閑話 男爵家執事の報告書2
トルクが男爵家の使用人になり一ヶ月が経つ。仕事も順調に覚え使用人たちの受けも良い。クレイン様、アンジェ様にも信頼をされ、エイルド様、ポアラ様、ドイル様との仲も良い。
エイルド様も勉強から逃げ出すことが少なくなりトルクと一緒に剣の稽古に励んでいるし、ポアラ様も二人で魔法の勉強をしている。
だがポアラ様と一緒にお茶会に参加するとは何を考えているのか!
お茶会に男性が招かれるという事は、その人を信頼している意味だ。基本的にお茶会に参加をする男性は家族や恋人・許嫁・婚約者だが、トルクに何故お茶会に参加をしたのか聞いたが「お茶会の練習ですよ」と簡単に言った。
これは意味が分かっていないようだ。後日、貴族の一般教育をしておこう。
それから屋敷でポアラ様に魔法を使わせないようにトルクに厳命しておこう。
朝、廊下でクララと会った。
「ダミアンさん、デカルが風邪を引いてしまったので私が食事を作りますがよろしいですか?」
……困った、デカルが風邪を引いたのか。クララは料理があまり得意ではない。昔、デカルが今回のように風邪を引いた時もクララが料理をしたがハッキリ言って美味しくはなかった。このままでは今日の食事が酷い事になる。
そうだ!トルクは料理も出来るはずだ。トルクに任せるか。
「分かりました、トルクと一緒にお願いします、デカルと朝食を作っていたから大丈夫でしょう」
そう言ってクララと別れた。後で朝食の出来を見に行こう。
だがそんな時に限って忙しく、私は台所に行けなかった。今日の朝食の心配をしていたが、朝食を見た時はショックを受けた。
……なんだこの料理は?初めて見るぞ。パンの中に薄いハムやチーズが挟んであるし、卵だと思われる黄色い料理、香ばしい匂いのスープ。
これは食べられるのか?他の仕事よりも台所を優先して行くべきだったと後悔をした。
クララが料理の紹介をした。一口サイズのサンドイッチ、卵を使ったスクランブルエッグ、かぼちゃを煮込んでミルクと混ぜて味を調えたスープ。
どれも初めて見る料理だ。これはトルクが住んでいた辺境の村では当たり前の料理なのか?
クララに味を聞いてみたがとても美味しかったらしい。
クレイン様が朝食を食べると「うまい」と言って無言で食べ続けた。アンジェ様も「おいしい」と言い優雅に朝食をとり終始ご機嫌だ。
「ダミアン、今朝の食事はトルクが作ったのか?」
「はい、クレイン様。トルクが作りました」
「そうか。デカルが風邪で寝込んでいるから今日の食事はどうなるかと思ったが、トルクは料理も出来たのか。今日の食事はトルクに任せようと思うが大丈夫か?」
「今日はトルクには料理だけをさせましょう。私も手伝います」
「よし!トルクを呼んできてくれ」
他の使用人にトルクを呼んで来させる。間もなくしてトルクが来たが不安気な顔をしている。
「今回の朝食はトルクが作ったのだな?」
「すいません、やはりまずかったですか?久しぶりに料理を作ったのですが平民の料理ですので皆さんの口には合わなかったかもしれません」
「初めて見る料理だったがうまかったぞ。それで頼みがある。デカルが病気で倒れているから今日はお前が作ってくれ」
驚いている様だ。無理もないし仕方ないか。
クレイン様の命令でトルクは今日の料理番として決まった。みんなの好き嫌い、使って良い料理の材料、手伝いが付くのかなど。トルクはいろんな質問をしている。昼は私も料理を作っている所を見ておこう。私の助けも必要なはずだ。
昼前になり私は台所に向かった。そろそろトルクが料理をはじめている頃だろう。台所に行くと良い匂いがしてきた。テーブルには料理が出来あがっている。私に気付いたようだ。
「ダミアンさん、味見をお願いしても良いでしょうか?」
「これは何だ?いい匂いだな」
「生地を伸ばしてチーズや野菜、ベーコンを焼いたパンです」
「初めて見る物だが美味しそうな匂いだ、では早速いただこう」
これは、なんと濃厚な味だ。とろりとしたチーズのうまみに、さくっとしたパン生地、ベーコンの歯ごたえや、野菜の甘み、トマトの酸味が素晴らしい。
