17 厄介事
屋敷の壊れた門の前で偉そうな騎士が叫んでいる。
「ここにファーレンフォール伯爵家の者達が居るのは分かっている。直ちに渡してもらおうか!」
「許可なく、ロックマイヤー公爵領に武装して入って来た方々。これは領地に攻め込んで来たと判断してよろしいのでしょうか?」
執事さんが強気で対応している。兵の数は公爵家の方が少ないけど、整った装備で整列していつでも攻め込めるような感じだ。対峙している者達は、騎士みたいな者が百名くらい、残りは一般兵のようで装備はそろっているけど整列がなっていない。なんか公爵家の騎士達に比べたら弱そう。
「我々は攻め込むなどと考えていない。ファーレンフォール伯爵家の者達に用事があるのだ」
「ではなぜ、武装した兵達を連れてきているのですか?」
「これは護衛の者達だ。何も問題ない。我々もロックマイヤー公爵と戦うとは考えていない。伯爵家の兄妹に用事があるのだ」
「……公爵はファーレンフォール伯爵家の兄妹と外出しております。戻り次第、ご連絡しますので、街の外でお待ちください。武装している兵達が街にいると領民が不安に思いますから」
「我々に野宿をしろと言っているのか! 公爵が戻るまで屋敷の広い中庭で待機しても問題ないだろう!」
「現在、中庭は使用禁止です」
「なんの騒ぎだ! スクート」
髭面のおっさん騎士が執事さんと口論をしている中に、公爵さんが加わった。……執事さんはスクートって名前なんだな。
「お久しぶりですな、ロックマイヤー公爵」
「ギャンバか、帝都の近衛騎士が兵を連れて何故、我が領地に来たのだ? 事情を説明してもらおうか?」
「勿論です。しかし、外で話せる内容ではありませんので、屋敷にお邪魔してもよろしいでしょうか」
「少し、屋敷が散らかっているから、待ってもらおう。それから兵達を街の外に待機させてもらおうか。領民が不安に思うからな」
「……わかりました。しかし私を含む数名を屋敷に入れてもらいたい」
「その程度の人数なら許可しよう。それからお主が連れて来た兵隊が領民を害する事があったら、それ相応の罰をくれてやるから、よく言っておけ」
公爵さんが騎士ギャンバに言う。ギャンバが指示を出すと、騎士や兵達が移動していく。どうやら街の外で待機するようだ。
騎士が五人残り、騎士ギャンバは公爵さんに言った。
「では我々がお屋敷にお邪魔いたします。そういえばどうして門が壊れているのですか?」
「……先日、馬車が暴走して門に突っ込んだのだ」
公爵さんは門を見ながら、騎士達に顔を合わせないように言った。
その後、公爵さんは執事のスクートさんと言葉を交わしながら屋敷に戻るようだ。門の近くで見ていたオレとクリスハルトは公爵さんと執事さんと合流する。
「帰って早々、面倒な事が起こったな」
「遅れながら、お帰りなさいませ、旦那様。空の旅はいかがでしたか?」
「大変な旅だった。しかし一日でラスカル男爵領に行けるから時間短縮にはなるな。それにしても帝国の近衛の者達が来るとは」
ため息をつきながら空の旅の感想を述べ、招かれざる客人にもため息をつく。壊れた門の先の騎士達の方を見ながらクリスハルトが公爵さんに言った。
「ファーレンフォール伯爵家の者達と言っていましたから、やはりオーファンとベルリディアの事でしょうか?」
「だろうな。詳しい事はこれから聞く予定だが、その件だろう」
「あの者達を屋敷に入れるのですか?」
「そう約束したからな」
クリスハルトの表情が険しい。どうしたんだ?
