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精霊の友として  作者: 北杜
七章 帝国公爵領編
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26 御使いの御力②

 その後、いろんな記憶を書き換えた。

 帝国のダンスホールでモブの貴族令息としてモルダーの代わりに踊ったり、キャメロッテ嬢の両親であるグラデッシュ伯爵への結婚の報告を覆面姿の雷音に助けてもらった事の報告にしたり、お茶会で会話している記憶をモルダーではなくてオレが変装したクリスハルトに変更したり、捕虜になったクリスハルトの悲しみを慰める役をモルダーからオレが変装したモンリエッテ嬢に変えたりした。

 そして何度も傷を負った。賊と戦って切り傷を負ったり、キャメロッテの代わりに毒っぽいモノが入っている食べ物を食べたり、馬になって馬車を引いていたら矢に当たり死にそうになったり、猫の姿でモルダーに蹴られたりして何度も怪我を負った。

 記憶の書き換えや削除を行い続けた。どのくらいの数をこなしたのかは忘れてしまうくらい頑張った。

 書き換える毎に周りが明るくなり、今では明るい空間になっている。その中でも一部だけ暗い空間がある。これを最後にしたのは他のなによりも嫌な感じがする光体だったからだ。

 これが最後だと思って気合いを入れて光体に触る。

 キャメロッテ嬢とモルダーが二人きりでお酒を飲んでいるシーンだ。


(この記憶はキャメロッテが酔いつぶれて、モルダーに襲われる記憶ね。一番消したい記憶だわ)


 キャメロッテ嬢は酔いつぶれて、モルダーに寝室に運ばれてベッドに寝かせられ、モルダーは服を脱ぎだした。


「睡眠薬を酒に入れたから、良く寝ているな。これから私が天国に連れて行ってやる」


 下品な顔でキャメロッテ嬢に近づくモルダー。ギリギリのところで目覚めたキャメロッテ嬢は混乱していたがモルダーが裸で、自分のドレスを脱がそうとした事で叫びながら抵抗をする。

 モルダーはキャメロッテ嬢の頬を張って黙らせた。痛みと恐怖でキャメロッテ嬢は放心している。


「無様に捕虜になったクリスハルトから貴様を奪って、奴を絶望させてやる。これからは私の奴隷として遊びつくしてやるからな。まずは天国に連れて行ってやろう。泣きたいほどに嬉しいか? オレのモノになる事が嬉しいか? 遊んでもらって嬉しいのか? これでお前の屋敷も爵位も金も全部オレのモノになる!」


モルダーの野望を阻止するために、またしても覆面姿の雷音になってモルダーの行いを邪魔する。


「おうおうおう、黙って聞いてりゃ、寝ぼけた事を抜かしやがって! この桜吹雪、散らせるもんなら散らせてみろ!」


 見せる間もなくバックドロップでモルダーとキャメロッテ嬢を遠ざける。……セリフと行動が一致しない。

 キャメロッテ嬢を介抱しつつ、モルダーが良からぬ事を考えていた事を知り、ロックマイヤー公爵の依頼で救いに来た事を話す。


「公爵には一宿一飯の恩が有り、ロックマイヤー公爵の依頼であんたを助けに来た。助けが遅くなってすまなかった。だがもう大丈夫ダハァ!」


 大丈夫だという前にモルダーから背中を切られた。痛みで泣きそうになり、斬られた背中が痛い。振り向くと剣を持ったモルダーが叫ぶ。


「貴様! オレを誰だと思っている!」

「貴様のような屑など知らん!」


 モルダーと対峙する。相手は武器を持ち、オレは懐から短剣を出して構える。


(トルク、オートモードで戦うから大丈夫よ。少し怪我するかもしれないけど心配しないで)


 サクラの声が頭に響く。オートモードってなんだよ! 勝手に体を動かすな!


「死ね!」


 モルダーが切りつけるが、オレは短剣で剣を逸らして対応する。痛い背中を我慢し、モルダーの連撃を避け、交わしながら戦う。


「お前をキャメロッテの前で拷問して、生まれた事を後悔させてやる!」

「お断りだ! ゴロツキ程度の腕でオレを殺せるか!」


 背中の痛みが和らいでいる。ララーシャルが回復魔法を使ってくれたのかな?

 モルダーがキャメロッテ嬢を人質にしようとしたが阻止する。彼女をオレの後ろに隠して、懐から銅貨を投げて隙を作った。銅貨はモルダーの顔に当って痛がっている隙に近づいて短剣で腕を刺し、投げ飛ばした。


(伝家の宝刀一本背負いよ! ライの得意技なの!)


