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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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条件付き許可

 カッセル城から帰還した翌朝。まだ旅の疲れが残る体で、健悟は全員を集めて報告した。ロッテの宿の一階に、ハルベルトの中核メンバーが揃っている。フェリス、ドラガ、グリュック、トビアス、ノルン。そしてイレーネ——まだ村に滞在していた。


「伯爵の許可が出ました。ただし条件が三つ。使用料三割上納——初年度は二割。代官の参加。そして——半年以内の稼働」


「半年——」トビアスが唸った。「今から半年だと——夏の終わりまでだ」


「正確には——百八十日。工程表では五ヶ月半で完成予定です。既に七十日が経過しているので、残りの工期は百十日。つまり——予備日が十五日しかない。半月だ」


 部屋に緊張が走った。ロッテが配っていた薬草茶の湯気が、静寂の中でゆっくりと立ち上っている。


 ドラガが腕を組んだ。


「余裕がないのう。アクア・マギクリートの製造だけでも——天候に左右される。雨が続けば海藻灰の焼成が遅れるぞい。春の長雨が来たら——一週間は動けんぞ」


「長雨の対策は——屋根付きの焼成場を作りましょう。簡易なもので構いません」


「それなら三日で作れるぞい。トビアスに人を回してもらえればのう」


「だからこそ——工程管理を徹底します。毎日の進捗を確認し、遅延があれば即座に対策を打つ。これは——前世で何十回もやった仕事です」


 フェリスが手を挙げた。淡々とした声だ。


「留守の間に——岸壁の右翼を完成させました。残りは中央の桟橋と自動荷揚げ装置です」


「右翼も——!」健悟が声を上げた。嬉しい驚きだ。「二日間で完成させたんですか?」


「トビアスが建設班を二交代制にしてくれました。私の魔力回復を待つ間に、型枠の準備を進めていたので——効率が大幅に上がりました」


 トビアスが照れたように頭を掻いた。


「フェリスさんの休憩時間に遊んでる訳にはいかないでしょう。——やれることはやりました」


 ノルンが薬草茶を配りながら言った。


「あたしも手伝ったんだよ。防水材の塗布なら——目を瞑ってもできるからね」


「ノルンさんの防水材は——いつも完璧です」フェリスが真顔で言った。褒め言葉なのか事実の陳述なのか——このエルフの場合は両方だろう。ノルンは嬉しそうに笑った。しわだらけの顔が綻んでいる。


「あたしにできることなんて少ないけどね。でも——この村のためなら、何でもやるよ。ここは——あたしの生まれた場所だから」


 ノルンの言葉に、部屋の空気が温かくなった。この老婆は——村の歴史の生き証人だ。三百年前の伝承を語り、村の変遷を見てきた。その目に——今の変化は、どう映っているのだろう。


 イレーネが帳面を広げた。


 イレーネが腕を組んだ。深紅のドレスの袖が揺れた。鋭い目が——条件を分析している。


「公共港湾——つまり伯爵の管轄下に入ったわけね。悪くないわ。むしろ良い。使用料の二割上納は織り込み済みよ。ヴァッサー商会への還元は——計算し直したけど、七年回収に変更はないわ。むしろ——公共港湾の方が信用度が上がるから、他の商会の利用も増えるはず」


