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バルム領のウィール男爵領の男爵邸で生活をして、かれこれ一ヶ月くらい経とうとしています。
お久しぶりです、トルクです。オレは今日も元気に生活をしています。
仕事の内容は朝の食事の支度に男爵家の子供達の教育、レオナルド様のお手伝い、男爵家の掃除、ダミアンさんの仕事の手伝い、その他いろいろと頑張っています。冬が近くなり段々と寒くなってきました。冷たい水を使う掃除は大変なので火魔法で石を熱くして水を入れた桶に入れる。これで温かい水になり掃除をしていたら他のメイドさんに作るように頼まれました。その後ダミアンさんに温水係に命じられ、また仕事が増えました。
子供達の教育は大変です。
エイルド様は本当に剣術の事しか頭になく、毎日毎日、剣の稽古をしています。勉強をする姿勢が段々と無くなり偶に勉強から逃げたりしています。オレがエイルド様を探し出して勉強に参加をさせようとするが「オレに勝ったら勉強に参加してやる」と言って模擬戦のはじまりです。勝率は三割位なので負けたら逃がした責任を負って教師に叱られています。
ポアラ様は勉強からは逃げはしません。しかし魔法の勉強中に何かとオレに魔法を撃ってきます。「動く的が有ると便利」と言ってオレを的扱いにして下級の魔法の火の玉、水の玉、石礫などをオレに当ててきます。火の玉でカーテンを燃やしかけ、水の玉で部屋を水浸しにしたり、石礫では他の人に当てそうになる。後のフォローは全部オレがしていて仕事が増えています。そしてダミアンさんに怒られる。
オレは悪くないのに。
レオナルド様の仕事の手伝いの時間が一番、落ち着いて仕事が出来ます。基本的に計算機の役割をしていて男爵領の計算確認係の役職を拝命しました。怪我の心配の無い安全な仕事です。子供達の勉強を見るよりもこちらを重視してもらいたいです。ですがレオナルド様、変な書類をオレに渡すのは止めてください。エイルド様の勉強法に関する報告書やポアラ様の婚約者候補の能力基準の報告書や王国に提出する税務内容や農園拡張計画表等々。私では判断できません。
毎日があっというまに過ぎています。さて今日も仕事だ。
冬が近づき今日も寒い。ベッドの中でぬくぬくと過ごしたいが起き上がり身だしなみを整えて台所にむかう。
おや?デカルがまだ来てない。めずらしく遅刻かな?樽に水を入れて火の用意をしているとデカルさんの奥さん、侍女長のクララさんがやってきた。
「トルク、デカルが熱を出して体調を崩して料理が出来ないの。私が料理をするから手伝って」
「はい、分かりました。今日の献立は何でしょうか?」
「……献立?なにがいいかしら?」
「デカルさんからは何も聞いていないのですか?」
「デカルは病人なのに食事を作ると言って起き上がろうとしていたから寝かせたわ」
……強制的に寝かせたんですか?クララさんパネーな。
「では、クララさん何を作りましょうか?」
「何が良いかしら?料理はあまり得意ではないから困ったわ」
「……料理の出来る人はいないのですか?」
「トルクは出来るのでしょう?任せたわ」
……オレに丸投げかよ。しかし困ったな。男爵様達に出す料理なんてやった事ないぞ。どうにか作ってみるか。
とりあえずは材料を確認する。卵、ミルク、チーズ、野菜等、結構あるな。献立はサンドイッチにスクランブルエッグにしておくか。
パンを切って野菜とチーズを挟んでサンドイッチにして、食べやすいように男爵夫人とポアラ様やドイル様の分は一口サイズに切っておこう。スクランブルエッグとサラダと一緒にして皿に盛る。……もう一品ほしいな。そういえばスープが無いな。かぼちゃのスープでも作るか。かぼちゃをとりだして柔らかくなるまで煮込んで棒でかき混ぜてミルクを入れて味を調える。よし、何とか出来たかな。あ!スープの味見を忘れてた。うーんなんか味がいまいち。何かが足りない?クララさんにも味見をしてもらう。
「あら!このスープ濃厚で美味しいわね」
クララさんの舌には合ったようだ。合格点を貰ったがオレ的にはイマイチの出来だ。ヤバい、そろそろ朝食の時間だ。急いでお皿に盛り付けをして侍女さん達に朝食を持っていってもらう。
やっと男爵家の朝食分は終わった。次は使用人の朝食だな。とりあえずサンドイッチを作りながらかぼちゃのスープを作る。使用人の食事の時間もなんとか間に合いそうなのでホッとしていたらクララさんに呼ばれた。
「どうしました?」
「クレイン様がお呼びです。急いで来てください」
「料理の盛り付けの途中なんですけど」
「他の人に任せなさい。あなた達、朝食の用意をしなさい」
クララさんと一緒にクレイン様のいる食堂に行く。朝食がまずかったかな?貴族の舌には合わなかったか。
「失礼します。トルクを連れてきました」
クレイン様に許可を取って入室する。男爵家全員いるな、やはり料理が変だったか?