 サクラ……、桜吹雪に銭投げに一本背負いって。いろいろ合わせすぎだ!

 気絶したモルダーを懐から出したロープで縛って、キャメロッテ嬢に言った。


「この度は、犬に噛まれたと思って忘れな。この馬鹿はオレが去勢しておくから」

「助けて頂いてありがとうございます」

「二度と会う事はねぇでしょうが、せいぜいお達者で」


 雷音さんに化けたオレはモルダーの股間を蹴り上げて、ロープで引きずりながらクールに去るぜ!

 痛みと衝撃でモルダーが口から泡を吹き、引きずって部屋から出てオレは元いた空間に戻った。

 これで全部の記憶を書き換え終わったな。疲れたよ。

 空間は光をたたえ、最初の絶望していた空間から、明るく希望に満ちた空間に変わっていた。キャメロッテ嬢を助けたというよりも、やっと苦行が終わったという気持ちの方が大きい。

 変装して痛いセリフを吐いたり、犬に変わったり、変なモブ貴族に変装したり、猫になってキャメロッテに全身を撫でられるくすぐり地獄にあったり、馬になってモルダーを落馬させたり、貴族令嬢になってモルダーを誘惑したり、老人になって二人の会話を邪魔したり、スラムの子供になってモルダーの財布を狙ったけど失敗して殴られたり、遊び人としてモルダーとの話し相手になったり、いろんなシチュエーションに対して動いた。

 ……疲れた。途轍もなく疲れた。体力的にではなく精神的に疲れた。


(お疲れ様、トルク。これで記憶の書き換えは終わったわ)


 サクラもお疲れ様。お互いに大変だったな。


(最後の仕事よ)


 最後? 疑問に思っていたら、目の前に光が集まってキャメロッテ嬢の姿になった。


「トルク様、今回は私の為にありがとうございます」

(彼女、途中から私達の行動を見ていたの。そして記憶の書き換えにも手伝ってくれたのよ)

「彼女の心が壊れ、死ぬ寸前に生まれた『もう一人の私』です。トルクさんに自己紹介した貴方が知っている私です。ロッテと呼んでください」


 キャメロッテ嬢の自己紹介に少し考える。……心が壊れ死ぬ寸前に生まれた? 人格が生まれた? それに彼女っていうのが主人格のキャメロッテ嬢の事で、新しく生まれた彼女がロッテ? 


「モルダーに騙されて結婚した彼女は心を閉ざしました。そして死ぬ寸前に心が壊れてロッテという人格が生まれたのです。嫌な事を思い出すと狂った様に死を望む自分。それが私です」


 ロッテはオレが屋敷で助けたときの、自殺したときに生まれた新しい人格らしいけど、死ぬ寸前に生まれた人格ってなんだよ! 死ぬために生まれてきたのか?


「主人格であるキャメロッテはモルダーに監禁され絶望のあまり、死ぬ事しか考えていませんでした。悲しみ泣き続けて、自殺を考える毎日でした」


 うつ病になり、怖い事を考えながら、毎日を過ごしていたんだな。少し引くぞ。


「キャメロッテが自殺したとき、悪夢のような記憶が次々とよみがえり、その悪夢から逃げる為に、ロッテという新しい人格を生み出して記憶を押し付けました。命が尽きる寸前に生まれた私を犠牲にして、本人は安らかに死のうとしたのです。悪夢の記憶に狂いそうだった私は、主人格と世界を恨みながら死ぬつもりでした。運悪くトルク様に助けて頂いたとき、私はまた生き地獄に戻る羽目になったと恨んでいました」


 運悪くって、生き地獄って、世界を恨むって、どんだけ恨んでいるんだよ! 

