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51話・甘味と肉に誘われて

ベッドが2つ、並んで備え付けられており、窓辺には小さいながらもしっかりと組まれた木製の丸テーブルと2脚の簡単な腰掛け。

そして、壁に掛けられた火の灯っていない木蝋の他には何もなく、簡素であるが貧相ではない造りの部屋で目が覚める。

窓からくる光は淡く、空を照らしている日の光が僅かに反射してくるお零れが差してきているだけだ。

フールドラは大きく伸びをしてベッドから下りると、隣のベッドで寝ているレブラルを見る。

昨日は、身の危険を考える必要がなく安心して夜遅くまで話をしていたので、まだまだ目を覚ますことはないだろう。

ブカブカとした大きな帽子はベッドの傍らに置かれており、今は安らかな寝息を立てていつも帽子で隠している幼い顔を晒している。


「ん~、どうしようかなあ……」


フールドラはその顔にかかっていた黒髪を避けてやり、呟く。

妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉から出てからここまで、日課としていた朝の訓練が出来ないので、自然と日が昇る前に目が覚めてしまってもやることがないので暇を持て余してしまう。

おじさんたちは、この街へは自分の国へ連絡するために滞在すると言い、なるべくなら使いの者に会えるように宿にいたいとのことだったが、フールドラとしてはそれはつまらない。

外を、人間の街を見回すために出てきたのに引きこもっては意味がないので、これからどうしようか考える。


不朽迷宮(ふきゅうめいきゅう)〉に遊びに行こうかな……魔石を集めればお金も貯まっていっぱいご飯食べられるけど、日帰りできないと携帯食料だけの食事になっちゃうし、完全にはぐれちゃうと合流するとき面倒くさそうだなあ。

とりあえず、みんなが起きるまで適当に街をぶらついてようかな、動かないと落ち着かないしね。

その後のことはみんなが起きてから聞いてみればいいか。


今日のことはともかく、目前にやることは決まったので動き出す。

いそいそと自分のベッドの枕の下に仕舞っていたペシュカドを腰に括りつけ、レブラルを起こさないように足音を忍ばせながらソッと部屋を後にする。

宿には他にも宿泊客がいるので、同じく気配を殺しつつ廊下に足を踏み出すと、ギッと目の前のドアが開いておじさんが顔を出した。


「ん?ああ、フールドラか、散歩?」

「うん、みんな寝てるからちょっと出てくるよ」

「それでか……。

気遣って気配消さなくても、ダンジョンに潜って疲れてるから大丈夫だよ。

それより、強い奴が忍んでるから何事かと起きちゃうからね」


怪訝そうな雰囲気で部屋から現れたと思ったら、どうやら気配を消して廊下に出たところでロウの警戒網に引っかかってしまったのだろう。

フールドラが息を潜めたら、かなりの実力者でなければ気づかない自信があったので少しショックを受けたが、さすが勇者なんだなあと少し見直すことにした。

勇者という肩書きも、1人をモルレウスがあっさり倒してしまった為に軽くなってしまったし、なによりロウも――おじさんも同じパーティーであるレブラルたちに尊敬こそされはすれ、完璧な上下関係が見れなかったのでそれほどではないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

人間にも強い者はいるんだなと再確認して心躍ると、ニヤけてしまう頬を抑えることなく訊ねてみる。


「わかったよー。

それで、おじさんも散歩行く?私としては道案内してくれる人がいてくれると嬉しいんだけど」


(まあ、迷ったら空飛んで帰ってくればいいし)


「そうだなあ……フールドラを1人にするとトラブルを起こしそうだし、トラブルに遭遇してもうまく対処できなさそうだしね、ご一緒しようかな」

「むー、人間なんかに喧嘩売ったりなんてしないよ」


見つかることのない上空から移動すればいいし、万が一があった場合でも目撃者を燃やせば問題ないだろうと考えていると、なんとも納得しかねる理由で頷かれた。

わざわざ面倒事に首を突っ込む性格ではないし、トラブル対応能力は優れていると自負しているのでそこは反論しておく。

これでも準支配者(セミボス)なのだ、偉いのだ。


「いや、なんと言っていいか……絡まれそうだからさ、色々と」

「は?それってどういう――」

「まあいいじゃないか。

さ、行こうか」


と、なんだか言いづらそうに、意味深に答えられる。

強そうな相手に進んで絡みに行くような戦闘狂がそんなに多いとは思えないが、わざわざ冒険者などという職種があるくらいなのだから一定数はいるのかな?と思うが、この街に着いてダンジョンに潜る際に自分もその冒険者の仲間入りをしていることに気づく間もなく手を引かれる。