「今回の朝食はトルクが作ったのだな?」
「すいません、やはりまずかったですか?久しぶりに料理を作ったのですが平民の料理ですので皆さんの口には合わなかったかもしれません」
「初めて見る料理だったがうまかったぞ。それで頼みがある。デカルが病気で倒れているから今日はお前が作ってくれ」
……今日はオレが料理番かよ。他の仕事が出来ないし、一人では無理だよ。
「しかし他の仕事もありますし、一人では料理を作るのは難しいです」
「安心しろ、他の人間にも手伝わせるし、今日は料理の仕事だけで良い。昼食も夕食も楽しみにしているぞ」
……料理番決定~。料理に必要な事を聞かなければいけないな。
「では質問がありますがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「食材はなんでも使って良いのでしょうか?」
「基本的に何でも使って良いだろう、詳しい事はダミアンに聞け」
「次に皆様の食べ物に好き嫌いはありますか?」
「私は特には無い、妻は匂いがキツイ物は駄目だな」
「そうですね、あとは苦い物も駄目ですね」
クレイン様は好き嫌い無し、奥様は匂いがキツイ物と苦いものが苦手。
「オレはピーマンと人参とセロリとナマモノが嫌いだ」
「エイルド様、好き嫌いをしていると強くなれませんよ、強い人になるためには好き嫌いを無くさないと」
エイルド様は好き嫌いを無くさせよう。
「私は魚が苦手」
「僕も魚とピーマンと人参が苦手」
「ポアラ様、ドイル様。魚は骨が有って食べ難いから苦手なのでしょう、今度作る時は骨が無いようにします。あとピーマンと人参も味や匂いがダメなら対処が出来ますから食べて下さい」
「おいトルク。オレと二人とでは対応が違うのではないか?」
「強い人になる為の試練です、頑張ってください」
「そうなのか?」
「そうです、忍耐力を付ける事も強くなる秘訣です。なので勉強からも逃げないで下さい」
「あら、エイルドはまだ勉強から逃げているの?」
あ、奥様の雰囲気が変わった。後ろには見えない般若が居るのだろう。
「お母様これは、その。トルク!何を言っているんだ!」
「私は料理の支度が有るので失礼をします」
「トルク!逃げるな、待て!」
トルクは逃げ出した。日頃の恨みだ。おとなしく怒られろ!
「エイルド、どういうことが教えてもらえるかしら?」
さてと、昼食は何を作ろうかなっと?
クレイン様からはなんでも良いと言われているが献立に悩むな。よし、ピザを作ってみよう。そうと決まればまずは作れるか確認だな。
かまどはパンを焼くやつで代用、小麦粉、チーズ、野菜、トマト、ベーコンあり。実験で1回、小さいのを作ってみるか。
まずはトマトケチャップを作ろう。次にピザ生地を作り伸ばしてチーズやトマト、野菜、ベーコンを乗せる。後は焼くだけだが焼き加減がよく判らないから注意しないと。素人の作り方だから大体こんな感じかな。
とりあえず完成だが、ピザ生地が膨らんでない。あ!発酵を忘れた。まあいいか。あとは誰かに毒見もとい味見をしてもらうか。さて誰が良いかな……。
「トルク、いい匂いがするな。何を作っている?」
お!丁度ダミアンさんが来たか。
「ダミアン様、味見をお願いしても良いでしょうか?」
「これは何だ?いい匂いだな」
「生地を伸ばしてチーズや野菜、ベーコンを焼いたパンです」
「初めて見る物だが美味しそうな匂いだ、では早速いただこう」
「いかがでしょうか?」
「うん、美味しいぞ、良い出来だな。これなら昼食も喜ばれるだろう」
「ありがとうございます、では早速、ピザをメインに昼食を作ります」
ピザがメインで後はサラダでも作るか。
他のメイドさんに手伝ってもらってピザとサラダを作る。男爵家用のピザは出来たから、次は使用人用のピザを作らなければ。
使用人のピザを作っているとダミアンさんが台所に来た。
「トルク、ピザをお代わりだ。クレイン様とエイルド様とドイル様が気に入ってお代わりが欲しいと」
「了解しました、少し待っていてください」
