25 御使いの御力①
屋敷に戻って、オーファンとベルリディアを休ませて、クリスハルトと一緒に執務中の公爵さんとキャメロッテ嬢についての相談をする。
「……という方法で、今夜にでもキャメロッテ様の心の傷を治そうと思います」
サクラと共にキャメロッテ嬢の精神に入り、何百の記憶を変更して、心の傷を無くす方法をクリスハルトと公爵さんに説明をした。
「可能なのですか? 記憶を書き換えるなんて」
「サクラは可能と言っています」
考え込む公爵さん。普通では考えられないような治療法だからな。
「トルク殿が救った女性達の心の傷も癒すのですか?」
屑騎士モルダーの屋敷から救った女性達か……。彼女達は救わない。理由は、
「精霊からの依頼でキャメロッテ様だけを治療します。申し訳ありませんが他の女性達にはこのような治療はしません」
「そうか……。確かに一番酷い傷を負っているのがキャメロッテだからな。モンリエッテから話を聞いて無力を感じたよ」
手で目を塞ぎ、涙を堪えようとしている公爵さん。少ししてオレに言う。
「可能な限り手伝おう。どうすれば良いのか?」
「まずは、キャメロッテ様と私の安全です。無防備になりますから護衛をお願いします。治療を行う場所は……」
「私の私室でどうだ? 部屋は広いし、屋敷内でも安全な場所にある」
クリスハルトの私室か……。断る理由もないしその通りにするか。
「治療場所はクリスハルトの部屋にしましょう。オレとキャメロッテ様の二人が横になれるベッドを頼むよ。それからララーシャルにも治療をお願いする予定だから、侍女さん達を数人部屋に付けてほしい」
「治療? ララーシャル殿が?」
二人が疑問に思っている。ララーシャルが回復魔法を使える事を知らないのか?
「ララーシャルも回復魔法が使えますから、オレやキャメロッテ様の治療を頼む予定です。記憶の書き換え中に怪我を負ったら肉体にも怪我を負うらしいので」
オレの言葉を聞いて二人は驚く。文字通りに心の傷が肉体に反映されることを驚いている。
「なんと、そのような事が……」
「トルク、大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
心の中で「多分、大丈夫と信じたい」と考える。二人に心配をなるべくかけない様に。
「トルク殿、治療にはどのくらい時間がかかるのだ?」
治療時間はサクラから聞いていないな。後でサクラに聞くと返事して、二人と相談を続けた。
公爵さん達と相談中に、侍女さんが来て、ララーシャルがオレを呼んでいるとの事。何事なのか聞いてみると、キャメロッテ嬢の件らしい。何かあったのかと思いクリスハルトと一緒にララーシャルの所へ向かう。
中庭で気絶しているキャメロッテ嬢を診るララーシャルとモンリエッテ嬢。その周りにいるのはサクラやドンバラッサ達だ。キャメロッテ嬢に何かあったみたいだな。ララーシャルに事情を説明してもらう。
「キャメロッテさんが突発的に記憶を思い出して発狂したから気絶させたの。サクラから夜に治療する事を聞いているけど、早い方が良いわ。急がないと彼女の心が壊れる可能性があるわ」
それを聞いたクリスハルトは、
「急いで自室で治療する準備をさせる。私は先に行くが、他の者に部屋を案内させる。トルク達もキャメロッテと一緒に部屋に来てくれ」
と言って、走って屋敷に戻った。キャメロッテ嬢は使用人達にタンカで運ばれながら、オレ達と一緒にクリスハルトの部屋に案内された。クリスハルトの自室は二階の広めの部屋で外側窓の下や廊下側ドアの前には騎士達が待機しており、部屋の中には数人の侍女さん達が待機していた。
キャメロッテ嬢を大型ベッドに寝せて、一息ついた。……部屋を見渡すとクリスハルトが使っているであろう机やいろんな本が置いてある本棚。テーブルの上には水差しと首だけ精霊がいて、窓の外にはカバ姿の精霊ドンバラッサが部屋を覗いていた。
「ララーシャル様、姉上の容体は?」
「モンリエッテさん、落ち着いて。今のところ落ち着いているわ。サクラはどう診る?」
「……良くて寝たきり状態。最悪の場合を考えると心が壊れて死ぬわね。心にヒビが入っていつ壊れるのか分からない状態ね。応急処置でヒビは治す事は出来るかもしれないけど、すぐにまた心にヒビが出来て壊れて死ぬ可能性があるわ。彼女を全快させるには記憶を無くすか、書き換えるかをしないとね」