まあ、部屋の前、廊下の真ん中でいつまでもダラダラと喋っているのも不毛だし、騒ぎ過ぎて宿に泊まっている他の客まで起こしてしまったら揉め事になってしまうので、下手に抵抗せずに釣られるままに廊下を抜け階段を下りていく。

大体の宿は1階に馬屋や湯屋、食堂などを備えている所が多く、昨夜食事を取って床に着いたここ「粟の水亭」も例外ではない。

獣臭いが人が使わない間も獣脂を固めた蝋燭で薄く照らされている廊下は歩きやすく、わざわざ暗視に切り替える必要がないほどで、スルスルと階段を下りると、朝も早いのにもう食事を取っている人間が2人いた。

食事の香りに当てられて腹が鳴るが、おじさんには知らんぷりされた。


「……ねえ」

「飯は皆が起きてから一緒にな」

「んー、ちょっとだけ。

みんなが起きた時も一緒に食べるからさ」

「更に食べる宣言!?」


そんな素っ気ないやり取りをしている間にも飯屋となっている1階を抜けていくので、少し手に力を込めておじさんの手をミシミシと軋ませながら踏ん張り、なんとかこの場に留まらせようとする。

一度意識してしまったら猛烈に食べたくなってきたので、逃がすつもりはない。

いっそのこと、目の前で食事をしている人間たちから奪ってしまおうかと目を光らせる。

なに、目にも止まらぬ速度を出すのは現状では難しいとはいえ、意識の間隙を突けば出来ない事でもない。

握り締めていたおじさんの手を緩め、早速実行に移そうとすると、


「分かった!分かったから、牙を出すのはやめてくれ。

バレたら大変なことになるからね」

「じゃあ!」

「……市場で軽く摘む程度で我慢してな」


慌てて襟首を掴まれ外へと引きづられる。

気づかないうちに牙を剥いてたらしい。

獲物を前にすると無意識にしてしまうので大目に見てもらいたいが、確かにフールドラが魔族だと人間にバレたら、エミルに怒られそうだなと気をつけることにする。

それに、ここでではないが食事にありつけるのだ。

素直に引きづられていって、散歩がてらに抓むのもいいかもしれない。


「で、市場ってこんな早くからやってるものなの?」

「ああ、朝市はもう始まってるよ。

パンとかはないけど、野菜とか肉が並ぶから果物でも買って食べればいいさ」


と、ふと気になったことを聞いてみる。

今歩いている通りの店から明かりは漏れておらず、行ってみはせどもやっていませんでしたでは遣る瀬無いので念を押すつもりだったが、気楽にそう返された。

そして、心配ご無用とばかりに笑うと説明してくれる。


朝市は一般人お断りの行事で、毎日商人ギルドとBランク以上の冒険者ギルド員、一部の鍛冶師ギルドと錬金術ギルドに魔術師ギルド員にのみ開放されているらしい。

目的は主に職人の仕入れから朝の食事の材料調達だが、他に希少な魔法触媒や錬金素材をより早く手に入れる場にもなっているので、条件が厳しいまでも賑わっていると。

そして、早朝であることから近隣住民の事を考えてあまり騒ぐことはできないけどと釘を刺された。

はしゃぎすぎるなという事だろうけど、初めて見る光景に心躍るのは当然だし、それを素直に表現するなというのも受け入れられるほど器用ではない。


「串焼きは?」

「朝市は火を通したものは出さないからなあ……多分、ないんじゃないかな」

「えー」

「そのかわり、新鮮なものばかりだし珍しいものが置いてあったりする可能性も高いよ」

「行こう!」


それに串焼きも――と思ったが、ないらしい。

かわりに食べたこともない果物に有り付けるかも知れないという可能性にニヤニヤが止まらない。

多少ならうるさくしても許容してもらおう、大人数が集まる場なのだからある程度は許されるだろうと小賢しく予想してみる。


(……うん、多分大丈夫だよね。

まあ追い出されて朝ごはん逃したら嫌だし我慢できるもんね)