ピザのお代わりか、やっぱり必要だったな。あらかじめ準備していたのですぐに取りかかる。
「出来ましたよ、持って行ってください」
急いで使用人の食事を作らないと。忙しい忙しい。
昼食が終わりようやく一息つけた。ピザの評判は良好で他の人達にも受けが良かったようだ。
次は晩飯の準備か。デカルさんよく毎日、料理を作れるな。料理人と主婦は毎日大変だな。
さてと、晩飯の献立を考えないといけないな。ポアラ様は魚が嫌いだから魚料理はだめ、ドイル様は魚とピーマン、人参が嫌いか。
魚の白身を使ったつくねのスープとピーマン・人参を細切れにしたハンバーグだ。
前世で料理が少し作れて良かった。
まずは魚を三枚に下してすり潰して小麦粉を入れる。味付けは塩くらいしか無いからな。魚の骨で出汁をとって味を調えよう
次にハンバーグだな。肉を細切れにしてピーマン・人参をみじん切りにしてパンを粉にしてパン粉でつないで肉を丸めて空気を抜く作業をする。後はフライパンで焼く。
さてと、完成したがなんかおかしい。スープは出汁がいまいちだ。ハンバーグも味がいまいちだ。困ったな、この完成度じゃ男爵様達に出せないぞ。
もんもんと考えているとレオナルド様とダミアンさんとクララさんがやってきた。
「トルク、夕食の準備はどうだ?」
「レオナルド様、あまり状況は良くないです、試しに作った料理の味がイマイチで」
「では味見をしてやろうか?」
「お願いします。皆さんもどうぞ」
三人ともハンバーグに魚のつくねのスープを口にする。
「おお!旨いではないか」
「初めて食べる料理だが美味い」
「美味しいわ!」
三人とも絶賛している。おかしいな?オレ的にはあまり美味しくないと思うが……。
「皆さん、美味しかったですか?」
「初めて食べたが美味しかったぞ!この肉の丸めた料理は何だ?肉が柔らかくて美味い」
「このスープの具材は何かしら、さっぱりしておいしいわ」
「この料理の何処が不満なんだ?」
「味です、ハンバーグはなにか一味足りなくて、スープは出汁が悪いのか味がイマイチです」
……皆さん、なんで黙ってこっちを見るのでしょうか?なにも変な事は言っていないよ。
「今からでもクレイン様に頭を下げて夕食は無理だと伝えるべきかな」
オレがボソッというと他の三人が言った。
「待て、クレイン様は夕食を楽しみにしているぞ!」
「アンジェ様も楽しみにしているわ!」
「お子様達もお前の料理を待っているぞ!」
あれ?なんかおかしいぞ。夕食に期待をされている。
「しかし未完成の料理を出すなんて男爵様に悪いと思うのですが」
「待て!この料理は美味い。初めて食べた料理だ。これをクレイン様たちに出さないわけにはいかない」
「このスープも美味しいわ。アンジェ様の好みの味付けだわ!」
「トルク、この料理はこれで良い。準備するには他にも手伝いがいるな。今回は私も手伝おう。クララ、あと三人位に声をかけて手伝ってもらえ」
「しかしこの完成度では……」
「安心しろ!これで良い。この料理は美味いぞ」
「ダミアン様、直ぐに人を呼んで手伝わせます!」
「レオナルド様、私も一緒に手伝いますので大丈夫です。クレイン様にお伝えしてください!」
……献立が決まったようだ。仕方がない、せめて夕食までに完成度を高めるか。
あぁ!ハンバーグソースが抜けていた。ソースがないと美味しくないよね。
ダミアン様とメイドさん達にハンバーグとスープの仕込みをしてもらいながらオレは味について考えていた。椅子に座りこんで考えているが思うように浮かばない。ハンバーグソースはデカルさん秘蔵のソースで味を調えてみた。でも素人料理はだめだな。味がイマイチだ。今度からは料理は断ろう。なんて考えていると寝ているはずのデカルさんが入ってきた。
「トルク、夕食の準備は出来ているか?」
「デカルさん、寝てなくていいんですが、体は大丈夫ですか?」
「バカ野郎、昼にスープを飲んだぞ。作ったのはトルクだろう。なんでオレに教えないんだ?クララに聞いたが夕食の料理も初めて食べたが美味しかったって言っていたぞ。オレにその料理を教えろ。寝てられるか」
