27 治療後
目を開いて最初に見た光景は、額に怒りマークが付いている笑顔のララーシャルだった。
サクラの言う通り、精神の記憶を覗いていたんだな。これなら詳しく説明しなくても大丈夫だろう。キャメロッテ嬢とロッテ嬢の事はララーシャルに説明してもらおう。
……現実逃避じゃないよ。ララーシャルが何に対して怒っているか知らないけど、あの時は突然の事でオレは回避出来なかったから仕方がないよね。ララーシャルが何かを言う前に、
「疲れたから休むよ。ララーシャル、説明をよろしく。おやすみ」
と言って寝返りをうって寝ようとしたら、隣にはキャメロッテ嬢が居たんだ。まだ意識を取り戻していないけど、隣に女性が寝ている事を忘れていてビックリした。
「おはよう、トルク。三日間も寝たきりだったから、お腹空いているでしょう。何か食べる?」
三日間? そんなに寝ていたの? ララーシャルの言葉に反応して起きる。
「おはよう、ララーシャル。そんなに寝ていたのか。どうりで寝付けないはずだよ」
周りを見ると、部屋にはクリスハルトがソファーで寝ている。他のみんなは居ない様だ。窓を見ると太陽が昇っているのか、降りているのか陽の光が窓を射している。
「今の時間は早朝よ。トルクを心配してみんな二日目くらいまで頑張っていたけど、倒れたら駄目だから休ませているわ。お疲れ様、トルク」
「ありがとう。ララーシャルは大丈夫なのか?」
「私は精霊よ。寝なくても問題ないわ」
だったら食べたり寝たりしているのはどうしてだ? ……それを言いかけようとしたが、空気を読めるオレは「心配してくれてありがとう」と言ってベッドから出る。
三日間寝ていたから体が重くてふらつくな。体力が落ちた気がするよ。屈伸したり、肩を回していると、クリスハルトが目を覚ます。オレが起きている事に驚いている。
「おはよう、クリスハルト。心配かけたな」
「トルク、無事だったんだな。お前が寝ている最中はいろいろと大変だったぞ。急に音をたてて足が折れたり、腕から血が出たりして。一番驚いたのは、いきなり背中から血が溢れ出して、ベッドが血まみれになったことだ。ララーシャル殿が急いで回復魔法をかけたけど、出血多量で死んでいた可能性があったのだぞ」
オレの体調が悪い原因は出血多量で死にかけたからなのか? クリスハルトから聞いたら気分が悪くなってふらつく。クリスハルトがオレをソファーに座らせて水を飲ませた。
「大丈夫か?」
「大丈夫と思う」
クリスハルトから貰った水を飲みながら、血を増やすためにレバー等を摂らないといけないなと思った。朝食にレバーを用意してもらうのは無理だけど、肉や卵を使った料理を注文したい。
「それでキャメロッテの容態だが……」
「とりあえず記憶の書き換えは成功した。でもいろいろと説明をしないといけない事が増えたから、関係者を集めて説明をするよ」
キャメロッテ嬢は二重人格になって、記憶を覚えている死ぬ寸前に生まれたロッテの事や、本体であるキャメロッテ嬢の事を説明しないといけない。それに周りの人達にも記憶をどのように書き換えているのかも説明しないといけないし、キャメロッテ嬢の両親にも説明をしないといけないな。
そういえば帝国の貴族達はキャメロッテ嬢の事をなんて噂しているだろうか? その辺もフォローを考えないと……、血が足りなくて頭が回らない。水でも飲もう。
そういえばサクラは? 周りを見渡しても居ないな?