「うん、美味しいぞ!良い出来だな。これなら昼食を喜ばれるだろう」
「ありがとうございます、では早速、これをメインに昼食を作ります」
これなら皆、喜ばれるだろう。他の使用人に手伝わせて配膳をすませる。早くこの旨さを皆に食べてもらわなければ。
私は執務室にいるクレイン様に昼食を届けた。
「旨そうな匂いだな。これは何ていう食べ物だ?」
おや、名前を聞くのを忘れてしまった。後で聞いておこう。
「申し訳ございません、名前を聞くのを忘れていました」
「まあ、よい。さて温かいうちに食べるか」
みんなが一口食べると驚いた顔をする。その筈だ、こんな料理を食べたのは私も生まれて初めてだった。みんなも驚いている。
「これは本当にトルクが作ったのか?こんな料理は初めて食べたぞ」
「はい、トルクが考えて作ったようです」
確かに子供が料理を考えて作るなんで信じられないが、台所にはトルクしか居なかった。他の使用人は料理が出来ないし、他の人間も台所には入っていない。
「すごいな、料理の才能もあるとは……」
「私もこの料理の味見をしたときは驚きました」
「これは夕食も楽しみだな。どんな料理が出てくるやら」
「私も味見が楽しみで」
「味見の時は私も呼んでほしいのだが」
「クレイン様はお仕事が有りますので無理です」
家の主人を台所に行かせる訳にはいかない。お子様達にも言っておかないといけないな。
食事が終わり、エイルド様やポアラ様やドイル様に台所に行くのを禁止して他の仕事を済ませる。
そろそろトルクの料理の手伝いを思い出して台所へ向かう。向かっている最中にレオナルド様とクララに出くわした。
「おや、二人とも台所に御用ですか?」
「トルクの様子を見ようと思ってな。今日は私の執務の手伝いの代わりに料理の支度とは、あいつも大変だな」
「私は料理の手伝いをする為ですよ」
二人とも夕食が楽しみの様だ。
「私もトルクがどんな料理を作るのか楽しみでして、クレイン様も今日の夕食が楽しみのご様子です」
「では、台所に向かうか」
三人で台所に向かう最中にレオナルド様が言った。
「ダミアン、未定なのだか新しい使用人、いや魔法の教師を招きたいのだが大丈夫か?」
「魔法の教師ですか?魔法を使う人は少ない上に、お金も掛かります。男爵家では難しいかもしれません」
魔法の教師は男爵家くらいの領地には来ない。魔法を使う人間は少ないが、教える人間は更に少ない。基本的に王都や大きな領地にしか居ないだろう。
「トルクの母親を男爵家に招きたいと思っている。彼女は魔法を使えるし貴族の教育も出来るだろう。アンジェ様とポアラ様のお茶の相手も出来るし、なによりトルクに魔法や勉強を教えた人物だ。教師役としても良いと思う」
トルクの母親ですか。確かにトルクが魔法を使えるから使用人も助かっている。寒い日には温かい水を作って掃除が出来るし水汲みもトルクの魔法を使っている。
トルクの母親がポアラ様に魔法の使い方を教え、貴族の教育も出来る。アンジェ様の話し相手にもなる。これは良い考えだ!
「私は賛成です。ポアラ様に貴族としての教育も出来ますし、アンジェ様のお茶のお相手にもなるでしょう」
「今度、クレイン様に許可をとってみよう。あとトルクには内緒にしよう。驚かせてビックリさせるか」
「面白そうですね、協力します」
台所に着くとトルクが椅子に座りながら困った顔をして皿を見ている。
「トルク、夕食の準備はどうだ?」
「レオナルド様、あまり状況は良くないです。試しに作ったものの味はイマイチでして」
「では、味見をしてやろうか?」
「お願いします。皆さんもどうぞ」
トルクが一口サイズに分けて皿に盛る。肉?みたいな物を焼いた肉と丸い具が入ったスープか。
まずは肉を食べてみる。歯ごたえが柔らかく噛むほど肉汁が出てきてうまい。
スープもさっぱりしているのに野菜の甘味がよく合う。しかしこの丸い具は一体なんだ?
「おお!旨いではないか」
「初めて食べたが旨い」
「美味しいわ」
皆の評価が良くてもトルクは難しい顔をしている。この料理のどこが不満なんだ?