あーらら、料理人魂に火が付いたようだ。ダミアン様に目を向けてみるが困った顔をしている。
「デカル、新しい料理は良いが、体調は戻ったのか?」
「大丈夫だ!これくらい問題無い!」
「ではデカルさん、お願いします。まだ料理が美味くなると思うのですがオレには思いつかなくて困っていました。足りないものを教えて下さい」
デカルさんに助けを頼み料理を食べてもらい味について聞く。
「これが新しい料理か……。美味いじゃないか。どこが悪いんだ?」
「味です。まだ美味くなる要素があると思うんですが、何が悪いかよくわりません」
「うーん……、肉の種類を変えるか部位を変えるか」
「なるほど部位を変えるか。他の部位を合わせてみるか」
「おお、いい考えだ。早速試そう」
二人で料理を再開する。試作品をダミアン様に食べてもらった。
「さっきのよりも美味いぞ。これは凄い料理だ!」
よし!成功したな。味についてはまだ美味くなると思うがこれ以上は時間がない。さて夕食の支度だ。デカルさんも参加して夕食の準備をする。デカルさんの指示を聞こうとするが後ろからゴンという音が聞こえた。
「全く、寝てなくちゃ駄目じゃないの、デカルったら」
クララさんがデカルさんを強制的に寝かせた様だ。手には棒状の物を持っている。
「クララさん、デカルさんは大丈夫ですか?」
「まだ体が本調子ではないみたいね、今からデカルを寝せるから後はよろしくね。あとトルク、アンジェ様が夕食を楽しみになさっているわ」
恰幅のよいデカルさんをひょいと担いで台所を出て行った。クララさん怖。
気分を変えて調子を取り戻し、夕食の準備を進めた。今日の献立はハンバーグに魚と野菜のスープ、サラダです。ダミアン様と一緒に食事を持って行く。食堂に入ったらみんな待っていたので急いで配膳をすませる。
「トルク、楽しみにしていたぞ!見たことが無い料理だ」
「本当に、おいしそうだわ」
「トルク、お前のせいで母上から怒られたぞ!」
「初めて見る料理」
「良い匂いでおいしそう」
「ありがとうございます、どうぞ召し上がってください」
皆さん料理に手をつけて食べ始める。美味い、おいしいと声が出た。良かった、みんな喜んで食べている。
「トルクこの肉はなんだ?牛のようだが?」
「はい、牛の肉を細切れにして丸めて焼きました。中にはピーマンと人参の細切れも入っています」
ドイル様が手を止めてオレとハンバーグを見る。
「え!ピーマンが入っているの?分からなかった」
「はい、これならドイル様がきらいなピーマンと人参が食べられます」
「このスープも美味しいわ。この丸いものは魚かしら?」
「はい魚の白身を使っています。骨も無いので食べやすいはずです」
「これなら魚が食べられる」
ポアラ様が満足そうにスープを食べている。
「トルク、ハンバーグをおかわりだ」
「はい、分かりました」
おかわりのハンバーグを出してエイルド様の前に置く。本当に美味しそうに食べているな。上手くいって良かった。
食事が終わってみんな満足そうにしている。なんとか料理係は上手くいったな。そんな事を考えているとエイルド様が言った。
「トルク、明日の夕食もハンバーグがいいな、頼むぞ」
「デカルさんに伝えておきます」
「待て、他の料理も良いではないか?トルク、明日の料理は何だ?」
クレイン様、オレは料理人ではないよ。
「デカルさんにお任せをしています」
「今日は肉だったから明日の夕食は魚がいいわ」
アンジェ様、献立はデカルさんの仕事です。
「骨の無い魚がいい」
「僕も明日はハンバーグがいいな」
ポアラ様、ドイル様、オレは料理人ではありません。
「昼食は難しいですが朝食と夕食はトルクにも手伝わせましょう」
ダミアンさん、また料理を作れとおっしゃるのでしょうか?あぁ、ダミアンさんがニッコリ笑っているよ。
仕事内容に料理人手伝いと新料理開発係という仕事が増えた。
どうしてこうなった。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




