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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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応急修繕計画——予算ゼロ、工期三日

 広場に集まった村人は——二十人ほど。村の人口五十人の半分もいない。残りは畑仕事か、もしくは関心がないのだろう。集まった中にも、怪訝な顔が大半を占めている。


 ガルドが腕を組んで後方に立っている。ロッテが心配そうに見守っている。リーゼが広場の中央に立ち、声を張って健悟を紹介した。


「皆、聞いてほしいの。この人は健悟。昨日、街道で——」


「リーゼ。また拾ったのか」


 年配の男が口を挟んだ。リーゼが少し顔を赤くした。


「拾ったんじゃなくて——とにかく聞いて。健悟は《万象鑑定》のスキルを持ってて、橋の状態を調べたの。大事な話があるから」


 リーゼが健悟に目配せした。健悟は前に出た。二十人の視線が集まる。好意的な目は——一つもない。


 (プレゼンだ。国交省で何百回とやった。相手が違うだけだ)


 ただし、国交省のプレゼンは相手が官僚や政治家だった。スーツを着て、パワーポイントの画面を映して、数字とグラフで語れば通じた。ここでは——スーツは泥だらけで、プロジェクターも電気もない。違う方法が必要だ。


「皆さん。初めまして。昨日この村に来た、健悟と申します。突然の話で恐縮ですが——この村の橋は、あと数日で崩落する可能性があります」


 ざわめきが走った。しかし——驚きよりも、懐疑の色が濃い。


「何を根拠に言ってるんだ。よそ者が」


「お前、橋の専門家なのか」


「鑑定系スキルで橋が分かるわけないだろう」


 声が飛ぶ。予想通りの反応だ。


「《万象鑑定》で調べた結果です。橋の東側の柱——橋脚の根元が、川の水で一メートル以上削られています。そのせいで橋のアーチが歪み、てっぺんの石に大きなヒビが入っています。このヒビは毎月広がっています」


「そんなもん、見りゃ分かる。ヒビくらい昔からあった」


「はい。しかし今のヒビは——橋が荷重に耐えられなくなっている証拠です。荷馬車が通るたびに振動で悪化します。ある日突然——前触れなく崩落します」


 (落ち着け。これは予算委員会じゃない。相手は——生活者だ。生活の言葉で話せ)


 健悟は地面にしゃがみ、棒切れを拾った。泥の上に図を描き始めた。橋の断面図。三つのアーチ。二本の橋脚。力の流れを矢印で示す。


「橋というのは——アーチの形が力を分散する構造です。上からの重さが、アーチに沿って左右に流れ、柱を通じて地面に伝わる。しかし柱の根元が削られると——アーチの形が崩れます。形が崩れると力の分散ができなくなり、一箇所に集中する。集中した力がヒビを作る」


 泥の上の図面は粗かったが——力の流れの概念は伝わったらしい。何人かの村人が身を乗り出して図を見ている。


 しばらくの沈黙があった。村人たちが互いの顔を見合わせている。


「で——どうしろと言うんだ」


 ガルドが後方から声を上げた。腕を組んだまま、しかし目は真剣だった。


「修繕します」


 健悟は立ち上がった。泥だらけの手を拭いもせずに、真っ直ぐガルドを見た。


「応急修繕です。完全な修復ではありませんが、崩落を防ぎ、数年間は安全に使える状態にできます」


「金はあるのか」


「ありません。資材は現地調達します。村の周辺にある石と木材を使います」


「人手は」


「十人いれば——三日で終わります」


 ざわめきが大きくなった。


「三日? たった三日で橋が直るのか」


「応急修繕です。完全ではありません。しかし崩落は防げます」


「冗談だろ。よそ者の鑑定士が橋を直す?」


 嘲笑に近い声が上がった。無理もない。昨日来たばかりの、スーツ姿の怪しい男が、村の生命線の橋を三日で直すと言っている。信じる方がどうかしている。


「信じなくていいです」


 健悟は静かに言った。


「ただ——橋を見てください。欄干が崩れています。路面が波打っています。アーチに亀裂が走っています。それは皆さんも知っているはずです。あれを放置したら——橋は落ちます。橋が落ちたら、対岸に渡れなくなります。畑にも行けない。交易商人も来ない。この村は——」


 言葉を切った。「死ぬ」と言いかけて——止めた。この村の人々は、村が衰退していることを一番よく知っている。知っていて、どうしようもなくてここにいる。他人に「死ぬ」と言われる必要はない。


「……この村には、まだ可能性があります。橋がある限り」


 沈黙が広場を包んだ。


「——俺がやる」


 声が上がった。若い男だ。二十代前半、日に焼けた肌、がっしりした体格。農夫だろう。


「トビアス。お前——」


「おばあちゃんのノルンが言ってただろ。昔はこの橋を何百人もの商人が渡っていたって。あの橋はこの村の生命線だ。なくなったら——本当に終わりだ。やってみる価値はある」