「……門の外に居る騎士に、私の婚約者を奪った男が居るのだ。だから顔を合わせたくないのだ」
クリスハルトの婚約者を奪った男が居るのか……。確かに顔を合わせ辛いな。しかしそんな奴が交渉役に来る訳がないだろう。火に油を注ぐだけだぞ。
「オーファンとベルリディアには別室で待機してもらって、ギャンバ達の目的を聞こう。嫌な男が居てもクリスハルトも同席しろ。次期公爵なのだからな」
「分かっています」
「スクートは客間の準備をしてくれ。それから中庭に馬車を置いているから片付けも頼む」
執事さんは一礼して屋敷に戻った。そして公爵さんは門の近くで待機していた公爵家騎士達に、門外に残った騎士達と、街の外へ移動した兵達の見張りを指示した。
屋敷の客間にはロックマイヤー公爵とクリスハルトが上座に、帝都から騎士ギャンバがテーブルに座っている。その他の騎士達は騎士ギャンバの後ろに立っている。
「さて、改めて我が領地に来た理由を聞こうか」
「陛下の御命令です。ファーレンフォール伯爵家当主の妹である、レンリーディア様の御子息と御息女をお迎えに来ました」
オレとララーシャルはサクラの認識除外の魔法を使って客間の隅に居た。どうして客間に居るかというと、「面白そうだから見物しましょう。トルクもララーシャルも付き合いなさい」とサクラに引っ張ってこられたからだ。オレたちがここにいることは、クリスハルトも公爵さんも知らない。盗み聞きをする趣味はないんだけどな。
「迎えに来た? 捕らえに来たと間違ってないか? それとも帝都では迎えるという言葉の意味は、捕らえるという意味に変わったのかな?」
「そのような事をおっしゃらないでください。確かに継承順変更の可能性があるため皇族の方々が命を狙っていました。しかし、陛下が子供達の保護を命じられました。それで私が派遣されたのです」
「その割には大人数だな。てっきり我が領地を攻めに来たと思ったぞ。屋敷の執事や騎士達もその様に感じたようだ」
「皇族の方をお守りする為で、他意はありません。しかし領民達を不安にさせた事は申し訳ない。しかし陛下の命令でして」
「それなら、先に連絡があるのではないか? 領地の見回り中に偶々戻って来たら屋敷に兵達が来ているから、私の命を奪いに来たと勘違いしたぞ。その場合は私も領民の命を守る為にお主らと戦っていただろうな」
「はて? 先に伝令を出したのですが……。おかしいですね。情報の行き違いがあったようですね」
「陛下の命令で来たのに、伝令が届いていないとは。公爵家に約束なしで来るとは、……帝都の兵の質が落ちている様だな。それとも伝令の報告を確認せぬまま領内に侵入した騎士達の質が落ちているのかな?」
「そうですな、申し訳ありません。今後、このような事が無いように努めましょう」
いつまで陰険なやり取りをするんだろう? 口は笑っているが、目が笑っていない二人にある意味感嘆するよ。
そういえば立っている騎士の一人がクリスハルトを見てニヤニヤ笑っているな。そしてクリスハルトもそれに気づいているが無表情を貫いている。……あの騎士がクリスハルトの婚約者を奪った男なのかな?
「どうしたの?」
「あの笑っている騎士が居るだろう。あの男がクリスハルトの婚約者を奪った男だと思ってな」
ララーシャルの問いにオレは言った。
……気持ち悪い笑い方だ。顔はイケメンだと思うけど雰囲気が気持ち悪い。……どうした? ララーシャル。
「あの笑っている騎士、王国の王子に似ているの。顔は良いけど雰囲気が気持ち悪いっていうか」
「王国の王子? ……生前、和平に行ったときにララーシャルが庇ったという王子?」
「そう、その王子に似ているわ。髪型や色は違うけど顔の作りがよく似ているわね。……思い出したらムカついてきたわね」
「確かに性根が腐ったような男ね」
ララーシャルとサクラがその男について話している。しかし生前の皇女様だった女の子が『ムカつく』なんて言葉使うなよ。
「それで、ファーレンフォール伯爵家の御兄妹ですが、私達に紹介して頂けませんか? 陛下からも早めに帝都にお連れする様に言われていますので」
「紹介するのは良いぞ。数日後には私が兄妹を責任もって帝都に連れて行くから、その事を皇帝陛下に伝えると良い。今度は伝令する者に言っておけ、仕事を真面目にしろと」
「公爵のお手を煩わせるまでもありません。私達が責任をもって帝都にお連れしますので」
「心配無用だ。帝都には用事があるから、ついでに二人を連れて行こう。安心しろ、責任もって帝都に連れて行くからな」
「……それでは私達も護衛に付きましょう。千の兵が護衛に付けば公爵も安心でしょう」
「千の兵が何の連絡もなく領地に踏み入った事を陛下に伝えないといけないな」
「その辺りの認識の相違については改めて話し合いましょう。どうも公爵は私達の行動に不信感があるようで遺憾ですな」
「前もって連絡が来れば私も不信に思わなかっただろう。まあ良い、ファーレンフォール伯爵家の兄妹には後日会わせよう。いろいろと準備があるからな」
「左様ですか。では私は一度、兵達のもとに戻りましょう。連絡要員としてモルダーを置いておきます」
モルダーという騎士、クリスハルトの婚約者を奪った男の事だ。ワザとこいつを連絡要員にしたのか? クリスハルトは無表情を貫いている。
「お久しぶりです、クリスハルト殿」
「御子息のクリスハルト殿とは帝都学校の同期と聞いています。何かあったらモルダーに連絡してください」
好感が持てそうな顔で挨拶をする騎士モルダー。嫌な笑い方から誠実そうな笑い方までできる男だった。……気持ち悪いくらい裏表が凄いな。
「では一度、戻ります。御兄妹にお会い出来るのを楽しみにしています」
騎士ギャンバはモルダーを残して他の騎士達と一緒に客間を出ていった。隠れているオレ達を除いた三人は沈黙を守っている。……空気が重いな。
「久しぶりだな。息子の婚約者を奪った報告以来だ」
沈黙を破ったのは公爵さん。クリスハルトの心の傷をえぐる様に騎士モルダーに言う。
「私達は真実の愛に目覚めたのです。ですがロックマイヤー公爵にはご迷惑をかけました」
……実況のトルクです。さて、騎士モルダーは真実の愛と称して自己弁護を図るようです。
「クリスハルト殿が極悪で悪辣な王国の捕虜になった事で、キャメロッテは深い嘆きに沈んでいました。その心を癒そうと、少しでも昔の明るい笑顔を取り戻してほしいと励ましていたら、私達はお互いを想うようになったのです」
王国をディスる騎士モルダー。そして原因は捕虜になったクリスハルトにあるとも聞こえます。どうでしょうか?解説のサクラさん、ララーシャルさん?