 でも死ぬ寸前に生まれた人格だから、嫌な事を引き受ける為に生まれた人格だから、そんな考えを持つのだろうか。

 オレもダニエルやローランドを恨んでいるが、彼女はオレ以上にモルダー達を恨んでいるのだろう。

 ……恨みを癒すのはクリスハルトの役目だ。オレも手伝うが主としてクリスハルトがキャメロッテ嬢の心を癒してもらいたい。


「本体である彼女がクリスハルト様とモルダーの事を忘れたいと思いながら眠り続けるあいだ、代わりに目覚めている私はクリスハルト様とモルダーに関する事が思い出せなくなります。無理に記憶を呼び起こそうとすると、悪夢を思い出して恐怖で泣き叫んで周りに迷惑をかけてしまいました。おぞましい記憶を思い出す度に私は狂ってしまい、死にたい気持ちになるのです。そしてあの苦しみを思い出さないで寝ている気楽な彼女を憎むようになりました」


 目が暗い……。ちょっと怖い。後ろに退避したい気分だ。


「でもトルク様とサクラ様が私達を助けてくれました。記憶を変えたり、削除したりして、本体である彼女が、昔の彼女の心を取り戻したのです。本当にありがとうございます」


 目に光が戻り、嬉しそうな表情でオレに礼をする。オレも助けられて良かったよ。


「本体の彼女は書き換えられた記憶で今後は生活します。しかし私は書き換えを手伝ったのである程度覚えています。そして万が一彼女が記憶を思い出しても狂わない様に、彼女の記憶を封じる役目をします」

(彼女は嫌な記憶を封じ込める役割を担って、キャメロッテの心を守る事を決めたわ。悪夢を見たり、思い出す事もないはずよ)


 でもそれは彼女が可愛そうじゃないか? 死ぬ寸前に生まれてきて、真実を、悪夢を思い出さない様にする為だけに生まれたんだぞ。そしてキャメロッテ嬢の心の中で一生を過ごす事になって……。


「大丈夫です。何かあったら私が表に出ますから。他の貴族達からの棘ある言葉を言われても、私が対応して叩き返してやりますわ。偶には表にでますけど彼女を守りながら、彼女の中で一生を過ごす予定です。それに将来は精霊様とお話が出来ますから寂しくはありませんよ」


 でも御使いの修業、精霊術の吸魔術が使えないと精霊の声が聞こえないだろう。大丈夫なのか?


(大丈夫よ、精霊術の修業のやり方を教えたから、そのうち会話する事が出来るようになるわ。でも見る事は難しいかもしれないわね。……どうしてかって? それは才能が無くなったから。キャメロッテは才能があったけど、人格が二つになり、才能も二つに分かれたわ。だから頑張って修業しても声が聞こえるレベルが限界ね)

「大丈夫です。会話が出来るだけでも十分です。ドンバラッサ様の声やサクラ様の声が聞こえるだけでも満足ですよ」


 明るい表情で笑うロッテ嬢。本当に今まで見た本人とは比べ物にならないくらい綺麗だと思った。


(トルク、浮気? 浮気かしら? ララーシャルが怒るわよ)


 うるさいぞ、サクラ。この人とはこれで会えない可能性があるんだぞ。


「大丈夫ですよ。トルクさんに会いたいときは、本体を無視して会いますから。私の事を綺麗って思ってくれたトルク様を私は好きですよ」

(婚約者のクリスハルトが居るのに浮気? 浮気かしら? ララーシャルとの修羅場が楽しみね)


 ……サクラに突っ込むのが疲れた。ロッテ嬢は年下の弟みたいで好感が持てるって意味だから問題ないだろう。ララーシャルも似たよう感じだし。

 ロッテ嬢もからかうのを止めて、そろそろ目を覚まそう。起きたらクリスハルトやモンリエッテ嬢達からの祝福が待っているんだから。


「では私からトルク様に祝福を」


 と言ってオレの頬にキスをした。え? 


「私からの感謝の気持ちです。ありがとうございます、トルク様」

(ララーシャルの反応が楽しみね)


 混乱した。綺麗な女性から頬にキスされて混乱した。どうしよう、お礼を言わないと!


(ちなみにこの場所ならララーシャルなら覗いている可能性があるわよ。……覗いているみたいね。外にいるララーシャルの雰囲気が少し変わったわ)


 それよりもお礼を言わないと。えーと、えーと……なんて言えば良いんだ?

 ありがとうございます。……何に関しての感謝だ!

 ごちそうさまでした。……阿呆か! 狂ったかオレ!

 これからも頑張ってください。……違う気がする。

 頬キスのお礼をパニクりながらワタワタ考えているとサクラから、


(そろそろ戻るわよ。ロッテも元気でね。またお話ししましょう)

「はい、サクラ様。精霊術を頑張って覚えて精霊様の声が聞こえる様になります。本当にありがとうございました。またお話をしましょう。トルク様もお元気で」


 ロッテも元気で! また会おうな!

 ギリギリで返事をしてオレ達は現実世界に戻った。


誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。

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