「サクラはロッテに精霊術を教えているわよ。まだキャメロッテの精神の中に居るわ」
ララーシャルの言葉でキャメロッテ嬢を見てふと疑問に思った。ララーシャルがロッテと言ったな。……そういえば、サクラがララーシャルも見てるって言っていたっけ。
だったら説明も楽になりそうと思い、サクラの行動について考える。ロッテ嬢に変な事を教えなければ良いんだけど。……大丈夫と信じたい。
「サクラもロッテと仲良しになったけど、トルクも仲良くなったわよね。チューをした仲だものね」
ララーシャルの言葉にクリスハルトの動きが止まる。オレもどうして今その事を言うのか、ララーシャルに文句をつける前に、クリスハルトがオレに近づいて手を肩に置いた。
「どういう事なのかな? トルク。婚約者がいる令嬢とキスをしたと聞いたが」
「ちょっと待て! 詳しく説明するから! 肩に置いた手の力を抜いてくれ! 痛いぞ!」
「すまない、無意識だった。それでどんな事情なのかな?」
「だから手の力を抜いてくれ! ララーシャル! お前のせいでメンドクサイ事になったじゃないか!」
笑いながらオレとクリスハルトを見るララーシャル。
「トルクが悪いのよ。私に黙ってチューするんだから。でも私はその程度では気分を害しないわよ。トルクと私は初めて奥義を使った間柄じゃないの。その程度で怒る訳が無いじゃない」
「怒ってないけど、気分が悪いんだな! 嫉妬だな!」
「嫉妬というよりも、私の許可が欲しかったわ。もちろん、クリスハルトの許可も必要でしょう」
「婚約者がいる令嬢に手を出したんだ。本来なら決闘を申し込むのだが……。キャメロッテの事を説明してくれるのだろう、トルク」
両手をオレの肩に載せて力をこめるクリスハルト。マジで痛いから止めてくれ。
「説明するから手の力を抜いてくれ、クリスハルト! ララーシャルは分かっているだろう! オレで遊ぶな!」
なんとかクリスハルトが手の力を抜いてくれた。 ララーシャルはオレ達の行動に笑っているし、オレで遊ぶのを止めてほしいよ。
「遊び半分で怒り半分よ。トルクは無自覚で女の子達を落とす子なんだから、私がしっかりしないと修羅場になるわ」
「修羅場って……。ロッテ嬢の場合は親戚の子供の様な対応だろう。クリスハルトの親族の小さい子供としか見てないだろう。ララーシャルの様な事にならないよ」
「それよりも、ロッテと言っているが、キャメロッテの事なのか? キャメロッテはロッテという愛称は嫌っていたのだが……」
オレとララーシャルの言い争いにクリスハルトが遮って、疑問を述べる。ロッテ嬢の事を説明しないといけないな。
「ロッテとはキャメロッテが死ぬ寸前に生まれた人格の女性よ。救出されてクリスハルトや屑騎士の事を忘れ、精霊と会話していた子がロッテね。キャメロッテが悪夢から逃げ出す為に生まれたもう一人のキャメロッテがロッテなの」
オレの代わりにララーシャルがロッテ嬢の説明をする。クリスハルトはララーシャルの説明が理解出来ない様で呆然としている。
「人格が生まれた? キャメロッテがロッテ?」
クリスハルトにロッテが生まれた経緯と、その為に主人格であるキャメロッテの悪夢の記憶を肩代わりしていた事、記憶を書き換えた今は、キャメロッテが傷つかない様に心の奥で生きていく事を選んだ事を説明する。ロッテの事を納得したクリスハルトは、
「そうか、私はキャメロッテの他にロッテも愛する事が出来るんだな。同じ女性を二人も愛する事が出来るとは、私は幸せだな」
……言葉がおかしいような気がする。二重人格者を二人と言って良いのだろうか? 二人を愛するって二股か? でも体は一人で人格が二人なら二股にならないのか?
キャメロッテの髪を取ってキスするクリスハルト。……絵になるな。美男子と美少女で、クリスハルはちょっとした行動がカッコイイ貴族だなと思う。
オレには無理だけどな。こんな気障な行動は恋愛ドラマかフィクションストーリーで十分だよ。
「とりあえず、モンリエッテや父上にも説明して、グラデッシュ伯爵にも説明しないといけないな」
「キャメロッテはもう少し寝ているから、他の人達に説明しましょう」
ララーシャルの言葉に疑問がある。どうしてキャメロッテ嬢は起きないんだ?
「サクラがロッテに精霊術を教えているからよ。昼過ぎには修行法を教え終わると思うわ」
……半日で修行法を教え終わるって。ロッテ嬢はオレよりも才能が有るのか? まだ半年しか修業してないけど、半日で修行を終えられるロッテ嬢の方が御使いの才能が有るんじゃないのか?
「ロッテは人格が二つに分かれたから才能も半分になったってサクラも言っていたでしょう。トルクの方が才能は上よ。初代並みの才能ってサクラやジュゲムだって言っていたでしょう」
そんな事を言っていた気がする。……忘れかけていたよ。
「ロッテは吸魔術の練習法を習って、魔力の密度を上げる訓練方法を習っているだけよ。他の方法は御使いにしか教えない秘伝なんだから」
そうかい、魔力を濃くする吸魔術の修業だけなら安心したよ。サクラが変な事を教えてロッテ嬢に迷惑をかけているのではないかと思ったよ。サクラは雷音さんの修行法をさせようとするからな。
「トルク、キャメロッテは大丈夫なのか?」
クリスハルトが御使いの修業を習っているキャメロッテ嬢の事を心配している。
「大丈夫だと思う」
「そこは言い切ってくれ。不安が残るぞ」
「この修業法はフローラさんもやった事があるはずだから大丈夫だよ」
フローラさんも御使いの修業をしたと聞いている。その事を言ってクリスハルトを安心させる。