「モルダーは、婚約者が心変わりをした原因は自分ではなくて周りの人間達、とりわけ愛を繋ぎ止められなかったクリスハルトにあると主張していると解釈できるわね」
「貴族の会話の基本テクニックね。悪いのは相手だと思わせる手法はよく使われるわ」
解説ありがとうございました。……騎士モルダーが立ち上がり、自分達がどれほど愛し合っているのかを芝居がかった仕草で滔々と述べている。
「真実の愛に目覚めた私達を襲う困難、立ちふさがる壁、そして昔の男。しかし私達には困難も、壁も、昔の男なども、二人の固く結ばれた愛の前にはそよ風同然! すべての者から祝福される二人、そう、神も祝福してくださる運命の二人。愛し合う二人になにも障害はありません! 障害など無いのです!」
なんか二度も言っているな、同じ単語を二回使っているな。三回じゃないだけまともかな?
「気持ち悪いオーバーアクションね。自分に酔っているのかしら?」
「ここまでオーバーアクションをする貴族も珍しいわ。自分に酔っているわね」
サクラさんとララーシャルさんも同意見です。自分に酔っている騎士モルダー。どうしてそんなに酔っているか!
突然の騎士モルダー劇場に、あっけにとられて何も言えない公爵さんとクリスハルト。どう思われますか?
「相手の変な行動のせいで、思考が止まったようね。ララーシャル、これも帝国貴族の得意技かしら?」
「ここまで奇妙な行動する貴族は稀ね。でも偶に居るのよね。気持ち悪い行動をする馬鹿貴族は」
クリスハルト達は騎士モルダーの行動によって一回休み状態。芝居がかったオーバーアクションで自分に酔っている騎士モルダーの独壇場、いや一人劇場となっている。
ようやく落ち着きを取り戻した騎士モルダーは「旅の疲れを取る為に休ませてください」と公爵さんに部屋の用意を催促し、公爵さんは執事のスクートさんを呼んで部屋に案内させた。
ため息をついて頭を抱える公爵さんと、こぶしを握りしめて怒りを抑えるクリスハルト。
「アイツを殴り殺せるのなら、死んでもいい」
クリスハルトの地獄の底からの恨声に少しゾッとする。
「なかなかの殺気ね。これほどの殺気を感じるのは久しぶりだわ」
「それほど婚約者を愛していたのね。でも奪われてしまって、相手を憎んでいるようね。自分よりも相手を憎む事で心の琴線を保っているようね」
「二人とも解説係は終わり。これからが本番だぞ。次は公爵さんとクリスハルトと一緒にモルダー見学だ。あの手の輩は一人になった後で自爆するタイプだ」
サクラとララーシャルがオレの言った言葉を理解してニヤリと笑う。サクラが認識除外の術を解除すると、公爵さんとクリスハルトが驚いた顔でこちらを見た。
「二人ともモルダー見学ツアーだ。面白い事が起きると思うぞ」
「うわー、トルクったら、いやらしい笑顔」
「本当ね、陰険な作戦を考えるライにそっくりな笑顔ね」
ララーシャル、サクラ、うるさいぞ!
