないが一緒に礼儀作法の勉強をしている。男爵家に戻ってからドイル様は変わったな。進んでエイルド様達と一緒に勉強や鍛錬をする。やっぱり攫われて無力だったから強くなりたいのだろう。エイルド様やポアラ様も剣の鍛錬や魔法の勉強を頑張っている。特にポアラ様は、マリーから聞いた話では男爵夫人やオレの母に回復魔法の使い方を教えて欲しいと言ったようだ。しかし回復魔法の使い手は男爵領には居ないから無理という話で終わったと思ったのだが王都で習うと言って諦めていないらしい。
礼儀作法の授業が終わり、エイルド様、ポアラ様、ドイル様は部屋を逃げるように出て行った。何かあったのかな?考えながら勉強部屋の後片づけを母親とマリーと一緒にしているとエリーさんが部屋に入って来た。
「お疲れ様です、リリア様。アンジェ様がお呼びです。マリーちゃん、仕事を始めるわよ。トルク君もデカルさんが呼んでいるわ」
母親はアンジェ様の話し相手に。マリーは侍女の仕事に。オレは厨房に向かった。
アンジェ様と母は同年代で仲が良く一緒にお茶をしている。会話の内容は世間話や子供達の事だけどね。エイルド様とポアラ様の勉強や礼儀作法の進捗状況と生活態度を聞いたりオレやマリーの小さい頃の話を聞いたり、ドイル様の勉強方法を相談したりしている。他にも王都の学校での事を二人で話している。脱線してクレイン様の事や男爵領の事、そしてアンジェ様とクレイン様の学生時代の事まで多方面にわたる。母は聞き上手みたいでアンジェ様も楽しそうに色々と話をしている。
マリーはエリーさんの元で侍女修業をしている。伯爵夫人の侍女を務めていただけあってとてもしっかりしている。掃除から洗濯、お茶会や食事の準備、男爵家の皆様の身の回りのお世話や侍女の心得までマリーに教えている。マリーは姉が出来たようで喜び、エリーさんは妹と弟が出来たと喜んでいるらしい。マリーは親が亡くなって沈んでいたからエリーさんが明るく接しているから助かっている。この調子で乗り越えてほしいと思う。
そして男爵家台所に着いた。デカルさんは何処にいるかな?居た居た、モータルさんと話している。
「デカルさん。呼びましたか?」
「おう、今から夕食の準備をするから手伝え。新しい料理を作るぞ」
「新しい料理ですか。いやー楽しみですね」
イーズの父親のモータルさんは新しい料理に目がない。デカルさんにオレとデカルさんが作った新しい料理を教えてもらって全部覚えた。モータルさんは料理馬鹿で料理の為なら夜中まで料理を作り、材料も自分で買って料理の研究をしている。料理に関する情熱がオレ達とは違う。そしてその息子は現在、農園に泊まって避難民達の料理を出している。イーズよ、お前は料理を習いに来ているのにどうして農園の仕事をしている?避難民に食事を食べさせる事は大事だがお前は男爵家に料理を習いに来ているんだろう?
「この前、パスタを教えたでしょう。それに作るにも料理道具がないから新しい料理は無理ですよ」
「仕方がない。クレイン様に言って早く料理道具を作って貰うか」
「私の分も作って貰おうかな。新しい料理道具かぁ。楽しみですね」
「後で農園の鍛冶場に行って作って貰う予定ですよ。料理道具に問題がなければそれで作って貰います」
それからオレ達は夕食の準備を始める。今日のメニューはハンバーグパスタにパンプキンスープと野菜のベーコン巻だ。夕食を作りながらオレはモータルさんに聞いた。
「イーズはまだ農園に居るんですか?」
「農園の仕事をやっているよ。全くあの子は料理を習いに来ているのに何をしているのやら」
「ガハハ、あの坊主は基礎が無いからな。農園で野菜の勉強をしないとな。なにより料理人の心構えがなっていない」
料理人の心構えって。オレにはないぞ、そんな心。
「トルクには最初からあったからな。今の若者は料理人の心構えがなってない」
あったんだ。料理人の心構えってモノが。料理人にしか分からないのかな?
それから料理の仕込みを終えたので農園の責任者のゴランさんに会いに行く。農園で働く人達が増えたから大変だと愚痴っていたな。そういえばイーズは大丈夫かな?体力ないのにどうして農園で働いているのやら。
農園に着くとゴランさんがイーズを叱っていた。
「早いんだよ、馬鹿もんが。何やっているんだ」
「すいません、我慢できなくて」
「それを堪えるのが男だろう。ほら腰に力を入ろ」
「だめです。我慢できません」
「早すぎるぞ、力を入れろ」
「だめだ、出る」
「こら、出すな。野菜を落として傷をつけたら殴るぞ」
「この荷物は重すぎます。持てません」
「もう一回、持ち上げろ。腹に力を入れて持ち上げろ。そして体の横の腰骨に引っ掛けるようにすると少しは楽に持てるぞ」
「はあはあはあ」
……なんか変な会話だな。野菜の入ったカゴを馬車に入れる作業だよね。早いのはイーズの荷物を持つ力の入れ具合の判断のことで、出るのはイーズの体勢の悪さで落ちるカゴの中の野菜だよね。
「ゴランさん、今大丈夫ですか?」
「トルクじゃないか?どうした?」
「鍛冶屋を紹介してもらってもいいですか?」
「おう、新しい料理器具の事だな。レオナルド様から聞いているからいいぞ。案内してやる。イーズは残りの作業をしたら今日の夕食を作る作業だ。わかったな」
「はぁ、はぁ、分かり、ました」
イーズは大丈夫か?
「イーズは大丈夫ですか?料理人として男爵領に来ているんですよね」
「農園の野菜作りの仕事も料理人として大事な事だ。美味い野菜を見分けるコツは作る事が一番だ」
「本当ですか?」
「ワシの爺さんが言っていたぞ。美味い野菜を作るコツは愛情だってな」
「それは見分けるコツではないですよ」
「似たようなもんだ」
ガハハと笑いながらオレ達は鍛冶屋に向かった。
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