「そうだね、ぐるっと街を回ってから――じゃなくて朝市行ってから回ろうか」

「うん」


そして急く気持ちを眼光に込め、雑談しながらおじさんと目的地へと歩を進める。

お腹が減っている状態で後回しにしていたら苛々が最高潮に達してしまいそうだったので、そのあたりの余裕は一切ない。


「それで、今日は何をするの?またダンジョンに潜る?」

「そうだなあ……ここから少し行った隣りの国に連絡したいんだが、手順を踏むと時間かかるから飯を食べたら早速出ようと思ってる」


なので、回り道がないことを確認できると意識して鎌首をもたげている空腹から少しでも顔を逸らそうと、紛らわすために話を振る。

といってもその場限りの適当に聞く話題でもない。

その場のノリで大山脈を越えここまで付いてきてから今まで他のこと――食べ物や人間の村や街に気を取られて考えていなかったが、おじさんたちがなぜ旅をしているのかと詳しく聞いたことはなかったので目的地も分からぬままだったが、いい機会なので聞いておくことにする。


「急いでるんだね~。

まあ、私はいろんな所を見て回れるならいいんだけど」

「結構な重要情報を運ばないといけないからね、ゆっくりできなくて悪いけどここまで来たからには付き合ってもらうよ」


と、内容は詳しく言えないがと申し訳なさそうに前置きされたが、このままフールドラを放っておくわけにもいかないので素直に従って欲しいと頼まれる。

正直、そう頼まれたらなんだか首を横に振ってみたい誘惑に駆られるが、人間の領域真っ只中で孤立するのはさすがにマズイからと思い直す。

昨夜に路銀が十分に集まることがなければ、もう少しこの街に滞在しながら路銀を集めつつ体を休め国へと繋がる連絡手段が使えるようになるまで待つつもりだったらしいが、今ではその口実が潰れてしまったので無駄に長い滞在をしていると、こちらの懐具合まで把握されている冒険者ギルドから国へと告げ口されてしまうのでさっさと行動しなければいけないらしい。


「おじさんの国でしょ?私も見たかったから別にいいよ。

それより――」

「はいはい、好きなのをどうぞ。

だけどお手柔らかに頼むよ」

「わかってるよ~」


まあ、どんな事情があろうともフールドラは気にしないので、それほど気分を害す要素にならない。

問題はそんなことよりも目先の食べ物なので、拙い要求をさり気なく滑り込ませてみようと口を開こうとすると、皆まで言う前に意外とあっさり聞き入れられた。

金銭的な問題で思う様頬張ることはできないだろうと納得できたが、この物分りの良さはダンジョンでの働きで自分の株が激上がりしたのかな?とか思わないでもない。

少しいい気分になったので、連れられるままに見えてきた人混みの中へと歩を合わせながら向かって行く。





通常時は公園となっているであろう開けた空間に立ち並ぶは数々の台車そのままに乗せられた野菜や果物、肉と所々見えるのは槌や包丁といった商売道具からパッと見よくわからない錬金素材まで雑多な品揃えを誇る朝市だ。

50は人が悠々と寛げる場にひしめくのはそれを遥かに上回る人数の老若男女。

その中の1つを構成する要素になったフールドラが満面の笑みを浮かべながら辺りをキョロキョロと見回している様を見るのは、なんだか一人息子であるレイルの小さい頃を思い出す。