「皆さん、美味しかったですか?」
「初めて食べたが美味しかったぞ。この肉の丸めたやつは何だ?肉が柔らかくて旨い」
「このスープの具材は何かしら、さっぱりしておいしいわ」
「この料理の何処が不満なんだ?」
「味です。ハンバーグはなにか一味足りなくて、スープは出汁が悪いのか味がイマイチです」
……味が不満だと。我々が旨いと絶賛したのにダメなのか。トルク、お前の味覚はどうなっている。レオナルド様もクララも呆れているぞ。無理もない。我々が旨いと感じたものがトルクにはイマイチだったのだから。
我々が呆れているとトルクが小さい声でボソッと言った。
「今からでもクレイン様に頭を下げて夕食は無理だと伝えるべきかな」
「待て!クレイン様は夕食も楽しみにしているぞ」
「奥様も楽しみにしているわ」
「お子様達もお前の料理を待っているぞ」
「しかし、未完成の料理を出すなんて男爵様に悪いと思うのですが……」
みんなで止める。これで夕食がごく普通の料理だったらクレイン様をはじめ使用人全員が文句を言ってくる。絶対にこの料理を夕食に出させる。レオナルド様とクララに目配りをして言った。
「待て!この料理はうまい。初めて食べた料理だ。これをクレイン様達に出さないわけにはいかない」
「このスープも美味しいわ。奥様の好みの味付けだわ」
「トルク!この料理はこれでいいぞ。手伝いがいるな、今回は私も手伝おう。クララ、あと三人位に声をかけて手伝ってもらえ」
「しかし、この完成度では……」
まだ、言うかこいつは。
「安心しろ、これで良い。この料理はうまいぞ」
「ダミアン様、すくに人を呼んで手伝わせます」
「レオナルド様、私も一緒に手伝いますので大丈夫です。クレイン様にお伝えしてください」
トルクはあまり納得をしてないが、この献立で決まった。クララは料理を手伝い、私とレオナルド様は台所を出た。
「とりあえずは夕食の準備は大丈夫そうですね」
「だが安心は出来ないな。私はデカルを呼んでおこう。体調が悪いといっても新しい料理を見る事が出来るし、デカルなら何かしらアドバイスが出来るかもしれない」
「私も手の空いている使用人を呼んできます。私も手伝いますので安心をしてください」
私達は直ぐに行動をした。台所に使用人を連れてきて、肉を細切れにする作業をする。使用人全員分は結構な労働だ。
「トルク、夕食の準備は出来ているか?」
「デカルさん、寝てなくていいんですか、体は大丈夫ですか?」
デカルが来たようだ。これで夕食の料理も大丈夫だろう。トルクもデカルに質問をしている。旨かった料理が更に旨くなるなんて。夕食が楽しみだ。
おや、クララが木の棒を持ってデカルの所に行く。デカルの後ろに立ち棒を振り落とす。ゴンという音をさせた。
「全く、寝てなくちゃだめじゃないの、デカル」
「クララさん、デカルさんは大丈夫ですか?」
「まだ体が本調子ではないみたいね、今から寝かせるから後はよろしくね。あとトルク、奥様が夕食を楽しみになさっているわ」
クララがデカルを連れていく。相変わらずの愛情表現だ。クララは昔から口よりも手が早い。照れ隠しでデカルを殴ったりしていたし、プロポーズの時もデカルを殴って承諾をしたと噂が有るくらいだ。デカルも殴られてよく体が持つものだ。
今回の体調不良もクララが殴って気絶したからではないか?
食事の準備が終わり、トルクと一緒にクレイン様達が待っている食堂に向かい急いで配膳をすませる。
「トルク、楽しみにしていたぞ、見たことが無い料理だ」
「本当に、おいしそうだわ」
「トルク、お前のせいで母上から怒られたぞ」
「初めて見る料理」
「良い匂いでおいしそう」
皆の反応も良い。食事を食べ始めると皆から「旨い」「おいしい」と声が出る。
肉の塊のハンバーグはドイル様の嫌いな野菜が入っているがそんな事を気にしないて食べている。
スープの具には魚が有るが骨は無いのでポアラ様も喜んで食べている。
エイルド様はお替りを要望している。
クレイン様もアンジェ様も美味しそうに食べている。今日一日の食事は上手くいった。
食事が終わり、みんな満足している。
エイルド様がトルクに明日の夕食にハンバーグを注文し、クレイン様が明日の料理の献立を聞く、アンジェ様も魚を希望している。
「昼食は難しいですが朝食と夕食はトルクにも手伝わせましょう」
トルクに料理人補佐の仕事を押し付ける。
男爵家と働く使用人達の為に美味しい食事を提供する新しい仕事を押し付けよう。