「とりあえず、朝食を食べましょう。トルクは三日間も食べていなかったんだから、お腹が空いているでしょう」
「そうだな。食べて血を増やさないと、貧血で倒れてしまうな」
クリスハルトは部屋の外に居た侍女を呼び出して、部屋に朝食の用意を指示する。オレは食堂に行って食べても良かったんだが、
「トルクも疲れているから、まだ動かない方が良い。朝食は部屋で食べよう。それにモンリエッテ達も、トルクの見舞に来たのに居なかったら驚くだろうし」
そういう訳でオレ達は部屋で朝食を取る事になった。朝の焼きたてのパンが待ち遠しいな。
……ララーシャルがパンの美味さが分からないようだから丁寧に説明しよう。至高のパンの説明中に、パンの匂いとともにオーファンとベルリディアが食事を運んできた侍女さんと一緒に部屋に入って来た。
「トルク、無事だったんだな!」
「ご無事で何よりです、トルク様」
兄妹が部屋に入って来てオレの無事を喜んでくれた。二人から話を聞くと、寝ていると腕から血を流したり、足の骨が折れたりして驚き、ベルリディアはショックを受けて大変だったらしい。
オレが怪我をする度にララーシャルが回復魔法で治療していたが、ベッドで寝ているオレが怪我をしていく事を見て、オレを目覚めさせようとしていたらしい。
そんな事をしたらキャメロッテ嬢の記憶がおかしくなって失敗する可能性をララーシャルが説明をして落ち着かせた。
「本当に大変だったのよ。ベルリディアちゃんが大声でトルクを呼んで起こそうとするんだから。もしも失敗したら……どうなるのかしら?」
知らんがな。サクラに聞いてくれ。
ともかくオレが無事に目を覚ました事に喜ぶ兄妹。心配してくれてありがとう。
兄妹を朝食に誘ってテーブルに座らせる。みんなで食事を取ろうとしたら、モンリエッテ嬢が部屋に入って来た。……朝食が食べられない。
「トルク様、姉上の容体は? 無事なのですか?」
スープを飲む寸前にオレに質問をしてくる。飲むのを止めて質問に答える。
「キャメロッテ様は無事で、記憶の書き換えにも成功しました。今は寝ていますけど昼過ぎには起きると思います」
改めてスープを飲もうとしたけど、
「ありがとう、トルク殿のお陰です」
オレの手を取って感謝してくる。……食事がとれない。モンリエッテ嬢を朝食に誘ってみんなで食事をする事にした。やっと食べられるよ。スープが胃の中に沁みるように入っていく。少し薄味だけど、胃に負担が少なくて美味しく感じるよ。三日間食べていなかったから、空腹がスープを美味しく感じさせる。
「トルク様、姉上の記憶はどのようになったのですか?」
食事中にモンリエッテ嬢がキャメロッテ嬢の記憶を聞いてくる。
「モルダーに関する記憶の書き換えは終わっています。単なる顔見知りくらいにしか思わないでしょう。でもキャメロッテ様の知人や他の人達には、情報を操作してモルダーに騙されて誘拐されたけど、救出されたという噂を流す事が必要でしょう」
「……確かに、他の貴族達はモルダーとキャメロッテの結婚を知っている。オレを陥れる為に噂を広めたからな。その噂を消し去る事は容易ではないぞ」
クリスハルトが情報操作は難しいと言う。確かに難しいけど、
「上層部の人間がその噂を広げたら、書き換える事は出来るんじゃないかな。たとえば皇族の人達にモルダーが悪人でキャメロッテ様は被害者だと言えば貴族達はその噂を広げてくれると思うけど」
「たしかにその通りだが……。しかし皇族の方々を利用するなんて……」
「ここには元皇族の御姫様がいるよ。それに面会予定の先代皇帝とラグーナ様は皇族だろう。その伝手を使って噂を広めてみたらどうだ?」
クリスハルトはララーシャルが元御姫様という事を忘れているのか? それともモンリエッテ嬢が居るから黙っていたのか? ……後者だったようだ。
悪い、口が滑った。すまん。
「クリスハルト様! どういう意味ですか? まさか、この兄妹は帝都で噂のグラデッシュ伯爵家の兄妹なのですか?」
そっちに勘違いをしたモンリエッテ嬢。クリスハルトが難しい顔をしながら、言葉を選んでいる最中にオーファンがモンリエッテ嬢にはなしかけた。
「私と妹はグラデッシュ伯爵家の者です。ロックマイヤー公爵家に助力を願い、帝都から来ました。帝都で噂になっている者でオーファンと申します」
「改めて、ご挨拶します。グラデッシュ伯爵家のベルリディアです。モンリエッテ様」
突然の言葉に表情が凍り付くモンリエッテ嬢。何を言って良いのか分からない様だ。
「トルク……」
ララーシャルが責めるような顔でオレを見た。すまん、失言だったよ。
「とりあえず、帝都では情報操作をして、キャメロッテをモルダーの被害者にするのだな。しかしキャメロッテは知らない事だろう。その辺はどうするのだ?」
クリスハルトが必死に話題を変えようする。
「その辺はロッテが対応すると思うんだけど……。要相談だな」
「事が落ち着くまでキャメロッテを病気療養という理由で、屋敷で休ませるか……」
「そうだな。キャメロッテ嬢の両親とも話し合いをしないといけないだろうし」
食事中にする会話ではなかったな。少し失敗した。
しかしいつまで朝食をお預け状態なんだろうか? スープを一口飲んだだけで食事が止まったんだから。クリスハルトがモンリエッテ嬢を朝食に招いて、やっと朝食にありつけた。
パン、ウマウマ。スープ、ウマウマ。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