あぁ……あの頃は可愛かったけど、今では逞しくなって守られる側から守る側になったんだよなあ。

そろそろ久しぶりに会えるとなると、フールドラが路銀を早々に稼いでくれたのはそれはそれで有難かったのかな?レブラルさんとかは休めなくて少しゲンナリしていたけど。


「で、どんなのがいいかな~」


人の壁に阻まれ、そして1人先んじても持ち合わせがないため買い物ができないので、ソワソワしながらもおとなしくロウの隣に立っている少女がお気に召すような物を、ついでに故郷で今も己を磨く鍛錬を怠っていないであろう息子への土産にいい物をと考えてみるが、そう簡単に思いつかない。

最初から予めある程度の絞り込みをしてから行動ではなく、本当に行き当たりばったりで巡っていたら路銀が跡形もなく蒸発してしまいそうだったので避けたかったのだが仕方がない。

フールドラの自制心と自分の交渉力に賭けることにして、急かすように、焦れるように袖を引っ張ってくる小さな手をはぐれないように掴んで足を前に出す。

歩く人の波に流れ、空いた隙間から顔を出すようにして簡易と呼ぶのも言い過ぎではあるが、陳ぶ品は確かな店の1つの前に降り立つ。


「っふう、大丈夫か?朝から押し潰されるのは慣れてないとキツいから、気分が悪くなったら言ってな」

「うん、全然大丈夫!それよりこれは?」


寝起きのだらけている頭に筋骨隆々な職人たちの熱気や、その弟子が己の食の為に血眼となって駆け回っている気迫、鬼気迫った表情で値段交渉や品定めをしている冒険者や錬金術師と店の主たちの静かな攻防は堪えるものがあるので訊ねてみたが、フールドラは全く平気なようだ。

ロウは早くも慣れない熱気に当てられて少しだけ息苦しいのが、なんとも歳を感じさせられて嫌な感じだ。


若い時も冒険ばっかであんまり大勢の人と関わる機会なかったしなあ……。

大山脈沿いの村と街くらいしか出会う場所なんてなかったし、魔王を倒して帰ってきてからした会食やらお茶会も適当にやり過ごしてたツケが回ってきたかも。


「それはマンゴォだ。

暖かいところでしか生らない木の実で、傷みやすいから蜜に漬けてあるやつかな」


益体ないことをボンヤリ思いながら、台車の上に綺麗な布を敷かれ丁重に展示されている美術品と見まごうばかりの、フールドラが指差す子供の腕ほどの大きさの瓶に輝く黄金の液体とそれに沈む色とりどりの果物へと視線を向ける。

好奇心に煌くフールドラの瞳に和みつつ品定めしてみれば、すぐに中々の品揃えだと気がついて少し驚く。


「隣のは林檎の蜜漬けに洋梨とナッツの蜜漬け、桃に杏とアロエのもか……貴族相手の高級甘味の余りを安く捌いてくれてるところだね」


というのも、林檎や蒲萄などの果物はよく市場にも流れて甘味自体は庶民にも手を出せるほど身近なものだが、入手に危険を伴う蜜に珍しい果物が加わればその入手難度は一変する。