 トビアスが健悟を真っ直ぐ見た。素直な目だった。疑いがないわけではない。しかし——行動する勇気がある目だ。


 健悟は頷いた。


「ありがとうございます、トビアスさん。——あと九人、手を貸してくれる方はいませんか」


 沈黙が降りた。風が吹いた。広場の草が揺れた。蝉の声が遠くから聞こえた。誰も動かない。


「……しょうがないねえ」


 ロッテが手を上げた。


「力仕事は無理だけど、飯を作るくらいはできるよ。腹が減っては戦はできないって言うだろう?」


「ロッテ——」


「リーゼ。あんたが信じた相手なら、試す価値はあるだろう。あんたの父さんも——そうやって人を見る目があった」


 リーゼの碧い目が潤んだ。一瞬だけ。すぐに拭って、前を向いた。


「私ももちろんやるよ。村長として——当然じゃん」


 リーゼ、トビアス、ロッテ。健悟を入れて四人。十人には遠い。しかし——始まりとしては十分だ。


 残りの村人たちがぞろぞろと散っていく。背中に不信感が滲んでいた。「あのよそ者、頭がおかしいんじゃないか」という囁きが聞こえた。当然だ。国交省でも、最初の予算要求は必ず却下される。二回目、三回目で通す。最初から全員の同意を得ようとする必要はない。


 結果を出せば——人は動く。それは前世で学んだ真理だ。


「では——明日の夜明けと同時に始めます。まず今日中に、修繕計画を立てます。必要な資材のリストと、作業工程の図面を作ります。力仕事ができる方は明朝、橋に集まってください」


 広場を後にする前に、健悟は廃屋を三軒回った。壁に触れるたびに青い構造線が浮かぶ。石材の強度、風化度、割れの有無。使える石とそうでない石を選別する。廃屋の壁から外せる良質な石が——二十個以上見つかった。残りは河原で拾えばいい。


 宿に戻り、ロッテに紙と炭筆を借りた。テーブルに向かい——図面を引き始めた。


 修繕計画。工期三日。予算ゼロ。


 第一日目——東側橋脚の根固め。川に入り、橋脚の根元に石を積む。洗掘を止める。


 第二日目——アーチの支保工設置。木材を組んでアーチの内側に支えを入れる。荷重を分散する。


 第三日目——路面の補修と欄干の仮復旧。安全に通行できる状態にする。


 必要な資材——直径三十センチ以上の石を五十個。長さ三メートル以上の丸太を二十本。縄。楔。


 石は廃屋から調達する。村にはいくつかの廃屋がある。その石材を《万象鑑定》で選別し、強度の高いものだけを使う。丸太は村の東の森から切り出す。トビアスに聞いた話では、良質な樫の木があるらしい。


 作業手順も書き出した。根固めの石の配置順序。支保工の組み方。楔の打ち込み角度。国交省時代に読んだ災害復旧マニュアルの記憶を総動員している。


 図面を描く手が止まらない。国交省時代は——Excelとパワーポイントで資料を作っていた。ここでは炭筆と紙だ。しかし——やっていることは同じだ。問題を分析し、計画を立て、実行する。


 (これが——自分の仕事だ)


 日が沈むまで図面を描き続けた。紙が足りなくなって、テーブルの上に直接描いた。ロッテが「あらまあ」と笑いながら夕食を運んできた。


「食べなさいよ。明日から忙しいんでしょう?」


「ありがとうございます。——すみません、テーブルに描いてしまって」


「いいよ。どうせ古いテーブルだし。——それより、あんた本当に橋を直せるのかい?」


「直します」


 迷いなく答えた。根拠はある。《万象鑑定》のデータ。国交省十一年間の知識。そして——問題が見えている以上、放置するという選択肢は、自分にはない。


 ロッテが笑った。


「その目。リーゼの父さんと同じ目だよ。あの人も——やると決めたら曲げない人だった」


「……褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてるよ。——馬鹿だとも思ってるけどね」


 ロッテが去った後も、図面を描き続けた。蝋燭の灯りが揺れている。影が壁に踊る。宿の壁に手を触れると——昨夜と同じ青い構造線が浮かんだ。梁の腐食率42%。この宿も——橋が直ったら次に手を入れるべきだ。


 (一つずつだ。まず橋。次に宿。次に水路。次に道。次に——)


 やることが山積みだった。国交省の年度末と同じだ。しかし——国交省との決定的な違いが一つある。ここでは自分の手で直せる。書類を書いて承認を待つのではなく、自分の手で石を積み、木を組む。


 窓の外で、橋の影が月明かりに浮かんでいた。テール川の水音が微かに聞こえる。あの水が橋脚を削り続けている。


 明日から——三日間の勝負だ。

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