時間もないようだな。オレも覚悟を決めないといけないな。サクラ、クリスハルトが来たら治療を開始しようと思うが、大丈夫か? オレも精霊術の奥義を使う準備をする。
「大丈夫よ。いつでも問題ないわ!」
「サクラ、私も精神に入れるわよ。トルクとフュージョンするのは私の方が良くない?」
「ララーシャルは経験が少ないから無理よ。それよりも外側から彼女を見て頂戴。変化があったら癒しをしてほしいの。心の中で負った怪我が肉体を傷つける可能性があるから。トルクも怪我する可能性があるから、そのときも癒して頂戴」
「分かったわ。こっちの事は任せて!」
「トルク、準備はいい?」
頷くと、サクラがオレと同化するように体の中に入った。魔力が覚醒する様な感覚、体が軽くなり力が数倍に跳ね上がる感覚が襲った。その力を訓練通りに体に馴染ませながらゆっくり深呼吸する。
「ラスカル男爵領で修業した成果が出たわね。無事に奥義をコントロール出来ているわ」
ララーシャルに褒められているが、違和感が半端ない。いつもと感覚が違うから慣れるまで時間がかかる。手を開け閉めして感覚を確認する。
「トルク、その姿は?」
「本気モード」
クリスハルトや、部屋にいる者達がオレを凝視している。フュージョンをすると精霊の印が他の人間にも見る事が出来る。ララーシャルとジュゲムが付けた両目の色が変わり、顔半分にはくまモドキ三人衆が付けた赤・黄色・青の色がぐちゃぐちゃに混じり合っている。そしてサクラが付けた印は髪なので地毛の茶髪からサクラと同じ髪の色である桜色に変わった。
……顔全体が派手になるから、あまりフュージョンをしたくなかったんだよ。前は顔全体に色が付いていたらしいが、それがサクラ達と会ってから顔半分に減ったそうだ。
ララーシャルに怪我したら回復頼むと言って、ベッドで寝ているキャメロッテ嬢と手をつないで、同じベッドで横になる。準備OKだ!
「逝くわよ!」
サクラの号令の意味が違うような気がしたが、その疑問を聞く前に意識が遠くなった。
意識を取り戻したら暗い空間に立っていた。……あたりを見渡すと星の様な光体があるだけだ。
ここがキャメロッテ嬢の心の中か? 周りが暗いのは絶望しているからなのか?
(トルク、このあたりの光体が屑騎士関連の記憶よ。触れると記憶に入れるわ)
頭の中に響いてくるサクラの声。覚悟を決めて近くの光体に触れると、光が大きくなって明るくなる。
景色が変わり、昼間のどこかの室内に変わった。その場にはキャメロッテ嬢とモルダーが居る。泣いているキャメロッテ嬢を励ましているモルダーだった。
「キャメロッテ様、大丈夫です。クリスハルトは戻ってきます」
「ですが……」
「私の親族に王国側と交渉出来る者が居ますので、その者を頼ってみますから、泣かないでください」
「モルダー様」
なにこの記憶……。屑騎士モルダーが良い人なんだけど。
(この記憶はキャメロッテがモルダーに励まされて、信頼する記憶ね。まずはこの記憶をどうにかしましょう)
どうにかって。オレはどうするんだ?
(まずはトルクの姿を帝国貴族に変えて、クリスハルトが捕虜から解放されるような記憶にしましょう。時間軸が少し違うけどそのあたりは問題ないわ)
とりあえず、サクラの言う通りに行動するか。……っていつの間にか二人の前に立っているし! 大人の姿になっているよ。
「報告です、クリスハルト様が捕虜から解放されるとの情報が入りました。近いうちに戻ってくるとの事です。クリスハルト様からキャメロッテ様に心配をかけて申し訳ないと伝えてくれと言われています」
勝手に喋っているよ。どんなセルフを言おうか考えていたら、勝手に口から言葉が出た。
(それはキャメロッテが聞いた事がある言葉を使っているの。私が似たような状況の記憶にトルクを通じて喋っているのよ。本来の記憶でも聞いた事がある言葉だから、記憶が書き換えやすいわ)
「そうなのですか! 良かった。クリスハルト様がご無事で」
「クリスハルト様からお手紙を預かっております」
「良かった……」
こんなやり取りをしているとモルダーはいつの間にか部屋から居なくなっていた。疑問に思っていると。
(私がモルダーをこの場面の記憶から消したわ。これでこの記憶は大丈夫ね。次に行きましょう!)