とてもではないが普通の庶民では口にすることができなく、仕入れのコネから考えるに中級以上の貴族が娯楽に使うような品なのだから。

もちろん値段も相応に高く、直接貴族の手に渡るでもなく朝市で出されているようなものだとしてもかなりの値段になっている。


「銀貨3枚……」

「美味しそう!これ買って、おじさん」

「お値段は張るものですが、お一ついかがですか?」


瓶に貼られている値札を見れば街で住む人間ならば半月は食べられる額が素知らぬ顔で提示されているが、だがフールドラはよくわかっていないのだろう。

眩しいばかりの笑顔を目前の瓶たちとロウとで行き来させている無邪気さには引きつった笑みしか返せなかったが、それも商人の追い打ちで難しくなる。

おおかた、フールドラへ蜜漬けの説明を簡単にしているのを見て買うのに相応しい客だとでも思われたのだろう。

知識は本を読むなり実際に見るなりして身につけたとして、そのどちらもが大金を握っていると予想するに十分な材料となり得たようだ。

ただ、実際はそれほど懐に余裕があるわけではないのでビジネススマイルを浮かべられても困る。

フールドラに黄金に浸かるモノの正体を教えたのは、だから諦めて欲しいと続けるためだったのだから。


「いや……あー、今は持ち合わせがなくてね」

「え!?そんなに高いのこれ?」

「まあ嗜好品だし、その中でもとびっきりのものだからな」


なので、商人とフールドラの2人に自分の支払い能力を超えていることを仄めかし、この場から早々に退散しようと少女の腕を取るが、


「お客様の身分証とサインをいただけましたら無利子で期限半年間のお貸付が出来ますがいかがでしょう?」


商人が余計なことを口にして台無しになる。

どうやら自分の手には負えないものだというアピールのつもりだった言葉が気に入ったようで、有り難くない気の回し方をされてしまった。

隣には期待の目を向けてくる女の子。


(これは……逃げられないッ)


まさか最初の買い物が果物の蜜漬けなどという甘味の最高峰になるとは出オチも甚だしいが、手持ちの金が減るのはなんとか免れそうなのでため息を長く吐いて腹をくくると、身分証を出す。

勇者としての身分証は首にかけられるウーツ鋼のプレートだが、静かに移動したい時などに使えるものではないから勇者は特別に別の――同名ではあるが勇者ではない別人の身分証を持つことを許されている。

その、魔鉄鋼で出来たプレートとを商人が受け取ると、本人証明のために込められている魔力の確認をしてサインをするための紙を懐から取り出し、ペンと一緒に渡される。

その流れるような動作は、幾度も繰り返して染み付いているようなものなのだろう、扱う商品もだが、ベテランの風格を感じられる。


「――と、これでいいかな?」

「はい、ロウ・ワイアット様ですね。

……失礼ですが、高名な冒険者様でございますか?どこか聞き覚えがある御名前なのですが――」

「いや、多分人違いだろう。

冒険者をやっているけど、名を轟かせるほどの者じゃない」


自分の名を書くのに時間なぞいるはずもなく、書面にサッと目を通して概ね商人が口にした内容が記されているものだと確認してサインすると、受け取り確認の際に首を傾げ問われる。

ロウが今いる国からソー・グロリャーゼ王国まではかなりの距離があるので名が知られていないと思って簡単に本名を出してしまったが、そこはさすが商人の耳の良さというわけか、どんな経緯かはわからないが小耳に挟んだのだろう。

こんな場所で無駄に足止めされたくもなかったので、内心冷や汗をダラダラと垂らしながらうそぶく。


(ちょっ、フールドラ不思議そうな顔でこっち見ないで!お願いだから)


事情がよくわかっていないフールドラの様子に気づかれたら、身元がバレることはなかろうが不審がられるだろう。

冒険者なんて掃いて捨てるほどいるからなと誤魔化して、そして商人がその答えで納得してくれたので、マンゴォの蜜漬けを1つ台車から下ろして貰うと、フールドラへと手渡し再び人波に攫われるように、半分逃げるようにその場から立ち去る。


「フールドラ、それを食べるのは宿に戻ってからがいいかな」

「えー」


そして、フラフラと人の合間を縫い、朝市が始まる前か最中に到着した荷物をそのまま売り出している様――林檎が山となっている様子や小麦の袋や根野菜をより安い値段で出して騒がしくない程度の声量で呼び込みをしている商人などを横目にアテもなく彷徨っていると、抱く胸の中にある瓶の口をしっかりと締めている蓋を指でなぞり開けようとしているフールドラの手元が目に入りすかさず注意しておく。


「人が沢山いて蜜を溢しちゃうし、パンに塗って食べるとそのままより美味しいよ」

「パンに……」

「焼きたてホカホカのにね」

「わかった!――じゃあ、次のとこ見に行こう」


人ごみの中で開けるようなものではないし、高価なものだから自分もありつきたいというのが本音でもある。

一人任せっきりにしていたら、間もなく平らげて宿で待つ3人どころかロウの分までなくなってしまうであろうというのがありありと思い浮かべられる。

食い意地が張っているとはいえ、さすがに後ろから誰かに不意に押されて蜜漬けをダメにしてしまう可能性とより美味しく食べれる方法を提示されれば思いとどまるだろう。

だが、早くその口に何かを入れてあげないとそれも危ういかもしれない。


「……見る端から買っていけないからな」

「わかってるよ~」


朝市へ来てから数分で銀貨3枚を消費した身としては、これ以上の出費は恐ろしいものだが、ついでに安く道中使う食料も買い足したかったので改めて気と財布の紐を締めて、フールドラと並んで回っていく。