「イレーネさん、もう計算してたの?」マルテが呆れた。


「当然よ。帰りの伝書鳩で条件を知ったわ。——あなたも計算してたでしょう?」


 マルテが帳面を見せた。同じ数字が並んでいた。二人の商人が——別々に同じ結論に達している。


「……やっぱり、あんたとは気が合うわね」マルテが苦笑した。


「お互い様よ」


 二人の商人が笑い合った。ライバルだが——数字を共有できる仲だ。この関係は——ハルベルトの最大の資産かもしれない。


 ロッテが大きな鍋を持ってきた。


「はい、みんな食べなさい。帰ってきた人も、留守番してた人も。——お腹が空いてちゃ仕事にならないよ」


 全員がスープを受け取った。温かい。ロッテのスープは——いつでも、みんなを繋ぐ。


 午後。健悟は河港の建設現場に立った。


 《万象鑑定》を発動した。青い構造線が岸壁全体に走る。


  【ハルベルト河港・建設進捗】


  【岸壁左翼:完成(100%)】


  【岸壁右翼:完成(100%)】


  【中央桟橋A:未着工】


  【中央桟橋B:未着工】


  【自動荷揚げ装置:基礎のみ(古代遺構の基礎を確認済み)】


  【繋留柱:2/6基 完成】


  【傾斜路:基礎工事中(30%)】


  【全体進捗:42%】


  【残り工期目安:110日(予定180日中の70日目)】


「四十二%——予定より三日早い。フェリスさんとトビアスの功績です」


 残りは中央桟橋二基と自動荷揚げ装置。桟橋はアクア・マギクリートの水中施工で建設する。問題は自動荷揚げ装置だ。古代の魔力結晶が——果たして無事かどうか。


「荷揚げ装置の核を確認しましょう」


 健悟がフェリスと共に川岸に降り、岸壁中央の古代遺構に手を触れた。《万象鑑定》が深く潜る。


  【荷揚げ装置基礎:深度1.0m】


  【魔力結晶:検出】


  【結晶状態:休眠中(損傷なし)】


  【魔力残留値:4.2mT(起動可能レベル)】


  【必要条件:魔力回路の接続と初期充填(推定魔力量:フェリス級で6時間分)】


「結晶が無事です——損傷なし。起動できます」


 フェリスの琥珀の瞳が——光った。学者の興奮だ。


「魔力回路の接続は——手順書の通りに進めれば可能です。ただし、六時間分の魔力充填は——私一人では厳しい。途中で休憩を挟む必要があります」


「二日に分けましょう。三時間ずつ」


「合理的な提案ですね。無理をして失敗するより——確実に成功させましょう」


 グリュックが地下から戻ってきた。赤い顎鬚に泥がついている。


「地下の水路接続部を確認してきたぞい。古代の水流制御弁が——まだ生きとる。制御弁を開ければ——港湾への水供給が安定するぞい」


「水流制御弁——手順書の第五手順ですね」


「そうじゃ。開弁作業は——三人がかりで半日あれば終わるぞい」


 パズルのピースが揃いつつある。岸壁は完成した。桟橋の建設を進めながら、荷揚げ装置の復元と水流制御弁の開通を並行する。三つの作業を同時に進める——前世のプロジェクト管理で言う「並行工程」だ。工程表を修正し、クリティカルパスを確認する。


 (クリティカルパスは荷揚げ装置だ。魔力結晶の起動に失敗すれば——全体の工程が遅れる。フェリスさんの魔力充填が鍵。しかし無理をさせるわけにはいかない。前世の現場で学んだこと——人を壊してまで工期を守る意味はない)


 ガルドが横に立った。


「健悟。伯爵は——許可するつもりは最初からあったかもしれんぞ」


「なぜそう思いますか」


「レオンハルトの態度だ。あいつは査察が始まった時から——報告を書くだけで、一度も工事を止めようとしなかった。伯爵が止めたければ——レオンハルトに止めさせればいい。それをしなかった。——つまり、最初から許可する方向だったんだ。問題は条件だけだった」


 健悟は——ガルドの分析に驚いた。この武人は、剣だけでなく人も読める。冒険者時代のリーダーではなく——仲間を観察する前衛の目で。


「つまり——公聴会は全て試験だった。書類の質と、私たちの覚悟を見るための。伯爵は——最初から答えを持っていて、私たちがそれに値するかを確認した」


「ああ。そしてお前たちは——合格したんだ」


 ガルドが珍しく笑った。口角がわずかに上がっただけの、控えめな笑みだ。しかしこの男にとって——これ以上の賛辞はない。


「さて。——守る仕事に戻るか」ガルドが剣の柄に手を置いた。「港が完成するまで——俺は俺の仕事をする」


 自警団長として、建設現場を守る。剣で。ガルドの仕事は——いつもシンプルだ。


 夕陽がテール川を照らしている。岸壁が左右に完成し、港の輪郭が見え始めている。三十メートルの岸壁が、冬の川辺に堂々と立っている。アクア・マギクリートの青緑色が夕日を受けて深い色合いを見せていた。あとは中央を埋めるだけだ。


 リーゼが岸壁に立って川を見下ろした。亜麻色の髪が風に揺れている。


「きれい——この壁、本当にきれい。私のお父さんが見たら——驚くだろうね」


「お父さん?」


「前の村長。この川を見るのが好きだったの。いつか——この川に船が来ればいいって、よく言ってた」


 リーゼの碧い目が——わずかに潤んだ。しかし涙は流さなかった。代わりに——笑った。


「もうすぐ船が来るよ。お父さん——見ててね」


 小さな声だった。川の音にかき消されそうな、小さな声。しかし——確かに、そこにあった。健悟は聞かなかったふりをした。これは——リーゼと父親の会話だから。


 半年の期限——百十日の残り。不測の事態がなければ——間に合う。


 しかし——不測の事態は、もうすぐそこまで来ていた。地下の古代遺構の奥深くで——八百年の間封じられていた水脈が、建設の振動を感じて——目覚めようとしていた。

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