サクラの言葉で部屋が光ったと思ったら暗い空間に戻っていた。触った光体は大きくなって前よりも輝いている。これで記憶の書き換えが一つ終わったのか。
(次に行くわよ)
サクラの言葉で次の光体に触る。……今度の記憶は馬車の中で二人が会話している記憶だ。
(この記憶は領地へ帰る最中の馬車が盗賊に襲われそうになるけど、同行していたモルダーが撃退する記憶ね。でも賊はモルダーが手配した手下でそれをモルダーが撃退する自作自演のシーンよ。キャメロッテはそれを見て頼りになると思った記憶よ)
屑騎士モルダーのヤラセシーンか。屑なりにいろいろ考えているんだな。
馬車が賊に襲われる事態になったぞ。これをどういう風に介入する?
「馬車が賊に囲まれましたが、安心してください。私が追い払いましょう。キャメロッテ様には指一本触れさせません!」
「ですが、賊は大勢います。危ないですよ」
「大丈夫です。私の強さを信じてください!」
馬車の外に出ようとするモルダーの前には、覆面を被った大人の姿のオレが賊と対峙している。
「ひとーつ、人の生き血を啜り。ふたーつ、不埒な悪行三昧。みーつ、醜い浮世……」
「何者だ! 貴様!」
全部言えなかった。どうしてオレは大人の姿になってこんな事を言っているんだ。
(ライの大人の姿よ。カッコイイでしょう。それにライがよく言っていたセリフよ!)
……自分では雷音さんの姿は分からないよ。でも雷音さんが時代劇好きなのは分かった。
刀を抜いて賊と殺陣を演じる事になった。モルダーはいきなり現れたオレに混乱してその場に立っている。
賊の武器を弾いて一刀両断し、避けつつ斬りつけ、三角飛びで切り捨てた。勝手に体が動いてあっという間に十人くらい居た賊達の命を奪った。
記憶の中だけど人の命を奪ったのは初めてだよ。
「賊の輩は全滅しました。ご無事ですか?」
「ありがとうございます。助かりました」
キャメロッテ嬢が馬車から出てきてオレにお礼を言う。
「この辺は物騒だから私が護衛をしましょう。これも何かしらの縁だ」
そう言ってオレは馬車に入ってキャメロッテ嬢とモルダーと三人で話をしながら目的地に行く事になった。
「私の名前はライオンと申す。顔に怪我をして醜いので覆面で隠しています」
「そうなのですね。……あ、腕から血が!」
「かすり傷だ。心配ない」
「駄目です! 治療しないと」
キャメロッテ嬢は自分のハンカチを怪我している腕に巻いてくれた。本当に優しい人だな。
「感謝する」
「こちらこそ、危ないところを助けて頂いて感謝しています」
そんな感じでキャメロッテ嬢と馬車の中で会話を続けた。
モルダーも会話に入ろうとしたが、サクラが記憶を書き換えて『キャメロッテは領地へ一人で帰還中に賊に襲われそうになったが、旅人に助けてもらった』と変わり、記憶の書き換えも終わった。
再度、暗い部屋に戻り、……少し明るくなったかな? 光体が輝いて前よりも暗くない気がする。
(次に行きましょう!)
今度は気落ちしているキャメロッテ嬢を元気付けようと、モンリエッテ嬢と一緒に買い物に出かけている途中でモルダーとばったり出会う記憶だ。
モルダーから食事に誘われて、姉妹と一緒に高級レストランで食事をしている最中の記憶だな。
一見、普通の記憶だと思うが……。
(モルダーに最初にお酒をすすめられる記憶ね。この場面で一緒にお酒を飲んだから、モルダーとお酒を飲んでも問題ないと思うようになったそうよ。そして最後はモルダーに酔い潰されることはなかったと、キャメロッテは思っているの)
友達であろうと異性と二人でお酒を飲むのはNGだとオレは思うんだ。
しかしこの記憶はどのように書き換えるんだ?
(こんな方法よ!)
……犬になりました。柴犬のような中型犬です。前足の肉球がチャームポイントの可愛い犬さんになりました。
サクラ! お前は! オレに! 何を! させる! 気だ!
(犬になったトルクはレストランを荒らしまくって、モルダーの服を汚して華麗に逃げるのよ!)
頑張りました。従業員に殺されそうな顔で追いかけられて、何とかキャメロッテ嬢達のテーブルの上に到着して、モルダーに食べ物を後ろ足で蹴飛ばして服を汚してやった。怒ったモルダーから逃げるように華麗に窓から脱出して、二階から落下して両足に大ダメージを受けつつ、なんとか裏通りに逃げた。
……腕が……足が……痛い。回復魔法プリーズ!
(トルク、大丈夫? ララーシャルに回復魔法をかけて貰っているから我慢して)
サクラ、もう少し、まともな、方法は、なかったのか?
(他の方法……、猫の方が良かったかしら? それなら二階から飛び降りても着地できたわね)
歴代続いている御使いが精霊に怒りを覚えるのは、オレだけではないはずだ。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。
 