野菜を並べている台車を眺めていき玉ねぎを買い、にんじんを買い、カブを買って、果物が盛られている一角に移動してブラックベリーを一抱えも買ってフールドラに与える。

甘酸っぱいそれならば掻き込むように口に放ることはしないだろうし、なにより手頃な値段だ。

……まあ、それにしても袋から口へと往復する手が止まることはないのだが、気にしないことにして次は大きな肉の塊が無造作に陳ぶ場所へ。


「肉ッ!?」


特に部位ごとに切り分けられてもいない獣の肉で、頭が付いてあるまま置かれているのは新鮮な証拠だった。

内臓は売られてはいなかったが、大きく分けて生と塩を塗られたものと軽く煙で燻されたものの3種があり、狩りは大成功だったのだなとひと目で分かった。

というのも、加工にはそれなりの時間がかかるわけで、少量とはいえそれが成されているということは狩りの最中と帰り道に、時間を割けるだけの余裕がありつつも肉の量を確保できたということだからだ。

朝市には珍しく手を加えられている食材が並んでいたので思わず足を止めて、考える。


「おじさん、お肉買おう!」

「そうだなあ……」


生の肉はそれほど保存が効かないのであまり買いたくない。

……フールドラが残らず平らげるとしても、まず調理するのも大変だ。

塩が塗られたものは、おそらく血抜きをされてすぐにされたもので1,2週間は持つだろうし味が予め付いているので最悪、そのまま焼くか少し香辛料などを足して煮るかしても大丈夫だろうが、如何せん岩塩が豊富に取れる場所ではないので塩の値段がおそろしく高いというわけではないが安くもない。

妥協して燻されたものにしたほうが良さそうだ。

これならば気をつければ5日ほどは持つし、手頃な値段で買える。


「じゃあこれを1kg詰めてくれ」

「おう、銅貨10枚だ!――っと、可愛い娘さん連れてるじゃないか、オマケでこれも付けとくよ」

「ありがとう。

……銅貨10枚だな」


とらえず、フールドラの食欲は無視して5人で分けて食べられる分を頼むと、肉が転がる台車の前で仁王立ちをしている筋骨隆々とした髭面の男がスーっとロウの脇に立つ女の子へと視線をスライドさせ、なんともデレデレとした、孫へと接する祖父のような顔で肉とは別に無発酵のパン――平べったく少しだけモチモチとしたものを2つ、紙袋に入れてくれる。

これに肉をスライスしたものを挟めばサンドイッチがすぐに出来上がるというわけだ。

フールドラの女児的な可愛さに対してなのだろうが、お礼を言い受け取ると、


「ほら、フールドラも」

「んぁ?ああ、おっちゃん、ありがとな!」

「イイってことよ!ムサイ中の花だ、丁重にもてなさないとだからな」


フールドラにも促す。

確かに右を見ても左を見ても男一色で潤いなぞありはしない空間だが、見た目が小さな女の子であるフールドラが花になれているのか甚だ疑問だ。

実はロリコンなんじゃ?とも思ったが、口に出して言うことではないので最後に「では」と手を挙げて別れると、はよ肉を食べようとかなりの力で腕を揺らすフールドラをあやしながらトマトを1つと胡椒をほんの少し、少し歩いた場所で買う。