「トルク殿、ララーシャル殿、いつの間に部屋に?」
「サクラの認識除外の術で最初っから部屋の隅に居ました。これからあの騎士の独り言を聞きに行きますよ。きっと笑えるでしょう」
客間を出てモルダーに与えられた部屋に向かう。丁度、スクートさんが部屋の説明をしている。
「本当に、スクートにも認識されていないな。もしこの魔法が犯罪に使われたら……」
公爵さんが考え込むのを中断させて、オレ達は部屋の隅で待機する。……スクートさんが部屋から出て行き、少ししたら騎士モルダーは笑い出した。
「ククク、あのクリスハルトがオレに対して無表情で話を聞くだけとは、アハハハ! アイツの我慢した顔! 無表情のふりしてオレを睨んで! 婚約者を寝取ったオレに! 我慢して耐えているだけとは! ハハハハハ!」
気持ち悪い顔で笑っていやがる。テーブルにあった酒を開けて飲む。……どうして酒があるんだ?
「私が置いておいたわ。酒を飲んだら馬鹿みたいに話すでしょう」
サクラよ、いつの間に……。まあ、いいや。酒を飲んで愉快に自爆する騎士モルダー。
「キャメロッテのような馬鹿な女は趣味ではなかったが、クリスハルトの絶望的な顔を見ることができたからな」
酒を一気に飲む。喉を潤して自慢げに笑いながら言う。
「悲しんでいる女など楽に落とせるからな。軽く仲良くなって、愚痴を聞いて、酒を飲ませて、酔わせたらお持ち帰りだ! 楽なモンだ」
怒りに任せてモルダーを殺す勢いで突撃しそうなクリスハルトを公爵さんが止める。
「キャメロッテも操がなんとか言って死ぬような事を言うから、脅しながらもう一回したら泣きながら謝罪する馬鹿な女だ!」
下品な顔で笑いながら酒を飲むモルダー。オレも殴りたいな。
「アイツの家は伯爵家だから金も持っている。当分、遊ぶ金にも困らないし。次期当主の座も手に入ったし!」
マジで外道だな。屑騎士モルダーは三杯目の酒をあおる。
「キャメロッテの実家の弱みを握れそうだし、老害を隠居させたらオレに伯爵家当主の座が転がってくる。そうなればあんな女など捨てて、新しい女を手に入れて遊ぶか」
屑騎士モルダーは笑いながら酒を飲み、クリスハルトは今にも武器を抜いて飛び掛かろうとしている。公爵さんは息子を抑えることに精一杯のようだ。しかし、
「稀に見る屑だな」
「帝国でも上位ランクの屑ね」
「死んだらお祭りになって喜ばれるくらいの屑ね」
オレ、ララーシャル、サクラの順で評価する。ここまで屑とは思ってもみなかった。
「新しい女は……、誰にしようかな。アイツはそろそろ熟す時期だし。キャメロッテの伝手を使えば、グハッ、アバッ、ドギャ」
公爵さんが屑騎士モルダーに殴りにかかった。右フックから左ストレート、とどめの右アッパー。
公爵さんが急に動いたから認識除外の術が解けたよ、まあ良いけど。これ以上聞くに堪えなかったからな。
クリスハルトも倒れている屑騎士モルダーの腹に蹴りを三発入れて、立ち上がらせて右ストレートを放った。ドアに当たって廊下に転がる屑騎士。
「ハア、ハア、ハア。貴様がキャメロッテを罠に嵌めたのだな。この屑が!」
クリスハルトの怒声を聞いた使用人や兵達がやって来て、現場を見たクリスハルトを止める。剣を抜いて屑騎士を叩き切ろうとしているのだから。
「この屑が! キャメロッテを罠に嵌め、伯爵家を陥れ、妹にまでも手を出そうとするとは。貴様のような屑は死すら生ぬるい!」
クリスハルトは使用人達に羽交い絞めにされて動けない。屑騎士が意識を失っていても関係ないように罵声を浴びせかける。公爵さんはスクートさんに命令して屑騎士を牢屋に放り込んだ。
「後ですべてを白状してもらおう」
公爵さんの怒りも凄まじい。怒気が体を取り巻くように蠢いて使用人さん達を委縮させる。オレも委縮しているよ。マジで怖い!
深呼吸をして怒気を落ち着かせて、普段より二割増しくらいの怒りが籠る表情で公爵さんはオレに言う。
「トルク殿、もう一度だけ認識除外の術をかけてほしい。騎士ギャンバに会って事情を知りたいのだ。頼む」
「分かりました」
公爵さんの威圧感に飲まれて承諾した。だって怖いんだもん。サクラ、認識除外の術を頼む。
「トルクが近くに居ないと無理よ。トルクを中心に術をかけているんだから」
オレも公爵さんと千人居る敵兵の中に行く事になるんだな。分かったよ。行くよ。ララーシャルはどうする?
「私も付いて行くわ。何もないと思うけど、千人いる敵の陣地に行くのは危ないから」
ララーシャルも一緒に行く事になり、オレとサクラとララーシャルと公爵さんとで敵陣のド真ん中に潜入する事になった。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。
 