「朝市から外れないと食えないから、もう出ないか?」

「うーん、そうだね。

お肉食べたいし、もうちょっと見て回りたかったけど出るよ」


これで気休め程度だが、肉だけ挟んだパンを口にするよりマシなサンドイッチになるだろう。

他にも色々と巡りたくて名残惜しそうだったが、肉の誘惑に負けてしまい見学を断念して人の端へとどんどん歩いていく。


「見て回るだけのつもりが、結構買っていっちゃったな……」

「そう?全然足りない感じだけど」

「食料の備蓄はそこそこ出来てるから、追加で買う必要はって意味だよ」


そして、抱えるようにして運ぶ紙袋の中身を思い少し後悔する。

それらは必要最低限なものではなく、多少使い道について考えてはいたがいわば無駄金使いである。

数日間は食事のグレードが確実に上がること間違いなしだが、それが必要な出費かと問われれば口をつむぐ他あるまい。

まあ、フールドラはそんな食料の数々を朝飯前のツマミとして認識していたらしく、互いの認識の違いに?を浮かべた顔を付き合わせることになる。


「?、旅の最中に使う食料のことを言ってるんだよな?」

「……え?うん、もちろんそうだよ?

っていうか備蓄はあったんだね、旅をしてる時は狩りしたのしか食べてなかったから知らなかったよ」


ならばもっと食べさせてくれてもよかったのにと頬を膨らませるフールドラだが、こちらにも相応の理由があるので仕方がないと納得してもらうしかない。


「いざという時の為の食料だからな。

雨とかで足止めされた時に食べるものがなかったら嫌だろ?」

「う、ん……。

まあ許してあげるよ、その代わり食べられるときは沢山食べさせてね」


というより、それなりの理由がなければ怒って何をしでかすかわからないから、元より下手なことはしないように気をつけているのだ。

後ろめたいこともなし、目の前の少女は理不尽に怒ることは多分ないだろうが、その食欲を満たしてあげることは難しいので、代わりに手に持つ紙袋を少し無理して片手に集めると、優しく撫でてやる。

息子はこうして撫でてやるとよく嬉しそうに笑っていたのでついしてしまったが、そういえばフールドラは数百年は生きている竜族だったので子供のように接したことに怒るかと一瞬手を止めるが、そんなことはなく不思議そうに見返してくるだけだった。


「わかったよ……。

で、まずはこれだな」


まあ、いきなり撫でられたら不思議に思うのも当然か。

不快に思われなかっただけでも良かったとフールドラのサラサラとした髪から手を離すと、代わりにロウの胸辺りまでしかない少し低い目の高さまで紙袋を漁り肉の塊を掲げてあげる。


「紅蓮石で少し温めてトマトと一緒にスライスすれば美味しく食べれるぞ」


煙で燻される過程で熱も通っているので完全な生肉ではなくなっており、このままでも食べられないこともないが、冷えた肉は身も脂も固まって旨くないし、そのまま食べるというのも味気ない。

緊急時に塩気だけでも補給できるように岩塩は常に持ち歩いているので、先ほど買った香辛料と合わせて味付けしてトマトの酸味も加えられればフールドラも満足してくれるだろう。

本当は他にレタスやチーズなども加えたかったが、軽食にそこまで凝るのは過度かなとやめておいた。


それよりも、予想外に見てまわりすぎて時間を使ったので、適当な場所を見つけて早く食事を終わらせ宿へ帰らないとレブラルたちに心配をかけてしまう。

なので、先んじて走り出すフールドラを止めることができなくて、


「早く早くぅ!酸っぱいの食べたら余計にお腹が――あ」

「あ……」


悲劇が起きる。

前方不注意が災いしたのか、歩く人影にぶつかり手に持つ瓶が抱える腕から滑り落ちる。

ただゆっくりと黄金に輝く瓶が地面に近づいている光景が見える中、ロウは、そしてフールドラは固まっていた。


やばい!手がふさがっているし、この距離だと届かない。

フールドラはショックで動けないみたいだし、これは――


数瞬後の未来が見えたのはフールドラも同じだろう。

重力に引っ張られる蜜漬けが、石畳へとぶつかるかぶつからないかという瞬間になってようやく慌てて手を伸ばすが、時すでに遅し。

曇りひとつない氷のような硝子は派手に破片を飛ばし、内包されていた蜜とマンゴォをそこらじゅうに撒き散らす結果となってしまった。


「……あ」

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